消えない思い

樹木緑

第120話 冬休みまでもうすぐ

僕は一階昇降口の前に飾られているパネルを見て、
笑いが止まらなかった。

このパネルがこんなに大きいとは思いもしなかった。

写真部によって提供されたようだが、
とても旨く出来ている。

パネルの中で、爽やかに、
にこやかにピースサインをしているのは矢野先輩。

先輩の隣で恥ずかしそうにはにかむのは、
ミス・クレイバーグ学園に選ばれた先輩。

パネルの中で矢野先輩は、ミス先輩の腰に腕を回し、
楽しそうに微笑んでいた。

そうこれは、ミスター・ミス・クレイバーグ学園に
選ばれた二人が、商品として贈られた○ズニーでの、
二人で一緒に撮ったデート券の証拠写真。

写真を見て見ると、
僕的には結構お似合いの二人だと思う。

やはり、ミスに選ばれるだけあり、
凄く可愛い先輩だ。
本当に、奇麗と言うより、清楚な可愛らしい先輩。
とても、万人に優しくて、可愛いのに、嫌味な所が無いと、
男女に人気があるようだ。

こんな先輩に思われて、なびかない矢野先輩って男じゃない!

ま~でも、先輩の唯一の番を求める気持ちは僕も良く分かる。
かつては自分も、そんな矢野先輩に
恋していた一人だ。(振られてしまったけど……)
今でも時々その揺り返しは来るけど、
今では佐々木先輩一筋だと自分でも自負している。

その時後ろからこっそりと忍び寄って、
僕の膝の後ろに膝を入れて、
カクンとさせてきた人が居た。

僕は前のめりになり、
おっとっと~と、
もう少しでパネルに激突するところだった。

そう、そんな遊びを
突然に後ろからしてくるのは矢野先輩。

「何 ニヤけてそのパネル見てるの~?
そんなに僕ってカッコイイ?
サインしてあげようか?」

先輩がニヤにニヤとしながら僕の後ろに立っていた。

そんな姿は、いつもの矢野先輩だ。

「あ、先輩、おはようございます。
早朝セミナーはどうですか?
最近一緒に登校できないので寂しいです~」

「まあ、一緒に登校できないのは仕方ないよね~
セミナーは入試が終わるまで続くしね~
これから僕達受験生は更に忙しくなるよ~
早く終わって欲しいよ、ほんとに!」

「それより、僕が誕生日にあげた
温泉宿の招待券、もう使った?」

僕は先輩を見上げた。

「いえ、まだです。
クリスマスに……
とりあえずは予約してるんですが……」

「お~
もうすぐだね~
楽しみかい?」

「先輩、僕怖いです」

先輩はキョトンとしたように
僕を見た。

「何が怖いの?」

「だって~
お泊りですよ!
付き合ってお泊りって言ったら
一つじゃないですか!」

「何? 食べ歩き?」

そう言って先輩がにやりと笑った。

「もう! 先輩分かってそれ言ってるでしょう?
付き合ってお泊りって、
是非やりましょうって
言ってるようなもんじゃないですか!
それもクリスマスですよ?
もう確定ですよ~
僕、逃げられるかな~」

僕が真っ赤になって
ブツブツと言っていると、
先輩がボソッと言った。

「まだやってなかったんだね……」

僕は聞き間違えたかな?
と一瞬思った。

「え? 何か言いましたか?」

「要君と裕也って奥手なんだね。
僕すっかり、夏休みの間に
体験したと思ってたよ……」

「え~! どこをどう取ったら
そう言う風に思うんですか?」

「いや、ほら、最近凄く二人の距離が近いじゃない?
それに裕也ってどこそこ構わず
要君と二人きりになると、
要君に発情起こさせかけてたしね~」

先輩のそのセリフに、僕は凄く恥ずかしくなった。

「先輩、僕、少しは耐久が出来たんですよ!
少し触られたくらいではもう
ヘロヘロになりませんよ!
僕も大人になったんです!」

「ハハハ、じゃあ、
そんな気構え無くても良いじゃない?
僕とは平気で二人きりで旅行に行ったじゃない!」

「確かにその時は
先輩の事大好きでしたけど、
今は状況が違いますよ~!
どうしよう先輩~
色々考えると、僕恥ずかしくて!」

「ハハハ! 僕と練習する?
僕、上手だよ?
家に泊まりに来る?」

僕は真っ赤になって先輩の方を向いて、

「何ですか! 上手って!
一体なにが上手なんですか!
先輩不潔ですう~
僕はしないし、行きません!」

ときっぱりと言った。

先輩は、

「ハハハ、やっぱりね。
でも、何時でも僕はカモ~ンだよ~」

と笑っていたけど、ホントに、
何処までが本気なんだか分からない。

「先輩、噂なんですけど、
先輩最近、色んな女の子とデートしてるって
聞きましたよ!
大丈夫なんですか?
刺されたりしないで下さいよ!」

「え~ そんなこと無いよ~
どこからそんな噂聞いたの~」

と言いながらも、先輩の目は泳いでいたので、
僕は怪しい!と思った。

僕は別に先輩が誰と経験しようが、
遊ぼうが構わないけど、
やっぱり最後には先輩の唯一を見つけてほしい。

「先輩、ちゃんと自分の事は大切にしてくださいよ?
僕にとっては先輩も凄く大切な人なんですからね!
先輩の将来の番が泣いちゃいますよ?」

「要く~ん
やっぱり裕也にやるのはもったいな~い!
お父さんが言うように僕の所にお嫁に来ない~?」

「な、な、何を言ってるんですか!」

と言うのと同時に、後ろから先輩に
蹴りを入れた人が居た。

勿論それは佐々木先輩だった。

「いった~い!
裕也、いきなり蹴り入れないでよ!」

「お前、要の半径10M以内には接近禁止な」

「あ~ そんなの無理無理!
だって僕、要君大好きだもん」

矢野先輩がそう言うと、
更に先輩は佐々木先輩に蹴りを入れられていた。

「温泉旅行、まだなんだってね」

「あ~ 本当は夏休みに行こうと思ったんだけど、
都合が合わなくてな」

そう佐々木先輩が言うと、
矢野先輩が何かゴニョゴニョと佐々木先輩に
耳打ちしていた。

途端に佐々木先輩の顔が真っ赤になっていたので、

「あ~! 先輩!
佐々木先輩に言いましたね!」

「こういうのはね、
二人で話合った方が良いんだよ!」

そう言って矢野先輩は、
僕と佐々木先輩を残して
どこかに去って行ってしまった。

僕は少し恥ずかしくいて、

「こんにちは先輩。
今日は良い天気ですね~」

と言ってみた。

先輩も、

「ほんとにいい天気だな。
それに、ちょっと今日は暑いな」

と、手で自分の顔を仰いでいる。
でも本当は、例年に無い低気温で、
朝はうっすらと霜が降りていた。

僕達は二人してそこまで緊張していた。

そして二人して、お互いに
頭を下げて、ペコペコとしていた。

もし誰かここを通ったら、
きっと理解不能な僕達だっただろう。

それは冬休みまであと3日、
クリスマス・イブすなわち、
温泉旅行まであと6日、というところだった。


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