同僚マネージャーとヒミツの恋、担当アイドルにバレてはいけない……
第8話 朝のあなた
夢を見た。
私はサイリウムを握って、振っている。ステージの上にはトライアングルアルファの3人。
キラキラ輝いている。
隣では瀬川さんが嬉しそうな顔でそれを見守っている。
「楽しそうですね、瀬川さん」
そう声をかけると、瀬川さんはこちらを向いた。
「ユカさんといっしょだから」
そう言って、彼の顔は私に近付いて、ステージから見えるんじゃないか、周りの人が気付くんじゃないか、私はそればかりが気になって。
気付けば音は聞こえなくなって、世界に私と彼ふたりきりで。
「……なにそれ」
夢にツッコミを入れながら、私は目を覚ました。
場所は三角家の一室。
こんな豪勢な部屋泊まったことない。天蓋付のベッドとかお客様用の部屋にあるようなものじゃない。
広々とした空間。いったい何帖あるのだろう?
そこにベッドとテーブルとソファ、そして観葉植物が置かれている。すごい。ホテルか?
寝間着の着心地すら最高級で、私はなんだかもうこれが現実だとは思えなくなりつつあった。
「ずっとこれもう夢の中なんじゃないかな……」
そう言いたくなるくらい、世界が違った。
スマホで時間を確認すると朝の6時だった。
他の人が起きていてもおかしくない時間だ。
でも、私は洗濯機に着替えを取りに行かねばならない。
こっそりと部屋のドアを開け左右を確認。人の気配はない。
三角家は3階建てだ。屋上にはプールまであるらしい。
客室は3階に6部屋。私と瀬川さん、トライアングルアルファの3人を泊めてもまだ部屋が余る。
2階は三角夫妻の寝室など、プライベート空間。
階段が二カ所にあって、3階からは2階に行けなくなっているという面白い構造だ。
洗濯機は1階。
私はこっそり廊下を横切り、1階に降りる。
1階には人の気配はなかった。
昨日の疲れがみんな残っているのかもしれない。
こそこそとしているとなんだか悪いことをしている気持ちになる。
1階の家事室に到着。洗濯機は自由に開けてね、と絵里子さんから昨夜言われている。
私の服を取り出し、絵里子さんの服を残す。
……ちなみに今、私はノーパンノーブラである。こんなことならショッピングモールで下着も買えばよかった。
時間効率を優先してしまったことを今更ながら悔やむ。
服を取り、再び3階に戻る。
自分に与えられた部屋に戻ろうとしたところで――3階にある脱衣所のドアが開いた。
「きゃ……」
小さく声を上げる。
「あ……」
そこには上半身裸の瀬川さんが居た。
頭から雫が滴っている。昨夜は酔ってそのまま寝てしまったから、シャワーでも浴びに来たのだろう。
濡れた瀬川さんには妙に縁がある。
「せ、せ、瀬川さんおはようございます」
他の3人と遭遇するよりはマシか。どうせ一夜をともにした仲だ。
私はホッと一息ついてあいさつをする。
「おはようございます」
瀬川さんはメガネをかけていなかった。部屋に置いてきたのだろう。
「……高山さん、ちょっと」
そういうと瀬川さんは有無を言わせず私の手を引いた。
私は瀬川さんの胸の中に収まる。
そして流れるように脱衣所に引きずり込まれた。
「あ、あの……?」
「物音がしました。たぶん3人の中の誰かがトイレに行く音です」
瀬川さんの読み通り誰かの足音が聞こえる。
足音は脱衣所の前を通り過ぎ、トイレへと消えていった。
「よし、大丈夫」
「ど、どうも……」
「……ドキドキしてますね?」
密着していたら胸の音が聞こえてしまったようだ。
「お、驚いたから……」
「本当に? それだけ?」
昨日の酔った可愛い瀬川さんが嘘みたいに、瀬川さんは意地の悪い顔を浮かべた。
「……ほら、今のうちに早く出ないと誰だか分かんないけど戻ってきちゃう……」
「高山さん、今、ノーパンノーブラですもんね」
「うぐ……」
恥ずかしい事実を見抜いて口にするのはやめて欲しい。
心なしか瀬川さんの手が動いている。私の体の上を滑っている。
「ノーパンノーブラ薄い寝間着、それで僕の手の中にいる……」
「こ、この寝間着は絵里子さんのです!」
厳密には絵里子さんはまだ袖を通していない。
しかし、その言葉は意外に覿面であった。
瀬川さんが微妙な顔で固まった。手も止まる。
嫌そうで、恥ずかしそうで、困っている。そんな感じの顔だ。
一言で言えば『萎えた』という感じだろうか。
「……ふう」
私はため息をつく。
と同時に廊下にまた足音が聞こえる。
トイレに行った人物が部屋へと戻っていく音だった。
「……絵里子さんは僕にとって母親も同然なんですよ……そういうのやめてください……」
瀬川さんの声が拗ねたようなしょんぼりしたような声になる。
