Great Days

まゆげ

Great days 第2話 俺たちにしかできないこと

 真実はいきなりシェアハウスで住むことになったものの、シェアハウスのメンバーは全員男性であるということと、全然自分と気が合わない海と四六時中一緒である未来を告げられ、絶望に打ちひしがれた。しかし、シェアハウスのメンバーの1人、拓也に一目惚れをし、一気にシェアハウスでの生活が楽しみになった。
 海は自分の敵で忌々しい人物、真実がこれから自分たちと生活を共にすることと、よりにもよって真実が自分の好きな人、拓也に一目惚れをし、猛アタックする姿を見て気絶したくなった。
 ……が、一番泣きたいのは拓也である。海だけでもうるさくて面倒ごとを起こすのでその尻拭いで大変だったのに、新たなるシェアハウスのメンバーはそのトラブルメーカーとおんなじ様な奴ときた。これからは今までの心労が2倍……いや、2乗になるだろう。拓也は自分の未来を憂いながら、寂しい背中を海と真実に向け、トボトボと今晩の買い出しに出かけた。


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 警察官から「近所迷惑だから痴話喧嘩は家でやってくれ」という注意を受け、海と真実はいがみ合いながら、シェアハウスの中に入って行った。

 「しょーがねーから残りのメンバー4人を紹介してやる。いいか!1人を除き、他のメンバーは聖人君子のように優しい!だからといってその優しさに甘えんじゃねーぞ!!」
 海は靴を脱ぎながら言った。

 「なんでそんなに偉そうなんだよ!……ははーん、分かったぞ。私が可愛くて絶世の美少女だから、まさかたっくんをとられるんじゃないかと思ってるんだろ??ザンネーン!そのまさかだよ!たっくんは私の嫁になるんだよ!如月家のお嫁さんにきてもらうもんねー!」
 たっくんとは拓也のことである。どうやら真実は女で拓也は男であるが、真実は拓也を旦那ではなく、自分の嫁にするつもりらしい。

 「ふっざけんなよ!てめー!たっくんはなぁ、俺の嫁になるんだよ!!いつか能力使いを探して依頼して、たっくんを女にしてもらうんだよ!!」
 先に廊下に上がった海は靴を脱いで廊下に上がってきた真実の胸倉を掴んだ。
 勿論、女にするどーのこーのは、拓也の同意なしで言っているのである。自分勝手もいいところだが、全く気にしてない。

 「それになぁ、お前が可愛い絶世の美少女だったらなぁ、そこらへんに落ちてる石ころの方がモテてるぞ!!今頃世の男性全員が、石ころにキスしながら歩いとるわ!!お前みてーな奴はなぁ、チンチクリンっていう表現がお似合いなんだよ!!」
 海は真実の眉の付け根をツンツン突きながら言った。
 「誰がチンチクリンじゃ!!!どこからどうみても私は可愛いだろうが!!目、節穴なんじゃないですかぁ?眼科行ってそのまま帰ってくんな!!」
 真実は自分の眉の付け根を突いてくる海の指を振り払って言った。

 ……と、不毛でいつまで経っても終わりそうにない喧嘩がまた始まるか(もう始まってるが)と思われたその時、海と真実は口を閉じた。リビングの扉から心配そうに男性が2人、顔を出してこちらを見ていたからである。


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 「初めまして!俺は及川大斗おいかわたいとっていいます。大学3年生です。みんなからは『あいかわ』って呼ばれてます。あおいろが初めに間違えて『あいかわ』って呼んだまま、定着しちゃったんだよね〜。真実ちゃん…だっけ…も、是非『あいかわ』って呼んでね。誕生日は6月29日で、趣味は料理で………他に何を言えばいいかな??あ、俺、ここの料理を担当してるんだ〜。だから、何かリクエストあったら、俺に遠慮なく言ってね。」

 「………初めまして……俺は…二階堂春にかいどうはるって…いいます。どんな風に呼んでくれていいよ……歳はあいかわと一緒……好きなのは…かっこいいモノ……よろしく……」
 春はかっこいいモノが好きと言っているが、彼が抱えているのは、今女の子の間で流行っている、可愛いネコの大きなぬいぐるみだった。

 大斗は見るからに優しそうな好青年で、雰囲気が真実の兄・政由に似ている。灰色の髪をしており、前髪が真ん中で分かれている。座っていても足が長いことがわかり、身長が大きいことが窺える。
 一方春は、人見知りなのか真実を直視せず、恥ずかしそうにチラチラと様子を伺っている。長い前髪が目にかかっており、茶色のクリクリ癖毛が特徴の青年だった。

 不毛な喧嘩を一次中断した後、海と真実はリビングに入り、大斗と春の向かい側になる様にソファーに座った。そして自己紹介を始めたのだった。

 「私如月真実です!中学生2年でこの春3年生!誕生日は6月6日で、好きなことはホラーゲームプレイ!好きな食べ物はお団子!好きな人はたっくん!私のことは呼び捨てで呼んでください!よろしくお願いします!」
 「えぇ〜!年下の女の子を呼び捨てなんて妹しか無理だよ〜!せめて真実ちゃんって呼ばせてよ。あ、そうだ!歓迎会したいね〜!明日の夕飯は真実ちゃんの好きなメニューにしよう!」
 「……そうだな。あ、あと……これ……お近付きの印に貰ってくれる?」

 そう言って春が取り出したのは、彼が抱いてるぬいぐるみと同じキャラクターのストラップだった。ピンクのカーネーションを抱いているネコのストラップでキラキラしたデコレーションもされてある。いかにも女の子が好きそうなストラップだ。真実はストラップを受け取った。

 「えぇ!ありがとう!学校のバッグにつけよう!……どうしようあおいろ……2人とも優しすぎるし可愛すぎるしでトキメキが止まらない……!!」

 真実は大斗と春の方が自分より女子力が高いのではないかと思い始めてきた。大斗は料理上手で、春は本人は否定しているが、可愛いモノ好きである。一方真実は料理は卵かけご飯くらいしか出来ず、可愛いモノに興味がないわけではないが、それにお金をかけるくらいだったらホラーゲームにお金をかけている。

 「だから言ったろ?聖人君子みたいだって。残りの2人も優しいぞ。……あぁ、でもなぁ……あいつはなぁ……」
 「そう言えばさ、その2人はここに今いないの?」
 「あぁ、残りの2人はな、芸能人なんだよ。2人ともモデルやってて、その中の1人なんてお前でも知ってるくらい有名だぞ〜。だから忙しくっていつも帰ってくるの遅いんだよ。今日は雑誌の撮影とか言ってたかな…」
 海はとんでもないことをサラッと言った。

 「えぇぇぇぇえ!!!嘘!!私の家の土地にとんでもない人が住んでたんだなぁ〜!うわぁ、楽しみ〜!!さぞかしイケメンなんだろうなぁ〜」
 真実は目を皿にし、大喜びした。

 「ははは、驚くと思ったぁ!でも、友達とかに一緒に住んでること教えちゃいけないよ。住所がバレると、何かと厄介な世の中だからね。」
 大斗が笑って真実に言った。
 「うん!わかった!へへへ、誰なんだろう〜」
 真実がまだ帰ってきてない残りメンバーについて妄想を膨らませていると

 「おい、海と真実、ちょっといいか?」

 40代くらいのガタイのいいおっさんが廊下からリビングに顔を出して、海と真実に手招きをした。

 それに従って、海と真実は大斗と春に断りを入れ、自分たちの持っていた荷物をリビングに置き、廊下に出ることにした。


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 このおっさんの名前は須田美咲すだみさきという。いかにも女の子の名前ゆえ、本人は気にいっておらず、名前で呼ぶと怒られる。以前海と真実は名前で呼んで、頭に大きなタンコブを作って以来呼んでいない。
 美咲はこのシェアハウスの大家さんである。管理人は政由だが、家賃のことなど面倒臭いことは全部美咲がやっている。
 美咲は政由・忠由・真実の父親の幼なじみで、2人は元警察だ。美咲は任務中、回復が見込めないほど左腕を負傷してしまい、パトカーの運転も、銃の扱いも思い通りにいかなくなってしまったので、依願退職した。その後職を探していた時、真実の父親がシェアハウスの土地の管理を美咲に任せたのである。その時から、警察時代に培った人の悩みに応える力や、話を聞く力を生かせる、犯罪被害者の相談・支援センターで働きつつ、このシェアハウスの大家もしている。
 真実のことは小さい頃から自分の娘のように可愛がっており、海とも勿論、顔見知りである。そして2人ともに霊感があって、能力があることも知っている。

 「おっさん、どーしたの?」
 海は自分たちを廊下に呼び出した美咲に事情を尋ねた。

 「ちょっと気になることを見つけてな。この記事を見てくれ。」
 そう言って美咲が見せたのは、一昨日の朝刊のある記事だった。

 「『行方不明だった児童が、行方不明現場の近くで発見。道の真ん中に倒れていたのを、近所の人が見つけた。児童は命に別状はないものの、意識が回復せず。』……って見つかってよかったじゃん。」
 「よかったことにはよかったが、見つかって2日後の今日も意識が戻らないんだとよ。更におかしくないか?道の真ん中に倒れてたって……普通すぐに見つかるだろ?後な、似たような事件が同じ場所で半年前に起こってるんだよ。半年前の事件は、被害者は意識が回復したが、魂が抜け落ちたようになってるんだと。センターで聞いた話だ。」
 このセンターとは、美咲が働いている犯罪被害者相談・支援センターのことである。

 「そこでおっさんはこの事件の犯人は人間じゃないかもって思ったわけね?」
 「そうだ。このまま放って置いたら、更に他の被害者が出るかもしれない。そう思うと気になっちまってな。生憎俺は幽霊ってやつが全く見えない。俺が行ってもどうしようもないだろう。そこで危険を承知で頼む。現場に行って何か異常がないか調べてきてくれないか??」
 「えぇ〜……嫌だよ……俺、幽霊とかそういうの苦手で怖いんだよ……おっさん、知ってるよなぁ?好きで見えてるわけじゃないしさぁ〜。それに今夕方の4時だぜ?俺さ、さっきまで警察のオニーサンにお説教されてたから疲れてんのよ。今日行くのは、まぁ無理だよなぁ〜。な、真実!」

 海は美咲の依頼を真っ先に断ろうとした。そして真実にも同意を求めて、この件を無かったことにしたかったのだが…

 「OK!被害が拡大したら嫌だし、今から行こう!!で、事件の現場って、ここから近いの?」

 海の期待とは裏腹に、真実は美咲の依頼を快く受けた。海はつい先日嫌というほど思い知ったのに忘れていたのだ。真実が行動力の化身だということを。

 「はぁぁ?!!お前マジで言ってんのかよ!!お前1人で行けよ!?ぜーーーーったい、俺は行かねーからな!!!」



 「「お前、男として情けなくならねぇのかよ」」



 真実と美咲は汚物を見るような目で海を見た。

 「えぇ…………なんでぇ……」

 海は行くしかなかった。


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 シェアハウスから最寄りの駅まで徒歩10分、そこから5駅先で降りて、乗り換え2駅。更にそこから歩いて20分のところが事件の現場であった。おおよそ1時間はかかり、海と真実が着いたのは17時30分頃であった。

 そこは閑静な住宅街で、とても行方不明事件の現場とは思えない程、穏やかな場所であった。近くに森や田んぼなど、夕方になると急に暗くなるような場所は特に無く、住宅街なので大声を出せば誰かが気付くように思える上に、不審者が出たら目撃情報もありそうなものだが、それでも尚、行方不明事件が立て続けに起こったということは、美咲の言っていた通り、もしかしたら生きている人のせいではないということも考えられるのである。
 海と真実は住宅街を一頻り歩き回った後、スーパーマーケットでお菓子を買い、住宅街にいる犬と戯れた。つまり、ロクに調査という調査をしなかったのである。犬が餌の時間なのか、自主的に小屋に帰って行った時には既に18時30分を回っており、辺りも真っ暗になっていたので、海と真実は素直に帰ることにした。

 「いやぁ〜、なんもなくてよかったわ!帰ろ帰ろ!駅ってどっちの方だっけ。」
 海は清々しい笑顔である。

 「確か反対方向だったよな。よし、来た道を戻るか……」

 真実はそう言って後ろを振り返った。その時ーーーー



 「おい、こんな道、通って来たか?」

 明らかな異変に気付いた。真実の表情が一瞬にして曇り、後から振り返った海の表情は真っ青になった。「あおいろ」だけに。

 そう、明らかにおかしかったのである。今まで歩いて来たはずの舗装された道は、砂利道になっていた。それだけではない。急に、息が白く見えそうなほど肌を刺すような寒さが2人を襲った。さらに、道に沿って建っていたはずのアパートや戸建ては跡形もなく消えており、代わりと言っては不釣り合いだが、ボロボロで今にも風邪で吹き飛ばされそうなあばら屋が2・3軒建っていた。間違いなく現代であれば、建築法やら何やらで存在自体が許されないと思われるあばら屋だった。そう、「現代であれば」である。海と真実の目に映ったのは、現代では到底見られないような風景だったのだ。駅があるはずの方向には地獄があるような、そんな風景であった。
 気づくと彼らの真下も砂利道になっており、さらにさっきまで彼らが向いていた方向にも、同じような光景が広がっていた。要するに海と真実は、さっきまで2人がいたはずの世界はもう無く、全くの異世界に迷い込んでしまったのだ。

