消えない思い

樹木緑

第150話 高校編最終話ー僕の永遠と決別の日

僕たちは沖縄の3日間を野生の動物の様に過ごした後、
東京に戻って来た。

現実に戻され、僕は脱力した様な感覚にさえ感じた。

番となった先輩のそばを離れるのは凄く辛かった。
でも、これからはこの痕に恥じない人生を送らなくてはいけない。
未だ解決しなけれないけない事はたくさんあるけど、
もう後戻りはできない。

僕はこの首筋にできた跡がとても誇らしくて愛おしかった。

沖縄から帰ってお盆が過ぎるまでは先輩に会えなかったけど、
今日はやっと会える。

部室に着き、いつものように窓を開けると、
そこから見える景色を眺めた。

旧校舎の窓からは、グラウンドが見える。

夏休みも後10日程を残すのみとなった。

この時期の生徒たちは夏休みの宿題に追われて、
殆ど学校へは来ない。

居るとすれば、一部の運動部位なものだろう。
それでも、殆どは半日で練習を終え、
校舎は割りとひっそりとしたものだった。

グラウンドをひと眺めしたあと、
空を見上げると、空には入道雲が立ち込め、
一雨来そうな雰囲気だった。

“先輩…… 遅いなぁ〜
今日は朝一番で来るって言ったのに……
バレー部に見つかって顔を出してるのかな?”

そう思って、体育館まで行ってみようと思った。

体育館まで行き、中を覗いたけど、
先輩らしき姿は見えなかった。

目があった青木くんに、そっと手招きして尋ねたけど、
ここ最近佐々木先輩は来ていないという事だった。

僕は駐車場の方を回ってみたけど、
そこにも先輩の車は無かった。

もう一度部室に戻ってみたけど、
やっぱり先輩は来ていなかった。

携帯を見たけど、連絡さえ無い。

“どうしたんだろう?
事故で無ければ良いんだけど……”

先輩の携帯に何度かかけてみたけど、
圏外か電源が入って無いと繋がら無かった。

お昼になっても先輩は来なかった。

僕はどんどん心配になって来た。

“先輩、僕の乱れた姿にちょっと引いちゃった?
まさか釣った魚に餌はやらないタイプ?
それとも本当は遊ばれた?
イヤイヤ、それだったら初めての後に捨てられてる筈だ……
そうじゃ無かったらやっぱり出てこれない何か理由が……?”

嫌な思いがぐるぐるとし始めた。

“どうしたんだろう……?
何故来ないの?
何故連絡も無いの?”

僕は何も手に付かず、結局は何もせずに、
ボーッと椅子に座ってグラウンドを一日中眺めていた。

その間、僕の心を表すかのように、
雷を伴ったスコールが過ぎて行った。

学校にはもう誰もいない。
気付けば、時計はもう5時を指していた。

世間はいつの間にかクマゼミの声がツクツクボウシに変わり、
まるで夏の終わりを告げるかのようだった。

“もう帰らないと両親が帰って来る……”

そう思った瞬間、僕の携帯が鳴った。

ポケットから取り出し着信を見て見ると、
それは知らない番号だった。

“誰だろう?
出ても大丈夫かな?”

そう思いながら携帯に出た。

「もしもし?」

返答は無かった。

「もしもし……?」

やっぱり返答はない。

“あれ? おかしいな? 間違い電話かな?”

そう思って切ろうとした時、

「要か?」

と忘れもしない愛しい人の声がした。
でも声に覇気がない。

「先輩? どうしたんですか?
1日中待ってたんですよ?
大丈夫ですか?
まさか事故などではありませんよね?」

「……」

「先輩?」

電話先の先輩の様子がおかしい。

「先輩? 大丈夫ですか?」

「……親父に……全てバレた」

「え?」

「あのコンビニヤロウ、親父の犬だ。
俺たちの事が筒抜けだ。
あれからも俺たちを見張っていたらしい」

「え? え?」

「浦上だよ。
全て尾行されて親父に報告されてる。
それに優香にもバレた」

「そんな……
先輩は今どこに?」

「携帯も取り上げられ、ずっと監禁されていた。
辛うじて抜け出してきたけど、
見つかるのも時間の問題だ」

「そんな……
僕どうしたら……」

「親父たちがお前の家に向かっている。
どんな条件を出されても、呑むんじゃない。
お前は俺が守る。
俺を信じて待っていてくれ。
必ずこの状況から
抜け出して見せるから。
どんなことがあってもバカな行動は起こすな。
わかったな?」

