消えない思い

樹木緑

第178話 これは夢?

僕達が日本へ帰ってニ週間が過ぎた頃、
橋本さんからメッセージが届いた。

僕の近況報告と、
仕事始めの第一日目のスケジュール確認をする為。

僕の仕事は来週の月曜日から始まる。

時差ボケ調整にと、少し早めに帰ってきたので、
仕事が始まる前には時差ボケも取れそうだ。

陽一は日本に帰り、たったの3日ほどで日本時間に慣れ、
もう既に、元気良く幼稚園にも通っている。

日本語もメキメキと上達している。
発音だって完璧だ。

それに同じくアメリカやイギリスから帰ってきたと言う
同じ歳の帰国子女のお友達ができた。

陽一は逞しく、
彼等から英語を学んでいるようだ。

僕が心配した様な事は一切なく、
陽一は割と“我が道を行くを”実行するタイプの様だ。

ちゃんと自分の意見を言える子だと褒められた。
それに、リーダータイプで、
よく他の子供たちをまとめるのが上手みたい。

そう言う所は佐々木先輩に似てαっぽいけど、
僕の勘は今でも陽一はΩだと言っている。
それに陽一を育てる中に佐々木先輩はいたことが無いのに、
似てるって言うのは、
これもDNAなのかな?と不思議に思った。

こんな感じで陽一の方もまずまずの出だしで、
取り敢えずは安心している。

僕の仕事第一日目はというと、
本社の方で、新入社員の説明会と、
書類作成などが行われるらしい。

今回、僕の所属する部門に配属されたアーチストは
僕のみというか、今の所、
僕だけがこの会社のアーチストと言う事で、責任が重くなりそうだ。
でも、やりがいも同時にある。

あと、もったいないけれども、
僕には秘書が付くと言われた。
その秘書との顔合わせもその時あるらしい。

また、オーナーが直に僕に会いたいそうだ。

これは少し緊張した。

“一体オーナーが僕に何の様なんだろう?”

リクルーターの橋本さんによると、
オーナーが僕の作品を凄く気に入ってくれたと言う事で、
直接僕に会いたいと言う事だった。
それで、月曜日のミーティングが終わった後に会うことにした。

月曜日が来て僕は港区にある本社へと向かった。

東京に戻って数回電車に乗った。
相変わらず電車は苦手ではあるけど、
フランスへ行く前と、何も変わってない。
改札を抜けて、駅店を眺めて、階段を上って、ホームへ行き、
列に並び電車を待つ。

こんな当たり前のことが、
凄く幸せだと思い、知らず知らずのうちに
笑顔が出てくる。

着いた電車のドアが開いた瞬間、
ドッと人の波が電車から降りて来た。

その時、電車から降りて来た数人の人に目が行った。

“あっ…… 僕の通った高校の制服……”

クレイバーグ学園の生徒がグループになって
電車から降りて来た。

恐らく電車通学の生徒だろう。

その途端、高校時代の楽しかった思い出が、
走馬灯のように甦ってきた。

“先輩……”

電車に乗るのを忘れ、
その学生が僕の横を通り去るのを目で追った。

僕はまだ佐々木先輩に会えていない。
その方法もまだ思いつかない。

その時、電車のドアが閉まる
ジリリリリという電車のベルの音がして、
ハッとして電車に飛び乗った。

駅員さんにギュウギュウに詰め込まれ、
僕は顔を押しつぶされそうになりながら
なんとか電車に乗った。

“これさえなければ……”

ラッシュアワーの電車は、
今日で数回経験した。

これも先輩と番ったゆえに出来る事だ。

“この中で発情期になったら一体どうなるんだろ?”

そう言う恐ろしい事がフッと頭をよぎった。

“Ω専用の車両があれば完璧だな”

そう思いながら、多くの通勤、通学の人波にもまれて、
やっとの思いで本社に着いた。

今回僕の所属する会社に採用されたのは僕を含め5人。
会社全体で言うと、約20名ほど。

アーチストは僕のみで、
後は営業、企画、インテリアコーディネーター、
グラフィックデザイナーという顔ぶれだった。

本社は思ったよりも大きかった。

会社概要から行くと、
この総合商社には5つの部門があるみたいで、
一点物の値の張る絵画を扱っている画商、
コピーで複写して数をさばく流通、
アンティークなどの骨董品、
絵画以外のアートウォーク、
そして最近新しく発足された
僕が配属されたインテリアアート、デザイン、雑貨部門などがある。

