僕が守りたかったけれど

景空

第78話

辺境伯領への帰り道、僕とミューの足取りは重い。道々ラーハルトの躯を清めてやり抱きしめる。もうあのあどけない笑顔を見せてくれることは無い、甘えてくれることも出来ない。悔しさと悲しさと怒りに僕たちの口数は少なかった。
領都に帰り着いた僕たちの姿を見た街の人たちは例外なく痛ましい表情で口を閉ざした。屋敷に戻ると、辺境伯の家令が僕たちの世話をしてくれる。当然事情は分かっているだろう、それでも聞かないでくれている。追跡前に預かったオーブは家令を通じて返した。
その夜、グラハム伯がやってきた。
「ファイ、ミュー。今回の事はオレとしても悔しい。悲しみに胸が張り裂けそうだ。お前たちにとっては尚更だろう」
一緒に悲しんでくれるグラハム伯の心は嬉しい、それでも僕たちの気持ちは浮き上がらない。
「グラハム伯」
僕の声に
「ファイ。やっとこちらを見てくれたな」
「お気遣いはありがたく思います。しかし、今回の事は僕たちには我慢できません」
「当たり前だ。戦時でもなく、いやたとえ戦時であっても貴族が行っていい狼藉ではない」
「それでも、僕たちはここを出ようと思います。男爵位も返上しておいてください。これから僕たちは国に弓引くことになるかもしれません」
「いや、この戦いは既にお前たちだけの物ではないぞ。俺とて我慢の出来る内容ではないからな」
「いいえ。やはりこれは僕とミューの、いえフェイウェルとミーアの戦いです」
僕が言い切ると、隣にいる愛する妻も寄り添ってくれた
「そうです。これからの戦いにグラハム伯は加わってはいけないのです。帝国の重鎮として国を支える義務のあるあなたは決して手を出してはいけません」
僕とミーアは頷き合い屋敷を出た。

今僕とミーアは、貴族派のロベル伯爵領の軍事拠点のひとつ帝国南部の街マルブにいる。まずはここの騎士団をつぶす。そのために騎士団の駐留している砦に来た。
フード付きコートの裾を風になびかせながら声を掛ける
「この地の騎士団の責任者に面会を願おう」
門を守る騎士に伝える。
「有象無象が簡単に団長に会えると思うか、帰れ」
「そうか、ならば伝えるがいい。貴様の主人の行いにより貴様たちは一兵残らず死に絶えることになると。これより2日の後、死神がこの地を襲う。兵を集め備えるがいい」
「貴様、無礼な」
騎士が剣を抜いた。それを見てさらに僕は伝える
「ふむ、抜いたな。言葉によるメッセンジャーにしようと思ったけれど。あなたの屍をもってメッセンジャーとすることにしよう」
僕は右手のブロードソードで切りつけて来た剣ごと騎士の胴を薙いだ。両断された騎士剣と上半身と下半身が泣き別れとなった騎士が転がった。
「貴様」
もうひとりの騎士が僕の後ろから切りかかってくる。しかし、そこにミーアが剣をひと振りし首無しの騎士が出来上がった。
「あ、しまった。ふたりとも殺したらメッセージが伝わらないね」
ミーアの言葉に、僕は首を横に振る。
「そこで1人が見ている。十分に伝わるさ」
隠れてみている1人に向かって僕が伝える
「2日後だ。忘れずにつたえろ」

