主役にはなりたくない〜田中司(41歳)がやりこんだゲーム世界に転生した件について〜

もりし

第2話 モブキャラなりのイベント発生

俺は大通りを歩く。人混みをかき分けながら、ラーナ姫がさらわれる裏通りへ向かう。

「兄ちゃんごめんよー」
少年の姿が目の前にあった。少年は俺の胸にぶつかると、スッと後ろを抜けて走っていく。
俺は嫌な予感がして、懐を確かめる。
「財布がない…」
良くある話だが、やられた方はたまったものではない。
俺は振り向くと、少年はこちらを見て、ニヤリとしていた。
「あのクソガキー!」
俺は追いかけた。

これがマイトであれば、盗まれる事など無いだろう。マイトは南方出身で浅黒い。体も引き締まっていて、イケメンで背も高い。
こんな奴からモノを盗ろうなんて奴は命知らずだろう。

要するにこれは、カシムなりのイベント。
カシムはひょろっとして、舐められやすい。
おのぼりさんで、カモ。
それがカシムという男なのだ。

カシムに転生してから毎日、多少の運動をしていた俺だが、そもそもポテンシャルが低い。
懸命に少年の後を追うが、脇腹が痛くなって息も荒くなる。
それでも裏通りに入った少年を執拗に追いかけた。
相手は子供である。何とか追いついた。
「捕まえた!」
俺は息も絶え絶えに、少年を後ろから羽交い締めにしようと飛びかかった。

ポヨンとした感触が両手にあった。
「え?」
少年は俺が掴んだ胸を振り払う。両手に残った柔らかい感触をじっと手を見て俺はある結論を導き出す。
「お前、女の子なの?!」
「そうだよ!わりーかよ?」
「いや、悪くないけど、どう見てもそのナリは男だろぉ?!」
少年っぽい中性的な顔立ちだし、髪はボブっぽいボサボサ頭だから判断するのは難しかった。

にしても「女か…」憲兵に突き出すのも気が引けた。
「で、あたいをどぉするんだよ?」
少年の様な少女は何故か威張っている。
「どうもしない。金さえ返してくれれば俺はそれでいい」
「無いよ。人違いだ」
「なわけねーだろ!」
「そうだと思うんなら、調べなよ」
少年の様な少女は手を広げた。俺は少年の様な少女のポケットを探る。
「無い…いやそんな筈は…」
俺は隠しポケットでもあるのかと、少年の様な少女のボディチェックをする。
「ち、ちょっと、うひゃひゃひゃひゃ!くすぐったい!やめ!うひゃひゃひゃひゃ!」
何故だ!そんなバカな!俺は混乱して益々執拗にボディチェックをする。
「うひゃひゃひゃひゃ!く、苦しい!止め…止めろー!」
少年の様な少女は俺の脛を思いっきり蹴った。
「いってー!」
俺はぴょんぴょん跳ねて、転げ回った。
「ハァハァ…しつけーよ。兄ちゃん!」
少女も息が絶え絶えだ。
ラーナ姫の誘拐のイベントがあるというのに、こんな事をしている暇は無いのだが、六日間ここで生活しなくてはならないのだ。
金が無いと困る。
そして、俺はお金がどこに行ったか、大体見当がついていた。
この少年の様な少女が逃げた先には似たような子供達がいた。
おそらく、その子に渡してリレー形式で、俺の財布は人から人へ渡っていったのだろう。
「俺の財布は既にお前らのボスの元に渡ってる?」
少年の様な少女は、俺の推理にニヤリとしていた。それが答えなんだろう。

「まぁ、兄ちゃんも運が無かったね」
少女は立ち去ろうとする。
俺は自分の後ろに気配を感じ、少女を捕まえ、物陰に隠れた。
俺は少年の様な少女の口に手を当てて塞ぐ。
モゴモゴしているので、「しっ!」と注意する。
すると、隠れた裏路地をゾロゾロと怪しい団体が通る。少年の様な少女の緊張が俺に伝わってきた。
その団体は、般若のような仮面を被った黒ずくめの者達だ。
まともな連中には見えない。
俺達はすぐ近くを走り去っていく集団を見送る。
━━と、十字路の真ん中で麻袋を背負った者がそれを落とした。
中から、女の子が出てきた。おそらく暴れていたのだろう。女の子は
「助け━━!」
声を上げようとしたが、別の者に上から麻袋を被せられ、持ち上げられて連れ去られた。
一瞬の出来事だった。

そして、俺はあの十字路に見覚えがあった。
マイトはあの十字路で、あのシーンを目撃するのだ。
おそらく十字路を左に曲がった先でマイトがそれを見ていると思う。
黒い集団がゾロゾロと走り去っていく。

俺はその後に追いかけるマイトとその仲間を息を潜めて待つ。

「あいつら、すげー怪しいな」
「あぁ、帝国の奴らだ」
「帝国?!それに女の子を誘拐してたような…」
「ラーナ姫だろう」
「ラーナ姫?!」
少年の様な少女は驚いていたが、俺はそれどころではなかった。
マイトが追いかけて行かない。
俺は十字路まで進み、回れ左をした。

マイトはいなかった。
裏通りは人っ子一人いなかった。
どっと汗が出た。
「嘘だろ?」
いや、そんな筈はない。俺はマイトが来るであろう方へ駆け足で進む。
「お、おい兄ちゃん、どうしたんだよ?!」
少年の様な少女は俺に着いて来たが、構ってる余裕は無かった。


◆◆◆◆


裏通りを抜けると、王都の外周に出た。

俺の背丈程度の塀がある。ちなみにこの先は地面がない。登って飛び下りれば、スカイダイビング出来る。
子供とか登って遊びそうだ。普通に危ないが、安全性が緩い世界だ。

そして、やはりマイトはいなかった。
「マジか…」
俺は膝を着いた。何も考えられない。
もしいなければ、今回のイベントをやり過ごせたとしても、これから先のシナリオはどんどん敵が強くなり難易度が上がってくる。
モブキャラではどこまで出来るか分からない。

「…兄ちゃん、財布無くしたからって、そんな落ち込むなよ」
少年の様な少女は俺の肩に手を置いて慰める。だが、金どころの話では無くなっていた。
「と、とりあえず、ラーナ姫を、助けるイベントをこなさないと…」
俺はよたよたと立ち上がる。
黒い集団が立ち去って大分経つので、あれを追いかけても間に合わない。

俺は外周の塀に登って立つ。
「この辺りだったかな?」
下を見下ろすと雲。落ちれば死は免れない。
「おい、兄ちゃん?何してんだ?!」
俺は躊躇なく飛び下りた。
「兄ちゃん?!!!」
少年の様な少女が叫んでいた。

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