主役にはなりたくない〜田中司(41歳)がやりこんだゲーム世界に転生した件について〜

もりし

第5話 カシム(田中司)はミッションクリアする

王城へ着いた。裏門から入る。
「姫!」
遠くからプレートメイルに身を包んだ騎士が現れた。

騎士アルフレッド・マイア。

ラーナ姫の幼なじみで、マイトがラーナ姫を攻略出来ない場合は彼といい感じになるキャラクターだ。
真面目で容姿端麗。ラーナ姫の幸せを願う騎士。
ラーナ姫は魅力的な女の子だが、俺にはすでに婚約者のミィがいるから、彼にラーナ姫を任せればいい。
モブキャラとして普通の幸せを求めるのは当たり前である。ミィは俺には過ぎた女性だから普通とは言いがたいが。
「姫。どちらに行っていたのですか?急に姿が見えなくなったので、探し回りました」
アルフレッドは何があったかも知らずに呑気なものだ。
「騎士殿。ラーナ姫は帝国の傭兵に拐われたのです」
俺は彼に説明した。
「え?!」
アルフレッドは、驚愕した表情をする。
「アルフレッド。こちらのカシムが助けてくれなかったら私は今頃、帝国の飛空艇に乗せられそらの上でした」
「す、すみません!私がいながらこの失態!罰はいかなるものでも受けます!」
アルフレッドはラーナ姫にひざまづく。顔が青ざめている。
「……」
ラーナ姫は無言で、冷たい瞳をアルフレッドに向けていた。これでは二人が将来いい感じにならないのではないかと、俺は心配した。
「ラーナ。許してやってくれ。アルフレッドさんと言いましたか?今後はラーナから目を離さずに警護に励んで下さい。まだ、帝国はラーナを狙っています」
「カシムがそう言うのなら…いいわ。アルフレッド。今回は許してあげる」
ラーナ姫は俺を上目遣いで見て言った。
「はっ!今後こんな事が無いように命をかけて姫を守ります!」
「期待してるわ。アルフレッド」
「は!」
これでミッションクリアだな。


◆◆◆◆


「カシムありがとう」
ラーナ姫は俺の手をとって、礼を言ってきた。顔が近い。
「いえ、どういたしまして」
俺はラーナ姫の距離感に違和感を感じた。
好意を持たれてる気がする。
「カシム殿。私の方からもお礼を申し上げます」
アルフレッドは頭を下げる。
「カシム。良かったらお城へいらして。お礼をしないと」
ラーナ姫の折角の誘いだが、これは断らないといけない。彼女の俺に対する好感度が、上がるかもしれないからだ。滞在最終日までラーナ姫に会う予定は無かった。
「あー、ちょっと用事があるんだ、もう行かないと」
「…そう。残念ね。でもお礼はするから今度いらして」
「はい」
俺は城を後にした。振り返るとラーナ姫が俺を見送っていた。
本来なら、さっさと城に入っているはずだが、やはりモブキャラに対しては態度が変わるのか。
いや、モブキャラに対してなら王族の者としては、もっとあっさりとした態度になりそうなものだが。
やはり好意を持たれているのだろうか。あの攻略するのが難しいラーナ姫が?
あまり実感がない。一度助けた位では、なびかないはずである。

アルフレッドにも注意を促したし、警備は強化されて、しばらくは彼女は安全だろう。


◆◆◆◆


俺は財布を盗られたが、現金を全て失った訳ではない。実はブーツの中に幾らかひそませておいた。
中学生の時にカツアゲされた事があるので、現金は靴下や、靴底に入れるクセがついていた。
だが、ビフの父親が取ってくれた宿の地図は財布に入っていたので、場所も名前も分からなかった。
だから俺は野宿するしかない。元々そのつもりだったから問題はないが、残念だ。

俺はくたくたに疲れていたので、大通りの壁際に座り込んで休んでいた。
人通りの多い所を選んでいるのは、帝国の傭兵や、ジークに見つかりにくい様にするためだ。日が落ちれば人がまばらになるので、橋の下辺りを寝床にしようと思う。

体力が回復してきたが、【オーブ】を探す気にもならない。
マイトがいなかったのが、俺にはショックであった。今後のゲームオーバーにつながるシナリオをどうすればいいのか悩んでいた。
誰かがやるだろうでは、済まされない問題であるだけに、難しい問題である。
「ったく、俺はマイトじゃないってのに…」
ギザトの町のモブキャラであるカシムである。
モブキャラにはモブキャラの役割があると思う。
だが、モブキャラに徹するなら今回も知らないフリを決め込んで来なくても良かったのだが、来ずにはいられなかった。
「もし来なかったら危なかったな」
ゲームオーバーになったら、世界がどうなるのか知らないが、それを確かめる勇気は俺には無かった。

腹が減ってきたので立ち上がる。
どこかで食事をしようと思った。そこへ
「兄ちゃん!」
何かが俺の背中に張り付いた。見ると先程の少年の様な少女だ。俺に後ろから抱きついている。
「何だ、お前か」
「何だじゃねぇよ。死んだと思ったじゃねぇか!」
何故か怒られた。


◆◆◆◆


俺は少年の様な少女に連れられてスラムを歩いている。空中都市である王都ラ・アルトマイドの住人は貧富の差が激しい。
夢を持って王都に働きに来る者も多いが、中には子供を産んだものの育てる事も出来ずに子供を捨てる親もいる。
来る時にも飛空艇のチケット代を稼がなければならないし、帰る時にもチケット代が必要だ。家族全員のチケット代を捻出するのも難しい。彼女の親も彼女を棄てて帰ったのか。それとも死んだのか。
俺の前を歩く少年の様な少女もそんな悲しい過去があって、あの様な犯罪に手を染めているのだろう。

スラム街の狭く迷路の様になっている道を歩く。
壁や階段には、スラムの子供達が俺を見ていた。
何度かポケットに手を突っ込まれて財布を盗もうとされたが、既に盗まれていて何も入っていない。
その度に
「止めろ!これはあたいの客だ!」
と少年の様な少女は怒鳴っていた。
「お前、名前は何て言うんだ?」
「あたい?ルンって言うんだ。兄ちゃんは?」
「カシムだ」
「家名とかあんの?」
「いや、ただのカシムだ」
「じゃあ、あたいと一緒だ」
ルンは笑みを見せた。カシムには家名がない。家名は自分で作ればいい世界なのだが、カシムの両親はそういうのに興味ないらしい。
俺もそこまでこだわっていない。

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