「バレたらダメって言うのに、こんなことするからです!」
「はい……」
瀬川さんが脱衣所のドアを開け、左右を見る。
人がいないことを確認して、私を引っ張り出し、そしてそのまま瀬川さんにあてがわれた部屋に連れて行かれた。
……連れて行かれた? 何故だ。
疑問を浮かべながらも何となくついていってしまう私が居た。
私は流されやすいのだろうか……。
瀬川さんは部屋にスポーツ紙を広げていた。
昨日、コンビニで買ったものだろうか。
「今朝の新聞は三角家に届いているはずですよ。昨日の告知がどれだけ取り上げられているか、見物です」
「なるほど……あの、何故、私、瀬川さんの部屋に……」
「高山さんの部屋いちばん遠いんですもん。ここで着替えて戻ってください。そのかっこうでうろうろされてはこちらの心臓が持ちませんし……未成年には刺激が強すぎます」
「あ、はい…………じゃあ、あっち向いてください」
「着替えるの手伝いましょうか」
「あっち向いてください」
「はーい」
瀬川さんは背を向け、スポーツ紙にかがみ込んだ。
私も視界に瀬川さんが入り込んでいる状態で着替えるのがどうにも恥ずかしくて背を向ける。
着替えから下着を取り出す。
まず下を脱ぐ。パンツを履く。やっと落ち着いた。
上も脱ぐ。ブラを着ける。
さてタンクトップを、と手に取ったところで、後ろから抱きすくめられた。
「あ……」
瀬川さんの香りが広がる。
瀬川さんはまだ上半身裸のままで、メガネも外れたままだ。
「だ、だめ……」
「大丈夫、ここ防音しっかりしてるから」
「そ、そういう問題じゃ……」
「無防備なんですもん」
耳元で囁かれると体中が熱くなる。
「こ、ここ……人の家……」
「大丈夫」
もう一度言うと、瀬川さんは私をベッドに押し倒した。
下着姿の私に上半身裸の瀬川さんが覆い被さる。
「目、閉じて」
どうして従ってしまうのだろう。
こんなの駄目だ。
壁一枚隔てたところに、階下に、人がいるのに。
バレちゃ駄目なのに。
それなのに私は目を閉じていた。
瀬川さんのキスが唇に降ってくる。
「ん……」
「好きです。ユカさん」
また、名前。
それに気を取られている隙に、私の体に瀬川さんが手を這わせてきて、私は、それを受け入れてしまった。
結局、パンツとブラを着けた状態で寝間着に戻り、お風呂場に向かった。
脱衣所の入り口では瀬川さんが仁王のように門番をしてくれている。
汗を洗い流す。体中についた口づけの跡に目をそらしながら、私はシャワーを浴び終えた。
私服に着替えて、寝間着を丁寧に畳む。どうせ洗濯するだろうけれどそれは絵里子さんへの感謝の気持ちだ。
ドライヤーで髪を乾かしていると、瀬川さんが音を聞きつけたのか脱衣所に入ってきた。
私からドライヤーを取り上げて、髪を乾かしてくれる。
瀬川さんの手が頭を撫でて髪を梳く度、正直気持ちいいその感触に、さっきのことを思い出して、顔が赤くなっていく自分がいる。
「……バカ」
小さく呟いた声はドライヤーに紛れて瀬川さんには聞こえなかったらしい。
「じゃあ、改めて僕たち付き合うってことで」
ドライヤーの電源を落として瀬川さんが嬉しそうに言った。
鏡越しにその顔が見える。視線が鏡越しに私を見つめている。
私達は鏡越しに見つめ合った。
行為の最中、そんなことを口にしてしまった覚えがある。
『好きと言ってくれるまで離さない』
そう言われて高揚の中で思わず好きと答えていた。
「……はい」
私は頷いた。
毒を食らわば皿まで。
一度味わってしまった毒は二度目もあまりに甘美で、私のためらいはどこにやら。
もう一度、何度でも。それを味わいたいと思ってしまう私がいた。
まるで流されているようだ。
瀬川深海。
名前通りの人。
いっそ流されるなら深く沈んでしまおう。
私はこうして瀬川さんという男の人に飛び込んだ。
それがどんな困難や苦悩に遭うことになるかなんて、想像もせずに。
私はサイリウムを握って、振っている。ステージの上にはトライアングルアルファの3人。
キラキラ輝いている。
隣では瀬川さんが嬉しそうな顔でそれを見守っている。
「楽しそうですね、瀬川さん」
そう声をかけると、瀬川さんはこちらを向いた。
「ユカさんといっしょだから」
そう言って、彼の顔は私に近付いて、ステージから見えるんじゃないか、周りの人が気付くんじゃないか、私はそればかりが気になって。
気付けば音は聞こえなくなって、世界に私と彼ふたりきりで。
「……なにそれ」
夢にツッコミを入れながら、私は目を覚ました。
場所は三角家の一室。
こんな豪勢な部屋泊まったことない。天蓋付のベッドとかお客様用の部屋にあるようなものじゃない。
広々とした空間。いったい何帖あるのだろう?
