消えない思い

樹木緑

第92話 バイト許可

僕は家に着き、
ハ~と深いため息を付きながらソファーに座った。

時計はもう9時を回っていた。

仕事から既に帰って来ていたお母さんが、
ため息ばかりついている僕に、

「今日はバイトだったんだろ?
どうしたんだ? そんなため息ばかり……
そんなに疲れた?」

と、心配そうに聞いてきた。

僕はお母さんの方を向いて、
又ため息を付き、

「それがさ~
ちょっと聞いてよ~!」

と言って、今日あった出来事を話して聞かせた。
お母さんはワハハと大笑いして、

「何だか矢野くんらしくって
その光景が目に見える様だよ」

と更に大笑いしていた。

「矢野先輩って、凄く僕の事過保護にするんだよね。
僕、もうすぐ16歳だよ!
矢野先輩の中で僕って一体幾つくらいなんだろう……
まったく!」

「ほんと、矢野君、司君と良い勝負だよね。
良いじゃない。
要の事守ってくれる頼りになる男たちが周りに居て!」

「お母さん、僕も一応男なんですけど!」

僕がそう言ってお母さんに再確認させると、

「男って言ってもΩってさ、
妊娠できる分、シビアなんだよね。
αに掛かると、どんなに男って言っても、
力じゃ勝てないしね。
表舞台に出るようになったんだから、
要もそこの所は、ちゃんと気を付けて!」

と逆に諭されてしまった。

一日てんてこ舞いで疲れ切っていた僕は、

「はい、は~い!」

と、気の抜けたような返事をして、
そのまま寝室に行った。


アルバイトの許可書には、両親の承諾が必要だったので、
数日後、僕と奥野さんは許可書を提出した。

僕のお父さんは案の定ブツブツと言っていたけど、
結局はお母さんに言いくるめられて?許可してくれた。

学校からは許可の返答が来た。
恐らく、隔週末毎にしたせいだと思う。
これが、お父さんから許可をもらうギリギリだった。
それでも、僕に冒険をさせてくれる両親に感謝した。

驚くことに、矢野先輩も許可書を提出したらしいが、
先輩は受験生と言う事で、却下されていた。


「大体さ~
ナンセンスだよね。
何故受験だからって行動が
制限されないといけないんだろうね。
別に勉強をさぼろうって訳じゃないのにさ。
息抜きも必要だよね~
それも単なる隔週末なのにさ」

と、先輩はブツブツと言っていたけど、
僕は学校の判断は妥当だと思った。
でも先輩の事だから、
僕のシフト時にはいつもカフェに来ていそうだった。

その日の帰り際に矢野先輩が、

「ところでさ、インハイの予選は行けるの?
バイトは何時から始まるの?」

と聞いてきた。
そうだった!
再来週の週末はインハイ予選だ!

僕はすっかりとその事を忘れていた。

「とりあえずは、今いる人が、
今月いっぱいはいるようなので、
入るのは来月からですね。
でも、引継ぎなどがあるから、
その人の最後の日には入ろうと思ってます」

と伝えると、

「じゃあ、インハイ予選の週末は大丈夫だね。
一緒に応援行こうね」

と誘われた。

「僕、奥野さんと一緒に
バレー部の応援に行く事にしてるんですけど、
良いですか?」

「勿論だよ。
楽しみだね~」

そう言って僕達は別れた。

家に帰り着き、
バイトを始める事を、
一応佐々木先輩にも伝えておこうと思った。

僕はあれから佐々木先輩とは
話せていない。

時々、校舎を渡る時、
チラッと見る事はあるけど、
話すまでには至っていない。

インハイ予選が近いせいか、
生徒会も今は休んでいるみたいだし、
割と忙しそうにしているようだ。
青木君にも先輩の様子を聞いたけど、
いつもと変りないようだ。

あの日からメッセージも止まっている。
返事が来るかは分からなかったけど、
とりあえずはメッセージを出してみる事にした。

“先輩、お元気ですか?”

は……ちょっと変か?

“拝啓”

イヤイヤ、これも変だろ。

僕は、タイプしては消し、
タイプしては消しを繰り返していた。

そして、当たり障りのない文章を、
思い切って出した。

“先輩、もうすぐインハイ予選ですね。
忙しいとは思いますが、
体には気を付けて下さいね。
インハイ予選は応援に行きますね!

それと、奥野さんの叔父さんのカフェで
バイトをすることになりました。
来月から隔週末に入ります。
インハイ予選が終わったら、
是非遊びに来てください”

恐らくは今はまだ練習中だろう。
返事が来るか分からないけど、
その日の夜は少しソワソワとしていた。

そして、そろそろベッドに入ろうかと思っていた
10:30頃に着信音が鳴った。

僕はドキッとして携帯を覗き込んだ。

それは佐々木先輩からのメッセージだった。

急いでメッセージを開いてみると、

“バイトの事は浩二から聞いていた。

インハイ予選が終わったら話がある。
その日の夜に時間を作って貰いたい”

とあった。

何だか意味深な返信に
僕の心がざわつき始めた。





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