逢馬ヶ刻〜陰陽寮奮闘譚

静かな岬

陰陽師翻弄 序


 時は20XX年。 
 例年通りの寒い冬の日に事件が起こった。
 
 通常、超常なる力が働くときは俗に一般人と呼ばれ、その力を認識しない者の目には見えぬ形で進行する。
 どんなに人々に被害があったとしても気づかれることのないまま事態は終息する。
 事件を起こす方も、昔は其れなりの配慮をもってことを起こしたものだ。
 だが、今回ばかりは違っていた。
 世間の耳目を恐れなかったのだ。

 ◆
 Happy New Year !!
 世界中の各国で同じ意味の言葉が叫ばれた。

 アジア圏では鐘が鳴り、クラッカーの音と薄い火薬の匂いが繁華街に充満する。
 ヨーロッパのロンドンを始めとした世界中に存在する大都市の空には花火が上がり、見事な華を咲かせた。
 各国の放送局報道陣が様々な首都に飛び、人々の熱狂ぶりを放映する。
 熱くなりつつも平和な夜が過ぎる。

 その夜は東京でもお祭り騒ぎだった。
 そもそも、楽しいことが大好きな日本では都市部に限らず花火が上がったり、除夜の鐘が近郊に鳴り響く。
 鐘をお坊さんが衝くのではなく、参拝の人々が衝くのも日本では恒例の体験である。
 普段では入れない鐘突き堂に入って、触れない鐘を思いきり鳴らすのだ。
 テレビでは毎年恒例、某放送局が流す”去る年次の年”で一年を振り返る。
 嫌だった年も、楽しかった年もこの日を境に新しくなるのだ。

 東京には都市部を象徴するタワーが二つ、存在する。
 そのどちらにもファンが居て、テレビでも写し出されるし実際に現場に行くほどの動きもある。
 日本でも新年に向けたカウントダウンが始まる。

 3!

 いよいよ年が終わる、

 2!

 新しい年がやって来る、

 1!
 
 年が切り替わった!

 Happy New Year !!

 東京にそびえ立つ赤いタワーの、その頭上でそれは起きる。
 京都の大文字よろしく、蒼い焔で"大"の文字が、象られたのだ。
 見物人は大喜びをした。

 在るものは、
「京都の大文字がタワーの上に!」
 と言って動画を録った。

 在るものは、
「サプライズか!どこの企業が仕掛けたんだ?」
 と言って隣の友と喜んだ。

 また、在るものは、
「焼け残りも落ちて来ないし、そんな様子も見えないよなぁ。どんなタネが有るんだろう?」
 と言って携帯のカメラをズームした。

 それらの群衆にいた、東風風子(こちふうこ)もその一人だ。
「っていうか、空中で燃えてるんだから吊ってるんだよね?ヘリの音がしないんだけど」
 群衆の誰かと同じくカメラをズームさせて写真を撮ると、そばの建物に寄りかかり写真の保存アプリを起動する。
 近くの喧騒をよそに自分の動作に没頭する。
 紺色の空を明るい青紫色に色素調整をする。

 だが、不審なものは写っていなかった。
 大文字の他にはなにも、だ。 
 この場合はそれこそが不審である。
「なんで?なんで何も写って無いの?」
 力なく呟いた声が通りに消える。

 キャーー
 女性の叫ぶ声と、男性が戸惑う、どよめきが聞こえる。

「何なの?」
 声のした方に先ず向くと群衆が皆、上を向いていた。
 既に周りから声は無くなっていた。
 車の排気音すらも鳴りを潜めている。

 突如、風子の背中に悪寒が走る。
 尾てい骨からこめかみを通って脳天をつらぬく。
 冷たいような、火傷のような。

 上を向きたくない。

 だが、向かねばならない。

 そんな自分でもよくわからない葛藤が自身の頭を充満した。
 ふと、目の前で下を向いていた男性が声を出した。

「よっしゃー クリアだー」
 気の抜けた覇気のない、楽しげな声が交差点に木霊した。

「あれ?」
 本人も気づいたのだろう。
 自分の声がやけに響いたことに。

 風子の目線をを通り過ぎ、周りを見渡した。
 視界に、あの蒼い焔が映ったのであろう。
「っ、、」
 そちらを見上げ驚くと、
「ぁ、」
 ちいさく揚げた、指しきれずに曲がった指先に風子も釣られ、ふと見上げた。

「っ、、っ、」
 声にならない息の音が口の外で霧散する。
 声も体も縛られた。

 大きな蒼い大文字
 焔でできたその中央に
 これまた大きな眼が一つ

 ぎょろり

 と睨んで、
 浮かんでいた。   

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