同僚マネージャーとヒミツの恋、担当アイドルにバレてはいけない……

新月蕾

第13話 ご報告

「トライアングルアルファさん入ります!」

 歌撮りのスタジオはトライアングルアルファのためにセットされていた。
 三角形がたくさん散りばめら、黄色青色緑色が使われたセット。

「よろしくお願いします!」
「バミり確認お願いします」

 トライアングルアルファの3人は定位置につく、シュンくんがセンター左右にリクくんエイジくん。
 土曜日のライブで見た、『telepathy rhythm』の陣形だ。

「それじゃリハーサル始めます!」

 合図とともに3人が最初のポーズを取る。
 イントロが始まる。
『telepathy rhythm』のダンスはそこまで激しくない。
 歌がその分、繊細だ。

 今回のはライブでやったフルバージョンではなく、ショートバージョンのようだった。

「はい、オーケー! Vチェック!」

 瀬川さんが再び、モニタに移動する。

 手で振り付けを再現しながら、瀬川さんがリクくんに話しかける。

「リク、サビのこの手の振り抑えろ、シュンの顔にかかってた」
「はーい!」

 普段とは違うステージ。確認事項がいくつかあるようだ。
 私は何も口出しすることが出来ず、それを眺めていた。

「エイジ、バク転のスペース、大丈夫か? 足りたか?」
「はい! いけます!」
「シュン、テレパシーリズムの音程また狂ってた」
「……はい」

 シュンくんが目を閉じた。
 どうやら、普段から苦手な部分らしい。
 音を取っているのか、シュンくんが指をクルクルと宙で動かす。

「一回音確認します?」

 番組スタッフさんが声をかけてくれる。

「お願いします! 二回目のテレパシーリズムです」
「了解! 歌入り音源流してー」

 流れ出す『telepathy rhythm』。
 シュンくんは目を閉じて、リズムに乗って、口ずさんだ。

「テレパシーリズム~」

 声が、トライアングルアルファの3人と瀬川さんの声が揃った。
 素人が聞いても分かる、音程が合っている。

「オーケー! 汗拭いてー! メイク直してー! よし、行こう!」

 現場の責任者らしき人から指示が飛ぶ。

「お願いしまーす!」

 再び、3人が定位置につく。
『telepathy rhythm』のイントロが流れ出し、ライトが点滅する。



 3人は『telepathy rhythm』を歌いきった。

「本日はありがとうございましたー!」
「ありがとうございました! オンエア楽しみにしてます!」
「はーい!」

 控え室に戻ってきて、皆はどっと疲れたように畳に転がった。

「うあー! テレビ緊張するー!」
「ほら、メイク落として着替え!」
「はーい! あ、フカミン振りありがと」
「いや、あれが俺の仕事だから」

 私は急いで控え室に用意されていたメイク落としの封を開ける。

「ありがと由香ちゃん」

 受け取ってリクくんがにへらと笑う。
 エイジくんシュンくんもメイクを落とす。

 3人が豪快に着替え出す。
 私はまたも目をそらした。

 そんな私に苦笑しながら、横で瀬川さんが口を開く。

「と、まあ、こんな感じでスピーディーなのがテレビの現場です」
「あっという間でしたね……」
「生放送だともっと過酷です」

 瀬川さんが衣装をまとめる。

「えーっと次に衣装使うのは土曜だからクリーニング出すか」
「よろしくお願いします!」

 エイジくんの大声に思わずそちらを見ると半裸で頭を下げていた。
 筋肉すごいな、エイジくん。
 その隣でリクくんがパンツ一丁で首をかしげる。
 早く履いてほしい……。

「あれ? スポーツバラエティーは何着てくん?」
「ジャージ。それ用に3人揃いのジャージ作った」
「おー! じゃあさ、シュンも着ていっしょに写真撮ろうぜ! スケジュールの都合で番組には出れなかったけどお揃いです! ってSNS上げよう!」
「いいな。でも、それは放送後だな、変にファンに期待させるのも悪いし」
「そだね! ジャージ楽しみー!」

