同僚マネージャーとヒミツの恋、担当アイドルにバレてはいけない……

新月蕾

第14話 お仕事お仕事

 翌朝、シュンくんがいっしょだからだろうか、瀬川さんは私の部屋の前まで迎えに来なかった。
 アパートの階段を下りると、運転席に瀬川さん、後部座席にはスヤスヤと眠りについているシュンくんがいた。

「おはようございます」

 小声で瀬川さんに声をかける。車のドアも静かめに閉める。

「はい、おはようございます」

 瀬川さんは朝から爽やかな笑顔で私に笑いかけた。
 笑顔に胸が高鳴った。



 ドラマの現場では道城プロデューサー、それにウェブの担当さんへ瀬川さんと揃って頭を下げた。
 道城プロデューサーは全然気にするな、と笑って言ってくれた。

「でも、瀬川くんにしちゃ凡ミスだな? 疲れてないか? ちゃんと休めよ?」
「ご心配痛み入ります。ありがとうございます」

 そう言って瀬川さんは深々とまた頭を下げた。
 私も慌てていっしょに下げる。

 本日のロケ地は早朝の河川敷。
 死体が見つかるにはおなじみのスポットだ。

「おお……」

 組まれているセットに思わず感嘆の声が漏れる。
 青いビニールシート。複数の車。鑑識の制服を着たエキストラの皆さん。

「母屋さん、刈谷くん、シュンくん入りまーす!」

 母屋岸見とカリヤンこと刈谷くん!
 生で見る芸能人に私のテンションはひたすら上がっていく。
 母屋さんは地味めながら整った顔立ち、刈谷くんはいかにも特撮のレッド! って感じの明るい感じをしている。
 母屋さんは刈谷くんとシュンくんに何か冗談を振って、2人を笑わせていた。シュンくんの笑顔、珍しい。
 30才、俳優としてはまだまだ若手~中堅どころだろうが、その振る舞いは座長として頼もしいものがあった。

「それじゃ、リハーサル行きます!」

 シュンくんが死体(役の人)にかがみ込む。
 母屋さんと刈谷さんは先輩後輩の刑事だ。
 母屋さん演じる刑事藤野がテキパキとシュンくん演じる鑑識に質問をしていく。
 シュンくんが淡々と答える様は、いつものシュンくんで、なるほど演技が初心者でも大丈夫、と道城プロデューサーが言っていた理由がよく分かる。

 道城プロデューサーは現場には口出ししていない。
 こういうときに現場を仕切るのは監督の仕事だそうだ。瀬川さんが小声で解説してくれた。

「うん、いい感じ、母屋、カリヤン、台本終わった後ちょっと遊び入れてみようか」
「はい」
「げ……」

 母屋さんは即座に頷いたけど、刈谷さんはちょっと顔をしかめた。

「俺が振るよ」
「お願いします、岸見さん。俺、アドリブ苦手……」
「振られたのに返せるなら十分十分。監督、シュンに振るのは?」
「シュンには、はけて欲しいからなしで」
「了解です」

 シュンくんが母屋さんたちのやり取りを聞いて、こくりと頷いた。

「……そこは『はい』ってちゃんと言えシュン……」

 小声で瀬川さんが苦言を漏らす。
 なんとももどかしそうであった。

「何の話しよっかな、昼飯とか? 何食べたい?」
「焼き肉食べたいっす」
「昼から焼き肉かよ……うん、この路線で行こうか、カリヤン」

 なんと言うべきだろう。母屋岸見は場の空気を完全に支配していた。
 指示を即座に呑み込み、自分のものにする。
 そして周りをうまく動かす。
 すごい役者さんなんだ。そう強く思わせるものがあった。

 母屋さんと刈谷さんのアドリブも入れたカットが撮影される。
 一発オーケーが出た。

「はい、オーケーです。次、河川敷で岸見とカリヤンがおにぎり食べるシーンね! シュンお疲れ! 鑑識の皆さん撤収です! セット入れ替え急いでー!」

 シュンくん、そして母屋さんと刈谷さんが連れ立ってロケバスに戻る。
 シュンくんは帰る準備をするとして、母屋さんと刈谷さんはメイクのし直しをするようだ。

「お疲れ、シュン」

 母屋さんがポンとシュンくんの肩を叩く。

「はい、ありがとうございました」
「そういや、このシーンにも入るの? テレパシーリズム~」

 刈谷さんが歌。音感がなかなかよかった。

「道城プロデューサーは鑑識部屋のシーンだけとおっしゃっていました」
「そっか。あ、俺、あれ買ったんだよCD。ロケバスにあるからサインくれ」
「は、はい、あ、ありがとうございます」

 シュンくんがものスゴク噛む。どうも感極まったようだ。顔に感情の出てるシュンくんは珍しい。

「カリヤン若いのにCD買うんだ」
「岸見さんに若いって言われるの違和感あるなあ。コレクションアイテムですね、俺的にCDは。出てた特撮のCDもいっぱいあるっすよ、俺んち。でも、パソコンないから取り込めないんで、スマホでデータ買ってます」
「最近のってブルーレイプレイヤーでCD聞けなかったっけ?」
「マジすか」

 そんな雑談をしながら彼らはロケバスに消えていった。

 それをボンヤリと眺めていると瀬川さんが声をかけてきた。

「じゃあ僕らも帰る準備しましょうか。シュンは事務所に戻って2人と合流してダンスレッスン。僕らはデスク仕事です」
「はい!」
「どうでした? 刑事ドラマの現場。刑事ドラマお好きって言ってましたよね」
「まさに死体発見現場だ~! って感じでした」
「ですね。僕はモラル藤原さんのあと、中堅俳優さんに何人かついてたんです。だからドラマの現場はそれなりに慣れているつもりだったんですけど……シュンを見ていると毎回ハラハラしてしまって……」

