Summer

飯田三一(いいだみい)

001

この一両編成の、少し年季の入った電車に乗る時、私はいつもウォークマンで久石譲のSummerを聴く。列車の振動音が少し聞こえ、少しずつずれていくスーツケースを手元に戻す。
この時間に、いつもの「私の夏」がやってきたことを思い出させる。
そして夏を迎えるにあたって、一番大切なことは“彼女”の格好をするのだ。少し寒くさえ感じるような“彼女”の服を。

 17年前の夏、その時は私の人生のピークだったように感じる。8歳だった私はこののんびりとした時の流れる華澄村という村に住んでいた。その夏に何があったのか、それを思い出す。毎年同じ、この電車で思い出すのがお決まりだ。草食動物が食べたものを噛み直すように、ゆっくりと、咀嚼し直して、忘れないように噛み締める。
「恵美!気をつけるのよ!」
「はーい」
そうやって虫かごと虫取り網を持って、短パンに親の選んだ西松屋のTシャツで出かけた私。この時の私は、いわゆる「男の子と遊んだほうが気が合う系女の子」って感じだった。言い訳をさせてもらえるならば、小学校の校区が広くて、近くに住んでいた同級生がその二人くらいだったから…ってのもあったし、単純に周りの雰囲気も田舎ならではなのかそういう感じだったし。兎も角当時の私は男の子とばかり遊んでいることなんて全く持って気にしていなかった。
そんな私は、この日も小学校のお友達の雄介くんと幹郎くんと山へ虫取りに行く約束をしていた。
親に山を超えた小さな町の自転車屋さんで買ってもらったキャピキャピ系というか何というかなピンク色の自転車を走らせた。
男の子と気が合う子をしていた割に一丁前に伸ばしていた髪の毛を靡かせて、重苦しい湿気と、対比するように流れるさっぱりとした涼しい風が混ざったような夏の匂いを土の香りによってより色濃くする田んぼ道を、人工的なピンクが駆け抜けていった。
走るたび果てしなく続くような気がする田んぼを抜け、少しの畑、私の身長の二倍くらいはある向日葵畑の向日葵を抜けていき、丁度その向日葵畑の端に、二人は居た。
「よう恵美!昨日仕掛けた罠見に行こうぜ!」
「うん!」
昨晩、カブトムシやクワガタムシを手に入れようと、雄介くんがママの服が入った箪笥から勝手に持ち出したと言って持ってきたストッキングを使った罠だ。勿論これに使うとストッキングとしては使い物にならなくなるから、この後どうなるかは大体目に見えている。
「でもあの罠カブトムシだけじゃなくてハチとかもくるんだよなぁ〜」と幹郎くん
「なに?怖いの?」
と不敵な笑みで返す私。
「行くぞー」
と急かしたと思えば、既に少し先に歩いていってしまっているせっかち方面でのマイペースさがリーダーシップと化してる雄介くん。
この3人が3人でなければならない理由は、この3人の性格が上手く合致していたからなんだろうなぁと私は大人になってから気付く。
この後、私たちはそのまま採集に向かう筈だった。
“彼女“との初めての出会いは3人とであった。
森の中に、見たことのない場所を見つけた私たちは、その場所に立ち寄ることにしたのです。
その場所は道から逸れており、そこに行くまではかなり長い草、それに大木も密集して暗い。
少し空いた列車の窓から懐かしい香りがした。あの夏の香りだ。
「あんなとこ前までなかったよね?」
不安そうに喋る幹郎くん
「まあ、でもとりあえずなんか見てみようぜ。」
心なしか雄介くんの声も不安さを帯びているように思う。
「…」
私は黙ってついていくだけになっていた。
というかそのくらいにはその光の周りの雰囲気だけがやけに不気味だったし、小学生だけで行っていいような雰囲気ではなかったが、それが私たちをそこに惹きつけるものになっていったのだろうと思う。
私たちは、虫取り網を置き、胸元くらいまでの雑草に包まれ、3人で手を繋いで歩いた。
「な、なあ、やっぱりひきかえそうよぉ…」
「い、いや、行こう。」
やっぱり雄介くんも不安…というか怖かったんだと思う。
そして、思ったよりも遠かった光の場所に着く頃には、草も足元くらいまでになっていた。
けれど手は繋いだままだ。多分、みんな雰囲気にのまれて怖かったんだと思う。少なからず私はそうだった。
その場所は鬱蒼と生茂る木々も無く、その少しだけの、せいぜい直径10mくらいの空間だけ、短く映え揃えられた芝生しかなかったと確かに記憶している。
そしてそこに“彼女”は居た。
ガタンと列車が大きく揺れる。
彼女はその空間の丁度真ん中くらいに倒れていた。
私たちはそれを急いで意識を確かめるでも無く、ゆっくりゆっくりと手を繋いだまま近付いた。
そして近づき切った所で、真ん中にいた私は手を離し、その子の横に膝を着いた。
「こんな所でなにしてるの?」
と出なかったはずの声は、自分でもびっくりするぐらいあっさりと私の中から発せられた。
んん…と寝ぼけたような口ぶりで彼女は起き上がると、私達の顔を見るにすぐ笑顔になった。やさしく包み込むような柔らかい笑顔だった。
曲の最後の優しい和音が私の耳を通り抜けた。

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