 「な、ななななな何だよこれ、何だよこれぇ………絶対通って来た道じゃねーし、絶対幽霊いるじゃん。怖い怖い怖い怖い…………」
 海は恐怖のあまり震えが止まらず、真実の肩を掴み、背後に隠れ、自分を守ってもらおうとした。年下の女の子を盾にしようとするなんて、男失格である。

 「うわぁ〜なんか聞いたことあるんだよね〜。夕方とか黎明とか、朝なのか昼なのか夜なのか分からない曖昧とした時間って、曖昧な存在である幽霊とか化け物が出やすいって。本当だったんだなぁ〜」
 しかし盾にされてる真実は海とは真逆で、あんまり怯んでいない様子である。左手の人差し指を口に当てて、思い出したことに感心している様子だった。

 「いよっ!真実!流石心臓に毛が生えた頼もしい女!その調子で俺のこと守ってね!!」
 「じゃ、たっくんは私のモノね!」
 「それはk」

 「断る」と言おうとしたが言えなかった。真実が海の言葉を遮ったからだ。

 「あおいろ、妙な気配強まった気がする。おそらく私たちをここに連れてきた奴が近くにいるから警戒しとけよ。」
 「うぇぇ…いやぁ…なんとなく気付いてたけど、やっぱり?」
 「気付いてたんかい!まぁ、今私たちを襲おうとしてる奴が十中八九行方不明事件の犯人だろうな。被害者が死んでない限り、精気か魂の半分くらいを奴に取られたんだろう。おそらく生きている人の精気や魂を取り入れ、力を蓄えて、今まで此岸に留まっていたんだろうね。まぁ、今に始まった事件じゃないってことだ!ここで倒せなかったら私たちも被害者のようになっちまうから…うん!非常にマズイ状況だ!」
 「へぇ、怨みとか負のパワーでずっと留まれるもんじゃないのね…じゃなくて、開き直んなよ!!どーすんだよ!!」
 「倒すしかないな。おそらく逃げられる相手じゃないし。あおいろ、ここは協力プレイといこうじゃないか。」
 「協力プレイって…「あおいろ、伏せろ!!!」

 海はなんだかよく分からないが、咄嗟に真実の言うことに従った。伏せて上を見てみると、真実が自分の着物の中に隠してあった木製の短刀を素早く取り出して、海を襲おうとした攻撃を上手に受け止めていた。木製の短刀に、本物の短刀が突き刺さっていた。

 「うわぁぁぁぁあ!!び……ビックリしたぁ!!絶対伏せてなかったら俺、死んでたじゃん!!」

 攻撃を仕掛けた相手はすぐに消えて、真実の短刀に突き刺さった短刀は、霧のように空気に溶け、消えた。

 「忠由兄様に護身用にと無理やり持たされた短刀、すぐに役に立ったなぁ」
 「そんなこと言う家族、多分お前んちだけだぞ。」
 「だろうね。兄様過保護すぎるんだよねぇ〜。じゃなくて、協力プレイしようぜ!この状況から早く脱しないと!明日学校なのに!」
 「こんな時に明日の学校の心配かよ!!お前やっぱり余裕じゃん!俺、能力備わってからまだ半年しか経ってねーんだよ?!しかも植物生やすくらいしか出来ないし!協力プレイって言ったって、どーしたらいいかわかんねーよぉ〜!」
 「なんかないの??物理攻撃に耐え得る植物とかさぁ?それで身を守ってよ。」
 「全然分からない!俺、植物博士じゃねーし詳しくねーよ!こんなことなら勉強しとけばよかったぁ…」





 「おい、小童ども。小蝿のように鬱陶しくいつまでも喋りおって……耳障りだ、五月蝿い!黙って私に精気を吸い取られろ!!!」




 不意に、荒く、低い、癇癖の強そうな声が聞こえた。



 「「!!!!!」」

 海は立ち上がり、声のした方向をを見た。すると、いつの時代かは分からないが、落武者が彼らの5メートルほど先にいつの間にか現れていた。肌は絶対生きてる人間とは思えない鼠色で、目や頭、腕、足などからは無数の傷がありそこから血が滴っていた。腹部の大きな切傷からは、小腸かと思われる薄ピンクのモノがデロっと出ていた。背後には矢が何本も刺さっている。極めつけに、目が片方ない上に、ある方の瞳孔が海達の方を向いていない。足も折れてるようで、関節があらぬ方向に曲がっている。そう…悪霊が自ら正体を明かしたのだ。

 「うぎゃあ!!!真実、あれ見て!武士……かな……血だらけ泥だらけの武士がいる……『八つ墓村』に出てきそうな……!怖っっっっ!!怖すぎる!俺無理だからね!あんなのと戦うの!!」

 海はまた真実の背後に隠れ直し、落武者を指を指して言った。
 しかし一方で真実は、幽霊が正体を現しても怯えていない様子だった。

 「『八つ墓村』って何?」
 「お前、『八つ墓村』知らねーのかよ?!マジありえね……じゃなくて、今そんなこと話してる場合じゃねーから!」

 「だから五月蝿いと言っている!!!…いいだろう、一番五月蝿い男の方から精気を吸い取ることとしよう。」

 どうやら落武者はターゲットを海に定めたようだ。

 「うわぁぁぁぁあ!!マジかよ俺かよ!俺が煩いのはコイツのせいなのに…どうしよう…怒っていらっしゃる…俺の人生ここで終わりなんて嫌だ!!90まで生きるつもりなのに!!」
 「ははは、お前、90まで生きるつもりとか図々しくね?」
 「うるせー!多分俺前世は早死にだったんじゃねーの??生きることに執念燃やしてるから!ていうか、そんな笑ってる暇なんかないの!?わかる?!」

 「えぇい!五月蝿い!!一発で仕留めてやるから動くな!!」

 そう言って落武者は今度は短刀ではなく太刀を構えた。太刀にはどす黒いオーラが纏っており、如何にも人の魂を吸いそうな、呪いの道具っぽかった。
 
 「ひぃい!!助けてーーーー!!!!」

 海は真実の背後で目を瞑り頭を抱えて伏せ、真実は真剣な面持ちで海を庇うかのように木製の短刀を構えた。落武者がそんな2人に襲いかかってきたその時ーー



 落武者の首がとれた。



 「な………ぜ……………」

 首を斬られた本人もわからないうちに仕留められたようだ。
 さっきの短刀のように、落武者は霧のように空気に溶け、消えていった。


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 2人は目を皿にして自分たちの目の前で起きたことに固まったが、先に口を開いたのは海だった。

 「え……なんかよくわからないけど……俺、助かった??」

 海は立ち上がり辺りを見渡した。すると、先程までのおぞましい光景はなくなり、もとの風景に戻った。砂利道が舗装された道路に変わり、あばら屋は消え、現代の法律で存在が許されるアパートや戸建てに戻った。

 「やったー!助かったみたい!!誰が助けてくれたんだろう?もしかして真実、なんか能力使った?」
 
 海は万歳して喜んだ。

 「いや、私なんもやってないよ。あと能力は、今のとこわかっている範囲だと、1人1つの能力しか持てないらしいから、首を吹っ飛ばすことは私には出来ないな。」
 「え、そうなんだ。じゃあ俺、ずっと植物生やすことしかできないんだ……ガーデニングが趣味だったら喜ばしいけど、別に俺そんな趣味じゃないし……残念だ。」

 万歳から一転、海は落ち込んだ。

 「まぁまぁ、元気出せって!!あ、そうだ!お花生やして女の子口説けばいいじゃん!」
 「今時お花をあげて喜ぶ女の子っているの??」
 「う〜ん…プロポーズの時や記念日だったらいいかもだけど、告白とか口説く時だったらなぁ…完全にキザなナルシスト野郎ですな!!」
 「ほらぁ!!彼女できるまで使えねーじゃん!」

 海の今後の能力の使い方について議論していたところ、先ほど落武者がいた方向から声がした。


 「おーい!大丈夫か??」


 声がした方を見ると、少しくたびれたスーツを着ている男性の姿がこちらに向かっているのが見えた。
 彼の右手手には黄色に光っている刀があり、彼はそれを刀を握っていない方の手、左手の中へ仕舞った。そう、文字通り、手の中へ、である。

 「「!!」」

 2人はそれを見て驚きはしたが、すぐに彼も能力使いであると理解出来た。
 彼は海と真実の目の前に来た。

 「安心してくれ、味方だ!新聞の記事を見てここに来た!悪霊は私が倒した!!奴はもう此岸には戻ってこれんだろう!怪我はないか?」
 「いや〜助かりました!おかげさまで怪我はないです!ありがとうございました!」

 海は満面の笑みで、やっと帰れる!とまた万歳をしようと思ったが、それは叶わなかった。叶わなかったどころか、海はさらに混乱することになった。



 2人を助けてくれた男性が、真実に向けて今度は光る銃を取り出し、構えたからである。



 「………な、何……やってるんですか……」

 海は真実を自分の背後へと咄嗟に庇った。悪霊の時とは立場が逆である。つまり、やっと男らしいことが出来たのだ。

 「君、何故この子と共にいるのかはわからんが、この子の側を一刻も早くはなれたほうがいい。この子からはとてつもなく嫌な気配がした。」
 そう言った彼はさっき海を気遣った時の顔とは打って変わり、恐ろしく深刻な表情であった。3月というのに冷や汗までかいており、銃を持つ手も震えていた。先程あの落武者の悪霊をいとも簡単に倒したというのにこの有様ということは、相当真実を恐れていることがうかがえる。

 「この子は早く始末しておかなければ。何故こんなおぞましいモノがこの世にいるんだ。何か漠然と悪いことが起こる気がする。君が側にいては銃を撃てないだろう。早く退いてくれ。」
 「いや、退きませんよ。コイツはそんなんじゃありません。銃を下ろして下さい。さもないと……「あれ、もしかして、吉助兄ちゃん?」

 海の言葉を遮ったのは、彼の背後からひょこっと顔を出した真実だった。

 「おい、お前…こんな時に何言ってんの?」

 しかし海のツッコミを無視して真実は、自分に銃を向けている、吉助と呼ばれた男性をじっと見た。

 「やっぱりそうだよ!吉助兄ちゃんだ!私のこと覚えてない?私、真実だよ!」
 真実は自分を指差して言った。男性は目を細める。

 「まみ……?まみって、忠由の妹の真実か?あのスズランのように可愛く、カスミソウのように小さかった、目に入れても痛くない真実か?確かに君はとてつもなく可愛いが……」
 「いや…どんな覚え方してるの……うん!そうだよ!忠由兄様の妹の真実だよ!!もうかれこれ10年ぶりくらいだからわからないかな?よくお花畑連れて行ってくれたよね!うわぁ〜吉助兄ちゃん、ますますカッコよくなった!政由兄様も忠由兄様もずっと会いたがってるよ。」
 真実はフワッと微笑んだ。その顔は正にスズランのように可愛かった。


 「ま………まぁぁぁぁぁみぃぃぃいいいいい!!!」


 男性は顔をリンゴのように紅くし、目を輝かせ、ようやく「よし」と言われた犬のように勢いよく真実に抱きついた。海を吹っ飛ばして。

 「ブッッッッッっっっっ!!!!」

 海は横腹に強い衝撃を受け、その勢いで近くの塀に身体の側面を強打した。


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 「いや〜すまなかった!!感動の余り、君を吹っ飛ばしてしまった!申し遅れたが、私は鬼ヶ城吉助おにがじょうきちすけという!真実の兄の学生の頃の友人だ!よろしくな!」
 吉助はやっと銃を手の中に仕舞って、海に右手を差し出した。

 「あ、はい…俺は青井海です…よろしくお願いします…」
 海は吉助の握手に応じた。ヘロヘロだったが。
 海は悪霊と吉助の行動に、精神的にも肉体的にも限界が来ていた。今度こそ帰りたい。

 鬼ヶ城吉助はとても威勢が良く快活な男性で、忠由と中身が瓜二つであった。類は友を呼ぶというのはこのことだろう。違うのは見た目であり、特徴的なのは目と髪であった。吉助の目はとても色素が薄い。日本人の黒や濃い茶色の目ではなかった。それに比べて髪の色は紺色で暗く、後ろで軽く結んでいる。男性の中では少し髪が長めであることがわかる。一方でサイドの垂れ毛だけは白色であった。海は正直どこの国の人だろうと思った。

