消えない思い

樹木緑

第142話 佐々木先輩の誕生日

僕は佐々木先輩から今日の事が持ち出された日から
ドキドキとしてよく眠れなかった。

でもついにその日がやって来た。
今日こそ2度目……?

僕は先輩へのプレゼントをキャリーケースの上乗せると、

「行ってきま~す」

と元気よく家を出た。

先輩がマンションの近くまで来てくれているので、
僕はそこまでキャリーケースを引いて歩いて行った。

コンビニの前を通った時に中を覗いたけど、
浦上さんの姿は見受けられなかった。

前回の口論から、僕はまだ一度も浦上さんを見ていない。
その時はシフトが違うんだろうなぁくらいに考えていた。

先輩の待つパーキングへ行くと、
先輩は既に到着し、僕を待っていてくれた。

先輩は僕を見つけた瞬間、
車からサッと降りてキャリーケースを運んでくれた。

「先輩、おはようございます~
今日は良い天気になって良かったですね。
ところで、今日は何処へ行くのか
そろそろ教えてくださいよ~」

「着いてからのお楽しみだ。
絶対楽しめるぞ」

「え~どこだろう?
ヒントは?」

「ヒントも無しだ。
敢えて言うと、東京から出るぞ!
今はゴールデンウィーク中だから少し時間掛かるかもだけど、
4時間ばかり行くぞ。
疲れたら寝ても良いぞ」

「え~ 4時間って言ったら何処だろう?」

「途中でお昼して、
渋滞を考えたら、向こうに着くのはホテルのチェックイン
時間丁度ってところかな?」

そう言って先輩は東名高速と入って行った。

「東名と言う事は……
南へ行くのか……
4時間程と行ったら名古屋あたり?」

「ハハハ、そこは素直に答えてやるよ。
当たりだよ。
今日は名古屋へ行って、
そこであるイベントに参加する」

「え~ あるイベント?
携帯でチェックしてもいい?」

「あ、お前、それはダメだ」

「え~ だったら僕、全然分かりませんよ」

「だから、着いてからのお楽しみだ!」

「ちぇ~ まあいいや。
では、楽しみにしています!」

高速は少し込んではいたものの、
車が全く動かないと言うほどでは無かった。

途中のサービスエリアで立ち寄り、
昼食を食べた後はまた引き続き名古屋へ向けて出発した。

先輩の狙い通り、名古屋のホテルに着いたのは
お昼の3時ごろ。
丁度ホテルもチェックインできると言う事で、
無事チェックイン完了。

先輩に連れられ、エレベーターまで行くと、
先輩は35というボタンを押した。

僕は35階にある部屋なのかなと思いながら、
ワクワクと先輩の横に並んで立った。
僕達の他に、数名のカップルっぽい若い人たちが
同じエレベーターに乗った。

「今日はそちらもベネツィア際に来られたのですか?」

不意にエレベーターに乗っていたカップルが尋ねて来た。

「そちらもですか?」

もう一組のカップルが返事をしていた。
先輩の顔を見上げると、
先輩はニコリとして、ただ会釈をしていただけなので、
肯定なのか、否定なのかも分からなかった。

でもベネツィア祭って何だろう?

そう思いながら先輩の顔をまじまじと見ていると、
あっという間に35階についてしまった。

他のカップルはもう少し上の階まで行ったようだけど、
その階で降りたのは僕達だけだった。

僕達の部屋らしき所まで来ると、
先輩はカードキーを使って部屋を開けた。
そして部屋を開けて僕はびっくりした。

突然目の前に、外の景色が広がったからだ。

僕達の宿泊するホテルは、寝室が殆どカラス張りという部屋で、
外の景色が一眼として見渡せた。

「まあ、お前んちのベランダから見える景色と
そんなに変わらないが、
一晩二人だけってところがな」

そう言って先輩は荷物を床に下ろした。

僕は凄く興奮した様にはしゃいで、
窓から見える景色を携帯に収めた。

「先輩、僕の家は都心だけど住宅地なので、
高速とか、ビルとか、車のライトの流れとか、
ちょっとこれとは違いますよ。
夜景が楽しみです~」

「じゃあ、さっきのカップルの会話から、
ここに来た理由は分かったと思うけど……」

「もしかしてベネツィア祭とか言ってたことですか?」

「ああ、毎年この時期になるとベネツィア祭が行われるんだ。
今年は名古屋で開催されて、ここだったらドライブするにも遠くも無く、
人目が気になる俺たちには近くも無く
丁度良いかなと思って」

