同僚マネージャーとヒミツの恋、担当アイドルにバレてはいけない……

新月蕾

第16話 わだかまる夜

 しばらくして瀬川さんから電話があった。
 エイジくんが予選を通過していた。
 その結果発表の様子を撮影するためにリクくんエイジくん2人とも戻ってきてくれ、とのことだった。
 赤井アルファさんのことを報告するか、私は迷って、そんな時間はないと判断して、電話を切った。

「フカミン、なんだって〜?」
「えっと、結果発表の図を撮りたいって、移動しましょう」
「はい」

 エイジくんがすばやく立ち上がる。

「お、エイジは通ったか」

 言って良いのか迷ってごまかした私に、リクくんはサラリと言った。

「あ、はい……」
「あの人数なら通った人間と有名人しか呼ばないもん。俺ら微妙なレベルの芸能人は通ってなかったら呼ばれないない。俺は普通に無理だったろうし、あ、俺も戻っていいの?」
「そうみたいです」
「じゃあ、どんな演技プランで行くかな〜」

 バンから降りて、移動するさなか、リクくんは腕組みをした。

「俺は素で行く」
「うん、エイジはそれがいいね……素で行くならエイジはどうせ表情硬くなるからエイジより喜ぶ感じかなあ」
「演技プラン、ですか……」
「あ、由香ちゃんは知らないか。俺、元子役」
「そうなんですか!?」
「うん」

 私は驚いた。でも、この『慣れてる』感は言われてみれば納得かもしれない。
 幼い頃から芸能人にいたリクくん。

「まあCMとか中心で、そんな社会現象とか巻き起こしたタイプじゃないから知らないのが普通普通。同期で俳優としてめっちゃ売れてるのもいるけどね。あ、あれ出てたよ、うちの事務所ん先輩の畑平行さん主演の『ヒラ刑事は今日も昼を食う』」
「ヒラ刑事!」
「あ、知ってる?」
「大好きです! え? どの回ですか!?」
「えっとね、なんだっけ、畑さんが給食食べに来る回」
「第5話『ヒラ刑事の昼は給食!?』ですね!」
「マニア!?」

 リクくんがちょっと引いた顔をした。
 その話をじっくり掘り下げたかったが、現場に到着してしまった。

「ふたりとも! こっち! 段取り説明!」
「はーい!」
「はい!」

 瀬川さんが私達を見つけて手を振る。
 リクくんとエイジくんが走り寄っていった。

 しかしリクくんが子役をやっていたとは……。
 確か『ヒラ刑事は今日も昼を食う』は私が中学生のとき、12年前の作品だ。
 となるとリクくんは6才、小学1年生くらいのときになるか。

「私が普通に学生やってた頃に子役としてお仕事してたんだな、リクくん……」

 知らなかった。
 ネットにも上がっていない情報だった。
 ある程度有名になってから明かして話題のネタにするつもりなのかもしれない。
 たぶん瀬川さんはマネジメントの一環として知っているだろう。

「……赤井アルファさんは知ってたのかな……」

 自分の口から漏れた名前に思わず口をおさえた。

 周囲を見渡したけど、彼女は見当たらない。
 予選に参加している俳優の中にはレッドウェル芸能事務所の人もいたから、その付添で来ているのだと思っていたのだけど。そうではなかったのだろうか?

「……今は、結果発表に、集中」

 段取りの説明が終わったようで、瀬川さんが戻ってくる。
 赤井アルファさんのことを話したい。
 話して安心したい。
 だけど、そんなことをしている場合じゃない。
 私はトライアングルアルファのマネージャーだ。



 結果発表でのリクくんエイジくんは、おおむねリクくんが言っていた通りの振る舞いを見せた。
 エイジくんは発表されても喜ぶというよりびっくりするみたいな感じで固まっていた。予選通過を知っているのに大した役者だと思ったが、隣の瀬川さんいわくあれはリアクションが硬いだけ、だそうだ。
 そしてエイジくん以上に喜んでいるのがリクくんでエイジくんを揺さぶるなど、オーバーリアクションを見せていた。
 自分の脱落にも大きく肩を落とすなど、リアクションが大きかった。



 収録は終わり。撤収のためにバンに戻る。
 多くの人が参加した収録だ。出入り口は混雑していた。

 リクくんとエイジくんは疲れてしまったのか、席に座ると即座に眠りについた。

「あ、高山さん、社とシュンにリクの予選通過を報告してください。メールでいいです」
「分かりました……あの、瀬川さん」

 運転席の瀬川さんからの指示に、助手席でメールを作りながら私は意を決して瀬川さんに話しかけた。

「えっと、あの、休憩中に、ですね……」
「はい」
「……赤井アルファさんがいらっしゃいました」
「え……」

 瀬川さんのハンドルを握る手に力がこもったのを私は見逃さなかった。
 メガネの向こうの目が陰る。

 運転中に私にキスをしても動じなかった人が、動じている。

 お腹が、スースーする。
 喉が詰まる。
 次の言葉が脳に出てこない。
 何を、言うべきだろう。
 どう、言うべきだろう。
 聞きたいのか? 聞かない方がいいんじゃないか?
 お互い大人だろう? 昔何があったなんて、そんなこと、知らなくても良いことは世の中には、ある。

