同僚マネージャーとヒミツの恋、担当アイドルにバレてはいけない……

新月蕾

第10話 存在、炎上

 トライアングルアルファの3人は三角アイドル事務所の寮に住んでいるらしい。
 3人で共同生活。家事全般は本人たちがやっていて、料理も持ち回りで作っているとか。
 そういう話を瀬川さんから車の中で聞いているとあっという間に私のアパートについた。

「オートロックとかないんですね……2階とはいえ心配ですね……」

 普通の会社員の住むアパートだ。オートロックなんて上等なものはない。
 瀬川さんの口ぶりはなんというか有無を言わせず引っ越しさせたそうな雰囲気があった。

「そういえば三角アイドル事務所って住所……最寄り駅はどこですか?」

 瀬川さんが答えてくれた駅は微妙に交通の便が悪いところだった。
 けっこう乗り換えするな……。

「僕のマンションでいっしょに住みます?」
「早急すぎます!」

 瀬川さんはどうしてこうすべてが早いのだろうか。
 私を抱くのも告白するのもオーケーさせるのすら早い。
 私はなんだか手玉に取られているような感じがしてしまう。
 というか必死に抵抗しないと本当にいっしょに住むことになりそう……。

「僕の家、部屋余ってますよ」
「それバレたらもう隠す所の騒ぎじゃないですよね……」

 事務所には手続きで住所はバレるだろうし……。

「交通の便も良いですし……」
「めっちゃ食い下がってくる……」
「引っ越しのお手伝いもしますよ。こう見えて肉体労働も得意です」
「ま、まだ、家に上げるのは早いと思うので!」
「二度も抱かれておいて?」
「うぐぐ……今日はありがとうございました!」

 何も言い返せない私はそう叫ぶと瀬川さんの車から荷物をひっつかんで飛び降りた。

「どういたしまして。それじゃあ高山さん、また月曜日」
「……はい、また月曜日」
「引っ越しのこと、考えておいてくださいね」

 諦めていないの!?
 驚愕しながら私はアパートの階段を駆け上がった。

 瀬川さんは私がアパートの部屋に入るまで見守っていてくれたが、ドアを閉めると車が走り去る音が聞こえた。

「はー……」

 なんだかすっごいため息をついて私はベッドになだれ込んだ。
 二晩ぶりのベッドは小さく、私にはちょうどよかった。

「……二泊三ベッド……」

 ホテルと三角家、そして三角家の瀬川さんの客室。
 二泊の間に三つのベッドに寝てしまった。どんな状況だ。
 なんだか呟いた言葉が面白くて、私はちょっと笑った。
 そのベッドで何をしていたか思い出しそうになって必死に頭を振る。

 久しぶりにスマホを開く。芸能ニュースをチェックすると「新ドラマ『刑事藤野の初恋』にトライアングルアルファの曲が起用!」のニュースが躍っていた。

「賛否両論……だろうね……」

 トライアングルアルファおめでとう! そういう無邪気な声はファンのもの。
 刑事ドラマを楽しみにしていた層や野次馬層からはごり押し、ねじ込み、雰囲気ぶち壊し、などの声も上がっている。

「私も……たぶんこっち側だったんだろうな」

 私は刑事ドラマのファン側だ。
 恋愛ドラマの主題歌で人気になったグループの曲が刑事ドラマに起用、なんて人気だけじゃん。ごり押しじゃん。事務所の力じゃん。そう言っていたと思う。
 実際、道城プロデューサーの弁を聞くに「大人の事情」は大いにある。
 それでも、トライアングルアルファの3人、そして瀬川さんたちの顔を思い浮かべれば、そこには真剣な仕事がある。

「……成功、してくれたらいいな」

 呟いて私は目を閉じた。
 疲れが溜まっていたのだろう。
 私は一気に眠りに落ちていった。


 起きれば日が傾いていた。
 お昼をすっ飛ばして爆睡していたらしい。
 スマホを確認すると三角社長からビジネスメールが届いていた。
 月曜日に持ってきてほしいもの、月曜日でなくともいいから後々持ってきてほしいもの、が書かれている。
 ビジネスメールの定型文で承知しましたと返事をし、私はカップ麺をお昼兼おやつ代わりに用意しながら、印鑑やらを探し始めた。

 カップ麺は慣れ親しんだ味がした。なんだかとっても懐かしかった。

 カップ麺を食べ終えると、メッセージアプリの方に瀬川さんから連絡が入った。
『今夜のバラエティーにシュンが番宣で出ます』
 その一文とバラエティー番組のホームページへのリンクが貼られていた。

「どれどれ……お、『クイズどれにしようかな?』だ」

 ご長寿クイズ番組『クイズどれにしようかな』。複数の選択肢からクイズの答えを選んでいく鉄板のクイズ番組だ。刑事ドラマの番宣をよくしているので、何度も見たことがある。
 回答者はチーム形式。たぶんこの面子ならシュンくんは末席だろう。
『刑事藤野の初恋』主演の母屋岸見、初恋相手の有名女優、後輩刑事役の若手俳優、直属の上司役の中堅俳優、そして鑑識役のアイドル・シュンくんという並びである。