その時、電話の向こう側から、
少し争う様な音がして、先輩の

「止めろ、離せ!」

という声がして電話が切れた。

僕の手は震えていた。
先輩に一体何が起きたのか分からなかった。

“何今の?
何が起きてるの?
先輩、監禁されてるって言った?
誰に?
先輩のお父さんに?
誰かに捕まったの?
また連れて行かれてしまったの?
先輩……今どこ?”

あまりにも突然の出来事に緊張が極限まで足し、
気がつけば、僕は学校のトイレで戻していた。
頭がガンガンとして気分が悪かった。

暫くは何が起きたのか分からずに、
トイレの中でボーっとしていた。
そして何かを悟った様に僕は走り出した。
僕は走って、走って、走った。
今までこんなに走ったことは無いと言うくらい走った。

マンションの前まで来ると、
深呼吸をしてエレベーターに飛び乗った。

家のある階に着くと、
玄関の扉を勢いよく開けた。

「お父さん? お母さん? 帰ってる?」

リビングに急いで行ってみると、
そこにはお父さんと、お母さんと
先輩の父親らしき人と、その秘書が両親の前に座っていて、
その後ろにボディーガードらしき人達が立っていた。

僕はそこでフリーズしてしまった。

「……」

「要、こっちにおいで」

お母さんが声を掛けたので、僕はお母さんとお父さんの間に座った。

テーブルの上を見ると、いくつかの写真と、
報告書の様な物が置いてあった。

「これは……」

僕の体が震え始めた。

そんな僕に気付いてか、
お母さんがギュッと僕の手を握ってくれた。

それでも僕の震えは止まらなかった。

「要君と言ったかね?
君は…… 裕也と付き合ってるんだよね?
ごまかしても無駄だよ。
証拠はちゃんと挙がっている。
それに君はΩだよね?」

先輩のお父さんが静寂を切った。

テーブルの上にあった写真を見せられると、
僕の心臓は破裂するんじゃないかと思うくらい跳ねた。

僕と先輩が一緒に撮られた写真が複数そこにはあった。
全てのデートや海へ行った事、名古屋へ行った事、
沖縄へ行った事もあり、手をつないでいるシーン、
抱擁シーンやキスシーンまでもあった。

報告書には、ちゃんと時系列で先輩との出会いから、
沖縄に行ったことまでが細かくまとめられていた。

でも、僕達が番になった事は何処にも書いて無かった。

ここには記されて無いけど、
僕達が番になったことまで知ってるのかな?
そう思うと、
僕は先輩のお父さんの顔が真っすぐに見れなかった。

「一体、何が言いたいのですか?」

僕のお父さんが切り出した。

「調べさせていただいたら、
世間には公表されていないようですが、
あなた方は正体を隠して芸能活動をされていらっしゃるようですね。
それにご両親は芸能事務所を掲げていらっしゃるとか?
おまけにあなた方のご子息はΩであると……」

「それが何か問題でも?」

「イヤ、家の愚息がですね、
何を血迷いましてか、
そちらにいらっしゃるΩのご子息と番いたいなんて……
愚息もこのままでは私の跡取りとして認められませんし……」

そう言って、僕に向き変えると、

「君は裕也の目標を知ってるよね?
このままでそれがまかり通ると……君は思っているのかな?」

先輩のお父さんは僕に質問を切り替えた。

僕はおびえるような目をして先輩のお父さんを見上げた。

凄く優しい話し方だったけど、凄く威圧的な雰囲気を醸し出していた。
そして先輩のお父さんは先輩によく似ていた。
声も先輩のような声だった。

「君は我が家の風習も知ってるよね?
それに裕也には婚約者が居る事も……
悪い事は言わないので、
ここは裕也と別れる道を選らんでくれるかな?」

彼は先輩と似た顔で、先輩の声で僕に別れを切り出してきた。

先輩と同じ声で、僕に別れを切り出している……
先輩と同じ声で!

