主役にはなりたくない〜田中司(41歳)がやりこんだゲーム世界に転生した件について〜

もりし

第13話 モブキャラは主役に会う

その家は金属製であった。かなり錆びていて、所々に穴があり、それを補修して生活しているようだ。
庭も申し訳程度にはあるが、ゴミが散乱していた。
家の外観は俺がゲームをしていた時のマイトの家だが、違和感を感じる。
それは人が住んでるのだろうけど、得体の知れない人が、住んでるような。
何となく怖い建物という感じがした。
言い換えれば、虫の知らせと言うべきものか。俺は家の前で立ち尽くす。
「どうしたんだい?カシム」
リジンが俺を追いかけてきた。リジンはマイトの家を見て、
「ここがどうかしたのかい?」
「……この家って──」
俺が口を開いたその時、
「それじゃあ、また来週、訪問します」
「あぁ……ありがとう。お金は今度まとめて払いますので」
「はい、宜しくお願いします」
マイトの家からおばちゃんが出てきた。エプロンをした格好と会話の内容から、どうやらハウスキーパーの様だ。
しかも、彼女と会話していのは、マイトの父親である。
マイトの父親は冒険者で、序盤は旅に出ていて登場する事はない。それがいきなり登場していた。俺は思わず、家の庭に足を踏み入れてしまった。
「あら。どちらさん?」
ハウスキーパーのおばちゃんが、俺に気づいた。
「こんにちは。俺はギザトの町から来ました。カシムと言う者です。えっと……マイトの知り合いなんですが。マイトはいますか?」
俺はぱっと適当に答えた。知り合いなんて嘘だが、彼の生存を確認出来れば良かった。
「カシムはマイトを知っているのかい?」
リジンは驚いていた。
「マイトの知り合い……はて?」
マイトの父親が首を傾げた。ドアの影でよく見えなかったが、彼は顔を出した。
マイトの父親は、冒険者として快活な男であったと記憶している。
だが、目の前の男は、ヤツれていて無精髭も生えて、何と言うか汚ならしいおじさんであった。生活に疲れている様であった。
「彼に会えますか?」
俺は続けざまに質問した。だが、二人共何とも言えない顔をしていた。
「……まぁ、折角だから、どうぞ。リジンも入りなさい。お茶くらいは出そう」
彼の一瞬の躊躇を感じたが、俺は部屋に通された。見た目は15歳の少年カシムである。怪しまれる筈もない。
「おじゃまします」
俺とリジンはリビングに通された。部屋の中は薄暗い。マイトの父親はお茶を出して、それから別室へ行く。
俺とリジンはお茶を飲む。
「カシムはこの町へ来たことがあるのかい?」
「いや、来たことはない」
「じゃあ、どうしてマイトを知っているんだい?」
「……答える事は難しいかな」
「……そうなんだ……」
リジンは、それ以上追求してくる事はなかったが、結局、不自然極まりない。だが、マイトの生存確認はしなければならないし、冒険者になる事を、促さなければならない。彼は世界の英雄の一人になるのだから。
「それにしてもカシムは不思議だね」
リジンがお茶を一口飲む。
「不思議?」
「あぁ。何だか君といると落ち着くというか。何だろうね。この感覚は」
リジンが俺に微笑む。タイタンソードマジックオンラインのヒロインの一人である。凛とした瞳は知性的で、ふっくらとした唇からは白い歯が覗いている。マイトが一番長く一緒にいる美少女がリジンだ。
可愛いし、いい匂いもする。正直言えば俺は彼女にドキドキしていた。みとれてしまう。
「……しかしリジンはモテるんだな」
俺は誤魔化す様に口を開いた。
「モテる?僕が?」
「さっき、肉屋のケーンにプロポーズされてたじゃないか」
「あぁ、あれか。あんなのは挨拶みたいなものだよ。それに僕には──」
俺はこのセリフの先を知っている。
既に心に決めた人が……ゴニョゴニョなどと頬を赤くしながら言うのだ。
だけど、リジンは固まっていた。
「──あれ?僕は何を言おうとしたのかな?」
首を傾げていた。
マイトの父親がリビングに戻ってきた。
「マイトの部屋は突き当たりの部屋だ。今日は調子が良い方だから、会っていくといい」
そのセリフに違和感を感じつつ、そう促されて、俺ははやる気持ちを落ち着けて歩を進める。やっとマイトにたどり着いた。だが、ほんの少し開いたマイトの部屋の扉の奥は真っ暗であった。
俺は一抹の不安を感じつつドアを開ける。
窓ひとつない真っ暗な部屋の中から二つの瞳が俺を見つめていた。
「あぁ、アァァ……ああぁ」
それは声を発していた。マイトである。だが、何か様子がおかしかった。
俺は振り返り、マイトの父親を見る。
「あの……彼は?」
「ん?ずっとあんな感じさ。君がマイトの知り合いというから、不思議に思ったんだがね」
俺はもう一度マイトを見た。確かにマイトの姿をしている。
「ああぁ……アァァあああぁ……」
何と言えば良いのか分からない。マイトは人格が崩壊していて、まともに受け答えが出来ない様だ。
「彼はいつから?」
「いつ?……──……」
俺の質問にマイトの父親はフリーズした。瞬き一つせず、動きを止めた。
「カシム?」
リジンがやって来た。
「リジン……君はマイトの幼なじみなのかい?」
「幼なじみ?」
「そうなんだろ?彼はいつからこんな感じなんだ?」
「いつ?……──……」
今度はリジンもフリーズした。こちらも同じように動かなくなってしまった。異常な事態が起きていた。もしかしたら、この世界には、触れてはいけない事があるのかもしれない。
「ああぁ!あああぁ!あ!!!」
その声に俺は振り向いた。マイトが俺の側まで来ていた。マイトは俺の肩を掴むと、
「ああぁ!!アァァ!!!」
と叫んで俺を揺する。俺は驚愕の表情をしていたに違いない。
「マイト!」
マイトの父親が、フリーズから解けたのか、マイトを俺から引き剥がす。
「カシム、大丈夫?」
リジンもフリーズから解けたのだろう。俺を心配した。

俺とリジンは再びリビングに戻った。
マイトの部屋のドアを閉めて、マイトの父親が戻ってきた。
「おかしいな。こんな反応は初めてだ。いつもは大人しいのだがな」
と言った。
「カシム。もう行こうよ。いいでしょ?」
「……あぁ」
俺は返事をするのがやっとであった。この家を見た時からの違和感。それは正しかった。
マイトは確かにこの世界に存在していた。
だが、今の彼はとてもじゃないが、冒険の旅には出る事は出来ないだろう。

          

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