 「真実はな、幼い頃によく遊んだんだ!私が14歳で真実が4歳くらいだったかな。学校の帰りによく真実たちの家に寄ってなぁ〜お手玉したり、ままごとをしたり、近くの山に散策に行ったりして遊んだものだ!本当にな、真実はあの頃から驚くほど可愛くて可愛くて……はぁ…すまんな、真実。一目見ただけでなんで私は真実だと気づかなかったんだ…私は愚か者だな…銃まで向けてしまって……怖がらせてしまった。すまなかった…」

 吉助は眉を八の字にし、泣きそうな顔になってうなだれた。彼の背後に「しゅん……」という文字が見えるようだった。

 「いいよ〜気づかなくてもしょうがないよ!それよりまた吉助兄ちゃんに会えて嬉しい!ねぇねぇ、連絡先交換してよ〜」
 「こ…こんな私を許してくれるというのか!なんて慈悲深く優しい子に育ってくれたんだ!あぁ!政由と忠由には感謝しなくては!そうだな!連絡先を交換しよう!あと、海くんとも交換したいんだが。」
 「え、俺ともですか?いいですけど…」

 3人は連絡先交換をした。吉助は見た目20代の若者なのに、おじいちゃんのように携帯の使い方がよくわかっていないみたいで、海と真実が吉助の携帯も操作することにした。

 「携帯の使い方、電話のかけ方しかわからないなんて、生活困らないんですか?」
 海は携帯を吉助に返して言った。
 「んん?私の生活はあまり文明機器を使うようなものではないからな!仕事も主に肉体労働というか…今着ているスーツもたまたま今日着ることになっただけだ!」
 あまりスーツ着ないと言っているが、その割には結構くたびれているような気がする……と海は思ったが、深く突っ込むのをやめておいた。

 「何か幽霊やら能力やらで困ったことがあれば、いつでも私に電話してくれ!すぐ駆けつけよう!」
 「え!それは心強い!吉助さん、あのクソ怖そうな落武者を一瞬で倒しちゃったんですから!手慣れてるというか…なんか昔から幽霊に関わることとかあったんですか?」
 「あ〜それはだな…昔から幽霊はちゃんと見えていたぞ。まだ幼かった真実も見える体質だったのに、いいモノか悪いモノかの分別がまだつかなかったから、真実を守るのにハラハラしたものだ。真実は可愛いからすぐ連れて行かれそうになってな。悪霊退治もそれこそ幼い頃からしているな!私が今まで見てきた悪霊にはいろんな性質の奴がいた。先程のように生きてる人間の精気や魂を吸い取ろうとしてくるモノ、生きてる人間に憑依しようとしたり、精神に寄生しようとしてくるモノ、物理的に殺そうとしてくるモノなどな。でもいい幽霊も沢山いた。いい幽霊の役にたてて、彼らが笑って成仏してくれた時は、見える体質でよかったなとしみじみ思うぞ!幽霊だってもとは生きてたんだ。幸せになる権利くらいあるさ。」
 「………すごいっすね……尊敬します。あ、ベティちゃんがそのいい霊ってやつだったのか!」
 「そうだね!私たち、私たちにしかできないイイことをしたんだよ!」
 「何のことだかよくわからないが…君たちもそのような体験をしたんだな!偉いぞ〜真実!流石だ!!」
 吉助は真実の頭を撫でた。真実はご主人に撫でてもらってるネコのように気持ちよさそうだ。
 「へへ〜吉助兄ちゃんに頭撫でてもらうの久しぶり!嬉しいな〜」
 「そうだ!!ここで会えたのも何かの縁!それに怖がらせてしまったし…もしよければ、晩飯をご馳走させてはくれないだろうか?」

 海は自分の右手首にある政由から貰った腕時計を見た。すると既に20時を回っていた。「是非、お願いします!」と吉助にチャッカリお願いした後、海は慌てて大斗に連絡をいれた。

 「何か食べたいものはあるか?なんでもいいぞ!」
 「「じゃあ、寿司!!!」」

 海と真実は口を揃えて言った。別に打ち合わせをしたわけではない。ここまで似ているとは。海と真実はお互いの顔を見て、不機嫌そうな顔をした。差し詰め、真似すんなよ!とでも思っているのだろう。

 「ははは!君たち、仲良いな!!」


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 その後100円寿司ではなく、高そうな寿司屋に連れて行ってもらい、逆に海と真実が恐縮してしまったが、やはりクオリティが違った。ネタ1つ1つが長く分厚く、新鮮な刺身だからこその味で、シャリまで美味しかった。こんなもの滅多に食べれる物じゃないと、海は心の中で感動と感謝の涙を流し、心置きなく幸せな時間を過ごした。吉助の真実との昔話を聞きながらたまにツッコミを入れて。

 寿司屋を出て、吉助が海と真実をシェアハウスまで送ってくれた。その間にも吉助は真実と昔話で盛り上がっていた。海が一番笑ったのは、忠由と真実が初めて政由と吉助に夕飯を作ったエピソードであった。昔話を聞いていても、吉助はやはり出来た男であることがうかがえた。そんな感じで駅を乗り継ぎ、歩いていると、あっという間にシェアハウスについてしまった。

 「今日はありがとう、吉助兄ちゃん!ねぇ、また会えるよね?」
 真実が吉助を見上げて言った。彼女はいつの間にか吉助のスーツのジャケットを羽織っていた。背の小さい彼女には大きかったようで、半ばワンピースみたいになっていた。

 「勿論会えるさ!近々政由と忠由の顔を見に行くよ。その時にまた連絡するな!海くんにも連絡を入れよう!」

 突然自分の名前が出てきて、海は驚いた。
 「え、俺にも!?」
 「ああ!是非君にも来て欲しい!!…君とはいろんなことを話してみたいんだ。」
 「そうですね!吉助さんの過去の悪霊退治の経験談とか知りたいです。」
 「そんな面白い話じゃないぞ〜!さぁ真実、早く部屋に入りなさい。そんな薄着じゃ風邪を引いてしまう。ジャケットはまた会う時に返してくれ。私はあまり着ないから、また会う約束の印としよう!」
 「うん!連絡待ってるね!」
 真実は手を振ってシェアハウスに入って行った。

 「じゃあ吉助さん、今日はお世話になりました。寿司、ご馳走様でした!」

 海も真実に続いて入ろうとしたその時、吉助に腕を掴まれ止められた。

 「すまない海くん。君には少し話しておきたいことがある。」
 「ど、どうしたんですか?」

 吉助は海の腕を離し、さっきまで真実と楽しげに話していた明るい顔を引っ込めた。真実に銃を向けた時のように、深刻な表情が現れ、海は息を飲んだ。

 「真実に銃を向けた時、身を挺して真実を庇ってくれてありがとう。心から感謝する。君がいなかったら、私は取り返しのつかない過ちを犯していた。それで…真実のことなんだが、あの時銃を向けた理由があってな。ほんの一瞬だったが、私でも感じたことのない程の物恐ろしい気配が真実からしたんだ。その気配の正体が姿を現した時、真実だけでなく、おそらく人類が危ない。私では到底太刀打ち出来ない。そのくらいの規模だ。なのにその嫌な気配の正体が全く掴めないんだ。先程から真実をじっくり見ていたがわからん。だから頼みがある。もし少しでも真実に異変があったら、すぐ私に連絡して欲しいんだ。」
 「そ、そんなにヤバいんですか……なんなんだろう…俺も多分真実自身も全く気づかなかったです。わかりました。必ず連絡します。」
 「ありがとう!ははは、お世話になっているのは私の方だな!本当にすまない。では、また会おう!」

 吉助はまた駅の方へ歩いて行き、曲がり角を曲がって海の視界から姿を消した。


 吉助の言っていた嫌な気配。おそらく気のせいではないだろう。真実の中にナニかが潜んでいるのか…憑依しているのか…それは悪霊なのか、はたまた全く別のモノなのか…それすらわからない状態で海の不安は大きくなっていった。このことを真実はわかっているのだろうか……


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 鬼ヶ城吉助と別れてから、海は学校の課題を済ませ、さっさと風呂に入って寝ようと思った。が、それは叶わず、風呂から上がってきた真実に呼び止められた。
 「あおいろ!誰??あのイケメン2人!!モデルだからカッコいいのは当たり前なんだけどさ!カッコよすぎて、近寄れないよ〜!」
 風呂場から玄関の方を覗くと、例のモデルの2人がいた。金髪と白髪の青年だ。今しがた帰ってきたところらしい。仲良さそうに会話して、海と真実の視線に気づいていない。…いや、白髪の方は気づいているけど、会話を優先しているようだ。
 「そうそう、あれが例のモデルの2人だよ。おーい!あかちゃん!るかくん!新しいメンバー紹介するからこっち来て!」
 海が玄関に届くくらいの声量で2人を呼ぶと、金髪の髪の方が海の顔を見て爽やか笑顔を向けた。

 「あ、女の子がいる!新鮮だなぁ!」
 金髪の青年が海と真実に近づきながら言った。白髪の方は彼の背後からついて行っている。

 「はじめまして!俺、赤木港あかぎみなとっていいます。テレビとかで知っててくれてるかな?名字の頭文字から『あかちゃん』って呼ばれてます。是非そう呼んでね!これからよろしくね〜!」
 「あ…あああ赤木港??!!通りで見たことある顔だなって思った!!最近雑誌モデルからドラマに活動範囲を広げた…」
 真実は緊張で顔を赤くしている。手も震え、折角風呂に入ったのに、また汗をかいてしまっているようだ。心臓が煩い。

 赤木港とは、今旬の現役高校生イケメンモデル兼俳優である。今年、某雑誌が主催している「抱かれたい男ランキング」に見事ランクインした。金髪の光を受けるとキラキラ輝く髪が特徴で、男性にしては少し長く、右側の額が長い前髪にかからないよう赤いピンで留めている。透き通った、吸い込まれそうな空色の目をしており、男性なのに、きめ細かくニキビや広がった毛穴などがない肌をしており、細マッチョで脚が長く、何を着ても似合う青年だった。テレビや雑誌では、何かと加工してあるのではと疑っていた真実だったが、本物の港を目の前にし、本物の方がカッコよく美しいと思い、ついつい見惚れてしまった。
 港は芸能界ではクールな何でもスマートにこなす、王子様系男子で名を売っている。が、実際、本人の話し方はゆったりとしており、表情をコロコロ変える。クールというより、かわいいの部類に入る。恐らく後者が、プライベートの作り物ではない港であろう。

 「あ、えっと、テレビでは、あまり喋らないようにしてるんだけど、それはキャラで、本当はお喋り大好きなんだ〜!甘いものとか食べないって思われがちなんだけど、俺ホントはケーキやアイスクリーム大好きだし…ドラマのキスシーンとか毎回すごく緊張して何回も撮り直してるし…イメージと違ったってガッカリしてるのかな??ごめんね……?」
 見惚れてボーッとしている真実を見て、港は心配したようだ。
 「ち、ちち違います!!間近で見てド緊張してるだけです!!そのギャップ、死ぬほどいいと思います!私、如月真実と申します!いろいろ迷惑かけちゃうかもですが、その時は切腹するので、よろしくお願いします!」
 真実は勢いよく頭を下げた。それはもう、空気を切るように。
 「頭上げて〜!え、切腹?!ほぇ〜ダメだよ切腹は!迷惑いくらでもかけていいからね!俺もたくさんかけちゃうし!ほらほら、るかくん。るかくんも自己紹介しなよ〜」
 「るかくん」と呼ばれた白髪の青年は、港の横に並んだ。

 「そうだね、先輩。はじめまして、俺の名前は高木瑠加たかぎるかです。『るかくん』って呼んでね。俺は港先輩の芸能界での後輩で、よく雑誌の撮影とかで仕事が被るから一緒に行動してるんだ。年も港先輩より1個下だしね。ちなみにあおいろと同い年だよ。よろしくね、真実ちゃん?」
 瑠加は真実の顔を少し屈んで覗き込んだ。瑠加は港よりも身長が高く、身長が低い真実の顔をじっと見るには覗き込まなければならない。恐らく180センチは優に超えている。モデルをしてるだけあって、整った目鼻立ちの端正な顔が迫ってきて、真実は「ぴゃ!」と言って肩をびくつかせ驚いた。

 「こ、こちらこそよろしくお願い申します!!な、何かとご迷惑をお掛けいたしまするが、其の折は割腹しとうございます故、是非お申し付け下さいませ!!」
 再度真実は空気を切る勢いで頭を下げた。
 「あっははは〜!この子面白いね、あおいろ!なんか変な喋り方になってるよ。割腹自殺はしなくていいよ。そうだなぁ、そのかわり迷惑だなって思ったら…食べちゃおうかな?」
 「もうっ!るかくん!脅かしちゃだめだよ!」
 港は瑠加の服の裾を引っ張って、頬を膨らました。

