幼馴染みが婚約者になった

名無しの夜

第20話 大人なアロス君

「ふっ。朝日が眩しいな」

窓から入る陽射しの中、俺はコーヒーから漂ってくる大人な香りを満喫する。

コン、コン、コン。

「どうぞ」
「失礼いたしますわ。あら、起きてましたのね。アロスさ……ま?」
「やぁ、リラザイアさん、今日も君の美しさは求愛中のモンシロチョウのように輝いているね」
「えっと……ちょ、朝食になさいますか? それともお医者様をお呼びいたしましょうか? 後モンシロチョウは光ませんわ」
「ふっ。朝食で」
「か、かしこまりましたわ。席を取っておきますのでいつでも食堂に来てくださいな。後モンシロチョウは光ませんわ」
「いやいや、せっかく起こしに来てくれたのにそんな逃げるように退室しなくていいじゃないですか。どうです? せっかくの機会ですし、二人でゆっくり話でもしませんか?」
「いえ、結構ですわ。わりとマジで」
「けっこうなんですね。良かった。さぁ、おいで、おいで」
「ひ、ひぃ!? 私、まだお仕事がありますの! だからこれで失礼しますわ」

身体を大きく震わせると、リラザイアさんは勢いよく扉を閉めた。

「ふっ、おかしな人だな」

コーヒーを一口、うん。上手い。

ガチャリ。

「あの、アロスさん? 今リラザイアさんが全身を掻き毟りながら走り去っていったのですが、何かあったのです……か?」
「やぁ、おはようサーラ。とてもいい朝だね」
「えっと、何故バスローブ姿なのですか? それにその髪は……」
「これかい? ふっ。俺ももう十八。ちょっとしたイメチェンさ。似合うだろ?」

ワックスでガチガチに固めた髪を撫でる。この手触り、大人になった大人な俺にはこれ以上ないほどに相応しい。

「はぁ。イメチェンですか……」
「サーラ? 何してるんだい?」

サーラはベッドを触ったりシーツの匂いをかいだりしたかと思えば、ゴミ箱を漁ったり、洗面台をチェックし始めた。気のせいか顔がちょっと怖い。

「いえ、少し気になることが……良かった。どうやら杞憂だったようですね」

笑顔のサーラが戻ってくる。正直、何をしていたのかメチャクチャ気になるが、大人な俺は大人の余裕でそんなことは聞かないのだ。

「なら俺とコーヒーでもどうだい?」
「はい。いただきます」

ガチャリ。

「声がすると思ったらアンタら何やって……ブハァ!? クッ……アッハッハッハ!! な、何よアンタその髪? クッソ似合わないんですけど!? アッハッハッハ! ヒー、止めて、止めて。腹が捩れる~!!」

部屋に入るなり腹を抱えて床を転がり回るティナ。くそ、そのままスカートが捲れてしまえばいいのに。

「この髪型の良さが分からないなんて、ティナもまだまだ子供だな」
「アッハッハッ。や、止めて! その顔でそんなしゃべり方。ク、クク……し、しないで。つーか、な、なに? クッ、クク、ま、枕に……ハァハァ……ば、爆弾でも入ってたの?」
「ダメですよ、ティナ。アロスさんはコレを格好良いと思っているのですから、そんなこと言っては」
「え? あれ? サーラ?」
「なんですか? アロスさん」

サーラはとっても素敵な笑みを浮かべた。

「い、いえ。何でもない……です」

(ひょ、ひょっとして、この髪型って変なのかな?)