「『見ます。楽しみです』……送信、と。これ見れるように夕飯の準備を……よし、コンビニ弁当だな!」

 私は即決めた。
 高級なお肉にエッグベネディクト。慣れないものを美味しく食べた味覚をいつものジャンクに慣れさせるため、私はコンビニへと向かった。



 コンビニで唐揚げ弁当を買った。ビールがほしかったが、万が一にも明日酔い潰れて寝過ごすなんてことがあってはならないので、今夜は禁酒だ。
 SNSの刑事ドラマ実況用アカウントを開くと、すでにタイムラインは動いていた。

『母屋岸見、楽しみ!』
『クイズどれにしようかなかぁ、クイズがマンネリしてるから私はパス』
『小ネタコーナー楽しいよ、ドラマの先行シーンとかもあるし』
『カリヤンまた伝説作りそ』

 カリヤンとは後輩刑事役の特撮出身若手俳優のあだ名だ。
 特撮の番宣で何度も『クイズどれにしようかな』に出演していて、その度に珍回答でおなじみだという。
 刑事ドラマ実況アカウントは特撮実況アカウントと兼任している人も多いので、カリヤンファンも多い。

 トライアングルアルファのこともシュンくんのことも話題にしている人は少ない。
 良い意味で話題になっていないのは残念だったけど、悪い意味でも話題にはなっていないことにはホッとした。

「あ、トライアングルアルファのアカウント」

 控え室の前で控えめな笑顔を浮かべるシュンくんの写真が流れてきた。
 それを載せているのがトライアングルアルファのSNSアカウントだった。

「フォローしとこ……あ、そうだ『刑事藤野の初恋』のアカウントもフォローしとこう」

『刑事藤野の初恋』のアカウントには昨日の道城プロデューサーとトライアングルアルファの3人の写真が載っていた。
 バラエティー放映に合わせて投稿されたのだろう、日時はついさっきだ。
『道城プロデューサーがトライアングルアルファの3人のリリイベにお邪魔しました~。シュンくんかっこよかった! だそうです! (担当F)』
 その投稿はやたらと返信が多かった。
 盛り上がっているのか良いことだ……と返信を開いた私の前に想定外の出来事が起こっていた。

「……げ!?」

 控え室で撮った写真、その端っこに鏡がある。その中に、私が微妙に写り込んでいた。
 顔は写っていないが、髪型と服装で女なのは分かる。

『誰ですか、その女性』
『匂わせですか?』
『前のマネージャーさん? もう辞めたよね?』
『道城プロデューサーの関係者ですよね』
『虎或の誰かの彼女? プロ意識なくない?』
『落ち着いてください。施設の人とかメイクさんとかかもしれないじゃないですか。皆さん憶測でああだこうだ言うのはよくないですよ』
『自治厨うざ』
『ガチ恋勢、必死だな(笑)』
『アイドルってそういう仕事でしょ』

 虎或とはトライアングルアルファの略だろう。読みはトラアル。
 いやそこじゃない。

「え、炎上している……」

 私は思わず瀬川さんに電話をしていた。

『ああ、由香さんお疲れ様です。僕、今、自宅でクイズ番組待ってるとこです、由香さんは?』

 名前呼び、プライベートって感じだ。いや、今はそこを気にしている場合じゃない。

「せ、瀬川さん! アカウント! 『刑事藤野の初恋』のSNSアカウント見てください!!」
『? はい……うわっ』

 瀬川さんが素の声を出した。

『うわ……うわー……あ、高山さん大丈夫です。落ち着いてください』

 頭を抱えていそうなうめき声の後、瀬川さんは落ち着きを取り戻して、私に優しくそう言った。
 名字呼びに戻っている。仕事モードだ。

『どうにかします。ご連絡ありがとうございます。すいません今から対応するので切ります』
「は、はい……」
『本当に気にしなくて大丈夫ですから!』

 その声は根拠もなく頼もしかった。
 電話が切れた。

 私は『刑事藤野の初恋』のアカウントを閉じた。
 今の私に出来ることはない。
 これは私です! トライアングルアルファの3人とは無関係なんです! なんて名乗りを上げたところでよくて虚言扱い、悪くて火に油だろう。
 それより気になることがあった。

「……前のマネージャーさん?」

 どうやら、トライアングルアルファには女性のマネージャーがいたらしい。
 しかし、辞めたと書かれている。
 そういえば最初に出会ったときリクくんが『新しいマネージャー』なのかと聞いてきた。
 これは他にもマネージャーがいたってことじゃないだろうか。

 三角社長は女性のマネージャーを探していた。

「……私、その人の代わり?」

 いや、仕事とはそういうものだ。
 それでいい。前の会社だって私が辞めた穴は誰かが埋めるのだろう。
 気になるけど気にすることじゃない。
 だけど、なんだろう、なんで引っかかるんだろう。

「……瀬川さん、そんなこと一言も言わなかった」

 ああ、これは、嫉妬だ。
 好きになった人が出会う前に誰か、女性と働いていた。
 それもきっとマネージャー同士ってことはそれなりに親密に。
 それが胸の中にもやもやとわだかまっていた。

『クイズどれにしようかな』のオープニングが始まった。
 私はモヤモヤを抱えたまま、テレビに集中した。

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