 リクくんが鼻歌を歌い出す。
『春空の色』だった。

「卒業の歌……ですよね、『春空の色』」
「はい。3人がちょうど高校卒業なので、記念になるだろう、って。作詞は社長です」
「社長さんが……」

 そういえば三角社長は演歌歌手だったか。歌詞なら問題なく作れるのだろう。

「よし! 着替え終わったな! 忘れ物ないな! 撤収!」
「はい!」

 5人で控え室を後にし、私達はテレビ局から撤収した。



 3人をマンションに送り届け、私達は事務所に戻った。
 5階のデスクに戻ると、私の席が用意されていた。

 瀬川さんの隣だった。
 瀬川さんは席に着くと猛スピードでパソコンのキーボードを叩き始めた。
 お仕事のメールでも来ていたのだろう。
 瀬川さんの横顔はお仕事モード。真剣な顔つきだった。メガネの向こうにキリリとした目が覗く。
 パソコンから視線を離さないまま、瀬川さんが口を開いた。

「あ、高山さん、送った写真4枚まとめてSNSに上げておいてください。末尾に『かっこマネージャーTかっことじ』ってつけて」
「あ、はい」

 瀬川さんが送ってきたのは土曜日のライブの写真だった。
 3人が揃っているのと1人ずつのアップで合計4枚。

「えっと文面はどのような感じで……」
「はじめましてよろしくお願いします系とあとは過激じゃなければ、なんでも大丈夫です。僕らの過去の投稿など参考にしてもらえれば」
「分かりました」

 私は少し悩んで、過去の投稿をいくつか見て、こう打ち込んだ。

『土曜日のリリイベの写真をお届けします! はじめまして、新人マネージャーTです! 以後よろしくお願いします!(マネージャーT)』

 投稿した瞬間に反応が来る。

『やったー! かっこいい!』
『ありがとうございます。憂鬱な月曜に供給ありがとうございます!』
『Tさんよろしく~』
『あ、謎の女さん?』
『写真よく撮れてますね』
『3人のはトライアングルαのとき、リクのはMCのとき、エイジのは春空の色のとき、シュンはtelepathy rhythmのときですね』

「おお、特定班だ……」

 私にはこの特定班さんの分析が正しいのか自信がなかった。けど、たぶん合ってるのだろう。
 そして今、思い出したけれど、私はトライアングルアルファのCDを持っていない。
『トライアングルα』のカップリング曲と恋愛ドラマの主題歌のカップリング曲に至っては聞いたこともない。
 マネージャーとして、これはマズい。
 それに今までのお仕事についても知っておくべきだろう。
 そう思って、私は瀬川さんに声をかけた。

「……あの、瀬川さん、私、トライアングルアルファの3人の今までのお仕事について知っておきいたいんですが……」

 瀬川さんはパソコンから視線を切って、私を見た。
 その顔は少しだけ嬉しそうで、でも、お仕事モードの真剣な色だった。

「今までの活動はスマホのスケジュール帳に同期してあります。実際の映像なんかは資料室にあります。今後、使うかもしれませんから、見に行きましょう。社員証持ってください。ICカードになってます。ロック外すのに使います」
「あ、はい」

 瀬川さんは、パソコンの電源を落として立ち上がった。

「それが終わったら今日は上がりにしましょう。ということでカバンも持っていきましょう」
「は、はい!」

 私もカバンを持って立ち上がる。
 瀬川さんはフロアに声をかけた。

「それではお先に失礼します!」
「し、失礼します!」
「おつかれー」
「お疲れ様です」
「高山さん、初日お疲れー」
「あ、ありがとうございます」

 私に労いの言葉が飛ぶ。私はペコペコと頭を下げた。

 エレベーターで4階に降りる。
 会議室の奥に資料室はあった。

 入り口のセンサに社員証を当てる。ハイテクだ。

 棚をすり抜けると、比較的入り口に近いところにその棚はあった。

「ここです。この棚全部トライアングルアルファの3人のもの」
「おお……」

 武骨な棚に録画媒体や雑誌がぎっしりと置いてあった。

「退社時間まであるので、どうぞご自由にご覧ください。あ、CDなら余分が僕の車に積んであるんでお渡ししますよ」
「あー……今まで出したCDって3枚ですよね?」
「はい。『トライアングルα』『トライアングル愛』『春空の色』の3枚です」

『トライアングル愛』……そういえば、あの恋愛ドラマは三角関係のドラマだったか。

「じゃあ、買います。買いたいです」
「……そうですか」

 瀬川さんは、嬉しそうに笑った。
 その笑顔はやっぱり眩しかった。



 資料室を出て、駐車場に向かう。

「ご自宅までお送りしますよ」
「あ、いや、私今日はあの飲み屋……瀬川さんと社長にお会いした飲み屋に寄ります」
「じゃあ、そちらまでお送りします」
「……じゃあ、お言葉に甘えて」