ティナではなくサーラなら客観的な意見を言ってくれるだろうけど、何となく、そう何となく止めておいた。

「てか、ティナ! いつまで笑ってるんだよ?」
「ハァハァ……わ、私だって好きで笑ってるんじゃないわよ。ク、クク……ア、アンタが、そうアンタが……ぷっ、クク……こ、この髪型やめれば……ハァハァ……い、いいのよ」
「あっ、こら。止めてよね」

せっかくガチガチに固めた髪の毛をグシャグシャにされる。

「ハァハァ……こ、これでよし。あー。ホント、腹筋が千切れるかと思ったわ。死にかけたせいで腹減ったし、早くご飯食べに行きましょう」
「……リラザイアさんが席をとってくれてるはずだよ」
「席取りって、そこまで混む? あと人を苦しめておいてむくれるのは止めなさいよね」
「別にむくれてないし」

どうやらお洒落は俺にはまだ少し早かったようだ。

(今度兄さんにでも聞いておこう)

「朝食の時間ですし、思ったより人が多い宿ですから、混んでもおかしくはないかと」
「観光客、すごい数だよね」
「火王国はカジノに力を入れており、それを目当てに国外からも観光客が来るそうですよ」

そう言ってサーラは俺が出したコーヒーをひと口すすった。

「へー、カジノか、ちょっと行ってみたいかも」

俺も一緒になってコーヒーを飲む。

「アンタら、二人だけで何くつろいでんのよ? 私にもコーヒーを出すか、さもなければ一緒に下の食堂に行くか、早く選びなさいよね」

バンバンとティナがテーブルを叩く。俺は質問の為に手をあげた。

「先生、カジノと言う選択肢はないのでしょうか?」
「あんた馬鹿? あるに決まってるでしょうが。今日は冒険じゃなくて観光よ、観光」
「うそ? ほんと?」
「こんなことで嘘なんて言ってどうするのよ。マジもマジ。オオマジよ」
「流石ティナ、そうこなくっちゃ」
「ふん。もっと褒めなさいよね、馬鹿アロス」

パァン! とハイタッチを交わし合う俺とティナ。

「私は反対なんですけど」
「何よ、サーラ。つまんないこと言ってないでカジノでガンガン稼ぎましょうよ」
「稼げるかはおいておいても、せっかく来たんだし、一回くらいやってみようよ」

正直な話、魔族を探したりダンジョンを潰したりするよりも俺としては二人と観光を楽しみたかった。

(そもそも二人が本当に俺のこと好きならわざわざ二つ名持ちの危険な魔族と戦う理由なんてないんだよな)

ティナもサーラも闘争の才能は十分あるが、師匠達に比べるとまだ未熟で、年相応の危うさがある。できるなら強い魔族と戦わせたくはない。

「アロスさんまで……。分かりました。その代わり使う金額の上限を私に決めさせてくださいね」
「はぁ? そんな面倒なことしなくても私に任せなさいよ。ねぇ、アロス」
「うん。サーラに任せよう」
「ちょっと!?」
「いや、だってさ……」
「あの、なんでもいいのですが、リラザイアさんを待たせすぎでは」
「あっ、そうだったわ。って、元々はアンタ達がのんびりしてたからでしょうが」
「アロスさんに誘われたら私は断れませんので」

そう言ってコーヒーを飲み干すサーラ。気のせいか、伏した黒い瞳が一瞬だけ妖しい色香を放っていたような気がする。

(そう、まるで昨夜の姉さんのような……。ね、姉さんのような……)

「ちょっと、アロス? アンタ、今すっごい気持ち悪い顔してるわよ?」
「え? そ、そんな顔してないから」
「いや、してるからね。なによ、今なに考えてたのか、言ってみなさいよ」
「え、え~と。ティ、ティナはいつ見ても可愛いなって思ってたんだよ」
「何ですって……て、へ? ……えっ!?」

ボンッ、と一瞬で顔を赤らめるティナ。

「アロスさん、私は? 私は?」
「サーラは凄く綺麗だよ」
「ふふ。ありがとうございます」

笑うサーラの頰がほんのりと赤くなる。なるほど、こうして改めて観察してみると確かに二人は俺のことを異性として意識しているみたいだ。

「も、もう馬鹿なこと言ってないで、いい加減本当に移動するわよ」
「了解」
「そうですね。私も少しお腹が空いてきました」

そうして俺達は食堂に降りるとリラザイアさんとリリラさんと一緒に食事を取った。

(今日も楽しい一日になりそうだな)

食事と一緒にこれからの予定を話し合いながら、俺はそんなことをふと思った。


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