そこにベッドとテーブルとソファ、そして観葉植物が置かれている。すごい。ホテルか?
寝間着の着心地すら最高級で、私はなんだかもうこれが現実だとは思えなくなりつつあった。
「ずっとこれもう夢の中なんじゃないかな……」
そう言いたくなるくらい、世界が違った。
スマホで時間を確認すると朝の6時だった。
他の人が起きていてもおかしくない時間だ。
でも、私は洗濯機に着替えを取りに行かねばならない。
こっそりと部屋のドアを開け左右を確認。人の気配はない。
三角家は3階建てだ。屋上にはプールまであるらしい。
客室は3階に6部屋。私と瀬川さん、トライアングルアルファの3人を泊めてもまだ部屋が余る。
2階は三角夫妻の寝室など、プライベート空間。
階段が二カ所にあって、3階からは2階に行けなくなっているという面白い構造だ。
洗濯機は1階。
私はこっそり廊下を横切り、1階に降りる。
1階には人の気配はなかった。
昨日の疲れがみんな残っているのかもしれない。
こそこそとしているとなんだか悪いことをしている気持ちになる。
1階の家事室に到着。洗濯機は自由に開けてね、と絵里子さんから昨夜言われている。
私の服を取り出し、絵里子さんの服を残す。
……ちなみに今、私はノーパンノーブラである。こんなことならショッピングモールで下着も買えばよかった。
時間効率を優先してしまったことを今更ながら悔やむ。
服を取り、再び3階に戻る。
自分に与えられた部屋に戻ろうとしたところで――3階にある脱衣所のドアが開いた。
「きゃ……」
小さく声を上げる。
「あ……」
そこには上半身裸の瀬川さんが居た。
頭から雫が滴っている。昨夜は酔ってそのまま寝てしまったから、シャワーでも浴びに来たのだろう。
濡れた瀬川さんには妙に縁がある。
「せ、せ、瀬川さんおはようございます」
他の3人と遭遇するよりはマシか。どうせ一夜をともにした仲だ。
私はホッと一息ついてあいさつをする。
「おはようございます」
瀬川さんはメガネをかけていなかった。部屋に置いてきたのだろう。
「……高山さん、ちょっと」
そういうと瀬川さんは有無を言わせず私の手を引いた。
私は瀬川さんの胸の中に収まる。
そして流れるように脱衣所に引きずり込まれた。
「あ、あの……?」
「物音がしました。たぶん3人の中の誰かがトイレに行く音です」
瀬川さんの読み通り誰かの足音が聞こえる。
足音は脱衣所の前を通り過ぎ、トイレへと消えていった。
「よし、大丈夫」
「ど、どうも……」
「……ドキドキしてますね?」
密着していたら胸の音が聞こえてしまったようだ。
「お、驚いたから……」
「本当に? それだけ?」
昨日の酔った可愛い瀬川さんが嘘みたいに、瀬川さんは意地の悪い顔を浮かべた。
「……ほら、今のうちに早く出ないと誰だか分かんないけど戻ってきちゃう……」
「高山さん、今、ノーパンノーブラですもんね」
「うぐ……」
恥ずかしい事実を見抜いて口にするのはやめて欲しい。
心なしか瀬川さんの手が動いている。私の体の上を滑っている。
「ノーパンノーブラ薄い寝間着、それで僕の手の中にいる……」
「こ、この寝間着は絵里子さんのです!」
厳密には絵里子さんはまだ袖を通していない。
しかし、その言葉は意外に覿面であった。
瀬川さんが微妙な顔で固まった。手も止まる。
嫌そうで、恥ずかしそうで、困っている。そんな感じの顔だ。
一言で言えば『萎えた』という感じだろうか。
「……ふう」
私はため息をつく。
と同時に廊下にまた足音が聞こえる。
トイレに行った人物が部屋へと戻っていく音だった。
「……絵里子さんは僕にとって母親も同然なんですよ……そういうのやめてください……」
瀬川さんの声が拗ねたようなしょんぼりしたような声になる。
「バレたらダメって言うのに、こんなことするからです!」
「はい……」
瀬川さんが脱衣所のドアを開け、左右を見る。
