タイムカプセル・パラドックス

宇佐見きゅう

第十幕《女親》

 第十幕《女親》                




娘「難しい話はやめよ。私、難しい話をすると眠くなっちゃうのよね」


「いっぺん知的生命体を止めたらどうかな?」


娘「そして、理性なき獣となって、次々と人間に襲い掛かるんだね。十四人目の被害者が出たところでお父さんが私の目の前に現れるの。『もうやめろ! あの頃の君に戻ってくれ! 一緒にあの森に帰ろう……』。必死の呼びかけで私は人の心を取り戻しかけ、お父さんの前に現れたところを、スナイパーが撃ち抜く。急所を撃たれ、お父さんの腕の中で冷たくなっていきながら私はこう言うの。『ニンゲンに、産まれたかった』って……。タイトルは『ビースト・オア・ガール』。全米が泣くね」


「最後死んでいるけど君はそれでいいのか……? 狼に育てられた少女か、ミュータント的な何かになっているけれど」


娘「捨てられていた私を拾ったのは、高校の用務員さんだったらしいよ」


「へえ……。母親とは、まあ、一度も会ったことがないのか?」


娘「赤ん坊の頃に会ったかもね。だけど、物心付く前に捨てられて、用務員さんに拾われて、施設に入ったから覚えていない」


「そうか……」


娘「残念そうだね。やっぱり、私の母親の話が聞きたかった?」


「そう……、まず、そこから納得したかった。君の母親と、あの彼女は同一人物なのか。どうして十六年前、彼女は突然消えてしまったんだろうか……」


娘「お父さんを置いてね。振られたと思ってショックだった?」


「いや、普通に心配したよ。いきなり行方不明になったから。自惚れかもだけど、僕のせいで消えたんじゃないかって考えたこともあったよ。そうやって自分を責めた時期もあった」


娘「そうして、十六年が経ってしまった」


「ああ……人を好きになったのは、それきり。交際したのも、それだけだ」


娘「娘としては、まだお母さんへの思いが残っていて嬉しい限りだよ」


「……ああ。女々しくて、ちょっと情けない話だけどね」


娘「それでこそ、利用しやすい……」


「おい」


娘「いつだって男は女の涙にころりと騙される。ふっ、容易いものよ」


「おい。おい娘」


娘「だけど……、なぜだろう。正しさなんて捨てたはずなのに、優しさを見せたら付け込まれるって知っているのに、あの人に嘘を吐くたび、この胸が痛むのは……なぜ?」


「おーい? 娘さーん? 帰ってこーい」



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