「……アルファさんは、なんて?」

 アルファさん、下の名前。一瞬ギクリとしたけど、そもそも彼女の旧姓は三角さんだ。三角社長と同じでややこしい。だから皆だってアルファさんって呼んでいただろう。
 どちらかというと口調が砕けている。そこが気になる。
 渋滞が動く。バンがゆっくり発進する。

「……特に、何も。シュンくんと瀬川さんがいないからあいさつだけして帰って行かれました」
「そう、ですか……」

 瀬川さんは前を見続けた。
 私と瀬川さんの沈黙に、リクくんとエイジくんの寝息が聞こえていた。



 事務所ではなくマンションに直行した。
 2人を起こす。

「エイジのジャージは必ずまた使うから、クリーニング出す……から着替えてくれ。リクのもいっしょに出しておく」
「はい」

 エイジくんが勢いよくジャージを脱いだ。
 私は目をそらす。
 リクくんが同じく着替えながら口を開く。

「あ、そうだ、フカミン、アルちゃんに会ったよ~」
「ああ。高山さんから聞いたよ。レッドウェルの役者さんも来てたからその付き添いかな」
「元気そうだった~」
「そっか」

 瀬川さんがいつもより淡々としてるように見えたのは、気のせいだろうか。
 私がそう思ってしまうだけだろうか。

 2人の着替えが終わり、車から降りていく。
 2人は手を振りながらマンションの中に入っていった。

「事務所にバンを戻したら、今日はもう帰宅しましょう」
「あ、はい」



「今日も送りますよ。どこか寄りたいところありますか?」
「……ない、です」
「そうですか」

 事務所の駐車場から瀬川さんの車が発進する。助手席の私は瀬川さんの横顔を見る。
 いつもの瀬川さんに戻っている。そんな感じだった。

 瀬川さんが口を開いた。

「……明日はお休みですね」
「あ、はい。事務所にも行かなくていい感じですか?」
「ええ、休めるときに休め、と言われていますので」
「なるほど」
「…………あの、由香さん」

 呼ばれた下の名前に、私の胸が一回跳ねる。

「……よかったら、ウチ来ませんか?」
「…………」

 明日は休み。私達は、付き合っている。お家への、お誘い。
 普通だ。当たり前のことだ。

 だけど私の頭に赤井アルファさんが浮かぶ。
 赤井アルファさんのことを聞いたときの瀬川さんが浮かぶ。
 こんなモヤモヤした気分じゃ、嫌だ。断ろうかな。
 違う。だからこそ、行こう。行って、話をしよう。

「……お邪魔します」
「やった」

 瀬川さんの顔に笑みがこぼれた。
 花が綻ぶようなかわいらしい笑顔だった。
 モヤモヤした胸が、高鳴った。

 瀬川さんのマンションは事務所にほど近い場所にあった。
 地下駐車場に車を停車し、エレベーターで上がる。
 20階。そこそこお高いところに住んでいる。

「ああ、ここ、親父のマンションなんですよ。さすがにお給料で住めるほどではないですね」
「へえ……? えーっとあれですか資産運用のためにマンション数室買ったとかそういう……」
「あ、一棟です。このマンション一棟、親父の」
「!?」

 お金持ち!?
 そういえば常連仲間のお姉さんが瀬川さんの身だしなみはお金持ってそうとか言っていたような……。

「ああ、服も仕事ならちゃんとしたもの着ろっていろいろ勝手に送られてくるんですよね……。腕時計も入社祝いですし……まあ、場違いなものは来ないから、ありがたく着ますけど」

 苦笑の瀬川さん。
 瀬川さんのこと、そういえば私はあまり知らない。
 アイドル事務所のマネージャーをやっていて、カメラが趣味。
 そのくらいだろうか?
 赤井アルファさんとの関係を勘ぐっている場合じゃない。
 もっと、もっと、知らなくちゃ。知りたい。知っていかなくちゃ。

 エレベーターが止まる。
 瀬川さんに先導されてお部屋に向かう。
 角部屋だった。

「どうぞ」
「お邪魔します」

 玄関に入って、私は、前を行く瀬川さんに、靴を脱いでいる瀬川さんに。

「あ、あの、深海・・さん」
「え?」

 名前を呼んで、彼が振り返って、私は背伸びをして、その口にキスをした。
 メガネに顔が当たらないように横向きのキス。

「…………!」

 瀬川さんは驚きに目を見開いたけれどすぐ目を閉じて、それなりにお高いはずのカバンを落として、私の背中に腕を回す。

 長いキスの後に、どちらからともなく舌を絡め合い始めた。

「ん……ぷはっ……」

 息が止まりそうになる直前、絶妙なタイミングで瀬川さんが唇を離す。

「……そんなに積極的だと、僕、めちゃくちゃにしたくなりますよ?」
「お願いします……深海さん」
「分かりました、由香さん」

 瀬川さんがメガネを外して靴箱の上に置いた。
 そして私を抱き上げる。私は足をばたつかせてハイヒールを脱ぎ捨てる。
 黒くて、そんなに高くもなくて、ピンヒールでもない、私のハイヒール。
 赤井アルファさんのとは、大違い。

 そんな自分のハイヒールを横目に私は瀬川さんが私の服の中に手を滑らせてくるのを受け入れた。
 私は瀬川さんにすべてを預けた。
 服が、玄関に脱ぎ散らされていく。

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