 瀬川さんは苦笑。

「さっきも口に出されてましたね」
「はい……」

 瀬川さんが照れ笑いをする。

「シュンには、がんばってほしいです。せっかくのチャンスですから」
「……私もできることでサポートしていきます」
「ありがとう」

 瀬川さんが笑った。
 とても素敵な笑顔だった。
 それにしてもよく笑う人だ。

「お待たせしました。サインしてきました……大丈夫、でしたか?」
「うちの事務所は刈谷さんへ、とか名前を入れておけば大丈夫だよ。よかったな、シュン」
「はい。じゃあ、事務所戻りましょう! はやくダンスレッスンしたいです」
「そうだな。でも、その前に昼飯だ。どこか寄ろう。何喰いたい?」
「……肉!」
「よし、昼間もやってる焼き肉屋に……あ、高山さんは大丈夫ですか? お肉で」
「あ、はい。大丈夫です!」
「じゃあお肉で、いやあ、若いの3人といるとどうしてもお肉ばっかりになるんですよね……」

 私達はドラマスタッフさんに「お先に失礼します」と声をかけ、瀬川さんの車に戻った。



 トライアングルアルファ行きつけの焼き肉屋のレディースランチはなかなかにボリュームたっぷりであった。
 私は三分の一をシュンくんにあげた。
 ……私、ここ最近、肉かカップ麺しか食べていない気がする……?
 ちょっと健康が気になってきたぞ。

「そういえばシュンくんたち3人は自分たちで自炊してるんだっけ?」
「はい。食べたものを写真撮って瀬川さんに報告してます」
「そうなんだ……! 私も瀬川さんに報告しようかな……」

 そうしたら、健康的な生活を送れるようになる気がする。

「あはは、いいですよ」

 瀬川さんが3人分のお肉を焼いてくれながら笑う。
 しかしその目が微妙に笑ってない。
 お仕事モードが抜けきってない感じの顔だ。

「……すごく厳しく見ますからね、その場合」

 なんか先日のカップ麺→コンビニ弁当のコンボがバレたらめちゃくちゃ叱られそうだった。

「……考えておきます。そういえば瀬川さんは料理は……?」
「こう見えて得意です」

 こう見えてというが、けっこうイメージ通りである。

「大学からひとり暮らしでしたし……まあ、家庭の一通りのことは。そういえば、明日から大学だな、シュン。一足先に、入学おめでとう」
「おめでとうございます」
「ありがとうございます」
「いろいろあると思うが、怪しいのには近付くなよ……本当いろいろあるから……大学……」

 なんだか瀬川さんが遠い目をした。
 いろいろあったらしい。気になるが、なんだか聞きにくい。

「深海さんの学生時代気になる」

 シュンくんがズバッと私の気持ちを代弁してくれた。

「あはは、この表情を見て聞くかー……まあいちばん大きかったのは結局社長に会ったことかなあ」
「就活の話……ですか?」
「はい、まあそんなところです」

 それは大学の話と呼べるのだろうか……?
 結局、瀬川さんはそれ以上、話はせず、シュンくんにサークルに入ることは禁止しないけれど、このご時世に未成年飲酒をさせるようなサークルにだけは入るなと口酸っぱく言い続けた。

「サークルは入るつもりはないです。アイドル活動と大学の両立でいっぱいっぱいですよ」
「そうか、まあサポートはしていくから、何でも言うんだぞ。高山さんもいるしな」
「あ、はい! 私がんばるね!」
「お願いします、高山さん、深海さん」

 シュンくんは深々と頭を下げた。
 真摯なその態度に気が引き締まる思いがした。



 事務所に到着、地下のダンススタジオに直行する。

「あー! 焼き肉のにおい!」

 ダンススタジオに入ってそうそうリクくんがそう叫んで駆け寄ってきた。
 鼻がいいのかよっぽど匂うのか。

「いいなー! フカミン、焼き肉! 俺も焼き肉ー!」
「今度な、今度リクとエイジも連れてくから」
「やったー!」

 リクくんとエイジくんがハイタッチをした。
 ハイタッチの姿勢のまま、エイジくんが口を開く。

「あ、そうだ。ジャージ届いてましたよ、深海さん」
「おお、じゃあ、さっそく着て記念撮影するか。明日のスポーツバラエティーでたぶん汚れるしな」
「今度は鏡のないとこで、写り込み厳禁!」
「はい、気を付けます」

 リクくんの注意に瀬川さんが頭をかいた。
 ダンススタジオは鏡だらけだ。ジャージを着て廊下に移動する。
 イメージカラーのお揃いのジャージ。胸元には三角形のロゴがついている。

「あれやろーぜ! あれ!」

 リクくんがジャージを着てはしゃぐ。

「はいはい」
「やろうか!」

 シュンくんエイジくんがリクくんに応える。

「黄色い太陽あなたに煌めく! リクでーす!」
「青い風が心を奪う。シュンです」
「緑の木陰に癒やされて! エイジです」
「3人合わせてー」
「トライアングルアルファ!!!」

 その一連の動作を、瀬川さんはせわしなくシャッターを切って写真に収めた。

「うん、いい感じ」
「あとで写真ちょうだい、フカミン。グループメッセージに送って!」
「はいはい」



 瀬川さんからの写真が送られてくる通知が鳴り止まない『トライアングルアルファ+スタッフ』と書かれたグループメッセージを私はニコニコと見つめた。
 そこにはキラキラに輝く彼らがいた。

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