消えない思い

樹木緑

第62話 両親と皆

僕は奥野さんの方を向いて、
静に“シーッ”っと指を口に当てて
“言わないで”とジェスチャーで示した。

奥野さんは小さく微笑んで、

指でオッケーとジェスチャーで返してくれた。

佐々木先輩と青木君が先に
歩いて行くのについて、
僕と奥野さんはヒソヒソとしながら、
少し離れて後ろから付いて行った。

奥野さんは僕がオメガだと言う事を知っている。

彼女の前で発情したからだ。
律儀な彼女は、矢野先輩との
あの日の約束を守っていてくれている。

その為、僕がΩだと言う事を知る人は、
学園には恐らく、僕ら以外いないだろう。

「ねえ、ねえ、一体何時、
佐々木先輩とそう言う風になったのよ」

彼女は興味深々なようだ。

「今はちょっと話しにくいので、
今度ランチの時にでも、
青木君を交えて全て話します」

そう言うと奥野さんが僕に大きなハグをくれた。

それを見た佐々木先輩が、

「おい、お前の女、浮気してるぞ」

のセリフに青木君も僕達を見て、

「彼女達だったら大丈夫ですよ。
浮気何てできるような奴らじゃないし!」

そう言って青木君は佐々木先輩に

“のろけか?”

と背中を押されていた。

僕達がワイワイと話ながら歩いて行くと、

「要く~ん、裕也~
こっち、こっち!」

そう言って矢野先輩が大声で手を振っていた。

「あ、あそこの席みたいですよ。
急ぎましょう!
僕、もうお腹ペコペコ!」

そう言って僕は走り出した。

「矢野先輩! 今日は私達もお邪魔します!」

奥野さんが元気よくあいさつをした。

「奥野さん、ようこそ、ようこそ」

そう言って矢野先輩は
奥野さんと青木君をシートの一角に案内した。

「おー! 君は入学式で会った要君のお友達だね!」

「はい~! 今日はお邪魔します~!」

「あら~、確か青木君だったわよね?」

勿論お父さんと、お母さんは変装している。
女装をしている時のお母さんは、
勿論女性のような話し方をする。

「わ~、こちらが赤城君のご両親?
噂に聞いていた通り凄くきれいなお母さんと……
ゆかいなお父さん……?」

「ハハハ、奥野さん、はっきりと、
変なおじさんで良いんですよ!」

僕がそう言うと奥野さんはお父さんに近ずいて、
ジーっとお父さんの顔を覗き込んだ。

「イヤ……
でも、しっかり見ると……
なんだかお父さんって、誰かに似ているような……?
それにスッゴク、ハンサムな匂いが……」

やっぱり彼女は感が良い。

「ほら、ほら、聞いた? 要君!
分かる人には僕の素晴らしさが分かるんだよ!
で? こちらの奇麗なお嬢さんは?」

「いやだ~ 叔父様、奇麗だなんて~!」

と奥野さんもお父さんに負けず、
そう言いながらお父さんの背中をバシバシと叩いた。

「え~っと、こちらは奥野さんと言って、
僕のクラスメイトです。
で、こっちが入学式で会った青木君は……
覚えてるよね?」

「奥野さん、要の母です、宜しくね。
これからも仲良くしてやってね。
青木君はお久しぶりね。
お変わりはない?」

「はい~!
お母さん、更に奇麗になってますね!」

そう言って青木君はデレデレとしていた。

お父さんも負けじと、

「僕だって覚えてるよ~
要君の初めて紹介してくれた
学校のお友達だったからね!」

そう言ったとたんに、

「あ、お父さん、それを言ったら
僕だって負けていませんよ!」

そう言って矢野先輩が横槍を入れてきた。

「そうだよね~
矢野君は特別だよね~
もう、要の学園生活に
居なくてはならない人だよね~」

と、佐々木先輩の前で宣言している。

僕は少しハラハラとしながら
佐々木先輩を見上げた。

佐々木先輩は自分を落ち着かせるように
ギュッと両手の拳を握りしめ、
ニコニコとそこに立っていた。

「こちらは?」

そう声を掛けたのはお母さんだった。


僕はドキリとした。

「あ、コチュらは……アテッ!」

余りの緊張に舌を噛んでしまった。

佐々木先輩は僕の緊張をくみ取ってか、
僕の方を見て少しほほ笑んで、

「初めまして、私は生徒会長をしている
佐々木と言います。
要君とはちょっとした事で知り合って、
それ以来仲良くさせて頂いてます」

と自己紹介をしてくれた。

僕はお父さんを突いて、
ほら! 早く謝って!
と言う様な仕草をした。

お父さんは頭を掻きながら、

「いや~ 先ほどはすみませんね~
どうしても要君の活躍を
写真に収めておきたくて……」

そう言って、握手と手を差し出した。

「大丈夫ですよ。
その気持ちは大変良く分かります!」

そう言って佐々木先輩は
お父さんと握手をした。

続いて、お母さんも
佐々木先輩と握手をした後、
お母さんはジーっと先輩を見つめて、
そして僕の方を向いた。

「?????」

お母さんは、目で語るように僕を見つめてきた。

でも僕は、お母さんが何を言おうとしているのか、
良く分からなかった。

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