主役にはなりたくない〜田中司(41歳)がやりこんだゲーム世界に転生した件について〜

もりし

第4話 逃げて王城へ

俺とラーナ姫はエレベーターに乗る。
俺は床に座り込んだ。息も絶え絶えである。
「貴方、大丈夫なの?」
ラーナ姫も息が荒い。俺は何とか立ち上がり、
「俺はモブキャラなんで、結構きついですね」
「モブキャラ?何言ってるか分からないけど……」
「とるに足らない一般人ですよ。お城まで連れて行きますので」
「そう……貴方、名前は?」
「カシムです。家名はありません」
「私はラーナ・テラ・メルト・フェンザーよ」
「知ってます。お姫様ですよね」
俺はなるべく彼女と精神的な意味で距離を取って 話していた。モブキャラとしてのたしなみである。
「貴方、年はいくつ?」
「15歳です」
「あら、私と同じじゃない」
「ええ、そうです」
「敬語は使わなくていいわ」
「はい?……いや、そういう訳には……」
俺は戸惑う。マイトを使っていた時は、ラーナ姫から距離を詰めてくる事は無かったからだ。
「私が良いって言ってるのよ?いちいち気を使わないで」
「分かりまし……分かった。じゃあラーナ、俺についてきてくれ」
多分、モブキャラに対しての立ち振舞いが彼女にはあるのだろう。エレベーターは地下から地上へ。
「うん、よろしくカシム」
ラーナ姫が、怖い思いをしたというのに、ほんの少し笑みを見せた。そういう弱い所を見せないのが、彼女なのだ。

◆◆◆◆

街中には帝国の息のかかった者がいる。
こいつらは帝国のために働く時は、あの般若みたいな面を被る。
だから、分かりやすい。
俺とラーナ姫は移動中、そういった奴等に遭遇する。
これを早めに倒して、後ろから追いかけてくるジークに見つからないように逃げなくてはならない。
マイトでもそうやってラーナ姫を王城まで連れていった。
初日のシナリオは姫を王城に連れていけば、ミッションクリアとなる。
「カシム、貴方結構やるのね?」
ラーナ姫が俺に気絶スタンさせられた者を見て言う。
「まぁ。だけど後ろから来てるあいつには勝てないけどな」
「飛空艇から降りてきた人?」
「そう。ジーク・バガラ。帝国の騎士だ」
「今貴方がやっつけたのも騎士なの?」
「いや、こいつらは帝国に雇われた傭兵だろう。ラーナを捕らえたら報酬を上乗せされるから、ここぞとばかりに襲ってくる」
「そうなんだ。でも町中には私の護衛もいるから、彼らに保護して貰った方が良くない?城までまだ距離があるわ」
そう言う気持ちも分かるが、そんなクリア方法は無かった。おそらくそれではダメなのだと思う。ゲームに沿ったクリア方法を取った方が安全だろう。
「大丈夫。俺を信じて、君を必ずお城まで連れていくから」
俺は彼女に手を差し出す。
「うん……」
ラーナ姫は半信半疑だという顔をして俺の手を取った。


◆◆◆◆


最適なルートを通っている俺とラーナ姫だが、一度だけジークに追い付かれるポイントがある。
俺はそれをやり過ごすために店に入る。お食事処【キッチンムーア】。準備中になっている。
「カシムどうしたの?」
「あいつが近くまで来てる」
「え?」
俺は厨房まで入る。そこには、仕込みをしていた店主がいた。
「お、おい何だ?」
店主のおじさんは驚いている。
「追われているんです!もう、近くまで迫っていて……かくまって下さい!」
俺は頼んだ。ゲームでも助けてくれた店主である。
「訳ありだな?分かった。じゃあここに隠れろ」
小さめの収納扉を開けて俺とラーナ姫を押し込んだ。ゲームの時とは違う場所だったが、多少は違うのだろう。ゲーム時は、4人だったから、広い収納場所に皆で隠れた。

俺とラーナ姫は走っていたから、息が上がっていた。狭いので彼女と密着している。真っ暗で何も見えないが、外から店内に誰か入ってきたのが分かる。
「おい、店主。こちらに若い男女二人が入って来なかったか?」
「何だあんた?」
「隠すと為にはならんぞ」
この声はジークだ。俺が勝てないと言ったからだろう、ラーナ姫から緊張が伝わってきた。俺はラーナ姫の手をギュッと握りしめる。
「……裏口から逃げていったよ」
店主は渋々といった感じで白状する。上手い演技だ。
「ふん」
ジークは鼻を鳴らすと裏口から出ていった。
「行ったみた──……」
──いだ。と言おうとしたが出来なかった。
自分の唇にそっと何かが触れたからだ。
扉が開けられる。
「おい、怪しい奴はやり過ごしたぞ」
店主が覗いた。だが、俺はラーナ姫を見ていた。彼女の顔は凄く近くて、ほんの少し赤くなっていた。
「……あ、あぁ。ありがとうございます」
俺は店主にお礼を言って、そこを出た。
ラーナ姫の手を引く。彼女は俺の顔をポーっと見ていた。
「いいって事よ。何か?あんたら駆け落ちでもしてるのかね?」
「え?」
「さしずめ、あれはお嬢さんの婚約者で取り返しにきたってとこか?」
「い、いえ。違いますよ!」
俺は否定した。
「そうか、二人共お似合いだから。ついな」
店主は、ニヤッと俺達を見て言った。ラーナ姫の攻略法はかなり大変で、今回のシナリオでは多少信用してもらう程度の好感度しか上がらないはずだ。
もう一度俺はラーナ姫を見た。彼女は唇を指先で触っていた。
どこかの鈍感ラノベ主人公なら、「自分の唇に何か触れた気がするが、勘違いだろう」で済むのだろう。だが、現実にそんな奴はいないだろう。彼女の唇が俺の唇に触れたのだ。
事故だ事故。俺はそれに触れず、
「このお礼はいずれ。では」
俺はラーナ姫の手を引いて店に出た。
「おお!落ち着いたら飯でも食いに来てくれ。二人でな」
「はは……」
俺は乾いた笑いを上げた。何かがおかしい。店主が俺とラーナ姫がお似合いって。フツメンのカシムと、美少女のラーナ姫では釣り合いが取れないだろう。
まぁ、ミィとも釣り合いが取れてないのだが。

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