幼馴染みが婚約者になった

名無しの夜

第25話 阻む者

突然の光が去った後、周囲の景色が激変していた。

「へ? ……えっ!? ち、地上?」

陽が傾き始めた紅い空。風に漂う緑の香り。地下とはあまりにも違いすぎる環境に、一瞬夢でも見ているのかと思った。

(何これ? まさか……空間を超えた?)

空間を操る魔術は非常に高度で、基本的には様々な下準備をした上で一流の魔術師が数人、あるいは十数人掛かりで行うのが普通だ。トラップとして用いられるには些か高度すぎた。

「ちょとアロス、一体何が……って、アロス? アロス!?」
「落ち着いてください。アロスさんはいません」

見れば隣でサーラが背負っていたリュックを地面に置いて中を確認していた。

「い、いないって、どういうことよ。ってか、こんな時にアンタは何落ち着いてーー」
「うるさい!!」

放たれた怒気まりょくが大気を激しく揺らす。

「サ、サーラ」
「……恐らくアロスさんはあの階層にいます。私は今すぐに向かいますがティナはどうしますか?」
「そんなのーー」

疲労、食料問題、パーティーメンバーが半数以下。脳裏に今のコンディションであの階層まで降りることに対するリスクが過るが、そんなものは全部次の瞬間には吹っ飛んでいた。

「行くわよ。行くに決まってるでしょうが!」
「では出発です。言っておきますが、アロスさんとティナのどちらか一人を選ぶ局面が発生すれば、私は迷うことなくアロスさんを選びますので悪しからず」
「上等よ」

サーラなら実際そうするだろう。アロスの前ではうまく猫を被るがこいつはこういう奴だ。

(なら私は? 私にどちらかを選ぶことができる?)

分からない。でも二人のために死ぬことならできる。その自信があった。

「行くわよ」
「ええ」

私達は再び陽の光の届かぬダンジョンの奥深くに降りて行こうとしてーー

パン、パン、パン。

渇いた拍手おとに足を止められた。

「何?」

腰の剣に手をやる。敵意は感じない……が油断はできない。

ダンジョンへと続く洞窟。その闇から現れたのはーー


「アリア・デオロール……さん?」

覚えのある顔に目を見開く。中性的な美貌を持ち、軍服がとてもよく似合う彼女は美しくも怜悧な視線を私達へと向けた。

「君達とはそれほど接点がなかったけど、僕のことを覚えていてくれたんだね。嬉しいよ」
「そ、そりゃ貴方は有名人ですか……じゃなくて、あの、大変なんです。アロスが、アルバ家のアロスがダンジョンに取り残されていて、だからあの、助けてください」

ついている。何故この人がここにいるのか、今はそんなことどうでもいい。異国で起こったこの緊急事態に、同郷の、それも聖暗部に属する人と会うことができたのは行幸だ。何より彼女はーー

「なんだって? ルルの弟君が? それは大変だ」
「は、はい。だから早く救助に行かないと」

ルルさんとアリアさんはどちらもその美貌と実力で学院では有名人だった。そしてそんな二人が友人同士なのも有名な話だ。

アリアさんが同性にやたらと好評な流し目を私達に向けてくる。

「分かったよ。さぁアロス君のことは僕に任せて二人は街に戻るんだ」
「私たちも行きます! アロスのいる階まで案内できますし、足手纏いにもなりません」
「私もです。もし私達に何かあっても置いて行ってくださって構いません。ですから連れていってください」
「「お願いします」」
「二人ともよっぽど弟君のことが大切なんだね」

サーラと一緒に頭を下げていると、アリアさんが私たちの肩をポンと叩いた。

「それじゃあーー」
「でもダメだよ」
「……え? …………な、何故ですか? 私は剣聖様の、サーラは術聖様の弟子です。本当に足手纏いにはなりません」
「君達が足手纏いにならないことは分かっているよ。でもこれはそういう問題じゃないんだ」
「では、どうしてでしょうか?」

サーラの声に懇願以外の感情いろが混じる。正直私もちょっとイライラしてきた。

「どうしても何もないだろ。君たちは確かに剣聖様と術聖様の弟子だけど、今はそれよりももっと重要な立場にいるだろう?」
「は? えっと……」

アリアさんが何を言っているのかが理解できない。

(聖号者の弟子である以上に重要な立場? それって……)

「王子の婚約者であることを仰っているのですか?」

頭からすっぽ抜けていたその言葉じじつにドキリと心臓が跳ねた。そんな私とは対照的にアリアさんは何を当然なことをとばかりに呆れ顔だ。

「聖王の血を残すことは誰にでも可能なことじゃない。過去には百人近い妃をもちながら、一人しか子をなせなかった聖王様もいらっしゃるんだよ? 第三王子の子供を産む可能性が最も高い君達に何かあったらどうするんだい?」
「それは……でも、あの……」

頭が混乱して、何を言えばいいのか分からなくなる。元々旅に出たのは手柄を立てて王子の婚約者から外してもらう為だけど、今のアリアさんの言葉を聞いているとそれも難しいことのように思えた。

「関係ありません」
「何だって?」
「関係無いと言ったんです。そんなことよりも今はアロスさんの方が大事です」
「サーラ」

普段は下がっている目尻をこれでもかと吊り上げるサーラ。アリアさんは肩をすくめると私達から距離をとった。

「関係ない、か。驚いたね。仮にも聖王国の人間がそんなことを言うなんて。ちょっと変わった性癖を持つ僕でもそんなこと言えないよ」

アリアさんが同性好きなのは有名な話だ。

「貴方が動いてくれないのなら私達でアロスさんを助けに行きます。そこをどいてください」
「いやいや。さっきも言ったけど王子の婚約者を危険とわかっている所に行かせるわけにはいかないよ」
「ではついて来てください」
「それも断る。このダンジョンの推定危険度はBということになっているけど、僕達の調査ではSに相当することが確認できた。準備が整うまで聖王国の民がこのダンジョンに入ることは禁じさせてもらう」
「Sですって!?」

現時点で既に国家存亡レベル。

(そんな危険なダンジョンにアロスが?)

私はいてもたってもいられずに鞘から剣をぬいた。

「ティナちゃん、武器なんて構えて一体どういうつもりなのかな?」
「……サーラ」
「ええ、分かってます」

背後で魔力を練り始めたのが気配で分かる。私は刀身に闘気を走らせた。

「最後の確認です。アロスの救出に手を貸してください。それが無理なら黙って私達を行かせてください」
「悪いけどどちらも断るよ」

僅かな逡巡も見せないその返答に、会話の余地はないのだと理解させられる。

「そうですか。それじゃあ……力づくで通らせてもらうわ!」
「力付く? 僕を相手に? ふふ、可愛いね。少し遊んであげようかな」

不敵に笑うアリアさんの周囲の空間が歪む。聖王国に三十人といない単独空間術者。その中でも若くして五本の指に入ると言わしめる天才を前に、しかし不思議と恐れはなかった。

(待ってなさいよ、アロス!)

私とサーラは一切の加減を排した全力全開の攻撃を、同郷の先輩へと叩きつけた。


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