消えない思い

樹木緑

第124話 先輩、ありがとう

「先輩、先輩、待ってください!」

僕は慌てて先輩を止めようとした。

「やっぱり嫌だ?
まだ心の準備できてない?」

子犬のような目で先輩が尋ねてきた。

「そうじゃ無くて、僕達、まだお風呂にも入っていませんよ!
折角、矢野先輩が露天付きのお部屋を取ってくれたのに、
もったいないじゃ無いですか!」

「風呂は後でも入れるだろ」

「僕、汗臭いです。
せめて汗を流させて下さいよ〜」

先輩は僕の首筋に自分の唇を押し付けながら、

「お前は全然汗の匂いなんかしない。
お前の匂いは凄く甘い。
匂いだけで俺を惑わす」

と言って、僕の匂いを嗅いだ。

「これ僕のお願いです。
お願いしますよ~
お風呂入りましょう~
乙女心のつもりでは無いんですけど、
やっぱり初めては奇麗にして、ちゃんと
先輩に良かったって思ってもらいたいんです!」

先輩は少しプ~ッとして

「分かったよ」

と納得してくれた。

「あの~ でも先輩、
やっぱり恥ずかしいので、
入るのは時間差ですよ。
先輩先に行って下さい!」

「お前な、これから俺たちは
あれや、これやするんだぞ。
恥ずかしがっても全て見るんだからな!」

「そんな身も蓋もない言い方……
ホラホラ、時間がもったいないです。
早く入って下さい!」

僕がそう言うと、先輩は何を思ったのか、
僕の前で颯爽と服を脱ぎ始めた。

僕はギャ~と思い直ぐに後ろを振り向いたけど、
シャツを脱いだ先輩の背中は凄く逞しかった。

ずっとバレーボールをしていただけあって、
決してボディービルダーの様に
筋肉質と言う訳では無かったけど、
大円筋と僧帽筋から広背筋にかけて、
凄くバランスよく整っていた。

あの日先輩のユニフォーム姿から浮かび上がる、
先輩の体躯を目で追って想像した日を思い出し、
急に体がうずきだした。

『僕は今、実際にあのユニフォームの中に
隠されていたものを見ているんだ』

そう思うと、緊張と期待で
心臓が爆発しそうなくらい高鳴った。

「要、早く来いよ!」

気付くと、先輩はもう湯船の中に浸かっていた。

僕は我に返って、

「今、行きま~す!」

そう言うと、服を脱ぎ棄て
タオルを巻くと、そそくさと湯船の所まで行き、
お湯を勢いよくバシャ~ンと駆けると、
その中に入った。

先輩が、ちょっと鼻をクンクンさせて、

「お前、緊張してるのか?
それとも興奮してるのか?
匂いが強くなってる」

と言ったので、カーッと顔が熱くなった。

僕のそんな顔を見て、

「お前、興奮してるんだな!
そうだろう?
そうだろう?」

そう言って先輩がからかって
僕の腰をくすぐって来た。

「先輩~ からかうのはやめて下さ~い!
ほら、星が奇麗なんだから、
この一時を堪能しましょうよ!」

そう言って空を見上げると、
空は満天の星が広がっていた。

冬の山は乾燥して空気が澄み切っているので、
空がすぐそこに在るように感じた。
腕を伸ばすと、本当に星に手が届きそうだった。

矢野先輩と熊本・阿蘇に旅行に行った時を思い出した。
あの時に見た星も凄く奇麗だったけど、
今日、佐々木先輩と見る星は、
あの時とは違って、胸が苦しくなるくらい奇麗だった。

多分先輩も同じように感じていたんだろう。

「都心に居ると星ってあまり気にしてみないけど、
ここは凄いな。
星ってこんな感じで本当にちゃんと見れるんだな」

「こんな奇麗な所に僕達だけって
何だか贅沢ですよね」

暫く、言葉も無くボ~ッと星を眺めていると、
少し熱くなってきた。
それで僕は湯船の周りに並べられた
大きな平らな岩の上に座った。

「ねえ、先輩ってT大受けるんですよね。
受験前の大変な時期に僕と一緒に旅行してくれて
有難うございます。
先輩が快く一緒に旅行することを承知してくれて、
凄く嬉しかったです」

「夏休みは残念だったからな。
あんなに楽しみにしてたのにな。
でもこれからは受験が終わるまで暫くは会えなくなるから
どうしてもその前に要とゆっくり時間を過ごしたかったし、な?」

「そうですよね~
やっぱりそうなりますよね。
あ~あ、先輩と会えない時間をどう過ごそう?
今までだってあまり外では会えなかったけど、
それ以上会えないことになるのか~」

そう言って僕は深いため息を付いた。

「まあ、大学受験なんて大した事は無いけどな。
それでも皆の手前、勉強する振りはしてないとな」

「かー どの口が……
僕には一生言えないセリフですね」

「そう言えば俺、要と将来について話した事は無いよな。
お前はどういう風に考えてるんだ?」

「僕ですか?
僕はほら、家は親があんな感じじゃないですか?
だから、まあ、普通に大学に出て、
就職して、
結婚して、
子供が出来てって思ってたんですけど、
それでも中心にあったのは、何時でも運命の番を見つける事でしたね~」

「運命の……か……」

「そうですよね~
僕の両親が運命の番だったから、
僕にとっては運命の番って近い存在だったんです。
でも本当は会える確率って殆ど無いんですよね?」

「そう言うよな。
都市伝説だって。

俺の育てられた環境ってあれじゃないか?
運命の番なんて考えたことも無かったし、
ましてや、Ωと番うなんて考えも無かったよ。

でも浩二の影響か、
俺も段々とその気になってな。

知ってるだろ?
あいつがどんなに運命の番に巡り合いたいと思っているか。
ま、あいつが思う人は何時も番が居る人なんだけどな。

でも高校に入る頃には、そんな浩二と同じように、
俺の目標は運命の番を見つける事に変わっていたよ……

高校3年間、親父には内緒だけど親父を通して
色んなΩに出会ったけど、
どの人も俺の運命では無かった。

本当は半ばあきらめかけていたんだ。

やっぱり、運命の番とは都市伝説でしかないんだって。

そこでお前を見つけた。
あの時の俺の興奮が分かるか?

探して、探して、やっと見つけたんだ。

ま、そいつは何故か浩二に惚れてたんだけどな」

そう言って先輩が笑った。

「僕だって目標はずっと小さい時から
運命の番を見つける事でした。
それが一番だったんですけど、矢野先輩に会って、
初恋だったから他の事が見えなくなっちゃったのかな?
もう運命なんてどうでも良いかな?
って思えるようになってたんですけど、
先輩を見つけて……というか、
見つけられちゃった?

本当に運命ってあるんだって……

先輩、僕を見つけてくれて有難う。
それに、諦めずに、僕を追いかけてくれて有難う」

先輩は涙を流していた。

「なあ、絶対、絶対、俺から離れて行かないでくれよ?
俺はもうお前しか考えられない。
お前がいなくなれば、本当に心が死んでしまう」

「先輩、それって大袈裟ですよ。
一体僕が何処に行くというんですか?
僕にだって先輩しか居ないんですよ。
先輩こそ、どこにも行かないで下さいよ」

「俺は約束する。
絶対にお前を永遠に愛する。
お前からは決して離れない」

僕は先輩に抱きついた。

どうしようもない感覚が僕自身を巡って、
言葉では表せない感情が生まれた。

先輩が好きで、好きでたまらない。
その感情はもうどにも止まらなかった。


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