 「いや、すまんなるかくん。こいつイケメンに目がないからさ。おい、シャキッとしろよ。」
 なんで俺が謝ってんだと思いつつ、海は真実の脇腹を肘で突いた。真実は顔を上げて、改めて港と瑠加を見比べた。港は誰もが好みそうな正統派なイケメンだが、一方瑠加は糸目が特徴の塩系の顔である。

 「んはぁ〜ここはイケメンの大巣窟だなぁ!どこを見ても目の保養!いやでもしかし、私はたっくん一筋だからね!惑わされないよ!」
 「何の宣言だよ。っていうかたっくんは俺のモノだっつーの。お前が俺とたっくんの間に入る余地なんてねーのよ。」
 「いてっ」
 海は真実の頭を軽くチョップした。

 「おい、4人揃って廊下で喋ってさ、寒くないか?早くリビングに入れよ。あおいろははよ風呂に入れ。」
 声のした方を見てみると、拓也がリビングから顔を出してこちらの様子をうかがっていた。


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 「真実、ちょっと聞きたいことがあるんだけどさ、俺の部屋に来てくれない?」
 真実は引越しで持ってきたものを少し片付けた後寝るために、自分の部屋に入ろうとしていたところを、風呂上りで髪をタオルで拭いている海に呼び止められた。

 「うん。いいけど、どうした?」
 「あ、いや別に大したことじゃないんだけどさ。うーん、まぁ、ここでいいや。あのさ、何か急に自分の身体が怠くなったり憂鬱な気分になったりすることある?とにかく少しでもおかしいなって感じたこととかある?」
 「ん?別にそんなことないけど。」
 「…そっか。そうだよなぁ、お前オツムが悪そうだからな。いや、悪いのか。」
 「え、唐突にディスられたんだけど。今私喧嘩売られたの?買うよ?」
 「なぁに、おやすみの挨拶がわりだよ。じゃ、いい夢見ろよ〜。」
 真実の頭上にハテナマークが沢山見えた気がしたが、海はそんな彼女を放って、髪を乾かすために洗面台に戻っていった。

 (あの反応…吉助さんが言っていた嫌な予感…本人でも気付いてない感じだな。俺もアイツを観察してみたが、やっぱりわからなかったし。う〜ん、吉助さんの杞憂だといいんだけど。)


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 翌日

 「あおいろ、昨日落武者と会った場所にもう一回行ってみない?学校帰りに」
 真実が昨日行った場所にまた行こうと、1人で朝食を食べている海に提案してきた。他のみんなは既に学校に行ったみたいだ。

 「えぇ…また行くのぉ?嫌だよ気味悪い。なんでまた行きたいのさ?」
 海はヨーグルトを掬うスプーンを置いて怪訝そうな顔をした。

 「長年あの落武者が此岸にとどまっていたかった理由が知りたくて。」
 「そりゃあ戦かなんかで殺されたからじゃねーの?」
 「そうだったら日本中落武者だらけじゃん。歴史上で何回戦いがあったと思ってんの?だからさ、あの落武者には彼なりの理由があったんじゃないかと思って。」
 「そうだとしてもよ、それを知って何になるっていうんだよ。」
 「あおいろ、元からしっかり解決しないと、あの落武者は永遠に此岸と彼岸の間を彷徨い続けることになるぞ。なんせ本人があの世に行くことを拒んで今までずっとあそこにいたんだ。私たちが無理矢理あの世に送っても、本人は納得してないんだから、また戻ってくる可能性がある。」
 「うげぇ、マジかよ!吉助さん倒したって言うたやん!」
 「吉助兄ちゃんは霊感が強い私たちの中でも何か特別な感覚の持ち主だからな。昔からそうだった。吉助兄ちゃんの能力くらったら、例え精気を沢山吸い取った霊だとしても一撃だと思うけど、その霊の此岸への想いがどれだけ強いかによって、また戻ってくる可能性は否めないなぁ。」
 「そっか…じゃあ落武者があそこにとどまってた本当の理由を調べないと、問題解決とは言えないわけね。だからおっさんには昨日報告しなかったのか。」
 真実は昨日、海が「早くおっさんに起こったことを報告しに行こう」と提案したが、それを拒否したのである。

 「そうそう!そうと決まれば早速昼行こう!今日始業式だから早く学校終わるじゃん!学校終わったら駅行くまでの道すがらにあった公園集合で!今日部活とかないでしょ?」
 「俺部活も委員会も何も入らねーよ。面倒くさいもん。全部みんなに押し付ける。」
 「お前サイテーだな。」
 真実は海を汚物を見るような目で見たが、海はそんな視線を無視してヨーグルトを食べ始めた。


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 その日の12時、高校生の海が後に公園に着いて、また例の行方不明事件の現場に向かった。着いた頃にはを13時ごろで、昼ごはんを適当に近くのコンビニで済ませた。
 それから現場近くをまた散策していると、その地域唯一の資料館の近くに、ある石碑が建てられていたことに気づいた。海は近くに行って、石碑に何が書いてあるか見てみた。

 「ん?なになに…『坂下の戦い跡』だってよ。やっぱりここら辺で戦争があったんだな。」
 「…ほんとだ。でも教科書に出てきてないから、そこまで有名じゃないね。」
 いつのまにか海のすぐ横に真実が来て、石碑を覗いていた。

 「高校の日本史の教科書にも出てきてねーぞ。う〜ぬ…坂下の戦いって…何の戦いだったのかよく分かんねーな。そこの資料館に何か手がかりとなる物とか展示してねーのかな?」
 「行ってみよっか。入館料無料だし。」
 2人は少し古くなって寂れた感じの小さな資料館の扉をくぐった。


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 資料館には、この地域から発掘された縄文時代の遺物や、地元の住人から寄贈された明治時代のカルタやおはじき、歴代町長の偉業や短命だった人生の年表などが多数展示されていた。この地域の歴史を中心的な題材とした展示であり、その一角に「落武者狩り」というテーマの展示があった。
 戦国時代、この地域で落武者狩り騒動があったらしく、百姓たちが自分たちの身を守るため、敗戦して支配権力が変わった時に、支配権力に歯向かった落武者たちを捕まえては持っていた物を略奪し、惨殺していったらしい。落武者達は逃げようとしたが、既に敵陣営にここら一帯を囲まれていたため、1つの「村同士が結託して出来た何千人の百姓集団対逃亡しここらで身を隠していた数十人の落武者」という構造が出来上がった。とても規模が大きい落武者狩りだったらしく、これを「坂下の戦い」と言うと解説されていた。つまり大規模なリンチ殺人事件である。これに関する資料はあまり残っていなかったらしく、文書が数点展示されているのみだった。その文書によると、落武者側のリーダーの名前が「坂下」であったため、「坂下の戦い」と呼ばれるようになったということだった。
海と真実は解説を読んで絶句していたが、しばらくたって、海から口を開いた。

 「ひ、ひでぇな…としか言いようがない…。恐らくさ…俺、察するに…」
 「うん…多分私たちが昨日遭遇した落武者の正体は、リーダーの『坂下』さんだろうね。」
 「多くの仲間をここら辺に住んでいた百姓達に無惨に殺されて…沢山大切なものをこれでもかという程奪われた後に自分も殺されたというのか…無理だ!残酷過ぎて考えられねぇ!」
 「本人達にしか苦しみは分からないだろうな。うーん…これは元からの解決は難しそうだな…だって彼がこの世にとどまろうとした原動力である『怨み』の対象はとっくの昔に死んでるんだもん。吉助兄ちゃんの攻撃で、すんなりあの世に行っていることを願うしかないな。」
 海はそこである疑問が浮かんだ。

 「ん?でもさ、自分たちを殺した百姓達が死んだらもうこの世に残る意味ないじゃん?何でずっととどまろうとしたんだろう…?」
 「そう言えばそうか…うーん…あ、分かった!百姓達の子孫を末代まで祟って呪い殺そうと思ったからじゃない?ここの町長達の年表見たでしょ?みんな短命だったじゃん。歴代町長はここの昔からの大地主だよ。病気で急死とか事故死多かったけど、戦国時代からの呪いだったんだね〜」
 「…………なるほどーー」
 海は怖すぎて感想が棒読みになってしまった。これ、誰かがこの街の異変に気付いて都市伝説になっててもおかしくないレベルだぞ。

 「と考えると、落武者の狙いは今現在生きている百姓達の子孫というわけか。うん、どっちにしても元からの解決は無理そうだな!よーし真実、帰るぞ!俺たちに出来ることは、あの落武者が戻ってこないことを祈るだけだ!」
 海はさっさと帰ろうと真実を促した。

 「そうだね。よーし、帰ったら未攻略のホラゲやろっと!腕がなるぜ!」
 「俺絶対見ないからな。あとあかちゃんもホラーとか苦手なんだから、あかちゃんが帰ってきたら辞めろよ。」
 「あ、あかちゃん苦手なんだ〜!うんうん、なんかそんな感じがする。可愛いなぁ〜!クールな顔してんのに中身ショタじゃん!ギャップ萌えだね!お前とは大違い!」
 「え、何?唐突に喧嘩売られたんだけど。買うよ?」
 そんな会話をしながら2人は資料館を出て、少し薄暗くなった駅に続く道を歩いていたその時だった。

 「「!!」」
 2人の周りを濃い霧が急に囲み、一瞬視界を奪った。そして目を開けたそこには、既に前に歩いていた人などは消えており、昨日同様、地獄に続いているような閑散とし荒れている風景が広がっていた。


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 「いやぁぁぁあああーーーー!!!俺達今度こそ死ぬんだ!!ヤバイって!落武者来るじゃん!すぐ戻ってきたじゃん!なんなのもぉ!」
 海は突然の出来事にパニックになり、半ギレ状態である。

 「何とかして早く切り抜けなきゃな…じゃないと私達行方不明になっちゃう…あおいろ!フォーメーションFでいくぞ!」
 「フォーメーションFって何!?初めて聞いたわ!!」
 「自分をどんな手段を使っても守って、相手を自由にブちのめしていいってこと!自由のFreeからフォーメーションF」
 「つまりは自分の身は自分で守れってことじゃん!無理だって!俺の能力分かってんだろ?!」
 「学校の鞄があんじゃん」
 「学校の鞄なんかで守れるかーー!!!」
 と2人しかいないのに5.6人が喋っているように騒ぎ立てていると



 「相変わらず五月蝿い小童どもだな…少しは静かに出来んのか」
 昨日聞いたのと同じ声がした方を見ると、見るも無惨な落武者の霊が数メートル先に現れた。
 
 「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい殺さないでください食べないでくださいあの世に連れてかないでください」
 落武者の姿を見たとたん、海は砂利道のど真ん中で土下座した。

 「あはは!食べるって…熊かなんかかよ」
 こんな状況だというのに、真実はどうでもいいことにツッコミを入れた。

 「お前よくそんな呑気でいられるな!殺されるかもしれないんだぞ!」
 「だって幽霊とかあんま怖くないもん。」
 真実は別に強がって言っているわけではなかった。本心からそう思っているのだ。
 海はそんな真実の様子にドン引きした。土下座をしながらだが。
 「お前…危機管理能力どーにかなっちゃってんじゃねーの?」
 「怖いものはもっと別にあるしね。例えば…」
 「…………?」
 真実が自分の怖いものを言おうとしたその時、落武者が口を開いた。

 「汝等、よほど仲が良いのだな。珍しい。男と女が色恋沙汰でなく仲睦まじいとは…時代が移ろっていったということか。おい、命は取らんから安心せい。精気も取らん。ただ、それがしの姿を見ることができる汝等に、頼みたい事がある。聞いてくれるか?もし聞き入れてくれたら、それがし、彼岸に行くことを約束しよう。」
 彼はその場に武士らしく胡座をかき、拳を地につけて、頭を下げ、そう言った。
 落武者の声は昨日同じものの穏やかなものとなっており、誠心誠意2人に頼みごとをしていることが見受けられた。
 海と真実は顔を見合わせ、きょとんとしたが、すぐに快諾した。


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 「それがしにはここで落武者狩りに合う以前に、想いを寄せていた女子がいてな。名前を『いち』といった。彼女と出会ったのもこの辺りで、戦に敗れて怪我を負ったそれがしの世話をいちが密かにしてくれたのが始まりだった。しかし我らを襲った輩に、彼女の父親がいた。彼女の父親はそれがしの仇敵であった。それがしと『いち』は愛し合ったが、彼女の父親に仲を引き裂かれてしまった。それがしは『いち』と別れたあと、彼女がどうなってしまったのか心配で、死してなおそれを後ろめたく思うていた。彼女には幸せになって欲しいと常々考えていた。しかしそれがしが霊となってからは1度たりとも『いち』の姿を見たことが無い。そこでどうか頼む。今更『いち』がどの様な人生を歩んだかは何を探ろうが分からぬと思われる。せめて彼女の墓はあるのか、それがしの代わりに見てきてはくれぬか。それがしはここら一帯からどうにも動けんのだ。」
 落武者の依頼とは、自分の恋人の墓があるのかどうか調べてきて欲しい、というものだった。戦国時代の人の墓が現代まで残っているとは考えにくい。
 落武者はあのまま胡座をかいていたが、海と真実まで正座して彼の話を聞いていた。

