あなたが枯れてしまう前に

ノベルバユーザー456566

ビオラ

あまりの暑さに体を起こす。
体に張り付くシャツの感触に夏が来たのだと思い知らされる。
手近に置いてある冷房のスイッチを入れ冷蔵庫を覗けば飲みかけのミネラルウォーターが目に付いた。
それを手に取り口をつければ無機質な味が口内を満たす。
ゴクゴク、と飲み下せば止まらない。
そこで僕は思いの外喉が渇いていた事を知った。
ガラリと扉が開く音が耳に届く。
ペタンペタン、と近付く足音がする。
僕は空になったペットボトルを片手に足音のする方を一瞥した。
そこには身に覚えの無い茶髪の眠たそうな目をした青年が立っていた。


「誰……だ?」
「本当に記憶喪失なのな、朔」


そう確かに名前を呼ばれ僕は更に疑問符を浮かべる。
どうやら彼は僕を知っているらしい。
彼は小さく息を漏らしゆっくりと歩み寄る
一歩一歩、近付くたびに癖のある茶髪が揺れる。


「えらく大股なんだな」
「足が長いって言ってもらえる?てか、なっつかしー。初対面の時もこの会話したわー」


おちゃらけて笑う名前も知らないこの男に、僕は無性に懐かしさと安心感を覚えた。


「えーっと、俺はね、やば、改めて自己紹介ってすっごい緊張するわ。……俺は須藤要。よろしくな、相棒」
「相棒?」


要はベットに腰掛け俺に笑い掛ける。それはどこか少し悲しそうに見えた。
彼は僕に幼なじみだった事、どんな子供だったか、思い出、幼稚園から一緒だったこと、高校は別になる予定だったのに要が隠れて志望校を変えて一緒だったこと、など色んな話をしてくれた。
話し出して一時時間ぐらいした頃だっただろうか、彼は小さく息を吐いた。


「残念だったな、彼女のことは……。記憶喪失も彼女が原因なんだろ?」
「彼女……?原因……?」


僕が疑問の声を出せば要はしまったという顔をした。
この間感じたものより、一層強い頭痛が襲う。
苦痛に表情を歪めて助けを求めるように見上げれば、彼は慌てた様に僕の体をベットに寝かせた。
ほんの少しだけマシになった様な気がして、短く息を吐く


「びっくりさせて悪かったな。最近多くて……」
「あ、ああ……。」
「なあ、僕は途中で辛くなったり悲しくなったりするかもしれない、それでも、」


僕は一旦口を閉じ、‘ある決意’をし、再び口を開いた。


「それでも、聞かせてくれないか。僕の過去のこと、彼女のこと」
「いいのか?知らないなら知らない方がきっと幸せだぜ?」


僕は力強く頷き、要の顔を見つめる。


「簡潔に話せばな……お前には可愛い彼女がいたんだ。でも、水難で彼女はもう……」


彼はそこまで話し言い辛そうに、口を噤んだ。
再びズキズキと強い痛みが頭を覆う
その痛みに気付かないフリをして彼を見続けた。
好奇心は猫を殺す。
もうそれは知りたいという純粋な欲求だった。
それが愚かな欲求だとも知らずに僕は口を開く。


「彼女の名前は……?」
「春野結衣」


僕はその名前に聞き覚えがあった。嫌と言うほど聞き覚えがあった。
余りの頭痛に僕は吐き気を催す。
それでも、聞きたいと、聞かねばいけないと思った。


‘聞いてどうするんだよ?’
‘聞いたってどうしようも無いんだぜ’


ええい、うるさい。
止めろ。俺の決意を邪魔するな。揺さぶるな。
僕は頭を振り思考を揺すり払う。


「僕は、一体どうして記憶喪失になったんだ……?」
「お前、飛び降りたんだよ。彼女を亡ったのが辛くて。」
「その衝撃で俺は……?」
「……。だと思う。」
「ごめん。1人になりたい。要、また連絡するからさ、今日はもう……。」
「あ、ああ。ごめんな。療養中なのに辛い思いをさせて、、、」


俺は要を見上げてニコリと笑う。
いや。もう。


『もう療養する必要はなさそうだ。』
『帰ったらお前と、お前の彼女の美樹ちゃんの話し聞かせてくれな。』


俺がそう言えば人生最大の相棒は、輝くような笑顔を見せ大きく頷いた。
彼女。春野結衣と再び話さなければ。

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