2日後、僕たちは砦の前に来ている。砦は門を固く閉じ塀の上には魔法騎士と弓師が配置されているようだ。守りを固め魔法と弓矢で射殺すつもりのようだ。
「ま、その程度か。行こうミーア」
僕は右手にブロードソード、左手にハンド・アンド・ハーフ・ソード、ミーアは両手に片手剣を携え進む。どれも黄金色に輝くオリハルコンの剣だ。魔法や弓が飛んでくる。僕たちは両手に持った剣を振るい飛んでくる魔法や弓を切り払う。ゆっくりと砦に歩み寄りながら只のひとつも直撃を許さない。狙いを外し僕たちの後ろで弾ける魔法の火球や矢を背景に門にたどり着く。分厚い木製の扉を鉄で補強した頑丈な扉だけれど、上位魔獣でさえ切り伏せる僕たちの剣の前には大した障害ではなく僕は2回剣を振るい切り伏せる。
門を抜けた僕たちの前には騎士の群れとでも表現すべき状況。ところが頑丈な門を切り裂いた僕たちに怯んだのか動かない。向こうから来ないなら遠慮は必要ない。一番近くにいた騎士に歩み寄り一刀のもとに切り伏せる。盾と鎧ごと両断し上半身と下半身が別々に倒れる。ミーアが僕の横に並ぶ。焦ることなく急ぐことなく殲滅する。数で押しつぶそうと迫る相手もスペース的に一度に向かってくることができるのは3人が限度。3人など僕たちにとっては一振りで対処が終わる。そうしてしばらく戦闘を続けていると密集していた陣形が薄くなる。かなりの数を倒したけれど、まだまだ数がいるはずなのに。それが意味することは。一瞬にして近接していた騎士が下がる。
「ミーア背中合わせ」
そこに砦を囲む塀の上から魔法と矢が降り注ぐ。外にいた時の前面からだけのものとは違い全方位からの一斉射。普通ならば矢に貫かれ魔法の火に焼かれ瞬く間に命の火を消すほどの攻撃。そう普通ならば。けれど僕たちは様々な経験をしてきた。1撃を食らえば命を落とす上位魔獣の鋭く重い攻撃。どれだけ倒しても終わりの見えないスタンピードの魔獣の群れ。僕たちの攻撃は一切傷をつけられないのに1撃を受ければ致命傷となりかねない王種との戦闘。それらに比べればこんなものは大したことはない。そう、慣れている。僕たちは理不尽な戦闘にとことん慣れているのだ。だから、心を乱すことなく僕と背中を任せたミーアに当たる矢だけを叩き落す、僕とミーアに影響のある範囲に着弾する火球だけを切り落とす。矢も魔力も無限ではない。たかが人間の扱う力ごとき僕たちは耐えきれる。全力で行われる魔法攻撃は、あっという間に魔術師の魔力を枯渇させ、絶え間なく打ち込まれる矢の雨は僅かな時間で保有する矢を消費した。結果、短い時間で矢の雨が止み爆炎による煙がおさまる。その時には僕たちは並んで駆け出していた。中庭に相当する場所の騎士を切り捨て塀に上る階段を探す。階段を駆け上り僕とミーアは左右に分かれる。塀の上には弓師と魔術師、それに彼らの護衛の少数の騎士しかいない。壁の上を左右から僕とミーアが挟撃している。僕たちでさえ飛びあがることのできない高さ10メルドの高さの塀は今となっては彼らにとって逆に逃げ場のない処刑場だ。1兵残らず殲滅し、塀から飛び降りる。魔術師や弓師にとっては絶望的な高さでも僕たちにとっては飛び上がることこそできないけれど、飛び降りる分には大したことは無い。そして、近接戦力のみとなった騎士を切り倒していく。そして最後のひとり
「あなたが、この地の騎士団長ですか」
「そうだ。しかし、なぜだ、なぜこのような無法を行う」
「先に無法を行ったのはあなたの領主ですよ。あなた方はその報いを受けているだけです」
「どんな無法を行ったから、これだけの事をするというのだ」
「それは領主本人に聞いてください。ああ、誰からの報いか分からなければ聞くことも出来ないですね。僕の名はフェイウェル、この地ではファイと名乗っています」
「あたしはミーア、この地での名はミュー」
「さ、サウザンドブレイカーがザ・フォートレスだと、トルネードレディがジ・アルマダだなんて」
そして、僕は騎士団長の両腕を切り飛ばし告げる。
「僕たちは理不尽に大切なものを奪われた。あなた方の領主からの攻撃に報復する。伝えるがいい、地の果てまででも追い詰めて殲滅する、と」

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