消えない思い

樹木緑

第195話 落ち着きを取り戻して

最近は忙しさであまり自然に
目を向けるということがなかった。

先輩の言う通り、
オフィスの周りは自然が多かった。

知っていたのに、気にしていなかった。

きっとそれは僕の心に余裕がなかったのだろう。

小さな些細なところで気付かされる。

また佐々木先輩が
それを気付かせてくれたのが嬉しかった。

僕としては日本へ帰ってから、
精神的にも、経済的にも余裕が出て来てると思った。

日本にも帰ってくることが出来たし、
矢野先輩や青木夫妻とも再会できたし、
仕事も順調で申し分ない。

一緒に働く人たちも良い人達ばかりだし、
つい先日の個展も成功した。

陽一も健やかに育っているし、
両親も健在で変わらず僕を愛してサポートしてくれる。

本当にこれ以上望んではバチが当たるというくらいだ。

でも僕の世界は佐々木先輩なしでは成り立っていなかった。

佐々木先輩との散歩は、
苦しい程にその事を再確認するだけだった。

僕達は一体これからどうなるのだろう?

「木漏れ日が大分柔らかくなったな。
年を取って思うのは、一年が早いって事だよな」

「そうですね……」

僕はそう返事をして木漏れ日を見上げた。

真夏の時と比べると、
確かにキラキラとしていない。

柔らかなベールに包まれたような感じだ。

僕達は近くにある公園に行くと、
そこにあったベンチに腰を下ろした。

土曜日なので小さな子供たちが
家族で遊びに来ている。

その姿を見るのが少し苦しかった。

「ちょっとここで待っててくれ。
直ぐに戻って来るから!」

そう言って先輩は何処かえへ走って行った。

僕はベンチに座り、
ボーっと子供たちが砂場で遊ぶのを見ていた。

先輩が居て、僕が居て、
もしここに陽一が居たら、
僕達も幸せな家族図にみえるのかな?

そんなことを考えていた。

そしてそっと自分の項に手を当てた。

今でもこの痕は愛おしい。
絶対無くしたくない僕の一部だ。

先輩に噛まれた後を撫でていると、

「待たせたな!」

そう言って先輩が戻って来た。

戻ってきた先輩の手には、
近くにあるパン屋さんの包みがあった。

「来る途中で見つけたんだ。
窓越しに見えたサンドイッチがおいしそうで、
是非試してみたくってな」

そう言って先輩が僕の分のサンドイッチと飲み物をくれた。

「もうお昼だったんですね……
時間が経つのは早いですね。
僕もここのサンドイッチ大好きなんですよ。
良くお昼休みに行くんです。
パンも美味しくって、
良くお土産に買っていくんですよ。
家族にも大好評なんです」

僕がそう言うと、

「じゃあ、お前の両親に
なにかお土産に買って来ればよかったな」

と先輩が返した。

「大丈夫ですよ。
ここのパンは何時ものように食べてるので、
今日くらい大丈夫ですよ」

そう言って僕はサンドイッチにかぶりついた。

「なあ、お前の居る会社って
浩二の会社だよな?」

先輩が不意に尋ねた。

「え? あ、そうですね、
矢野先輩のって言うよりは、
矢野先輩のお母さんの会社ですね。
まあ、先輩は次期オーナーらしいですけど……」

「浩二とは偶然だって言ってたよな?
それって浩二にとってもか?
浩二はお前だって知って雇ったって事は?」

「う~ん、再会の場面から見ても、
それは無いでしょうね。
でも、僕のレジュメが回って来た時点で、
もしかして?とは思ったみたいですよ」

「そうか、じゃあやっぱりリクルーターの線なんだな」

「え? 一体何ですか?
僕と矢野先輩がずっと
連絡を取り合ってたって思ってたんですか?」

「いや、そういう訳じゃ無いんだが、
やっぱり気になってな……」

「どうしてですか?
どうして気になるんですか?」

僕は期待交じりにそう尋ねて、
先輩の目をジーっと見つめた。

「いや、ほら……
もしかしたら浩二と……」

「矢野先輩と?
矢野先輩と何ですか?」

「繋がったのかな?って」

「え? 意味わかりません。
繋がったって……
何がですか?」

「いや、何言ってるんだろうな俺、
違うならいいんだよ。
忘れてくれ」

変な質問……
それって先輩の焼きもちだったのかな?
僕と矢野先輩の事疑ってるのかな?
心配してる?
そうだったら嬉しいな……

だったらあの女の人は何なんだろう……?
もし僕の事まだ好きなんだったらなぜ結婚したんだろう?
僕がポールに持った感情と同じかな?
まさか先輩が彼女の発情期に当てられて襲ったって訳じゃないよね?

