消えない思い

樹木緑

第137話 矢野先輩の手紙

僕は矢野先輩の手紙を一通り読んでしまって、
天井を見上げ、フ~っと一息ついた。

そしてクスクスと笑った。

とりあえずは生きてる!
元気でやってそうで良かった。
でも、授業のノートのコピーを送るってどういうこと?
僕にはチンプンカンプンなのに!
それにその他は一言も無いなんて!
ま、矢野先輩らしくって面白いけど!

でもそっか~
こんな勉強してるんだ~
凄いな全部英語で……
あ、アメリカの大学なんだから、当たり前か~

僕は矢野先輩の手紙を丁寧に折りたたむと、
元の封筒に戻して、カバンの中に入れた。

そして描きかけのキャンバスをそのままにして、
カバンを取って体育館へと向かった。

矢野先輩の手紙を読んだ?それともこれって見た?後は、
無性に佐々木先輩に会いたかった。

一度先輩と肌を合わせて大胆になったのか、
僕は思考さえも今まで恥ずかしくて、
考えたことも無かったことを考えるようになった。

実を言うと、クリスマスに佐々木先輩との
初体験をして以来、
先輩と会う時は何時もドキドキで2度目は何時?
もしかして春休み?等と思っていた。

でも矢野先輩の失踪?騒ぎでその思いもどこかへ行ってしまい、
少し落ち着いてきた今は、
凄く佐々木先輩と肌を合わせたくてたまらなかった。
先輩のあの痺れるような匂いと、
熱い肌が恋しかった。

先輩がそこに居ると思うと、
僕の体や精神は、まるで磁石で引かれるかのように
先輩に引き寄せられた。

僕は、同じ校舎内に佐々木先輩が居る事にワクワクしながら
体育館へと急いだ。

体育館まで行くと、奥野さんも覗きに来ていた。

「あ、赤城君!
もう佐々木先輩にはあったんでしょう?
さっき体育館横切った時、佐々木先輩が居たからびっくりしたよ!」

「はい、先輩には先ほどあったのですが、
でも奥野さん、聞いてください!
矢野先輩から手紙が来たんです!」

奥野さんの顔が急にパ~ッと明るくなった。

「そうなの?
先輩何て?
今どこに居るの?」

「そんなに一気に質問されても答えられませんよ~」

「あ、ごめん、ごめん。
ついつい興奮しちゃって」

「で? 矢野先輩なんだって?」

「え~っと、何処に居るのかは相変わらず分からないんですけど、
とりあえずは生きてるみたい。
でも、手紙の内容が全部授業で取ったノートなんですよ。
全部英語で、僕分かりません!
でも凄く矢野先輩らしくって、
離れていてもやっぱり矢野先輩は矢野先輩だなって……
なんだか安心しました」

そう言って僕はクスクスと笑った。

「あ、赤城君、いいね。
表情が柔らかくなったよ!」

「え? 僕ってそんな硬くなってましたか?」

「うん、な~んか笑って無かったって言うか……
ほっぺの筋肉が引きつってたって言うか……
でも今は良い顔してるよ!」

そう奥野さんに指摘されて、少しずつ前に進んでいるようで
僕は少しうれしかった。

ピピーッというホイッスルの音で、休憩の時間になったようだ。

「あ、ほら、休憩の時間になったみたい。
でも、佐々木先輩、後輩に囲まれてるね」

「そうですね~
今日はもう話すことは無理かな?」

「う~ん、どうだろう?
もう少し待ってみたら?
皆も落ち着いたら先輩から離れるんじゃない?」

そう話してるとき、青木君がこちらに向かって歩いて来るのが見えた。

「あ、青木君、お疲れ様です。
新しいクラスはどうですか?」

「いや~ 要の様な可愛い子がいないからがっくりだよ
皆、脳みそが筋肉で出来たような奴ばっかでさ~」

そう言いながら、青木君は汗を拭いた。

「何ですか? その脳みそが筋肉って……
凄い表現ですね~」

「分かるだろう? 
もう、戦う男ってやつらばっか?
考える前に体が動くって言うか……」

「あ、でも、そう言うのが必要な時ってあるじゃないですか!
車に引かれそうになった人を助けるとか!」

「そんないいもんじゃないよ。 
どっちかって言うと、動物的……猛進型?
お前ら、イノシシか?って。
ちっとは頭使えよ!ってな感じ」

青木君がそう言うと奥野さんも束さず、

「あんたもその一人ね」

と言って、青木君をからかってた。

「だが、今日は残念だったな。
折角佐々木先輩来てるのに、囲まれてしまったな」

「そうなのよね~
私達も今そう言う風に話してたのよ~」

僕はもう一度佐々木先輩の方を見て、
離れてくれそうもない人だかりを横目に、

「残念だけど、今日はもう帰ります。
残っていても、もう話せそうもないし……
帰る準備をしてきたから部室に戻るのもアレだし……」

「え~ ほんとに帰っちゃうの?
あとちょっと待てば先輩、解放されるかもだよ?」

「うん、でも練習の邪魔もしたくないし……
顔を見ながら少し話せればって来てみたんですが、
今日は諦めます。
バレー部の皆も僕と同じような気持ちだと思うし、
僕の方が先輩とは会う機会が多いから……」