 「じゃあもしかして今まで全然成仏できなかったのって…」
 「言うまでもなく、汝等の推察通りの理由も大きいがな。『いち』のことも成仏できなかった理由の1つだ。せめて『いち』だけはあの戦いに巻き込まれずに無事だったのであれば良いのだが…」
 落武者はいちのことを思い出しているのか今にも泣きそうな儚い顔をしていた。男が涙を流すのは美徳に反するからか、必死に涙を我慢している様子だった。
 「………。」
 海は居た堪れない気持ちになり、言葉を詰まらせた。
 海は落武者が幽霊というだけで無条件に怖いと怯えていたが、吉助の言葉を思い出していた。「幽霊だってもとは生きていたんだ。」という言葉を。
 確かに彼を少しでも救ってあげられたら、呪いが収まり無関係な人間が巻き込まれることがなくなるなどこちら側にも利益がある。それもそうだが、海はやはりかつて生きていた人間として彼を救いたいと思えた。

 「ここら辺一帯しか動けない落武者さんが『いち』さんの生死がわからないということは、彼女はここから離れたところにいたということになるな。落武者さんは自分が死んでから幽霊になるまでどれくらい時間が過ぎていたか知っていますか?」
 押し黙ってしまった海の代わりに、真実が質問した。

 「うむ…そうだな…少なくとも私が霊として意識を取り戻したのは我らの仇敵どもがまだ生きていた時だった。真っ先に我が身に宿る憎悪の念に身を任せ、彼奴ら数名を祟り殺したことを憶えておる。故に死んでからそう時間は経っていないと思われるが。」
 「そうですか…では『いち』さんが騒動に巻き込まれていなかったのであれば、落武者狩りがあった時に遠くに避難したということが考えられるな。『いち』さんに何処かここ以外で縁がある場所や彼女が行きそうな場所、もしくは彼女に許婚がいたなどはありますか?」
 「うむ…『いち』の屋敷はここら辺りでは名家であった。許婚がいたということは聞いたことがある。彼女にその話を持ち掛けると嫌がってしまってあまり聞けなかったが、将来共にする時に、2人で家の勢力が及ぶことのない、何処か遠い所へ行こうと契りを交わした。今の世と違い、我らの時世では同じ村の中での婚姻や近隣の村との婚姻が主流であった。近親での婚姻なんてものも当たり前にあった。その許婚とやらのもとに嫁いだとするならば、ここら近隣の村であると思われる。」
 「可能性として挙げられるな…うーん、他に考えられるのは…」
 「…特に考えられる節はない。…が、この近くの山の麓…確かここから酉の方角にあったか…に大層立派な藤のつるの木が沢山あってな。今あるかどうかは分からんが、いちはそこを好いとった。よく逢瀬の時に、ふらりと連れ立ってくれたものよ。」
 落武者は酉の方角…つまり西の方角を指差して言った。
 「じゃあその2箇所だね…すいません、先に言っておきますが、戦国時代…あなたが生きていた時代は今からおおよそ500年前のことです。到底『いち』さんのお墓が残っているとは思えません。しかし、生きて自由に動ける私たちが、あなたの目となり足になります。この2箇所で私たちが見てきたものを全て伝えますし、なんなら2箇所以外で思い出したことがあれば、新たにそこへ行きましょう。今日のところは夜が近づいていて危険なので、日を改めたいと思います。行き次第、すぐに報告しに来ます。」
 「誠にかたじけない。汝等の…いや、貴殿らの情け、誠に痛みいる。しかし、それがしにそこまで肩入れしてくれるには何か故があるのか?」
 それには海が答えた。
 「俺たちが唯一あなたを目視できるので、俺たちがやって当然の人助けですよ。おそらく神様から託された使命なのでしょう。光栄です。よーし、真実!今日のところは帰って、明日また学校帰ったらまず藤の花を探しに行くぞ!」
 海はフラフラ立ち上がった。「足いてー」と言いながら。
 「ああ!そうだな。…うお!」
 真実も立ち上がろうとしたが、砂利の上で正座していたからか、よろけてしまった。それを海が支えた。
 「お前重いな!ダイエットしろよ!」
 「はぁ?!私ちょー軽いんですけど!」

 (…神の慈悲か…それがしを見兼ねて神が使いをやったに違いない。この様な醜い姿をしたそれがしを人扱いしてくれるとは…此奴らみたいな人間がまだいるとはな、今の世も捨てたものではない。)
 落武者は、何百年ぶりかに穏やかな顔をして、海と真実に感心していたが、そのことを本人たちは知らない。


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 次の日、新学期が始まって2日目ということもあり、学校が13時くらいに終わった頃、すぐに海と真実は藤の木が多く生えていた場所をみつけることにした。昨日行った資料館から西の方角ということだったので、携帯のマップを見ながら、まずは資料館の近くまで行き、そこから西へ目指した。
 西に20分ほど歩き、資料館のある町から西側の隣町に移った。取り敢えず地元に詳しい人から話を聞こうと神社を訪れ、年老いた神主に藤の花のことを聞いてみたが、やはりその様な場所はないとのことだった。神主によると、昭和後期に区画整理や土地開発が行われたので、昔と今では大分情景が変わっている上に、確かに山はあったが、おそらく昔の方がもっと大きな山だっただろう、しかし、区画整理や土地開発が行なわれる前までは、別に特に都会というわけでもなく、最近こそ歩いて40分くらいかかるものの駅ができたが、もともと田舎なので、何か大きな工事や改革があったということは聞いたことがなく、その様な記録も残っていない、とのことだった。
 ということは、藤の木が、区画整理や土地開発が行われる前にはまだあった可能性がある。そこで神主にお礼を言って、ボストンの時同様、地元の図書館を訪れ、出来るだけ古い地図を見せてもらうことにした。司書に尋ねると、書庫から昭和前期の地図のコピーを持ってきてくれて、快く見せてくれた。口実もボストンの時同様、学校の課題ということにしておいた。

 「あなたたち、同じ学年には見えないけど…兄妹なの?」
 60代くらいの女性の司書が、地図を携帯で撮っている海と真実をジロジロ見て尋ねた。確かに兄妹じゃない限り、歳の離れた男女が共に図書館に来るなんて珍しいだろう。

 「うえ〜そう見えます?いや違い…もごっ」
 真実は即座に否定しようとしたが、海に口を抑えられ止められた。海は自分たちの関係が詮索されると面倒くさいと思った。
 「あはは〜実はそうなんですよ。似てないでしょ?よく言われます〜」
 「へぇ〜兄妹なのね。あ、兄妹といえば知っているかしら。昔…といっても100年前くらいまで、この辺りでは、兄妹やいとこ同士での近親婚がまだ結構あったのよ。どうしても子孫を残したかったのね。いとことの結婚は今でも認められてるけど、でも考えられないわ〜。今の時代でよかったわね。」
 司書はさらりと凄まじいことを言ったが、確か落武者も同じようなことを言っていた。
 「え、そうなんですか。じゃあ隣町から隣町に嫁ぐ人で、わざわざ自分の血縁者と結婚する人っていたんですかね?」
 「うーん、どうかしらね。あったかもしれないわね。なんせ昔は今ほど人があまり住んでなかったから…ここ最近になってからなのよ、住宅街ができたの。あと昔は村同士での繋がりが深かったから…ほらここら辺で大昔にあった『坂下の戦い』って知っているわよね?あれも村同士での結託が強かったから、何千人という百姓を一気に集められたのよ。」
 「なるほど…課題の参考になりました。ありがとうございました。」
 海は写真を撮り終え、司書に地図のお礼を言い、真実と図書館を出た。

 「やっぱり『いち』さんは隣の村に嫁いだ可能性が高いな。あの司書さん、昔は特に村同士の結託を重じていたって言ってたじゃん。『坂下の戦い』に巻き込まれない様に避難したあと、そのまま許婚のもとへ行くことになったと考えるのが有力だな。となると、お墓もあるんだとしたら、嫁ぎ先の隣の村だった場所にあると考えるのが妥当だな。」
海は撮った昔の地図を見ながら言った。
 「その可能性は大きいけど、取り敢えず藤の花の場所を探してみない?」
 海は藤の花を諦めて、彼女の嫁ぎ先の村だった場所を探そうと思っていたので、真実の提案に少し驚いた。
 「え?どうして?別に藤の花はもうよくね?」
 「あおいろ、人の思入れが深いモノにはな、その人の記憶が映るんだよ。私たちはモノに意識を集中すれば、そのモノを通して、人の記憶を見ることができるんだ。霊感…つまり人の念を見る力が私たちは有り余るほどあるからね。藤の花は『いち』さんが大切に思っていたもので、恐らく落武者さんとの思い出が詰まったものだ。藤の花があった場所がわかって、私たちの能力があれば、また有力な手がかりを得られると思う。」
 海はモノを通して人の記憶が見れるなんて初めて聞いた。
 「ええ!!そんなことできるなんて初耳なんだけど!まぁ、普段そんなモノに集中するなんてことしないけどさ…じゃあ藤の花探し続行だな!」
 「うん、続行だね。あ、ねぇ、私にも地図見せてよ。」
 海は真実に携帯で撮った地図を見せた。

 地図をよく見てみると、確かに周りは小さな山々があり、人も今ほどいないことが窺える。随分と今と地形が違っていたことが分かった。

 「んん…この地図からすると、ここにさっき行った神社が当時まだあったみたいだから…今俺たちがいるところは、昔は山だったみたい。山をけずって新地にしたんだな。とすると、昔の山の麓にあたる位置は…もうちょい北から東にかけてって感じか。お、丁度いいところに湖があんじゃん。取り敢えずそこを目指すか。」
 湖は昔の山の麓だった場所にあった。今海たちがいる場所から北北東方向に、歩いて10分程度のところにある。地図には「蓬莱湖」と記されていた。
 「『蓬莱湖』だね。行ってみようか。」

 早速真実は携帯を制服のポケットから取り出し、マップのアプリを開いた。すると、「蓬莱湖」は地図と比べると大分小さくなっていることがわかった。
 「あぁ…『蓬莱湖』はいつかは分からんけど埋め立てられたみたい。形が昔と随分変わってる。でもまぁ位置自体はそんなに変わってないから行ってみようか。」


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 歩いて15分、蓬莱湖についた。大きさ的には埋め立てられて、湖というより池に近い状態になっていた。辺りは木々に囲まれており、人気がない。しかし、湖の周りには舗装された道が湖を囲うようにあり、柵も設けられているので、犬の散歩ルートにはよいかもしれない。

 「ここら辺が昔の『山の麓』だな。ここからぐるっと山を囲うエリアの範囲内に、藤の木々があったんだな。うーん、直線距離にするとどれくらいだ?よく分からんが、やっぱ結構あるな。50キロくらいか?どこの山の麓なのかも分からんし…今日1日じゃ無理だな。」
 「でも、いちさんと落武者さんは、どうやら歩いて来てたらしいし、『ふらりと』って言ってたから、おそらく散歩感覚で来てたんじゃないかな?だからそこまで遠くないはず…となると、山を越えて西側や偏って北側、南側になかったんじゃないか?」
 海は閃いた様にハッと地図を見直し、場所場所を指差して考えた。
 「…そっか!じゃあここで俺たちが落武者さんと出会ったから…大体そこから歩いて行ける距離となると…こっからここまでの5キロくらいか!それだったら歩いて2時間内の範囲だし、なんとかなりそうだな。じゃあここを起点として、次目指すところは…ここなんかどうだ?」
 海が写真の地図を指したのは、橋だった。山から小川が流れており、そこに掛かっている橋だ。小さい橋なのか、地図には名前が記載されていなかったため、真実が携帯で検索すると、「柳橋」という名前だった。
 「『柳橋』っていうんだね。位置はその5キロ圏内にあるな!今もあるっぽい!いろいろ散策しながら目指してみよう。」
 「その前にさ、ここら辺で一応、昔から住んでるっぽい人に、藤の木について聞いてみない?」
 「うん…分かる人なんていなさそうだけど、一応聞いてみようか。」


