消えない思い

樹木緑

第12話 美術部

この木造校舎の雰囲気良いな~と思いながら、渡り廊下を歩いて行く。
木造校舎と新校舎は屋根の付いた渡り廊下でつながっている。
木造校舎と新校舎の間はコートヤードになっていて、真ん中に結構大きく校章が刻まれている。
そしてそれを取り巻くように、ベンチが置かれ、ベンチとベンチの間には木が植えられている。
そして残りは芝になっている。
お昼などには、生徒が芝の上でお弁当を食べたり、寝転がったりして、憩いの場となっている。
木造旧校舎はほとんどの教室を、音楽、美術、実験、調理、技術など、移動の必要な教科の教室として使っている。
また、文科系の部室としても、使われていた。
美術部部室は、3階の奥にあった。

コン、コン、コンと教室のドアをノックする。
中から、「はーい!」と声がする。
僕は恐る恐るそーっとドアを開ける。
ドアを開けると、目の前に大きな木々に遮られた窓が見える。
旧校舎の前には、校舎に沿って、大きな木が並んで立っている。
これらは、旧校舎が建てられたときに植えられたらしく、まるで、旧校舎の年月を告げるように聳え立っていた。
美術部の部室の窓は丁度その木々の真ん前に当たるようだ。
大木の枝には沢山若葉が茂っている。
夏は陰になって涼しいだろうな~と思いながら、
「今日は、見学に来たんですけど、あのー入ってもいいですか?」と尋ねる。
部屋の中には矢野先輩一人だけの様子。
「あ、要君! どうぞ、どうぞ入って!」
「それじゃ、失礼します。」そう言って一礼して、部室に入っていった。
「早速来てくれて、とても嬉しいよ。」そう言いながら、矢野先輩の座っているテーブルの向かいにある椅子を引いてくれる。
「お邪魔じゃないですか?」テーブルの上にバラバラに広げられた、書きかけのポスターらしきものを見て尋ねる。
「いや、丁度休憩しようと思っていたところでね。今度のクラブ紹介用のポスターを作っていたところだったんだよ。」
「先輩一人でですか?」
「あ~、殆どの部員は来月やってくる美術コンクールに向けて制作中だからね、それぞれの必要な場所に行ってるんだ。」
「先輩は出品しないんですか?」
「僕のは既に出品してあるんだ。だから手が空いてるのが僕だけってとこなのさ。」
「お忙しいんですね。お手伝いが必要ですか?」
「いや、大丈夫だよ。もう終わりに近いからね。ところで、お茶とお菓子はいかが?」
矢野部長はとても人懐っこい、気さくな人だ。
「えっ? 部室にお茶やお菓子があるんですか?」とびっくりして聞くと、
「ハハハ、ここには何でも揃っているよ。ほら、食べたり、飲んだりしながら作品の品評会って楽しいじゃない。みんながそれぞれに好きなものを持ち込んでいるんだ。ま、僕程品揃えが良い部員は居ないだろうがね。」と先輩がウィンクをする。
「色んなのがあるんだよ?」
そう言いながら、先輩が一角にある棚を開けると、それはもうぎっちりと、色んな種類のお茶パックとお菓子がずらっと並んでいる。
僕が目を見開いていると、
「ハハハ、凄い品揃えでしょう? 僕、甘いものとお茶が大好きでね。で、お茶とお菓子は?」と再度聞かれて、
「あ、僕、ほんとに大丈夫です。」と答える。
「ほら、ほら、遠慮しないで!ここで僕に遠慮する人は誰もいないよ。」
そこまで言われると、逆に断る事に罪悪感を感じる。
「じゃあ、アールグレイってありますか?」と尋ねると、「もちろん有るさ。」と言う返事。
「じゃ、それでお願いします。」と告げると、「じゃあ、僕も今日はアールグレイにしよう!」と二人分のお茶と、真空パックになったパウンドケーキを持ってきてくれた。
そして、「何か質問とかある? 無ければ僕が部の説明をしていくよ。質問があれば、遠慮せずにストップをかけてね。」と言い、先輩は部の説明を始めた。

「美術部はね、とても自由で、自分の好きな分野の美術が出来るんだ。絵画、版画、骨董、ハ
ガネ、デザイン、もうなんで来いだよ。芸術と名のつくものなら何でもやって良いんだ。学校
で学ぶものとは別に自由気ままにできる分、皆んなのびのびとしてるよ。個展を開く人や、賞
をとるひと、将来が決まってる人等、割と多いから、学校からから割り当てられる部費もおおい
んだ。だから色んな道具が揃ってるんだよ……ここまでで何か質問ある?」
そこで僕は少し考えて、
「あの...先輩方の作品って保管してあるんですか?」と尋ねた。
「本品は無いけど、写真を撮って、ファイルにして保存してあるんだよ。」
そう言って先輩は部室の隅にあるパソコンを指差した。
「あ、じゃあ、拝見させてもらっても良いですか?」
「そうだよね、君、毎日のように絵を描いてたほどだもんね、興味があるのって絵画だよね?」
そう言ってコンピューターの方へと歩いて行く。
「生徒の作品は全てファイルにしてアルバムになってるんだ。ほら、ここに座って。」
そう言ってコンピューターを起動してくれる。
「では、拝見させていただきます。」そう言って、絵画のアルバムを開いた。
そして最初のアルバムのページをめくって、目に飛び込んできた絵に僕は衝撃をくらった。