「ホントに良いのか?
じゃあ、佐々木先輩にお前が立ち寄った事だけは
伝えておくな」

「青木君、ありがとうございます。
じゃあ、また明日!」

そう言って僕は奥野さんと青木君に挨拶をして帰路に就いた。

校門を潜って、河川敷をトボトボと歩いていると、
後ろから

「要ー!」

と僕を呼ぶ声がしたので振り向くと、
佐々木先輩が僕を追いかけて自転車でやってきているのが見えた。

「お前な~、少しは忍耐して俺を待ってろよ!
青木に聞いてすぐさま追いかけて来たよ!」

「先輩! 練習は良いんですか?」

「ああ、俺が出来る事はもう全部やったから、
後は見学をするか、帰るかの2択だったから
お前を追って来たよ」

「先輩、嬉しいです~
僕、凄く先輩に会いたくて、会いたくて、
凄く顔を見て話がしたかったんです~」

「お前、大分元気が戻って来たよな」

「はい、これも一重に先輩のサポートのおかげです!
最近は心に余裕が出来たせいか、
前とは違った意味で先輩と一緒に居たくて……
先輩との時間が足りなくて……」

「ハハハ、もう少ししたら車の免許が取れるんだよ。
取れたら少し遠出しような。
夏休みに入ったら二人だけでまた旅行もしたいし」

「そう言えば、教習所に通ってるって言ってましたよね。
それにもう直ぐ先輩の誕生日も来るじゃないですか!
一緒にお祝いしましょうね!」

佐々木先輩の誕生日は4月30日なので、数週間後には先輩は19歳になる。

「なあ、浩二の手紙には何が書いてあったか……
聞いても良いか?」

先輩が子犬の様な目をして尋ねてきたので僕は少しおかしかった。
僕は先輩をちょっとからかってやろうと思い、
目を伏せて、ちょっと目をウルウルとして見せた。

「……」

「もしかしてまだアプローチとか……してるのか?」

僕は少し上目使いに先輩を見上げて、

「本当に知りたいんですか?
後悔するかもしれませんよ?
僕は構いませんが、
本当に先輩が知りたいんであれば……」

そう言うと、カバンをゴソゴソとし始めた。

隣からは先輩の緊張と言うか、
ソワソワというか、
落ち着きを無くした感じが手に取るように伝わって来た。

「凄く矢野先輩らしくって……」

そう言って僕は佐々木先輩に封筒を渡した。
渡しながらも、僕は笑いをこらえるのに必死だった。

先輩は緊張を飲み込んだようにして手紙を開いた。

そしてワナワナとし始めて、

「お・ま・え~!!!!!」

と叫んだ。

僕は手を叩いて笑いながら、

「ハハハハハハ! 引っ掛かった、や~い!」

と走って先輩から逃げた。

「お前の足で俺から逃げれると思うなよ!」

そう言うと、先輩は自転車に飛び乗って僕を追いかけて来た。

逃げるまでも無く、直ぐに先輩に捕まった僕は、

「降参! 降参!」

と言って立ち止まった。
そして先輩に向かってヒヒヒと笑った後、

「先輩、公園まで後ろに乗せてってくださいよ!」

そう言って、ヒョイと自転車の後ろに立った。

「お前~
警察見かけたらすぐに降りろよ?」

先輩はそう言うと、
颯爽と自転車を漕ぎだした。
先輩の広い肩に手を置くと、先輩の熱が手のひらに伝わって来た。
先輩の熱を感じる手で僕はギュッと先輩の肩を掴んだ。

そして先輩の背中に寄り掛かると、
その大きな背中を胸に感じた。
また少し伸びた先輩の髪が風に揺れ、
僕の頬に触れて少しくすぐったかった。
そして先輩からは、いつもの甘い癖になるような匂いがフワリと漂っていた。

全てを剥した先輩の肌に直に触れたことがあるのに、
この時は先輩の甘い香りに包まれて、
初めて先輩に触れたみたいに僕の心臓はドキドキとしていた。

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