え? まって、番ったままでもαって他の人と番えるの?
恐らく僕らΩは番えないけど、
でも…… 発情期に襲われたらきっと妊娠は出来る……
相手が番で無くても……

ただ僕達の発情期のフェロモンに当てられないってだけで、
多分、発情期に普通にセックスをすれば妊娠は可能なはず。

まあ、そういったニュースは今まで聞いた事は無いけど、
考えられない話では無い……

あ…… でも体の中に入った番の体液の化学反応でダメかな?
どうなんだろう?
考えた事無いし、
いままでそこまで掘り下げて調べた事は無いな?

僕だってもしかしたら、
発情期に誰かの手に落ちたら妊娠する可能性はある?

発情期にフェロモンで襲われなくなったとしても、
それってちょっと怖いな……

先輩ってそこの所知ってるのかな……?
だから僕が誰かと繋がってるか気にしてるのかな?

そんな事無いのに……
僕は今でも先輩が全てなのに……

「何考えてるんだ?」

「え?」

「いや、今ずっと静かだったから、
何か考えてるのかな?って……」

僕の考えを先輩に言っても良いのかな?
でも僕が先輩の番だって催促してるような感じになっちゃうかな?

もし思い出されて番の解消を申し渡されても嫌だな……

無いとは思うけど、
番の話を深く掘るのは今はまだ待っていた方が良いかもしれない。

「いえ、サンドイッチが美味しいな~って……
今夜はどんな食事が出て来るのかなって楽しみで……」

そう言うと、先輩に鼻を摘まれた。

「お前、そう言う所は変わってないな!
成長してるのか?」

「あっ、酷いな~
ちゃんと成長してますよ!」

「そな割にはお肌つるつるだな、
ハハハ」

そう言って先輩にホッペをなぞられた。

ドギマギとして焦ってしまった僕に、

「ほら、口元にマヨネーズ付いてるぞ!」

と言って親指ですくいあげた後、その指をペロッと舐めた。

更にドギマギする僕を先輩は小さくクスッと笑って、
そして食べてしまったゴミをクシャッとすると、
ゴミ箱に放り投げた。

「ナイスシュートだな!」

「先輩、衰えてませんよ!」

僕も手をパチパチと叩き先輩にのってあげた。

「今日は良い天気だな」

「そうですね~」

と僕が言うと、先輩が僕の方を向いて、

「俺たち、茶飲みじじぃのようだな。
天気の話題しかないのかって?」

と言ったので、

「先輩が天気良いなって言ったから
それに返したんでしょう!
僕、先輩より若いんですよ!

じゃあ、若者の話をしますか?」

と返すと、

「何だよ?
若者の話って?」

と突っ込んできた。

「え? 若者の話?
なんだろう?
恋バナとか?」

そう言って後悔した。

「はっ! 恋バナ?
いいな!
お前の聞かせろよ!
色々あるんじゃないのか?

フランスにはいい男一杯いただろ?」

僕はキッと先輩を睨んだ。

やっぱり疑ってるのかな?
でもそれが嫉妬からだったら良いな……

そうしたら先輩は、

「ごめん…… 冗談だよ!

もうソロソロ行こうか?」

そう言ってまた僕の手を取った。

そして今度は指を絡ませて恋人つなぎをしてきた。

あっ……
佐々木先輩が矢野先輩化してる……

そう思って僕は先輩の顔をチラッと見た。

なんだか気恥しそうにしている。

佐々木先輩のこんな一面を始めてみた。
高校生の時はどんなに矢野先輩に嫉妬しても、
僕を誰にも渡さないと思っても、
矢野先輩とは違ってこういうことはしてこなかった。

まあ、違う面で俺様な所はあったけど……

佐々木先輩にもこういった一面があったなんて……
そう思うと少しくすぐったかった。

先輩も僕をチラッと見ると、
僕が先輩をチラチラ見ている事に気付いて
ニコッと笑った。

僕はまた新しい先輩の一面を見つけた。


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