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 真実は海の提案に乗って良かったと思った。なんと藤の木が、多くではないが、過去に植えてあった場所を知っている人がいたのだ。
 その人は90歳のお婆さんで、10代の頃にこの町に嫁いできた人だった。約80年前から今までこの町で生活しており、つまりこの町のことを知り尽くしているのである。耳が遠いからか、話を聞き出すのに時間がかかったが、有力な情報を得られた。
 お婆さんによると、彼女が30代頃まで植えてあったらしく、とても綺麗で、咲いていた頃はほぼ毎日夫と見に来ていたから覚えていたという。
 そこから先立った夫の話になってしまい、その話を中断させるのも躊躇われたので、ある程度(といっても20分くらい)聞いたあと、また藤の木に話を戻した。すると藤の木があった場所は、今の桃淵公園敷地内の北側だということがやっと分かった。桃淵公園とは、現在海と真実がいる場所から1キロほど離れた場所にある、小さな公園である。丁度、2人がこれから行こうとしていた柳橋に近い位置にある。

 「お婆ちゃん、ありがとうねー!旦那さん、いい人だったんだね!また会えたらゆっくり聞かせてね!」
 海はお婆さんに聞こえる様、大きな声でお礼を言い、桃淵公園を目指して携帯でルートの探索をした。
 その間に真実はお婆さんにこう言った。

 「お婆ちゃん、まだ旦那さんには会えてないんですか?今は一緒にいないみたいだけど、とても穏やかな人だったんですね。彼がここに来るまで、私たちがこのまま一緒にいましょうか?1人じゃ寂しいんじゃないですか?」
 「いいやぁ、いいよ。少し行動が鈍い人だったから、待ち合わせには大体遅れて来た人でねぇ、そのうち来るさ。…ふふふっ、私たちの散歩の場所はいつもこの湖でね、久々の逢瀬で、私、とても嬉しいのよ。お嬢ちゃん、お気遣いありがとうね。私は1人でも大丈夫よ。」


 そう言って微笑んだ彼女の足元は透けていた。


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 さて、お婆さんの言う通り、桃淵公園にたどり着いた海と真実だが、公園の北側を見てみるとそこには、小さな運動場と数本の杉の木が運動場の淵に広がっているだけだった。桃淵公園は北側に運動場、南側に滑り台とその横に鉄棒3台、砂場があるだけの小さな公園だった。彼らは運動場に入ってみたが、やはり藤の木は無いようだった。

「やっぱ藤の木はねーよなぁ〜まぁ分かってたけどさ。かわりに杉の木があるな。」
 海は数本ある杉の1本適当に選んで、ぽんぽんと触って言った。
 「この杉の木の中で一番北側にあるのは…これかな?」
 真実は公園で一番北側にそびえ立っている杉の木に向かって行った。
 「おい、待てよ。杉の木はここ数十年のうちに植えられたものだろ?関係ねーじゃん。」
 海は怪訝な顔をして真実の後ろを追いかけた。
 「それが関係あるかもなんだなぁ〜。ほれ、私よりあおいろの方が多分適任だろ。この杉の幹に全意識を集中させて触ってみ?」
 真実は立ち止まって、目の前の一番北側の杉を指差した。
 「…一応やってみるけどさぁ〜何も分からんと思うぜ?」


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 海は深呼吸した後、目を瞑って、真実の言う通りに全意識を集中させてそっと幹に触った。

 その瞬間、幹に触れている手から温かいものが体の中に入ってきたと思えば、頭の中に直接映像が流れ込んできた。

 「………!!?」

 海が見たものは、薄い着物を着ているためか、体格が非常に良いことがわかる男性が、自身が抱き締めてる髪が長く美しい女性を、愛おしそうに見つめている映像だった。日は暖かく、雲ひとつない青空の下、彼らの周りには野草やキレイな花が生え茂っていて、とても穏やかである。女性は何か男性に対して喋りながら目を細めていた。非リア充(海も含め)が嫉妬に狂いハゲそうなほどの仲睦まじい映像だった。
 しかし突然切り替わり、先程抱き締められていた女性が地面に伏せって泣いている映像が見えた。所々怪我をし、そこから血が流れているのが、ほつれ、破けている着物からわかった。周りにあったはずの野草や花に元気がなく、それどころか火がついて焼けているものもあった。彼女はゆっくりと顔を上げた。右頬が殴られたのか赤紫色に腫れている。長く美しかった髪も乱れてしまっていた。おそらく落武者との逢瀬がバレて、父親に打たれたのだろう。彼女は思い出の藤の木を、泣いて赤く腫れた目で見つめ何かを呟いた後、自分の懐から小刀を取り出し、小刀で自分の喉を突き刺して事切れた。


 「おい、やめ………!!」
 海は自分の叫び声で目を覚ました。どうやら倒れてしまっていたようだ。最初に目に飛び込んできたのはイヌ(多分パグ)の顔面だった。イヌの顔は海の顔に触れるか触れないかの近さにあって、イヌの荒く生暖かい息が海の前髪を揺らしていた。イヌは海と目があった途端海の右頬を一舐めした。

 「…………………!!?!!??」
 海はいきなり舐められた気持ち悪さと驚きで飛び起きた。

 「すみませーん!うちのイヌが!」
 イヌの飼い主らしき女の人が遠くから海に声をかけると、イヌは飼い主に気付いて走って行ってしまった。
 
 「あ、気がついた?よかったぁ〜いきなり倒れてびっくりしたんだぜ?でもやっぱお前が適任だったな!いや、適任過ぎたのか。」
 声のした方を見ると、真実がいつの間にか海の左側にしゃがんでいた。
 「え、あのイヌ何?」
 「あのワンコ可愛かったでしょ?お前が倒れた後にやってきて、ずっとお前の顔を見てたんだぜ?だからワンコにお前を託して、私は公園のツツジの蜜吸ってた。」
 そう言って真実は手に持ってたツツジの花を見せた。かなり萎れている。
 「おめーはもうちょっと俺の心配しろよ!!野生児か!」


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 「…そうか、残念だったね…。いやしかし、やっぱり杉の木の記憶を見て正解だったな!」
 海は真実に自分が見たものを話した。真実は「シメた!」というような顔になった。
 「え、でもさ、何で俺、杉の木から見えたんだよ?」
 「多分藤の木に乗り移った彼女の激しい悲しみが、藤の木が失くなっても、土を通して、後に植えられたこの杉に移ったんだろうな。でもその場合、よっぽど素質がある奴しか記憶は読み取れないからなぁ〜。私でも多分微かにしか読み取れないだろうし。ましてや倒れるほどなんて…お前結構スゲーな。」
 「え?今俺褒められた?俺能力操れる素質あるのか〜。でも多分、俺の能力ってさ、植物を生成する能力だから、植物と波長が合うだけなんじゃね?」
 「その可能性は大有りだし、それもお前が倒れた要因の一つだろうけどな。…よし、『いち』さんがどうなったかは分かったことだし、後はお墓があるかどうかだな!」
 「問題はどうやってお墓があるかどうかを調べるかだな。取り敢えず近くの墓地を片っ端から当たってみるか?」
 海は近くの墓地を、パンツのポケットに入っていた携帯を取り出し、マップで調べた。するとヒットしたのは2箇所あった。
 「おい、見てみろよ!2箇所しかなかったから、すぐ足を運べそうだぜ!」
 海は自分の携帯画面を真実に見せた。
 「お、本当だ!今の時刻は…16時か。うーん、結構経ったんだな。墓地だけ回って、今日は帰った方が良さそうだな。」
 「あいかわの夕ご飯も待っていることだしな!墓地回って、出来れば進捗状況を落武者さんに伝えて帰ろうか。」


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 「近くの墓地が2カ所ね…どっちから向かう?」
 海は真実に聞いてみた。マップによると、1カ所は今海と真実がいる場所から南に2キロほど離れたところにあり、もう一カ所はそこからさらに南に進んで5キロのところにあった。

 「うーーん、なんだか微妙な位置にあるなぁ…しかもこれらの墓地が、昔からおんなじ場所にあったとも限らないし…」
 真実は珍しく眉間にシワを寄せて、どうしようもなく困った顔をした。
 「同じ場所にはなかったと考える方が妥当なんじゃねーの?なんせ500年も前の話なんだぜ?さらに言うと、今とは風習自体が違っているかもしれねーしな…確かに歴史的に有名な人の墓だったらすぐ見つけられるけどさ、彼女はそうじゃねーだろ?墓まで探すのは、流石に無理なんじゃねーかなぁ?」
 海の言葉に真実は最もだと感じた。しかし……

 「「うーーーん、でもなぁ〜」」

 海と真実2人は、声を揃えて全く同じことを言った。

 「………なんだよ」
 真実は気に入らないというような顔をして海に発言権を譲った。海はそんな真実に躊躇せず、話を続けた。
 「…今のところ、落武者さんをはっきり認識できるのって、俺たちしかいねーじゃんか。だからさ、できるだけのことはしてやりてぇんだよ。なんせ落武者さんは500年も苦しみ続けたんだからさ。」
 「同じこと言おうと思ってた!じゃあ考えは1つだな!そうだ!図書館で撮ってきた昔の地図の写真見せてよ!」
 真実は海の背中をバンっと叩いた。
 「いっっってーーな!!!このクソ馬鹿力ゴリラ女!骨が折れるわ!」
 海は真実に叩かれた箇所を摩って怒鳴った。
 「ああ?!誰がクソ馬鹿力ゴリラ女だ!!!もういっぺん言ってみろ!!」
 隣で喚いている真実を無視して、海は自分の携帯の写真フォルダーを素早い手付きで開き、先程図書館で撮ってきた昭和初期頃のこの辺りの地図を表示し、鋭い目つきで観察した。
 「……そうだなぁ、多分今現在の墓地の位置と昭和初期頃の墓地の位置とは少しズレてるみたいだな。それに昔は2カ所じゃなくて、1カ所にかたまっていたようだな。」
 図書館の地図によると、今海と真実がいる地点から1番近い位置にある墓地は、昔は今の3倍ほど大きく、そのかわり7キロほど南にある墓地がある場所には広い畑があり、墓地は存在していなかった。つまり、7キロほど離れている場所にある墓地は、つい最近にできたことがわかる。昔はここら一帯の墓が、1カ所に集められていたことが伺えた。
 「…なるほどね!戦国時代と昭和初期じゃ随分時代差があるけど、有力な手掛かりだな!」
 真実は海の携帯を覗き込んで言った。
 「ああ。取り敢えず1番近い墓地に行くのが先決だな!よし、行ってみよう!」
 今度は海が真実の背中をバンっと叩いた。

 「いっっってーーな!!何すんだよ!」


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 南に歩き続けて20分、2人は目的の墓地にたどり着いた。昔からあっただけあって、かなり広い墓地だった。入り口を入ると、左手には高さ6メートルほどの大きな大仏の像があり、右手には墓地を管理するためのバケツやスコップなどの用具を入れる倉庫があった。さらに倉庫の右隣には手を洗うための小さな洗面台があり、もう何ヶ月も取り替えていないであろう手拭いが近くの木の枝に吊り下げられていた。正面には一面お墓が広がっており、立派な墓石から、墓石とは思えないほど風化し切っているお墓もあった。
 「こ…ここになかったら手掛かりはなしだな。」
 墓地についた頃には16時30分を回っていた。もう日な沈みかけていて、薄暗くなってきている。海は薄暗い雰囲気と墓地がマッチして、既にビビり気味になっていた。それを真実は感じとっていた。
 「おま…どんだけビビりなんだよ…まあ確かに、お墓はよく出るけどさ。」
 「やっぱ出やすいんか!!こっっっわ!!ちゃっちゃと調べて早く帰ろうぜ!」
 「でもさ、結構広いから、調べるの時間かかりそうだぜ?ここは手分けしよう。あおいろは左側の墓石から調べて、私は右側から調べよう。」
 「よし!わかった!でもどこを見たら彼女の墓って分かるんだ?」
 「墓石を隈なく調べるしかないな。…でもなぁ、彼女の名前が残っているとは思えないし、名字もわかんないし…そもそも名字とかあの時代あったのかな?」
 「確か『いち』さんのお父さんが落武者狩りの首謀者の1人だったよな?相当大きな家柄だったって言ってたし…名字くらいあるんじゃないか?」
 「その可能性はあり得るな。……ん?あおいろ、これ見てみろよ。」
 真実は入り口の左側にある大仏の像を見て何かに気づいた。真実が大仏の台座の側にしゃがんで指差した先には何か文字が刻まれていた。海も近寄って、台座に刻まれている文字を見た。
 「えっと、『1580年、坂下の戦いで犠牲になった全ての魂にのために』って書いてあるな。え…つまりこれが墓?」
 「いや、慰霊碑だね。お墓とは少し違うけど…でも『坂下の戦い』で酷い殺され方をした人が多かったから、建てられたんだな。もちろん彼女もその中の1人と言える。随分昔のことな上に、大勢の人が死んだから、誰が亡くなって誰が生き残ったか分からないんだろうね。だから一括してこの石碑なんじゃないかな。でも主に落武者側の慰霊のための大仏だと思うけど。」
 「そっか…じゃあ『いち』さんはもしお墓がこの墓地にあったとしても、眠っているのはこの慰霊碑なのかもしれないな。だって自分の愛していた人の側にいたくて自殺したんだろ?だったら自分の家の墓じゃなくて、落武者さんと一緒にいられるところを選ぶだろ。」
 「だとしたらずっとここで落武者さんが来るのを待ってるかも!あおいろ!もう一回さっきの藤の木みたいに確かめられる?」
 「別にいいけど…大仏は植物じゃなくて石だぜ?さっきみたいに上手くいくかどうか…あと、倒れたら受け止めてくれよ?」
 「まかせろ!」
 海はため息を1つついて、右手に精神を集中させ、その手で大仏に触れた。


