消えない思い

樹木緑

第153話 記者会見

勢いあまってフランスに来たはいいけど、
僕にはフランス語は全く分からなかった。

フランス映画を見たことも無ければ、
どんな有名な人が居るのかもわからなかった。

流れていたテレビなどで、
偶然にフランス語を聞いた事はあったけど、
学びたいと思った事も無ければ、
フランスに住みたいと思った事も無かった。

そういう訳で、勿論パリの地理にも乏しく、
何処が安全な区域で、
何処が危険な区域なのかも、
全く分からなかった。

只わかっていたのは、有名ブランドが沢山あると言う事。
そしてオシャレな国だと言う事。

でも、思ったよりも日本人が住んでいた。
それも、ポールのアパートの近隣に。
殆どが、駐在員の家族で、留学生などは、別の区に居るようだった。
パリ市内ではこの辺りは治安的には良さそうだけど、
ポールによれば、絶対に行ってはいけない地域があるとかで、
治安が悪い場所なども教えてくれた。

そんなこんなで、
フランスに興味の無かった僕はフランス語習得に苦労し、
後になって、何故フランスへ来たんだろうと後悔した。

アメリカにしとけばよかった……
そう何度も思った。

イヤ、英語もアメリカの地理も分からないんだけど、
少なくとも、英語は中学1年生の時から学んでいたので、
少しはどうにかなったかもしれない。

それに、まず無いとは思うけど、
でも、もしかしたら……
もしかしたら、矢野先輩に会うこともあったかもしれない。

そんなことを毎日のように思いながら、
今僕は、昼は日本人学校の高校課程に通いながら、
夜に外国人の為の語学学校でフランス語を学んでいる。

日本人学校は日本と同じように4月始まり、3月終了なので、
中途半端にフランスに来てしまった僕としては凄く助かったのだが、
語学学校に於いては、分厚い辞書を繰りながら、
毎日出される宿題と格闘していた。

そんなある日の夕方、
時折僕の家庭教師となっていた
ポールに出された問題集をやっていた時、

「要君、大変なことになってるよ。
リビングに今すぐ来て!」

そう言うポールの突然の呼びかけで、
何事だろうと思ってリビングに行った。

「これ見て!」

そう言ってポールの指さした先に映し出されたのは、
N〇Kの放送だった。

「え? これN〇K?
フランスで見れるの?」

「何言ってんだよ。
今じゃ各国で見れるよ。
それよりもこのニュース見てよ!」

そうポールに言われて画面を見ると、
見出しに

“蘇我総司、緊急会見”

と出ていた。

僕は画面に釘付けになった。

まさか…… お父さん……

画面に映し出されたレポーターの人は興奮した様にして
捲し立てていた。

「何と今から、あの俳優の蘇我総司さんの緊急会見が行われると言う事で、
今私は赤坂にある〇リンスホテルに来ています。

一体、何のお話をされるのでしょうか?

私たち記者達は、今朝からここに詰め掛けているのですが、
これをご覧ください。
会場は後ろまで記者達で埋め尽くされております!」

映し出された会場はドアの外まで
人が詰め寄っているような状態だった。

会場はザワザワとしていて、
レポータたちが話している姿や、
カメラマンがフォーカスのセットをしている姿などが見受けられた。

「まだいらっしゃいませんね……

会見は朝の11時からと言う事ですので、
もういらっしゃるとは思うのですが……」

そう言ったかと思うと、そのレポーターは興奮した様にして、

「あ、御本人がいらっしゃったようです」

と捲し立てた。

そこで一気にフラッシュがたかれ、
テレビを見ている僕の目にさえも眩しかった。

画面を見直すと、そこには確かにお父さん自身が居て、
皆の前に立つと、深く一礼して、用意された座席に腰かけた。

僕はドキドキとして事の行方を見守っていた。

会場は眩しいくらいのフラッシュがたかれ、
お父さんが話し出すのを今か今かと待っているようだった。

その時、お父さんがゆっくりと話し出した。

「今日は私、蘇我総司の為、このような会場に駆けつけて頂き、
記者の皆様や関係者の方々には大変感謝致しております。

この度は私事ではございますが、世間の皆さまや、
ファンの皆さまにご報告したいことがございます。

ずっと公表を控えてはいたのですが、
私、蘇我総司には妻と息子が一人いると言う事を、
ここで皆様に公表したく思います」

その瞬間会場がざわつき、記者たちが一斉に質問をし始めた。
相変わらず、フラッシュの光は止まらない。

お父さんが横を向いて、何か目配せをすると、
そこにお母さんが現れた。

カメラマンはお母さんに焦点を合わせると、
レポーター達がお母さんについて話し始めた。

「こちらは…… 如月優さんの様ですね~

そうですね、間違いありません、如月優さんです、
国際的に有名なあのプロのバイオリニストの
如月優さんです。

これは、如月さんが蘇我総司さんの奥様と言う事なのでしょうか?
如月さんは既にΩであると言う事を公表されていますが、
これは如月さんが既に蘇我さんの番だったと言う事なのでしょうか?
そしてご出産をされていたと言う事なのでしょうか?」