人がいないことを確認して、私を引っ張り出し、そしてそのまま瀬川さんにあてがわれた部屋に連れて行かれた。
……連れて行かれた? 何故だ。
疑問を浮かべながらも何となくついていってしまう私が居た。
私は流されやすいのだろうか……。
瀬川さんは部屋にスポーツ紙を広げていた。
昨日、コンビニで買ったものだろうか。
「今朝の新聞は三角家に届いているはずですよ。昨日の告知がどれだけ取り上げられているか、見物です」
「なるほど……あの、何故、私、瀬川さんの部屋に……」
「高山さんの部屋いちばん遠いんですもん。ここで着替えて戻ってください。そのかっこうでうろうろされてはこちらの心臓が持ちませんし……未成年には刺激が強すぎます」
「あ、はい…………じゃあ、あっち向いてください」
「着替えるの手伝いましょうか」
「あっち向いてください」
「はーい」
瀬川さんは背を向け、スポーツ紙にかがみ込んだ。
私も視界に瀬川さんが入り込んでいる状態で着替えるのがどうにも恥ずかしくて背を向ける。
着替えから下着を取り出す。
まず下を脱ぐ。パンツを履く。やっと落ち着いた。
上も脱ぐ。ブラを着ける。
さてタンクトップを、と手に取ったところで、後ろから抱きすくめられた。
「あ……」
瀬川さんの香りが広がる。
瀬川さんはまだ上半身裸のままで、メガネも外れたままだ。
「だ、だめ……」
「大丈夫、ここ防音しっかりしてるから」
「そ、そういう問題じゃ……」
「無防備なんですもん」
耳元で囁かれると体中が熱くなる。
「こ、ここ……人の家……」
「大丈夫」
もう一度言うと、瀬川さんは私をベッドに押し倒した。
下着姿の私に上半身裸の瀬川さんが覆い被さる。
「目、閉じて」
どうして従ってしまうのだろう。
こんなの駄目だ。
壁一枚隔てたところに、階下に、人がいるのに。
バレちゃ駄目なのに。
それなのに私は目を閉じていた。
瀬川さんのキスが唇に降ってくる。
「ん……」
「好きです。ユカさん」
また、名前。
それに気を取られている隙に、私の体に瀬川さんが手を這わせてきて、私は、それを受け入れてしまった。
結局、パンツとブラを着けた状態で寝間着に戻り、お風呂場に向かった。
脱衣所の入り口では瀬川さんが仁王のように門番をしてくれている。
汗を洗い流す。体中についた口づけの跡に目をそらしながら、私はシャワーを浴び終えた。
私服に着替えて、寝間着を丁寧に畳む。どうせ洗濯するだろうけれどそれは絵里子さんへの感謝の気持ちだ。
ドライヤーで髪を乾かしていると、瀬川さんが音を聞きつけたのか脱衣所に入ってきた。
私からドライヤーを取り上げて、髪を乾かしてくれる。
瀬川さんの手が頭を撫でて髪を梳く度、正直気持ちいいその感触に、さっきのことを思い出して、顔が赤くなっていく自分がいる。
「……バカ」
小さく呟いた声はドライヤーに紛れて瀬川さんには聞こえなかったらしい。
「じゃあ、改めて僕たち付き合うってことで」
ドライヤーの電源を落として瀬川さんが嬉しそうに言った。
鏡越しにその顔が見える。視線が鏡越しに私を見つめている。
私達は鏡越しに見つめ合った。
行為の最中、そんなことを口にしてしまった覚えがある。
『好きと言ってくれるまで離さない』
そう言われて高揚の中で思わず好きと答えていた。
「……はい」
私は頷いた。
毒を食らわば皿まで。
一度味わってしまった毒は二度目もあまりに甘美で、私のためらいはどこにやら。
もう一度、何度でも。それを味わいたいと思ってしまう私がいた。
まるで流されているようだ。
瀬川深海。
名前通りの人。
いっそ流されるなら深く沈んでしまおう。
私はこうして瀬川さんという男の人に飛び込んだ。
それがどんな困難や苦悩に遭うことになるかなんて、想像もせずに。
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