逢馬ヶ刻〜陰陽寮奮闘譚
第3話
アホな会話で笑っていると突如、フロアにサイレンが鳴り響く。
キュインキュイン、キューイン
キュインキュイン、キューイン
術式顕現の警戒警報である。
この鳴り方は大規模術式印の顕現があった場合のものだ。
陰陽師たちは内心慌てて、モニターを見やる。
身内話に夢中で監視をすっかり忘れていたからだ。
すると、公共・民放に関わらず四大チャンネルがそろって東京タワーを写していた。
正確には、その頭上に見ゆる蒼焔の大文字と中央の目玉を。
一瞬置いて、陰陽師が動き出した。
先ず、発声したのは逢馬だ。
「現場に直行する!重装備の支度だ、護送車で向かう!」
バンっ!
フロアの奥に仕切られた部門長部屋。
そのドアが荒々しく開けられる。
調査部門の志木しき門長かどちょうである。
彼が口開く前に逢馬が叫ぶ。
「行け!」
動き始めた人員の中から鯨間綴の爺枯れた指示が飛ぶ。
「芒野、別室の名田と橋賢に連絡せよ」
「はいっ 筋トレコンビの番号は、、」
スマートフォンを弄る芒野の背中を最後に会議室の扉が閉まる。
二部隊が両方ドアの向こうに消えた。
大部屋に残ったのは志木門長と逢馬と岳多の両組長である。
二人を前にした志木が口を開く。
「今回の件だが、申し送りの類いが一切無かった」
休暇期間に入るに当たって一時的に全ての門長かどちょうで会議を行い情報を纏めるのが恒例である。しかし、それが無かったというのだ。
それは必然的に、
「敵方の情報が何も無い。」
逢馬の呟きに志木が苦い顔で続ける。
「そうだ。しかも今回は鯨間の親父が居る」
被弾回数がもっとも多く、陰陽寮では随一の戦場不運体質の。
犠牲アミダに超常の力は禁じられているが何となく予感は働く。
損耗は多くとも全滅を免れているのがその証拠だ。
《一切の事象に偶然は無い》
今年は宿直2部隊の双方が戦闘部門である。
激戦が予想され、部屋に沈黙が満ちる。
「先ほど、戦闘部門の式気しき門長に連絡を取った」
戦闘部門の式気家は元滝口の血筋を継ぐ。
滝口は旧時代の御所にあって妖鬼と無頼の双方に対して設立された戦闘集団である。
特に鬼門と呼ばれ護りの結界が綻びやすい北方の任に就いた滝口を指して特別に北面の武者とも言う。
武門に生まれ武道に偏りがちな式気家で今代の当主は珍しく術式に長け、式神による偵察を得意としている。
案の定、
「式神を先行させての東京タワーの内部偵察を要請した。升丹しょうにを送ると言っていた。情報共有の責任など言ってられん」
取り敢えず鎮圧を。
と、志木門長が〆た。
ここまでで何か質問は、そう問われる。
岳多から、一つと挙がった。
「作戦の概要と捕虜の確保は」
「それはこれから伝える」
そうして二人の眼を見て一息吸った。
「到着したら岳多組は中から召喚術を封じよ、芒野も使って空間・時間含めて手出しさせぬように」
今度は逢馬を見る。
「逢馬組は最上階まで突貫とっかんせよ」
一度言葉を切って先を言い切った。
「今回、当直に鯨間徹がいる。捕虜は次優先だ、最優先は鎮圧とする」
「門長、」
あらためて逢馬が尋ねた。
「損耗はどこまで許されますか」
「報告要員のみ」
一人残れば良い。
そう、返された。
◆◆◆
時間にして数分ののち、蒼緑とも言うべきか何とも形容に困る中型車が東京タワーに向かって爆走する。
車は警視庁から貸与を受けている護送車だ。
時折、警察庁に所属するものたちも、それを使って移送している。
同乗者は四名二組で合わせて八名。
事務フロアでカップ麺を啜っていた面々が六人と別室で過ごしていた二人である。
式気しき家が部門長として率いる武闘派だ。
一組の隊長は逢馬文秋、副隊長は鯨間綴。
以下、橋賢興はしかたおこしと名田昴太郎なだこうたろう。
二組の隊長が岳多愛果、副隊長は芒野知己。
以下、鯨間徹と道野祥みちのさちである。
先ほどのサラリーマン風だったスーツは着替えられている。
強化プラスチックで設えられたフェイスマスク付きのヘルメットに機動隊の防弾チョッキで身を包む。
本日は目的地がビル内ということもあってか薄いベージュ色で纏められている。
襟元や袖口から見える裏地には複数の星を持つ印が見え隠れする。
身に纏う防具こそ現代風であるが各々持つ武具が異様である。
左の腰には太刀や反りが強い刀を佩はき、右腰付近には各々の武装を下げる。
他の特殊部隊ならば替えの弾倉を入れるボックス型のポケットからは金属のリングが見えている。
先ほどの気だるい雰囲気を排した逢馬が車内の面々に声掛ける。
「各自、札の順序を確認しておけよ」
「ェエィ!」
体育会系特有の声張りで特異な返事を返す。
千年続く、兵つわものどもの応返だ。
返事は返しつつ組員たちがボックスポケットを開ける。
バリバリッ
マジックテープを剥がして中のリングを取り出す。
中から出て来たのは、単語帳だ。
防弾チョッキにフルフェイスの野郎どもが体を丸めて単語帳を捲めくる様は明らかにミスマッチだが、それを気にするものはここに居ない。
キュインキュイン、キューイン
キュインキュイン、キューイン
術式顕現の警戒警報である。
この鳴り方は大規模術式印の顕現があった場合のものだ。
陰陽師たちは内心慌てて、モニターを見やる。
身内話に夢中で監視をすっかり忘れていたからだ。
すると、公共・民放に関わらず四大チャンネルがそろって東京タワーを写していた。
正確には、その頭上に見ゆる蒼焔の大文字と中央の目玉を。
一瞬置いて、陰陽師が動き出した。
先ず、発声したのは逢馬だ。
「現場に直行する!重装備の支度だ、護送車で向かう!」
バンっ!