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 大仏に触れた瞬間、何もない空間で海は頭の中で様々な落武者たちと出会った。みんな一様に突然現れた海を見て驚いている。海も驚いて口をあんぐりと開けた。大勢いる落武者は、不思議と血だらけで泥だらけではなく、普通に武士の格好をしている。
 「お主…何者だ?ここには我らしかいないはずだが…それにその好奇な格好…」
 1人の肌が褐色の落武者が海に話しかけた。
 「ふぇ!!えっとですね…私は青井海と申します…あの…坂下さんの依頼で『いち』さんという女の人を探しにきたんですが…」
 「お主、坂下殿と合間めえたのか?!待てども待てどもなかなか来ないのでどうしたものかと思うていたのだ!今何処に…」
 褐色の落武者は海の肩を掴んで言った。
 「えっと…彼が最期に殺された場所にいます…それでですね、今彼の無念を晴らそうと、『いち』さんを探しているんですけど…」
 海は顔が真っ青になった。まさか時を超えて、武士と喋ることが出来るとは。いや、時は超えていないのだけれども。海は息を呑んで落武者たちから情報を聞き出そうとした。
 「ああ、そうか…ワシらは憎き相手が死に絶えた時に憎悪の念は収まったが、坂下殿は違ったか…いち殿はワシらと共に坂下殿をお待ちしておるぞ。」
 褐色の落武者が寄越した目線の先には、海が藤の木の記憶で見た女性が立っていた。
 「海様…どうか坂下様をこちらに呼び戻してはくれませぬか。早う皆様と一緒に旅立ちたいのでございます。この大仏から外に出ることができる貴方様にしかできませぬ。どうか…」
 女性…いちが海に向かって言った。
 「旅立つって…成仏するってことですか?」
 褐色の落武者がいちに代わって応えた。
 「ああ、左様だ。ワシらといち殿は憎悪の念が無く力ももう持ってない故、坂下殿のように外に出ることができぬのだ。ただこの大仏の恩恵にあずかって、坂下殿を待つためだけに留まっているのみ。どうか頼む。坂下殿をこちらに呼び戻してはくれぬか。」
 「わかりました。任せてください!」
 海の言葉を聞いた落武者たちといちは、安心したように目を細めた。
 「…しかし、お主は一体何者だ?天からの使者か?」
 褐色の落武者が怪訝そうに海をジロジロと見た。
 「え!!違います違います!現代人です!絶賛生きてます!」
 「しかし生きている者がこちらに来たことなどないぞ。余程の霊感があるのだな。ワシらが死んでから何年程経つのだ?」
 「だいたい400年500年程ですね。」
 「おお!既にそのような年月が!魂のみになると、時を経る感覚が生きている時と違うようでな。いやぁ〜誠に驚いた。…恩に着るぞ、海殿、誠にかたじけない。」
 「俺にしかできないことですから。あ、でも連れもいるんです。では、行ってきますね。」
 「そのお主の友にも『かたじけない』と伝えておいてくれ。では、待っておるぞ。」


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 海が目を覚ますと案の定倒れたのか、視界には薄暗い夜空が広がっていた。
 「お!目を覚ましたか!どうだった?成功したようだけど。」
 ヒョコっと真実が海の顔を覗いた。
 「ああ、上手くいったよ。いちさんは大仏の中にいた。他の落武者仲間もな。」
 海は起き上がりながら言った。背中や頭の後ろが葉っぱだらけである。真実はそれを払ってあげた。
 「そっか!よかったよかった!じゃあ落武者さんにそれを伝えたら一件落着ってことだな。」
 「あとな、像の中の落武者さんの1人が、お前に『かたじけない』だとよ。」
 「え!そっか〜!武士にありがとうって言われちゃった!何はともあれ、よかったな。」
 「そうだな。…なんかさ、不思議な感じだな。400年、500年も前のことで、手掛かりなんて何にもなさそうなのに、俺たちの力で救うことが出来た。」
 「私たち、スゲーことしたんだよ!いや、でもお前の力ほんとすげぇよ。物からその物に宿っている念だけじゃなくて、その念を実体として感じることが出来たり、実際に宿っている魂と会話できたり…なんかお前は私たち能力使いの中でも格別な気がする。」
 「そうか?でも俺、能力使いになったのつい最近だぞ?」
 「私能力使いになった時のこと覚えてないんだけどさ、お前みたいなことは出来ないことは出来ないな。とにかく、お前の能力が今回の事件を解決したってことだ!行方不明になったり、魂が抜けちゃったような人はこれ以上増えないだろう。」
 「ふふん!俺、スゲーんだな!!」
 「おい、調子こいてんじゃねーぞ?私の推察あって、その上でお前の能力での解決だろうが!私がいなかったらそもそも解決しなかった!」
 「俺も推察しただろうが!…っと、こんなところで喧嘩してる場合じゃねぇ。早く落武者さんのところに行くぞ!」


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 落武者と最初に出会った場所に戻ると、海と真実の前に例の霧が広がり、彼が姿を現した。
 「待っていたぞ。……その、どうであった?」
 あのおぞましかった落武者がおずおずと、不安そうな口調で尋ねた。
 「彼女は貴方が死んだと分かった時に、思い出の藤の木の下で自殺したようです。」
 海は落武者に報告した。
 「そ…そうか…いちは某を追ってくれていたのか…」
 「しかし彼女の魂、それだけでなく貴方のお仲間の魂を見つけました。彼らはここから北東方向にある墓地の大仏像で貴方を待っています。墓地の場所、分かりますか?」
 「そうか!!ああ、分かるぞ。あそこには我らの慰霊碑があるからな。まさかそこにいたとは…恩に着るぞ。迷惑をかけた。誠に有難う。これでようやく成仏出来る。しかしお主ら、誠に仲睦まじく、正に一心同体というような感じだな。」
 「「いやいやいや!!………は?」」
 海と真実は全く同じことを同じ動作で口を揃えて言った。
 「ははは!!やはり似たもの同士ではないか!そうだな…何か礼をさせてくれ。実はな…某たちが殺された理由には、某が隠し持っていた財宝目当ての奴がいたのだ。本当はいちに譲ろうと思うていたが、お主らに譲ろう。大した物ではないが、隠し場所を教える。某が知る限り、未だに見つかっていない。」
 「え!いいんですか?」
 「ああ、お主らならば安心して渡せる。是非譲り受けてくれ。隠し場所はここから1番近くの山…某の時代では相生山と呼ばれておったが、其の山に1本大きな桜の木があるのだが、そこの真下だ。木から山の景色が見える方角の下に埋めてある。無事だといいが、隠した場所は確かにそこだ。一度掘ってみよ。では某は皆の元へ馳せ参じよう。」
 落武者は笑って墓地の方角へ走り、霧の中へ消えていった。未練がなくなり、一定の場所から動くことができるようになったようだ。彼が消えた瞬間、霧が晴れ、もとの光景に戻った。

 「………なんか似てるって言われて腑に落ちない終わり方だったけど、まぁ、よかったな!いやー、スッキリした!明日にでもお宝見つけに行こうぜ!トレジャーハントだ!」
「見つけたらどうしよっかな〜資料館に寄贈したほうがいいのかなぁそれとも私らで持っておいたほうが…うん!私らで取っておこう!」
 「そうだな!俺たちで取っておいたほうが、落武者さんも喜ぶんじゃない?あ、でも明日から通常授業じゃん。学校終わるのって…」
 「…私は17時だけど…お前は?」
 「俺は16時30分」
 「微妙だな…って、今何時だ?!」
 海は自分の携帯のロック画面を見た。
 「うわ!もう18時かよ!もうすぐ夕ご飯の時間だぞ!流石に夕ご飯作ってもらってその上準備や片付けまであいかわにしてもらうのは気が引ける!真実!駅まで走るぞー!」
 海は駅に向かって全力疾走した。
 「おい!待てよー!」
 真実も海に続いて全力疾走した。


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 その週の土曜日、地図を頼りに海と真実はシャベルと弁当、水筒、手拭いを持って、午前中から相生山に訪れた。今は昔よりも随分小さくなってしまったからか、名もなき山になってしまったが、海が図書館で撮った地図には、確かに相生山と記されていた。昭和後期の区画整理で山が小さくなる前までは、山は名前も規模も戦国時代と同じであったことが伺えた。
 「なんかさ、本当ここ最近なんだな〜ここら辺が変わったのって。」
 海は携帯の写真を見てしみじみ思った。それが口に出てしまっていたようだ。
 「戦争が終わって、人々の力で国力が回復し始めて、国民1人1人が豊かになってきた時に住宅街が各地に出来たり、それこそ大規模な区画整理や土地開発が全国で行われたんでしょ?社会の授業で習ったぜい!」
 真実はなぜかドヤ顔で言った。
 「なんでお前がドヤ顔なんだよ…ま、そーゆーこったな。桜の木がまだこの山にあればいいけど…」
 「問題はそこだよな〜もうないと思うんだけど…」

 「お前さんら、こんなところで何をしているんだい?見かけない顔だけど。」

 海と真実は、後ろからいきなり男性の声がしたので振り返ってみると、いかにも地元住人らしき60代くらいのおじさんが2人を好奇な目で見て立っていた。つなぎの服を着ており、泥だらけの黒い長靴を履いている。右手に泥や草がベットリ付いているシャベルを持っていて、左手にはジャガイモやら玉ねぎやらがたくさん入っているバケツを持っていた。自分の畑で野菜を収穫したばかりなのだろう。
 「あ、こんにちは!俺たち初めて来ました!自由研究でこの相生山の生態系を調べに来たんです!」
 海は外用のにこやかな笑顔でさらりと嘘をついた。真実はそれを見て、身震いがした。
 「おお、そうか。だったらな、この山の中には昔から大きな桜の木が1本生えているから、そこを拠点として調べるといいよ。今時期が1番満開でキレイだろう。にしても新学期早々自由研究だなんて勉強熱心な学校なんだねぇ。」
 「「今でも桜の木あるんですね!!よっしゃ!」」
 2人はおじさんの言葉を聞いて、同時に喜んだ。
 「…?桜の木がそんなに好きなのかい?」


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 おじさんの言う通り、相生山を散策するために通された道(と言っても全然整備されてなくて獣道同然なのだが)を道なりに進んでいくと、山の上から景色が見渡せる見晴台に出た。その見晴台の左隣に、大きな桜の木が聳え立っていた。風に揺れて、大量の桜の花びらが散り、見晴台一面をピンクに染めていた。
 「わぁ!でっけー桜の木!この木、戦国時代もあったんだ!」
 「立派な木だな。毛虫いないか心配だぜ…」
 海は幽霊もだが、虫も苦手なようだ。
 「毛虫なんて、落ちてきても払いよけりゃいいじゃん」
 「俺はお前みたいな野生児と違って都会っ子なの!虫全般が苦手なんだよ!!触るなんてもっての外だね!」
 「生娘かよ…っと、そんなこと言ってる場合じゃねぇ。早く掘り返そうぜ。」
 真実は海にドン引きしたが、本来の目的を思い出した。海も真実に続いて、山から景色が見える方の桜の正面に立った。
 「ここの根本って言ってたよな…ムフフ、夢とロマンが広がるぜ…」
 海はせっせと根本を掘り始めた。
 「お前って金目のものにガメついな…一生結婚できなさそう。」
 真実も根本をシャベルで掘り始めた。
 「うるせ!俺は巨乳の美女と将来結婚すんだよ!」

