異世界行ったら従者が最強すぎて無双できない。

カザミドリ

幕間フェンリル始まりの狼

 曾て神は世界に四人の魔神を創った。


 その魔神達は別の世界で語り継がれる異形の力を持ち、世界の進化と調和を促していた。


 そのうちの一柱フェンリル。野を掛け、山を登り、森で眠る。


 生まれ落ちてから大地と共に育ち、大地に抱かれて生きていた。


 フェンリルは生まれながらにして強大な力を持っていた、いつしか魔獣の王として畏怖の対象になっていた。


 そんなフェンリルに近づく一人の人間が居た。


「………誰?」


 何時ものように巣で眠りについていたフェンリルは足音で目覚める。


「あ、貴方がフェンリルか?」


 眠りを妨げられたからか、フェンリルは少し不機嫌だった。


「だったらなに?」


 男は威圧を受けながらもなお答える。


「………私は、強くなりたい」


 たまにいる、名声を求め自分に挑む命知らずが。
 フェンリルはため息を吐きつつ、またかと思った。


「どうすれば貴方のように強くなれますか?」


 男の言葉はフェンリルにとって予想外のものだった、今まで命を狙われた事はあっても、相談された事は無かった。


「…………どうして君は強くなりたいの?」


 フェンリルはそこで始めて人間に興味を持った。


「私は、私の一族は弱いのです」


 男が語ったのはこの世界では良くある話し、闘争に負け、虐げられ、迫害される。


 男は奴隷の一族だった。


 月明かりに照らされた男は、ボロボロの服を着て、破けた服の隙間からは痛々しい生傷が見えた、だがその目には光が見えた、誰にも負けない、負けたくない、生きるための光。


「力を手に入れたらどうするの?虐げてきた奴等を殺す?支配する?」


「………家族を守りたい……愛する人を守りたいです」


 狩るでも従えるでも無く、守ると男ははっきり言った。


 フェンリルにとってそれは今まで自分が知らない、未知の感情。


「くっくっ、あは、あはははは!」


「フェ、フェンリル様?」


 突然笑い出すフェンリル。


「面白い、面白いね!人間はこんなに面白いんだ!?」


 新しい発見にフェンリルは大いに喜ぶ。


「いいなぁ、僕もいつかそんな相手が欲しいよ………」


「相手?番いですか?」


「うーん、番いって言い方は違うかなぁ、家族……も違うし、そうだなぁ………主がいい、主が欲しいよ!」


「フェンリル様の主!?それは、また、すごそうですね」


「うん、すごいよ!何て言ったって僕が守りたいと思う主だからね!」


 フェンリルは嬉しそうに遠吠えをして笑う。


「ねぇ、もっと君たちの話を聞かせてよ!人間の話を!」


「は、はい!」


 それからフェンリルと男は夜通し語り明かした。朝日が登った後も話は尽きなかった。


「それで妹が……」


「見つけたぞ!このくそ奴隷!」


 話が終わったのはそんな声が聞こえてだった。


「よくも逃げ出したな!」


 それは男の主の声だった、私兵をつれた肥えた男はギラギラとした貴金属を着けていて、フェンリルにはとても目障りだった。


「領主様お待ちを、隣に居るのは噂のフェンリルのようです」


 私兵の隊長が主を手で制す。


「たかが狼に何を臆している!男諸とも捕らえればいいだろう!」


 フェンリルは落胆した、男とこいつは本当に同じ人間だろうか?何故こんなに違うのだろう?人間は何て醜いのだろう。


「さぁ、早く捕らえ……」


 領主の言葉は途中で途絶えた、フェンリルによってその上半身が食い千切られたから。


「うぇ、ペッペッ、まずい!変な味する」


「領主様!おのれフェンリル!」


 領主が死んだ事で兵士が武器を構える。


「もう人間は食べない、切り刻む」


 それからは一方的な蹂躙だった、兵士の矢も槍も剣もフェンリルには掠りもしない。


「美しい………」


 フェンリルが白銀の毛並みをたなびかせるその姿に、男はただただ見惚れていた。


「ふぅ汚れたね、ここは直ぐに獣が増えるよ、君も早く何処かへ行きな」


「お待ちください!私は」


「あ、そっか強くなりたいんだっけ?」


「は、はい!」


「うーん、そうだ!」


 フェンリルは少し考えると、何かを思い付いたようで、自分の爪を噛み始める。


「よいしょ、はいこれ!」


「これは?」


「僕の爪、煎じて飲めば強くなれるよ……多分」


「あ、ありがとうございます!」


 爪を受け取った男は大層喜んだ、自分の着ていた服を脱ぎそれに大切そうに爪を繰るんだ。


「フェンリル様はこれからどちらに?」


「んー、まだ人間の事がよく分からないから、色々見てみるよ!」


「そうですか……もしまたこの地にお越しの際は是非挨拶させて下さい、その際は歓迎させて頂きます」


「うん、いつか寄るよ!」


「はい、その時までに必ずこの地を善くして見せます」


 男は領主だったモノを見て固く決意する。


 男が視線を上げると既にフェンリルの姿は無かった。


 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
それから数十年、フェンリルは各地を周り人間を観察した、時には森の中で、時には人に紛れ、時には人と対峙して。


「やっぱり人間は面白いなぁ、でも、汚なくもある、それが人間なのかな?」


『そうだよフェンリル』


 何処からともなく頭に響く声、その現象には覚えがあった。


「もしかして神様?」


『やぁ、久しぶりだねフェンリル』


「どうしたの?」


 突然の神様からの交信に驚くフェンリル。


『………君の役目が終わったんだ、申し訳ないけど暫く眠って貰えるかい?』


 フェンリルと他の三柱の魔神により、世界の進化と調和はある程度の軌道に乗っていた。


 故に神様はこの調和を保つため、魔神達には眠りについて貰うことにした。


「そっか………うんいいよ!」


『ありがとうフェンリル、そうだ、何か目覚めた時にお礼をしよう、何がいい?』


 神様の言葉にフェンリルは直ぐに答えた。


「僕、主が欲しい!」


『あ、主?』


「うん、優しくて、いつまでも一緒に居てくれる主が欲しいよ!」


『そ、そうか、君もか、分かった約束しよう』


「はい、おやすみなさい神様………」


 フェンリルは丸くなるとすやすやと寝始める。


 眠りについたフェンリルは光に包まれると、封印の地へと飛んでいった。


 それから幾星霜の後、フェンリルとタクトは出会い、共に世界を旅するのであった。



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