 明日はドラマの撮影で早い。
 そんなに飲むつもりはない。
 ただ、常連仲間のお姉さんに会いたかった。
 色々と愚痴をこぼして、心配をかけている。
 だから再就職を報告して安心させたかった。

 飲み屋最寄りの駐車場につくと、瀬川さんは電話をかけ始めた。

「シュンに早く寝ろ、って釘刺しておきます」
「なるほど、今日はありがとうございました」
「いえいえ、お疲れ様でした」
 
 飲み屋には予想通り、お姉さんがいた。
 お姉さんはいつも平日仕事帰りにここに寄る。

「おー! スーツだ! 就活?」
「いや、実は、就職先決まりまして……」
「マジか! めでたい! お祝い! 飲もう! 飲みまくろう!」
「明日も早いので一杯だけ……」 
「早いの? 大丈夫? またブラックじゃない?」
「あ、そこは大丈夫です。はい」

 芸能事務所。ブラックといえばブラックなのだろう。そういうイメージがある。
 でも、瀬川さんたちとなら大丈夫。そんな根拠のない自信が私にはあった。

「じゃ、再就職祝い! かんぱーい!」
「かんぱい!」
「で、で、で。あのイケメンとはどうなった? プレミアムフライデー決め込んだ?」
「いや、それ、どういう意味でプレミアムフライデー使ってるんですか……」

 私はオブラートに包んで瀬川さんと付き合うことになった旨をお姉さんに伝えた。
 さすがにあの後、ホテル行きましたは言いづらかったのでボカす。

「ひゅー!」

 お姉さんは口笛を吹いて、ハイボールを飲み干した。

「めでたい! おかわり!」
「あはは」

 梅酒ロックをちびちびやりながら私はお姉さんの飲みっぷりに苦笑する。

「いやあ、やるねえ、いいねえ、恋も仕事も絶好調ってか!」
「いやあ、どうなんでしょ……上手くいけば嬉しいですね」
「どんな男? 服装の雰囲気から金は持ってそうだったけど」

 あの時それを見ていたのか。すごいなお姉さん。
 どんな男、か。困るな。瀬川さんはどういう人なのだろう……。

「金は知らないですけど……どんなと言われると……うーん……酔うと可愛いです」
「のろけか! かーっ!」

 お姉さんはさらに酒をあおった。

「で、仕事は何系? 前職と同じ系?」

 事務所では守秘義務について口を酸っぱくして言われた。
 事務所に勤めていること、までは行っても大丈夫だが、業務内容、そして出来れば担当タレントもなるべく明かさない方がいいと言われた。
 どこにファンがいて、過激なことをするか分からない……とのことだった。

「それが、えっと、三角アイドル事務所ってとこです」
「え! モラル藤原がいるとこじゃん!」

 お姉さんの目が輝いた。

「あ、モラル藤原さんご存じですか」
「私、お笑い好きなの。いいよね、モラル藤原、ピン芸人イチオシ」
「そうですか……」

 そういえば何度かそういう話をした気がする。
 何せ会話中8割くらいは酔っ払ってるのでいまいちどういう話をしたのかあんまり覚えてないのだ。

「マジか。会ったら応援してますって伝えといて、今度のライブも見に行きますって」
「了解です」

 お姉さん、ライブ見に行くタイプのガチ勢でいらした。



「えっと、それじゃ、私、明日早いので失礼します」
「気を付けて~」

 お姉さんと手を振り合って、自分の分のお会計をして、お店を出たら、そこには瀬川さんがいた。
 コンビニの前で缶コーヒーを飲んでいた。何故かメガネを外していた。

「え……」
「楽しかったですか?」
「か、帰ってないんですか!?」
「心配なので、送ろうと」
「…………」

 優しい。いや、これは優しさだろうか?
 過保護とか、やり過ぎとか、そういう言葉が私の脳をめぐる。

「……大丈夫です。帰れます。ここからなら電車一本ですから」

 そう、行きつけのお店だ。
 家までなんてすぐだ。そんなの瀬川さんだって分かるだろうに。

「心配なので」

 瀬川さんはその言葉を繰り返した。
 私は逆らえなくて、結局、瀬川さんに送ってもらった。

「それじゃあ、明日の朝はシュン拾ってから迎えに来ます。ちょうど進行方向なので気にしないでくださいね」
「はい……」

 それはスケジュールで確認していた。だから、驚かない。普通。
 でも、私がいつ出てくるか分からないのに飲み屋の前で待っているのは、普通?
 頭がグルグルするのをお風呂に入って洗い流そうとした。
 何も流せないまま、私は明日に備えて就寝した。

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