主役にはなりたくない〜田中司(41歳)がやりこんだゲーム世界に転生した件について〜

もりし

第1話 モブキャラ紀行

【飛空艇】の旅は片道4日もあるので、王都に着くまでのんびり出来る。
ここ1ヶ月、俺はミィとの結婚を考え、カシムが人生サボった分を取り戻そうと努力した。
15歳である。転生前と違って、多少無理をしても寝れば疲労は回復するし、食欲も旺盛だし、ミィもそばにいて、俺はやる気に満ち溢れていた。
社畜として会社に勤め、ゲームをしていた頃はそれしかやる事が無いと考えていたが、あの頃は思えば、まともな判断能力が低下していたのだろう。
自発的に何かをする気持ちが芽生えていた。
毎日が、楽しくて仕方なかった。これはやはりミィがいるからである。恋人の存在って大事なんだと、今更ながら気付いた俺だ。


◆◆◆◆


【飛空艇】は支払い金額によって1等から3等までの部屋が与えられる。俺は最も安い3等の部屋だ。3等はカプセルホテルと同じ作りの個室になっている。
敷き布団と、毛布と枕が、畳んでおいてあった。若干の湿り気がある。窓もなく、寝具以外の設備はない。
それでも個室があるのはありがたかった。

俺は鞄から【ガンソード】を取り出す。

まず、グリップの底に爪を引っ掛ける隙間があるので、そこに引っ掛けて引き出す。
プラパラートのようなプレートが出てきた。
指先に針を刺す。血がプクッと出てくる。指先の血をプレートに付ける。
引き出したプレートを元に戻すと、一瞬だけ【ガンソード】が光る。
生体認証を設定したのだ。これでこの【ガンソード】は俺しか使えなくなる。

弾倉に【オーブ】をセットすると、ただの黒い武器の表面にある魔法文字やラインが、蛍光イエローに光る。
ガンソードは【オーブ】の種類によって、色が変わるので、リボルバーの弾倉を回して【オーブ】の種類を変えるのだ。
俺の【ガンソード】はスロットが3つあるので、三種類の攻撃魔法を使えるようになる。

【雷撃のオーブ】は文字通り雷系の武器になる。剣として使っても、銃として使っても魔力を1使えば攻撃魔法の効力を発揮する。
だがカシムである俺は、魔力が10しかないので乱発出来ない。そこで、自分の魔力は使わずに【オーブ】の中にある魔力だけを使う。
気絶させる程度の攻撃力に落ちてしまうが、別に今回のシナリオは人を殺さなくていいので充分である。

オーブの魔力だけで武器を使うと、ゲージが画面上に出てくる。
使えば使う程、ゲージが減る。ちなみに使用を止めると、ゲージが回復する。
使い続け、ゲージの減りが、レッドゾーンに達すると、秒で戻っていたゲージが分単位の戻り方になる。満タンになればリセットされるが、その間は不利になる。
上手い人は、オーブのみの魔法。自身の魔力を使った攻撃魔法。魔法を使わずに攻撃といった連携技を使って、オーブのチャージ時間を稼ぐ。
また、敵の攻撃を避け続けて時間を稼ぐ者もいる。人によって戦い方は色々ある。
俺はマイトの時は連携攻撃タイプであったが、カシムである。体力的にも避けに徹するのも疲れそうだし、連携攻撃もカシムの魔力10が足かせとなる。連携攻撃を10回したら終了である。
まぁ、今回のイベントは大丈夫だろう。

俺はホルスターに【ガンソード】を収める。
上からローブを羽織って、これで準備は終了。
【ガンソード】は俺の生命線なので、肌身離さず持ち歩く。と言っても、他の者からすればガラクタ同然だが。
これ以上重くてもカシムの筋力では困るので、俺は【ガンソード】しか武器を持っていない。
これがマイトの時は、腰に二本差し。背中に薙刀なぎなたや、弓を背負ったりしていた。

鞄の中は着替えが入っている程度で軽い。

ほんの数分でやる事は終わった。
残り4日の船旅。
船内で、どんな出会いや、フラグが立つのか。
俺は少しワクワクして部屋を出た。


◆◆◆◆


「当船は間もなく王都ラ・アルトマイドに到着致します」
船内アナウンスが鳴る。

4日の船旅の間、何かあったかというと何もなかった。空中海賊と大立ち回りもない。
デッキで星空を眺めていると、どこぞの貴族の女の子に話かけられたりなんて事もない。
可愛い女の子が、素行の悪い冒険者に絡まれているので助けるエピソードもない。
何のフラグも立つ事はない。
モブキャラ。いてもいなくても同じ。ただの風景が、カシムという男の役割だ。

ギザトの町から西へ【飛空艇】で4日。
王都の島が見えてきた。
島と言っても海に浮かんでいるわけではない。
空中都市、王都ラ・アルトマイド。
多くの飛空艇が周りを飛んでいた。遠目でも分かる。活気に溢れた都市だ。

「とりあえず、最初のシナリオを回収して、後は【オーブ】でも探すか」
俺は手荷物を持って下船した。

王都はラーナ姫の御披露目という事もあって、活気付いている。
出店がいたる所に建ち並び、店の売り子が呼び込みをしている。
俺は、ゲームでこの町並みを見ていたが、やはり匂いや、空気感は無かった訳で、新鮮味を感じていた。
「やっぱり本物は違うな」
俺はギサトの町とは違う王都の雰囲気を楽しんでいた。


◆◆◆◆


今日は一つ目のゲームオーバーイベントがあるので、早速向かう事にした。
最初のイベントはこうだ。マイトは南方の出身で、地元でパーティーを組んで王都にやって来た。大通りの人混みを避けて、裏通りに来たところへ、怪しい団体に出くわす。
彼らの一人が大きな麻袋を抱えていたのだが、それが落ちて、中から女の子が飛び出してきた。

ラーナ姫だ。

マイトはその美しさに惹かれる。
また、頭からすっぽりと麻袋を被せられ連れていかれる。
マイトはそれを追いラーナ姫を助けると言う話だ。

大まかな話は前述の通りであるが、同じようにクリアしようとしても、あらゆる事象や、人の反応などが、その都度、変化していくので予測は付かないゲームではある。
だが、最初の方のシナリオであるから、まだ複雑に分岐していく訳ではない。
絶対にやらなくてはいけないのが、ラーナ姫の救出である。これさえ出来れば初日はミッションクリアなので、俺にとっては難しい事ではない。

ただ、マイトがいれば俺はそのイベントをやらなくていいので、彼の存在を願うばかりである。

          

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