 掘り始めて1時間、かなり深くまで掘ったが、一向にお宝らしいものは発見できなかった。最初は張り切ってた2人も、だんだん体力の限界がきたのか、掘るスピードが遅くなって、仕舞いには2人ともシャベルを放って座り込み、バテてしまった。
 「はぁ!?全っっっ然見つかんないんですけど!!」
 「戦国時代だからね〜土に還っちゃったかもな。」
 「その可能性大だな…はぁ〜もう諦めるか…汗だくだし…」
 海がそう言って土を元に戻そうと、自分の掘り起こした土の山に目をやった瞬間、土の中に光る何かを見つけた。
 「んん?真実、これ見えるか?」
 海は何かに指を指した。
 「ん?何かあんのか?」
 「ほら、土の中に…」
 「あ、なんか光ってるね。」
 「やっぱり?ちょっと見てみるわ。」
 海は立ち上がって手で土を避けてみた。すると、
 「あ!!真実!見てみろよ!なんかスッゲーキレイな石だぞ!」
 海は自分の見つけたキレイな石を手に取った。真実も海のもとに駆け寄った。
 「わ!キレイじゃん!すごーい!青色に輝いてる!」
 海が見つけたものは、小さいがキレイな青色に煌めいている石だった。しずく型で、先端に小さな穴が空いているところから、人工的に加工されたものだとわかる。

 「もしかしてこれが…落武者さんの隠していた宝なのかな?」
 「確かに…これ多分紐がついてたよな…いちさんにあげようと思ってたって言ってたし…」
 「じゃあ尚更これなのかも!これあげようと思ってたとか、落武者さんも中々ロマンチストだね〜」
 「えー小判とか出てくるのかと思ってた…」
 「お前女性へのプレゼントに小判とか絶対ねーだろ。だからモテねーんだよ。」
 「ああ?!何言ってんだ!俺はモッテモテだわ!もういいよ、これお前にやる。」
 海は真実に見つけた石を渡した。
 「え、なんで?」
 「だって女性に渡すものだったんだろ?お前一応女じゃん。俺よりお前が持ってた方がいいだろ。」
 「そっか、じゃあ貰うね。」
 「シェアハウス帰ったらそれ綺麗に洗っとけよ。」
 「うん!そうする!これネックレスにしようかな〜」
 「うし、じゃあとっとと帰りますか!帰りコンビニでアイス食って帰ろーぜ。穴掘ってたから暑くてしょうがない。」
 「食おう!食おう!」


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 2人はアイスを食べながら帰り、シェアハウスで事の顛末を美咲に報告した。美咲は感心して2人の話を聞いていた。
 「お前らすげーじゃねーか!よくやったぞ!真実、お前には小遣いやろう。」
 「え!いいの?やったー!」
 「ちょ!なんで俺には無いんすか?!」
 「お前はもう高校生だろ。バイトもしてることだし、自分の小遣いは自分で稼いでるからいいじゃねーか。」
 「不平等だ!!バイトしてても欲しーもんは欲しいんで!」
 「ったくしょうがねーな。1000円な。」
 そう言って美咲は自分の財布から海と真実に1000円ずつ渡した。
 「やったー!欲しい雑誌買える!」
 「何買いたいんだ?」
 「勿論エロエロなネーチャンの水着グラビアが載ってる…」
 「没収すんぞ。」
 「いや、ジョーダンですって!アッハハハ」

 ((こいつ絶対買う気だ…))

 美咲は海を放っておいて、真実に話を振った。

 「で、見つけた宝ってどんなのだ?」
 「これ!」
 真実は美咲に相生山で見つけた青色の石を渡した。
 「お!キレイだなぁ!これ、アクアマリンじゃないか?」
 「アクアマリン?」
 「天然石だよ。いやぁ、でもここまで青くて透明度の高いアクアマリン珍しいんじゃないか?」
 美咲は石を日光に透かして見つめた。
 「え!じゃあ価値って…」
 「多くのアクアマリンは緑柱石を熱した物だからな、多分これは天然物だから、相当高いんじゃないか?」
 「やったー!絶対取っとく!って、なんでおっさんそんなに詳しいの?」
 「俺の腐れ縁にそういうの詳しい奴がいてな。ほら、大事にしろよ。」
 美咲は真実に石を返した。
 「うん!」
 「なぁなぁ、俺も会話の仲間に入れてよ!無き者にしないでくれる!?グラビア雑誌は買わないから!そんな目で見ないで!」
 真実と美咲の楽しげな会話を聞いて、海は居た堪れず思わず叫んでしまった。一方真実と美咲は、汚物を見るような目で海を見た。


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 次の月曜日の午後16時
 真実の通う中学校ー天地中学校は、今日は5限授業だった上に委員会などもなかったため、真実は足取り軽くシェアハウスに帰っていた。
 (今日は早く帰れたなぁ。新クラスは仲良い友達ばかりだし、出だしは順調順調!)

 歌でも歌いたいような心地でシェアハウスのすぐそこまで帰ると、シェアハウスの前に、見かけない男子高校生の姿が見えた。彼はシェアハウスをじっと見つめてその場から動かないでいる。
 (…?誰だ?あおいろの友達かな?でもアイツと制服違うし…じゃあたっくんの友達かな?いや、たっくんの高校は学ランだな…あの人が来てる服はブレザーだし…まぁでも多分、シェアハウスメンバーの誰かに用事があるんだよな!取り敢えず話しかけてみるか。)
 真実は意を決して男子高校生に話しかけてみることにした。

 「あの、シェアハウスに何かご用ですか?」
 真実の声がけに男子高校生はすぐに反応した。
 「…!あ、すみません。不審でしたよね。俺、ここの近くに住んでいる者なんですけど、いつも登校する時にこの家からいろんな学生さんが出てくるものですから、ずっとどのようなお宅なのだろうと思っていて…シェアハウスだったんですね。」
 「あ、そうか!シェアハウスだってこと知らない人には確かにおかしいですよね!そうなんですよ。私もこのシェアハウスの一員で…てっきり誰かの友達なのかなって思いました!」
 「申し遅れました。決して怪しい者ではないです。俺、松前翔太まつまえしょうたっていいます。近くのアパートに一人暮らししてるんですよ。近所なので何かまたご迷惑をお掛けするかもしれませんが、よろしくお願いします。」
 そう言って松前翔太と名乗った高校生は真実の正面に向き直った。真実は彼を正面から見据えて目を見開いた。それはそれはこの上ないイケメンで、瞳の色は誰もが魅力されるエメラルドグリーンで、鼻筋がスッと通っており、男性だというのに唇は全く荒れておらず、美しい形をしていた。またこの目、鼻、口のバランスも完璧で、ニキビひとつない美しい顔をしていた。身長も高い上に足がスラリと長く、ブロンドの癖がかった髪は太陽の光に反射してキラキラと光っていた。
 (こ…こんなイケメンが…近くに住んでるだなんて…赤ちゃんにも引けをとってない…ここの地域の顔面偏差値やばいんじゃないか?!)
 真実は絶句して翔太の顔をジロジロと見てしまった。否、見惚れてしまったという方が正しい。そんな真実の様子に翔太は気づいた様で、
 「…あの、俺の顔に何か付いてますか?」
 翔太が苦笑いで真実に尋ねた。

 「あ!いや!ごめんなさい!人の顔ジロジロ見るだなんて気持ち悪いですよね!!でもその…芸能人か何かですか?」
 「え?いや、違いますよ。芸能人とかそんな大層な者ではないです。」
 「えー!勿体ない!絶対有名になれますよ!すっごくカッコいいです!正直ビックリしました。」
 真実は自分の持った感想を素直に翔太に伝えた。
 「あはは、ありがとうございます。その…お名前教えて頂けますか?」
 「あ、すみません!私如月真実っていいます。中学生です。他のシェアハウスのメンバーはみんな高校生ですよ。あ、どうせなら、シェアハウスメンバーと友達になればいいじゃないですか!同年代だと思うので…」
 「そうですね。ゆくゆくは友達になりたいです。でも、今日会えたのは如月さんなので、まずは如月さんと友達になりたいんですけど、いいですか?」
 「えぇ!!そ…そんなぁ、私は全然いいですけど、こんなイケメンと友達になれるだなんて…私幸せ者だなぁ〜全国の女子に刺されそう…」
 真実は思わずデレデレしてしまった。自然と口角が上がってしまう。
 「そんなことないですよ。」
 「とかなんとか言って、めちゃめちゃ告られたことありますよね?」
 「えぇっと…まぁ…そう…ですね。」
 「ほら!さすがだなぁ〜いや、でも納得出来ますね。あ、どこの高校通われてるんですか?」
 「朝日高校です。」
 「えぇ?!あ、朝日高校?!!あの超頭いい人しか行けない公立高校ですか?!イケメンな上に頭もいいなんて…言うことなしじゃん…神は不平等だ…」
 朝日高校はこの辺りでは有名な名門公立高校である。中学校の定期テスト学年順位一桁で且つ、内申がオール5の人しか入れないことで有名だ。真実はお世辞にも勉強が得意とは言えないので、彼女にとって朝日高校は夢のまた夢の存在である。翔太はそんな高校に通っていると言ったのである。
 「みんなはすごいけど、俺はそんな大したことないですよ。」
 「いやいやいや、朝日高校に入れたことが既にすごいですからね!!」
 「あはは、ありがとう。如月さんは中学何年生ですか?」
 「今年3年生です。受験生なんですよ…マジで勉強しないとヤバいんですけど、勉強苦手で…」
 「あ、じゃあ、もしよければ分からないところ俺が教えましょうか?」
 「え!いいんですか?朝日高校の生徒さんに教えてもらえるんだったら間違いないですよ!」
 真実は確かに今後の進路に不安を覚えていた。このままでは効公立で行ける高校がなく、私立になってしまうのだ。私立に通うことは彼女の兄で保護者である政由から反対されている。

 「分からないところがあったら…そうですね…じゃあ毎週水曜日の放課後に下畑公園で待ち合わせにしませんか?その時に1週間分の分からなかったところを教えますよ。」
 下畑公園は、真実の中学の通学路の途中にある公園で、シェアハウスから歩いて5分ほどのところにある小さな公園だ。
 「お金払わないといけないレベルですね…」
 「お金なんて要りませんよ。ちょうど俺も復習になりますし。気にしないで下さい。」
 「本当、今さっき初対面なのにありがとうございます。何かお礼考えておきます!」
 「お礼なんて、そんな気にしないで下さいね。あ、如月さん、肩にホコリ付いてますよ。」
 翔太は真実の左肩に付いていたホコリを取ってあげた。
 「え、あぁ、今日学校で新学期の大掃除があったからその時のですね。ありがとうございます。」

 「おーい!真実!何やってるんだ??」

 真実は遠くの方で自分を呼ぶ声がしたので、声の方を見てみると、海が歩いて駅の方からこっちに向かって来ていた。声の主は海であった。あっという間に海は真実たちのもとにたどり着いた。

 「やっと学校終わったぜ〜!…えっと、どちら様?」
 海は翔太を見やった。
 「松前翔太さんだよ。今知り合ったばっかりなんだ。」
 「ふ〜ん…ってその制服、朝日高校のじゃん!」
 海は翔太の着ている制服で高校が分かったようだ。
 「お前なんかよりめちゃくちゃ頭がいいんだぜ?」
 「そりゃそうだけど、お前に言われるとムカつくな。」
 「えっと…如月さん、この方はシェアハウスの…」
 翔太は真実に海のことについて尋ねた。

 「そうそう!紹介し遅れてごめんなさい!ほら、お前は自分で名乗れよ。」
 真実は海の横腹を肘で小突いた。
 「いってーな!…俺、青井海っていいます。えっと朝日高校の人に言うのは恥ずかしいんスけど、愛城高校に通ってます。歳は16で、今年高校2年になったばっかりなんだけど…」
 「じゃあ俺とタメですね。俺も今年高校2年です。」
 「そうなんですね。じゃあ敬語抜きでもいいっスよ。俺も堅苦しいの苦手だし。」
 「じゃあ…そうするよ。青井くんは愛城高校なんだね。じゃあ俺の高校と近いな。」
 「あ〜確か電車で2区離れたところだったっけ?そういやお前松前翔太って言ってたよな…」
 「うん、そうだけど。」
 「あ!松前翔太って言えば、俺の高校で女子たちがキャーキャー言ってる男子のことだ!ファンクラブまであって…ヘェ〜モノホンは初めて見たわ〜」
 「え!他校の女子にまで人気なの?!しかもファンクラブって…もう芸能人じゃん…でも確かに納得できるわ。」
 「あはは、ありがとう。じゃあ如月さん、明後日、下畑公園でね。」
 「はい!また!」
 翔太は海たちに背を向けて自分のアパートの方へ帰っていった。海と真実は翔太の背中を見送った。

 「いや〜カッコよかったな!本当に全国の女子に刺されそう。」
 「刺されてしまえ。…なんかさ、食えない奴だな。」
 海は訝しげな様子で言った。

 「そう?優しい感じだったじゃん。文句なしのいい男だったね!ま、でも私はたっくん一筋だけど!」
 「ああ?!たっくんは俺のって言ってんだろ!!」
 「はぁ?ンなわけあるか!たっくんは私のお嫁さんになるんだよ!!」

 「おい!!何くだらない事で喧嘩してんだ!また警察に注意されるぞ!!さっさと家に入れ!」

 帰ってきた拓也に一喝された。






続く



 
 

 



 
 


 

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