フロアの奥に仕切られた部門長部屋。
そのドアが荒々しく開けられる。
調査部門の志木しき門長かどちょうである。
彼が口開く前に逢馬が叫ぶ。
「行け!」
動き始めた人員の中から鯨間綴の爺枯れた指示が飛ぶ。
「芒野、別室の名田と橋賢に連絡せよ」
「はいっ 筋トレコンビの番号は、、」
スマートフォンを弄る芒野の背中を最後に会議室の扉が閉まる。
二部隊が両方ドアの向こうに消えた。
大部屋に残ったのは志木門長と逢馬と岳多の両組長である。
二人を前にした志木が口を開く。
「今回の件だが、申し送りの類いが一切無かった」
休暇期間に入るに当たって一時的に全ての門長かどちょうで会議を行い情報を纏めるのが恒例である。しかし、それが無かったというのだ。
それは必然的に、
「敵方の情報が何も無い。」
逢馬の呟きに志木が苦い顔で続ける。
「そうだ。しかも今回は鯨間の親父が居る」
被弾回数がもっとも多く、陰陽寮では随一の戦場不運体質の。
犠牲アミダに超常の力は禁じられているが何となく予感は働く。
損耗は多くとも全滅を免れているのがその証拠だ。
《一切の事象に偶然は無い》
今年は宿直2部隊の双方が戦闘部門である。
激戦が予想され、部屋に沈黙が満ちる。
「先ほど、戦闘部門の式気しき門長に連絡を取った」
戦闘部門の式気家は元滝口の血筋を継ぐ。
滝口は旧時代の御所にあって妖鬼と無頼の双方に対して設立された戦闘集団である。
特に鬼門と呼ばれ護りの結界が綻びやすい北方の任に就いた滝口を指して特別に北面の武者とも言う。
武門に生まれ武道に偏りがちな式気家で今代の当主は珍しく術式に長け、式神による偵察を得意としている。
案の定、
「式神を先行させての東京タワーの内部偵察を要請した。升丹しょうにを送ると言っていた。情報共有の責任など言ってられん」
取り敢えず鎮圧を。
と、志木門長が〆た。
ここまでで何か質問は、そう問われる。
岳多から、一つと挙がった。
「作戦の概要と捕虜の確保は」
「それはこれから伝える」
そうして二人の眼を見て一息吸った。
「到着したら岳多組は中から召喚術を封じよ、芒野も使って空間・時間含めて手出しさせぬように」
今度は逢馬を見る。
「逢馬組は最上階まで突貫とっかんせよ」
一度言葉を切って先を言い切った。
「今回、当直に鯨間徹がいる。捕虜は次優先だ、最優先は鎮圧とする」
「門長、」
あらためて逢馬が尋ねた。
「損耗はどこまで許されますか」
「報告要員のみ」
一人残れば良い。
そう、返された。
◆◆◆
時間にして数分ののち、蒼緑とも言うべきか何とも形容に困る中型車が東京タワーに向かって爆走する。
車は警視庁から貸与を受けている護送車だ。
時折、警察庁に所属するものたちも、それを使って移送している。
同乗者は四名二組で合わせて八名。
事務フロアでカップ麺を啜っていた面々が六人と別室で過ごしていた二人である。
式気しき家が部門長として率いる武闘派だ。
一組の隊長は逢馬文秋、副隊長は鯨間綴。
以下、橋賢興はしかたおこしと名田昴太郎なだこうたろう。
二組の隊長が岳多愛果、副隊長は芒野知己。
以下、鯨間徹と道野祥みちのさちである。
先ほどのサラリーマン風だったスーツは着替えられている。
強化プラスチックで設えられたフェイスマスク付きのヘルメットに機動隊の防弾チョッキで身を包む。
本日は目的地がビル内ということもあってか薄いベージュ色で纏められている。
襟元や袖口から見える裏地には複数の星を持つ印が見え隠れする。
身に纏う防具こそ現代風であるが各々持つ武具が異様である。
左の腰には太刀や反りが強い刀を佩はき、右腰付近には各々の武装を下げる。
他の特殊部隊ならば替えの弾倉を入れるボックス型のポケットからは金属のリングが見えている。
先ほどの気だるい雰囲気を排した逢馬が車内の面々に声掛ける。
「各自、札の順序を確認しておけよ」
「ェエィ!」
体育会系特有の声張りで特異な返事を返す。
千年続く、兵つわものどもの応返だ。
返事は返しつつ組員たちがボックスポケットを開ける。
バリバリッ
マジックテープを剥がして中のリングを取り出す。
中から出て来たのは、単語帳だ。
防弾チョッキにフルフェイスの野郎どもが体を丸めて単語帳を捲めくる様は明らかにミスマッチだが、それを気にするものはここに居ない。
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