主役にはなりたくない〜田中司(41歳)がやりこんだゲーム世界に転生した件について〜

もりし

第6話 カシム(田中司)は宿を確保する

「ここが、あたいのねぐらさ」
ルンが入った巨大な建物は、スラムの人達を押し込める為の住居なんだろう。ドアが大量についている。
ルンに通された部屋はドアを開けてすぐ二畳のスペースしかない。後は電球が灯っているだけだ。上に収納があって、毛布や服などが入っている。
どの部屋もこんな感じだそうだ。
「この建物には何人住んでるんだ?」
「1500人位かな?ドアは鍵掛かるけど、みんな食うのに困ってるから油断は出来ないね」
「そうか…」
石の建物に鉄のドア。外で寝られても景観を損なうので、国営住宅として建てたとの事だ。
無料であるが、この建物内で問題を起こすと、憲兵がやってくるという。
ルンは天井に吊るしてある何かを俺に渡してきた。
「こんなもんしかないけど、食えよ」
芋を干しただけの食べ物。だが、ルンにとっては貴重な食料かもしれなかった。
「いいのか?貰えないよ」
「いいって事よ」
そう言うとルンはひとつ、かじりついた。
ごねても仕方ないので、俺も食べる事にした。塩味が効いていて旨かった。


◆◆◆◆


朝になったらしい。窓はないが、鉄のドアの隙間から光が射していた。
俺は暖かな毛布にくるまれて目覚めた。
寝る時は、何て薄っぺらい毛布だと思ったが案外暖かいな。
何だろう。柔らかくて暖かい。
「うん…」
誰かの声がした。霞んでいた視界が、はっきりする。暖かいはずだ、ルンが俺にぴったりと張り付いていた。手の感触的に一糸纏わぬ姿であるようだ。
「ふあぁ…」
ルンが体を起こす、暗闇に細い体が何となく見えた。
「お前、恥ずかしくないのか?」
「んー、なんでぇ?」
眠い目を擦っている。俺も体を起こす。
「これでも俺は男だぞ?服着て寝ろよ、風邪引くだろ?」
「いつもこんな感じで寝てるし、それにさぁ、手ぇ出してもいいけど、責任とれよ?」
ルンは意味を分かって言っているのか。俺は彼女の頭に手を置いて、
「手なんて出すわけないだろ?ガキが何言ってんだ。早く服着ろ」
くしゃくしゃと髪を撫でる。ルンは、俺の手を払って
「うっせーなぁ。子供扱いするなよ」
そう言って下着をはく。暗闇の彼女のシルエットは細い。食事も満足に取れてないのだろう。


◆◆◆◆


俺とルンは大通りをぶらぶらと歩く。
「ルン、飯にしよう」
「あたい、金がないんだ」
「俺が持ってる」
ブーツから金を出した俺を見て
「カシム、やるじゃん」
ルンがニッと笑った。俺はパンとミルクを買って公園に向かう。
「ほらよ」
俺はルンにパンとミルクを渡した。
「ありがとう。いいのか?」
ルンが上目遣いで俺に確認した。
「ガキが遠慮するなよ。俺も貧乏だけど、お前よりは持ってる」
「…だから子供扱いするなっての」
ルンはふてくされたが、パンを食べると、旨いと言って喜んだ。俺には普通のパンだが、ルンは滅多に食べれないという。盗みの元締めはタブラという男で、たまに芋を子供達に配給するらしい。
俺はルンに盗みを止めろとは、言えなかった。確かに盗みは悪い事だが、止めさせた後にどうやって生きていくかと問われれば、答えられない。
自分の価値観を押し付けても、責任がとれないならすべきではないのかもしれない。だが、パンとミルクを旨そうに食べるルンを見てると、堪らなくなってくる。

「ルン、俺の事はカシム兄ちゃんと、呼んでいいんだぞ?」
「は?何急に?!」
「後5日で帰るけど、その間だけでも兄として頼ってもいいぞ」
「頼れって……いいよ、別に……カシム頼り無さそうだし……ブツブツ……」
ルンはそう言いながらも、ちょっと頬を赤くしていた。妹として見れば結構可愛いかもな。

俺はルンの案内で王都を見物して回る。
【オーブ】の捜索もあったし、丁度良い。

夜はルンの寝床に泊めてもらう。
夜は冷えるので、別々に寝ていてもルンは俺の毛布に潜り込んでくる。
「カシム兄ちゃん……」
恥ずかしそうに俺を呼ぶ。俺は狸寝入りを決め込んでいた。両親に捨てられ一人で生きてきたルンは誰かに甘えたい年頃なんだろう。

それにしても、甘えるのはいいけど、何でこいつは寝る時に服を着ないのか。裸族なのか。


◆◆◆◆


次の日も王都を見て回る。大通りは人で溢れかえっている。
「ほら、はぐれんなよ」
俺はルンの手を引く。
「ちょっと、カシム。昨日も言っただろ?子供扱いすんなって」
だが、ルンは手を振りほどく事はなかった。

「お前って何歳なの?」
「知らね。11歳位かな?」
ルンは誕生日を知らない。スラム出身のルンは、カレンダーもないし、彼女の年齢を気にする者もいないのだから、分かるはずもなかった。ただ、日々の食いぶちを稼ぐのに必死の思いで生きてきただけなのだ。
「まぁ、体格的にはそんな感じの歳だな」
俺はルンがいいとこを突いていると思った。
「んで、俺の事はいつ兄ちゃんと呼んでくれるんだ?」
「は?何でそんな事を……」
ルンは少し赤くなっている。
「初日は俺の事を兄ちゃんって呼んでたじゃないか」
「それはカシムの名前を知らなかったからそう呼んでただけで、意味が違うだろ!」
ルンはブンブンと手を動かしている。
「別に同じ兄ちゃんじゃねぇか」
「今呼んだら、別の意味に取るだろうが!」
「いいじゃねぇか」
そう言って俺はルンの腰を持って、ぐるぐるとターンする。
「や、止めろって!恥ずかしい!」
観光客がこちらを見ていた。
「子供はこんなんで喜ぶじゃないか。いーんだぞ、はしゃいでも」
「ふざけんな!下ろせ!」
俺は子供だから喜ぶと思ったのだが、ルンは真っ赤になって嫌がっていた。
お年頃なのか?と思った俺だ。

俺はルンの所で寝泊まりをし、昼間は【オーブ】の捜索のため町を出歩いた。
ルンも俺に付き合ってくれていた。
食事はわずかに所持金を持っていたので、それでやりくりした。
一人ならもう少しマシな食事にありつけたかもしれなかったが、やはりルンの細身の体格が気になって、自分の分は少な目にして、ルンに食べさせてしまう。
ルンも何となくそういう事に気付いていたのかもしれない。
少しずつ、俺達の距離は縮まっていく。
期間限定とはいえ、ギリギリまで兄貴面しているつもりであったが、5日目にしてそれは終わりを告げた。

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