ドキドキと動悸する。そして手が震えてくる。
「要君、大丈夫かい? コンピューターの使い方分かる?」先輩が僕の様子がおかしい事に気付き、心配している。
そこに有った絵は、正しく、自分が数年前に高校生の絵画展に行った時に感動し、恥ずかしげもなく、その前でオイオイ泣いたものだった。
「あ、はい、コンピューターは大丈夫です。あの…この絵は...? ここの卒業生が描いたんですか?」恐る恐る尋ねる。
「何か気になる事でも?変な絵だと思うかい?」
「とんでもない!その逆です。素晴らしいです!」と即座にこたえると、先輩はちょっと照れながら、
「ハハハ、実は恥ずかしながら、僕が描いたんだよ。その絵は僕自身、割と気に入っていてね。」と教えてくれた。
僕はびっくりして先輩の方を振り向いて、
「これ、先輩が描いたんですか?」と再度確認する。
「ああ、文化祭の行事の一端でね、5つの高校が合同で作品を出し合って絵画展を開いたんだ。ほら、ここに小さく僕のサイン。」そう言って、右側の下の方に小さく記されたサインを指さして見せる。
「僕、この絵見た事有ります。一昨年、学校行事で見学に行った美術館で開催されていた高校生絵画展の中にあった一つで…」
「君、良く覚えていたね、別に賞とか取った作品では無いのに…」そう言って矢野先輩はびっくりしていた。
僕は続けて、「この家族のコンセプトが凄く好きで、ほんとに僕の築きたい象徴がそのままそこにあって、あったかさを凄く感じて、訳
も分からず、ずっと泣いていたんです...今となっては恥ずかしい話なんですが…」と、恥ずかしそうに言った。
先輩は少し戸惑ったようにして、
「ええっと...要君の家族って別に仲が悪いとかじゃ…無いよね? どっちかと言うと仲は良いよ
ね。あんな綺麗なお母さんも居るし、お父さんさんも優しそうだし…」ちょっとモゴモゴとしながら先輩が言う。
その気使いが可笑しくって、笑いながら、
「ハハハ、正直に変なおじさんって言っても良いんですよ。」と返した。
そして続けて、「いや、そうでは無くって、家はちょっと特殊なんです。もちろん夫婦仲も、親子仲も凄く良いんです。両親も、祖父母も、心から僕の事
を愛してくれています。それは多くの困難を乗り越えて出来た絆であり、その為か僕の家族に対する憧れは凄く強くって、僕自身も両親の様に
愛ある家族をいつか作りたくて、でも両親の様に本当に唯一無二の人が現れるのだろうか?とか、自分は愛される対象になるのだろうか?とか色々と考えてたら不安になって、そんな時に回り会ったのがこの絵なんです。」と話始めた
「君、早いうちから家族愛に付いて、そんな風に考えてるんだね。」と先輩が感心している。
「僕は小さい時から、お父さんとお母さんの奇跡的な出会いを武勇伝の様にして聞いて育ったので、そういう考えが自然と身に付いたんです。ほら、今、世の中は色々と第二次性の事で差別とかあるし…」と少し悲しそうに微笑んだ。

それから先輩は少し考え込んだ様にしてポツリ、ポツリと言いはじめた。
「実は僕にはね、少し前から憧れの人が居るんだ。凄く理想的な人で、つつましくて、奇麗で、パワフルで、何だか、何事も諦めないって姿勢が見えて…知った瞬間に、この人だ!って思って…」それから力強く、「それが最近は更に、その人の事を考えると、現状から逃げたい僕を奮い立たせるんだ!」と力説した。
「へ~、先輩にはそういう人が居たんですね。」とびっくりする。
「あっ、でも彼は一般人じゃないから、どうこう出来るって訳では無いんだけどね。ほら、もしかしたらって事もあるじゃない?」と照れたようにして頭を掻いた。
僕はそこでハッとした。
「先輩、今憧れの人が“彼”だと言いました?」
それから先輩は照れた様にして、
「僕は男性とか、女性とか関係ないんだ。ただ僕の唯一無二を探してる。そう言う意味では運命の番には凄く憧れる。めったに見つかるものではないらしいけど、僕はこう見えてもαなんだ。運命とまではいかなくても、僕の生涯を預けることのできるようなΩと番になりたい。ずっと憧れていたんだ。だからその絵にあるような家族としての絆に対する思いも強いんだと思う。それが余計、親からのプレッシャーがあればね。」
「親のプレッシャーというと…?」
「うちの親は凄くα主義なんだ。別にΩを差別している訳では無いんだけど、より良い種を残す為はーってなのを唱える人種なんだ。
この歳でお見合いやら結婚の話やら飛び交ってこっちは霹靂だよ。それも良家のαとばかり。僕はただ、自分の愛する人は自分で探したいだけなんだ。」

その話を聞いて、僕は胸が詰まった。
先輩の考えは僕とすごく似ている。
運命の番を探し求める姿や、幸せな家庭を築く夢や、生涯をかけて愛する人を持ちたい事。
どうしよう…? 僕の事も話してみようか…? でもだめだ。
両親を巻き込んでしまう。
でも先輩はきっと、真剣に聞いてくれて、言いふらしたりする人ではないと思う。
ううん、やっぱり今はまだダメだ。
僕は暫く様子を見ることに決めた。

そこで気を取り直して、
「先輩の憧れの人ってどんな人なんですか? 一般人じゃないとすると、芸能人とか?」と、さり気無く聞いてみた。
「うーん、多分君は知らないと思うけど、プロのバイオリニストでね、如月優っていうんだ。ほら!」
と言って、定期入れに入っている写真を見せてくれる。そして、
「あ、そう言えば、君のお母さん、誰かに似てると思ったら如月優に似てるんだ。
あー良かった!! 入学式以来、ずっと誰かに似てるって思ってたけど、思い出せなくて凄く胸がモヤモヤしていたんだ。はースッキリした!」と胸を撫で下ろしている。
僕はというと、そう先輩が言ったの同時に、先輩に入れて貰ったアールグレイのお茶をブーっと吹き出して

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