その他に、アーチストたちのアトリエがあちらこちらにある。
新しく発足された部門は、
インテリアを扱うため、
別の場所にモデルルームが建てられ、
僕のアトリエもそこに入った。

会社は組織化として社長が頂点に立っているけど、
基本的には会社のオーナーが居るらしい。

オーナーは普段は会社の詳細には直接には
関わらず、社長より会社の報告を受けるのみのため、
表舞台には出てこないと言われた。

会社に関わらなければ、
社員と交わることも殆ど無い人で、
話した事も無ければ、会ったことも無いと言う人が殆ど。

だから、オーナーがどういう人なのかも知らない人が
殆どで、社報にさえ載っていない。

基本的には色々な所を忙しく飛び回っているらしく、
そんなステイタスのオーナーだから、
僕がこの後オーナーに会うと言ったら
皆に凄くびっくりされた。

月曜日の大体のミーティングは午前で終わった。
お昼からは自分たちの部署へ行って
簡単なあいさつ回りだった。

それで自分の部署に戻る前にオーナーに会いに行った。

そこへは僕の秘書として紹介された
野口里奈さんが僕を案内してくれた。
野口さんは秘書になって、
初めて担当するのが僕だと教えてくれた。

これまでは本社の受付に居たらしい。
まだ若い可愛らしい人だった。

彼女も、今までオーナーには会ったことが無いらしい。
それで、オーナーに会えることを凄く楽しみにしていた。

オーナーの部屋の前には、
受け付けらしい
若い人が座っていた。

オーナーとの面会があると
秘書の野口さんが告げると、

“聞いております”

と言って、僕達は待合室に通された。

僕は、キョロキョロと待合室を見渡した。
日が良く通って、観葉植物と、白い壁のコントラストが
凄くステキな待合室だった。

ソファーの色合いも、
この部屋に凄くマッチして、

“そうか、これから僕達がこんな部屋を作っていくんだ”

という思いが込み上げてきた。

待合室に通されキョロキョロとしながら待っていると、
オーナー補佐の秘書という田中美穂さんと言う人がやって来た。

オーナーは朝のミーティングが押して、
少し遅れると言う事だったので、
オーナーが着くまで、
オーナー補佐と会う事になった。

オーナー補佐はオーナーの息子さんで、
次期、オーナーとなる人らしかった。

僕の緊張がグンと高まった。

“ちゃんと旨く出来るかな?
どこか変な所無いかな?”

そう思いながら部屋に通されソファーに座っていると、
オーナー補佐の声が
衝立の向こうから聞こえてきた。

「あ、来られましたか?
それではお茶とお菓子の用意
お願いしま~す!」

僕はその声を聞いた時、

“あれ?”っと思った。

その瞬間オーナー補佐の足音がこちらに近ずいてきた。

なんだか訳のわからない汗が噴き出してきた。

“ちょっと待って……
あの声…… あのセリフ…… あのトーン……”

僕の心臓の音が跳ねだした。

足音が近ずいて来る。

僕はその足音を、
夢でも見るかのように聞いていた。

その時、秘書の野口さんに肘でつつかれた。

僕の意識が少し飛んでいたようだった。

オーナー補佐が衝立を回ってこちら側に来たようだったので、
僕は慌てて立ち上がり、

「初めまして、
赤城要と申します。
この度は良い条件の元採用下さり、
ありがとうございました!」

と深々とお辞儀をして挨拶をすると、

「あ~ 要君!」

と懐かしい呼び声がした。

「えっ?」

“まさか……”

「やっぱりそうだった!
リクルーターから名前を聞いた時に、
もしかしたらって思ってたんだよ!

でもフランスって言ってたから、
同姓同名かな?とも思ったけど、
やっぱり要君だったね!」

僕の体が硬直して、
上を向くのが怖かった。

「懐かしいね~

ところで、お茶とお菓子は如何?」

そのセリフを聞いた時、僕は震え出した。

“まさか……
僕、夢を見てる?
本当に……?
嘘じゃない……?”

震えながら顔を上げ、オーナー補佐の顔を見た途端、
僕の目からは涙がボロボロと流れ始めた。

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