会場が更にヒートアップして来た。
また一斉にフラッシュがたかれ、二人が質問攻めにあった。

でもお父さんはそれを遮り、
お母さんと一礼するとお母さんを紹介し始めた。

「妻で、バイオリニストの如月優です。
皆さま、御存じだと思いますが、
如月は男性でありΩでもあります。

そして私、蘇我総司の番であり、唯一の愛する伴侶です。

私達には息子が一人います。

私事ではありますが、今回この事を公表するに至った訳は、
息子の為です。

自分勝手だと批判されても構いません。
全ての攻めは私が受けます。

ですが…… 

私が世間にこのことを公表していなかったばかりに、
また息子の事を守るべき責任のあった私が至らなかったばかりに、
息子に苦い選択をさせてしまいました。

息子は未成年の一般人です。

私達夫婦の事は公表しましたが、
どうか、息子の事はそっとしておいて下さい。

誠に勝手なお願いではございますが、
ここに家族の事を公表できたことに皆様に感謝し、これを以って私の会見を終了したいと思います。以上です」

フラッシュが瞬き、質問攻めにあう中、お父さんとお母さんは
深くお辞儀をし、その後は沈黙を貫いたまま会場を後にした。

僕は暫く思考回路が停止した。
ずっと信じられない事が立て続けに起こり、
僕のキャパシティーは限界に来ていた。

「要君、大丈夫?
ビックリしたねぇ~
司兄も優兄も思い切った事したねぇ~」

とポールもびっくりしていた。

僕はポールの言葉にハッとして、
居てもたってもいられず、
急いでお父さんにLINE電話をした。

「お父さん、お父さん!」

「その様子じゃもう記者会見は見た様だね」

「お父さん、どうして公表しちゃったの?
折角僕が……」

「ごめんね、要くん。

本当は僕が要君を守らなきゃダメなのに、
僕、要君のお父さんなのに、逆に息子に守ってもらうなんて……
それも未だ成人もしていない息子に!

僕は自分が情けないよ。
もっと早く公表していれば、
要君もこんなに苦しむ事は無かったのに……

全てが解決したわけじゃ無いけど、
少しでも要君の重荷を取り除いてあげたかったから……」

「お父さん…… 
僕なんて言ったら良いか……」

「大丈夫だよ、優君とはね、もうずっと、
公表しようか?って話はしていたんだ。
だからいい機会だったよ。
きっとその時だったんだよ。

まあ話したとはいっても、変装はこれからもやるし、
家なんかが特定される事がないようにするよ。
それに要君が息子だと言うこともばれに様にするから、そこは安心して。

日常のプライベートは絶対守るから!

それよりフランス語の方はどうだい?」

「お父さん、今はフランス語どころじゃ無いでしょう!
もし仕事干されたりとかしたらどうするの?」

「大丈夫、大丈夫!
僕はこう見えてもね、お金は沢山持ってるんだよ。
芸能の仕事が亡くなったら、
自分で会社でも興そうかな~」

お父さんは至ってマイペースだった。
だから、僕ももうそれ以上は何も言うことは出来なかった。

「それで要君のフランス語はどう?
上達してるの~?」

「ん~ なんだか納得いかない結末だけど、
フランス語はね~
毎日ポールにしごかれて大変だよ~」

「ハハハ、ポールは自分にも厳しいからな~
フランスは楽しい?」

「楽しいって言ったら嘘だけど、楽しくないわけでもないよ。
まだ分かんないかな? 来てそんなに経って無いし!」

「要君、いつでも帰って来て良いんだからね。
要君居なくて僕は凄く寂しい……
こんなに離れるのは初めてだね……」

「うん、有難う。
でも、僕頑張るからね。

ねえ、お父さん……、」

「なんだい?」

「大好きだよ。
何時もありがとう」

そう言うと、お父さんは泣いていた。

いつもの様なお茶らけた様な感じでは無くて、
本当に父親として愛する息子を心から心配しているように。

「じゃあ、お父さん、
僕、沢山宿題あるから行くよ。
お父さんも仕事の途中でしょう?
今日は本当にありがとう。
また電話するね」

そう言って僕はLINEを終えた。


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