「私共も裕也を監禁したくはないし、
長瀬家との関係も崩すわけにはいかない。

そちらも色々と世間に知られては不味い事が色々とおありなのでは?

これだけ下出に出てお願いを申しておりますが、
もし、こちらの申し出を組んでいただけない場合は、
こちらも出るところ出ようと思っておりますので……

あっ、忘れるところでしたがこちら、手切れ金です。
まあ、慰謝料と思ってお納めください」

そう言って、秘書に持たせたケースを目の前で開いた。

漫画なんかだと、
ここでちゃぶ台をひっくり返して
お金を投げつけて追い返すのだろうけど、
僕は目の前が真っ白になって動けなくなった。
言葉さえも出てこない。
今では体さえも強張って、震えさえも止まってしまった。
今起きている事が、実際に起こっていると言う事が信じられなかった。

幸いなことに、両親はとても冷静だった。
僕の決断を、只、黙って見守っていてくれた。

そんな…… 
先輩と別れるなんて出来無い……
僕達はもう……

でも先輩の夢は…… 
先輩の安全は……

僕の家族の幸せは……

僕の返事一つに掛かっているの……?
僕がそれを選ばなければいけないの?

僕が別れる事を選べば、先輩は自由を取り戻せる?

「あの……
今先輩は……何処に?
さっき電話先で争っていて……
誰かに連れ去られたような感じが……」

「君は知らなくても良いんだよ」

「僕が別れを選んだら、
先輩は自由になりますか?
先輩に何の害も、もたらさないと約束出来ますか?

それと僕の家族に手出しはしませんんか?
家族のプライバシーは守られますか?
約束出来ますか?」

僕がそう尋ねると、彼は不敵にも笑った。

その顔が不気味で僕は身震いをした。

彼は本気なんだ!
本気でそういう事が出来るんだ。

事の情況を把握するのに長くはかからなかった。
先輩と共にいるという事はこういう事を言うんだ。
佐々木先輩が心配していたのはこれだったんだ。
両親が心配していたのはこの事だったんだ。

僕が一緒に居ては先輩の未来を殺してしまう……
家族の幸福を壊してしまう……

答えを出すのに時間は掛からなかった。

「僕、先輩とは別れます。
だから、先輩を自由にしてください。
先輩に危害を与えないでください。
先輩の望みをかなえてあげて下さい。

そして、僕の家族はそっとしておいて下さい。

もう先輩には二度と会いません。

だから、お願いします!
先輩には先輩の道を……!」

「君は思ったよりも賢いようだね。
では私共はこれでお暇しようか」

先輩のお父さんがニコリと微笑んでそう言うと、
お供の人達と共にスッと立ち上がった。

お母さんがケースを先輩のお父さんに差し出して、

「これはお持ち帰りください」

そう言ったけど、先輩のお父さんはお母さんの
台詞を無視して帰って行った。

僕が先輩を殺してしまうと悟った後は、
後先も考えずに僕は両親に、
誰も僕を見つける事のできない所に送ってくれる様頼んだ。

両親は本当にそれで良いのか何度も確認したけど、
もう僕の決心は固かった。

お母さんは学生時代に住んだ事があるという
フランスの遠い親戚の家にお願いして僕を匿う様にした。

そしてその足で僕はずっと入りたかった高校を中退し、
右も左も分からないフランス・パリへと渡った。

両親には佐々木先輩が来ても、
絶対僕の居所を言わない様に約束させた。

それは簡単な決断では無かった。
もしかしたら別の方法もあったかもしれないけど、
その時の僕に心の余裕は無く、
一刻でも早く先輩を今の状況から解き放し、
両親の重荷を軽くしてあげたかった。

そして僕の青春は終わった。
僕の永遠はここで断ち切られてしまった。

それはまだ残暑も残る、
夏の終わりの出来事だった。

余りにも呆気ない結末で、
僕は涙さえも出なかった……
と言うよりは、
何だか夢を見ているようで、
自分毎の様にはまだ感じられなかった。

でも僕は後悔しない。

これで先輩と家族が守られるのなら!

でも、この時僕は、まさかフランスに渡った後で、
自分の身に大変な変化が起きるとは思いもしていなかった。

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