「で、ベネツィア祭って一体なんですか?」

「ほら、ベネツィアって言ったら仮面舞踏会だろ?
今夜名古屋にあるボールルームで開かれるんだよ。
衣装なんかも貸し出してくれるんだ」

「え? あのマスカレード?」

「だな」

「面白そうですね。
先輩、良くそんなの見つけましたね!」

「俺な、実を言うと、祭り大好きなんだよ~
高校卒業して車の免許取ったら、
全国の祭りを車で回ってみようとずっと思っててな、
でもお前はまだ高校生じゃないか、
だから近場で何かと思ってた時に
見つけたんだよ。

これ、俺たちであって
俺たちではない夜が迎えられそうじゃないか?
今の俺たちにぴったりじゃないか?」

「じゃあ、今夜は僕は赤城要では無くなるんですね。
先輩も佐々木裕也じゃ無くなる!
凄いですね。
僕、また女装しようかな~」

「ハハハ、まあ、そこはお前に任せるよ。
衣装の貸し出しは午後の6時からだ。
パーティーが7時に始まるから
少し休んでそれから夕食に行った後、
貸衣装へ行こう」

「そうですね僕、この祭りについて
携帯でちょっと調べてみますね。
先輩はゆっくりとしていてください」

僕がそう言うと、先輩はベッドにダイブして、

「は~ このベッド気持ちいい~
お前も寝転んでみろよ」

そう言って、僕の手を引いた。

僕がバランスを崩したように横たわると、

「どうだ? 気持ちいいだろ?」

そう先輩が同意を求めてきた。

「ほんとだ!
ベッドが柔らかいのに沈んでる感じじゃ無くて、
包まれてるみたい。
まるで雲の上に居るみたい!」

先輩の横に転がると、
先輩はくるっと向きを変えて、
僕に抱き枕の様に抱き着くと、

「あ~ さらに気持ちいい~」

と言って目を閉じた。

僕は先輩の思い足を体に乗っけたまま、
両腕だけを何とか自由にして、
携帯で祭りについて検索した。

2,3分もすると、隣では先輩の
ス~ス~と行った寝息が聞こえて来た。

『きっとここまで運転して疲れたんだな』

そう思い、先輩の体が僕の体に
絡みついたままにしておくのは苦しくて重かったけど、
そのまま寝かせてあげる事にした。

でも時間になると、僕が起こすでもなく、
先輩は自分で目を覚ました。

「あれ? すまん。
眠っていたみたいだな」

「先輩、ここまで運転して疲れてるんですよ。
今夜楽しむためにもゆっくりとしてもらいたかったし、
僕は大丈夫ですよ。
それよりも携帯で祭りについて読んだんですけど、
凄く楽しそうですね。
凄く楽しみです~!」

「だろ? じゃあ、そろそろ夕食に行こうか?
貸衣装の時間に遅れるといけないから」

そう言って僕達は夕食にありつき、
その後貸衣装へと向かった。

貸衣装は、
祭りと一緒に衣装を積んだトラックが来ていて、
そこから好きな衣装を選ぶと、
ブースのような形で試着室がいくつもあって、
その一つ一つのブースには、着替えのサポートらしき人が付いていた。

僕はやっぱりいつもの僕と別人になりたくて、
女性の衣装を着る事にした。
これってやっぱりお母さんの血なのかな?
と思いながら小さくクスッと笑った。

暫く衣装を見た後、薄いピンクのレースとリボンがふんだんに使ってある
プリンセスのようなドレスを選んだ。
でも、色んな衣装があるのにはびっくりした。
ドレスばかりかと思っていたら、ピエロのような衣装から、
バレリーナのような衣装、ハロウィーン?と言う様な衣装まで、
ピンキリだった。

かつらも、それはそれは色んな色から髪型があり、
僕はブルーネットの中世のヨーロッパよろしく、
銀の髪飾りをあしらっただけのアントーワネット張りの縦巻きロングを選んだ。

そして仮面も本当に色々な種類があって、
顔全体を覆う物から、
柄が付いたものを只持って、所々で目の部分を覆う物とか、
仮面に派手な装飾が施してあるものから、
シンプルに白く、口の部分だけが赤く塗ってあるもの等、
皆それぞれだったけど、僕は目の部分を隠すだけのものを選んだ。
装飾は至ってシンプルで、ビーズで縁をかたどった、
白地にピンクの模様が描かれたものだった。

この時初めてコルセットなるものを付けたけど、
昔の貴婦人はこれを毎日つけていたのかと思うと
凄いなと思った。
それに胸の無い僕でも、
寄せて持ち上げて縛ると、
ほんのりとふくらみが出来たのには驚いた。

先輩が試着室から出てきたとき一瞬、

“リボンの騎士?”

と思って笑ってしまったけど、
見慣れたら段々とカッコよく見えて
先輩が別人の様で直視できなかった。

そして先輩の

「そろそろ行くか?」

という合図で、僕達の楽しい夜が始まった。





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