猫とマッチョと縁の円

涼木行

 


 二年四組の担任教師にして生徒指導担当教師、そして「歩行祭」の二学年責任者である千石通せんごくとおるは頭を悩ませていた。その原因はつい今しがたまで行われていた歩行祭責任者らによる職員会議であり、懸念事項は二学年にいる「問題児」菜更木英士であった。


 会議の議題は明後日に迫った歩行祭である。歩行祭。簡単にいえば距離の長い遠足、ハイキングのようなもの。その歩行祭であるが、基本的に全校生徒参加でありクラスごとに行われる。そこで一つ問題となったのが比較的平和な学園で紅一点に近い形で存在感を放つ色んな意味での「問題児」菜更木英士の存在であった。


 菜更木は去年一年間で何度か警察のお世話になっていた。そのほとんどが学内外でのケンカが原因である。ケンカといってもいつも同じ相手であり、彼らいわく「決闘」ということであったが詳しい事情は話さず、無論教師や警察もそんな言い分をはいはいと鵜呑みにするわけもなく、決闘だろうがなんだろうがケンカはケンカ、ということで対処してきていた。


 そんな菜更木であったがとうの決闘という名のケンカ以外の素行不良はそこまでではなく、おまけに学校内ではだいぶ大人しい。授業中に寝ていたり課題を全くやって来なかったり試験で赤点を取ったりそのせいで去年は留年しかけたり校則はろくに守らずあごヒゲオールバックだったり教員には敬語を使わず敬意もあまり払わずなど度が過ぎるほどのマイペースというか野放図であったりと問題はもちろんあったのだが、それでも何か悪さをするといったことはなかった。


 とはいっても不良は不良。おまけにケンカは強く身体はでかく筋肉ダルマでヤクザかってくらい超絶強面。教員たちにとって扱いづらい(というか極力関わりたくない)存在であることには変りない。それとは別に学校に馴染めていない様子でいることもまた教員たちの間では懸念事項になっている。学校に馴染み友人の一人でもできれば多少は更生もしてくれるだろうという考えだ。


 そういうわけで今回の歩行祭は一つの重要な機会であった。去年はサボったので今年こそはなんとか参加させ、同時に問題が起こらぬよう見張ったりクラスに馴染めるよう働きかけることとなったのである。そしてその重大な任務を引き受けることとなったのが、去年菜更木のクラス担任でもあり、かつ学年の生徒指導担当であり、おまけに歩行祭の責任者の一人まで任されている千石通なのであった。


 千石通は38歳の男性教諭である。独身で社会科の教員であり専攻は地理。外見はいかにもおっさんといった風貌。おまけに口ひげを生やしていて歳よりいくらか老けて見える。多少白髪がまじり始めてきた髪は生え際から徐々に薄くなり始めてきていた。口ひげの効果もあってか多少強面。身長も180とそこそこ高く、女子サッカー部の顧問であり自身も経験者。そんなわけで教師陣の中ではある程度「いかつい」男であるというポジションであり、多少は菜更木とも渡り合えるだろう、ということで任された(というより押し付けられた)わけであった。


 そんな千石なわけであったが、とうのその問題について悩み、大きなため息をついていた。




 ったく、どいつもこいつも面倒ごとは俺に押し付けてきやがって。なーにが菜更木と対等に渡り合えるのは先生くらいですよだ。んなこと言われたら断れねえじゃねえか。断ったら俺があいつにビビってるみたいだし、などと思うのであったが、実際多少、というか結構ビビっていた。


 てか普通にこええだろあいつ。なんだよあの面にあのガタイ。ぜってー高校生じゃねえわ。どうせ既にどっかの組から声かかってんだろ。去年一年なんとか穏便に済ませてやっと解放されたと思ったのによ。だいたいあいつが歩行祭なんか来るわけねえだろ。でも校長がイベントは全員参加とかうるせえし、他の教師どもも菜更木の更生だとかぬかしやがるし、そのくせ面倒事は人に押し付けてるだけだしよ、などとグダグダ恨みつらみも出てくるのであったが、千石にも面子というものがあった。見栄もあった。舐められる訳にはいかない、多少なりともこの狭い世界で築き上げてきたものがある。それをなんとか守らなくては。


 とはいえ、多少の光明もあった。まだ一ヶ月とはいえ、菜更木はまだ今年は一度も喧嘩沙汰を起こしていない。おまけに自分が散々注意しても(とはいえやんわりとだが)一向に直してこなかった校則違反ど真ん中なオールバックを辞めヒゲも剃り、外見は随分とまともになった。おまけに何があったかは知らないが学級委員長にまでなっており、おかげで職員室はちょっとした騒ぎである。




 それら全てをたった一ヶ月で、おまけに新任で成し遂げた女。百目木エン。




 ほんと何なんだよあの女、得体が知れねえ、と千石は思う。縁使いだ縁結びだオカルトじみたことは言ってるし、格好もおかしいし、何もかもが奇妙すぎんだろ。若いし顔はかなり美人なんだけどな……


 いや、んなことは言ってられない。実際あの女が菜更木をどうこうしたかはわからないが、実際目に見える結果としてそこにあるのは確かだ。そのせいで他の教師もあの女には一目置いてるし、どうしたって去年一年担任だった俺が比較されちまう。一年もやってたのに、何年も教師やってるのに、もう38なのに、男なのに……それと比べて百目木先生は、といった具合に。


 それはまずい。俺にだって面子ってもんがある。あんな新任の若い女と比べられて下だの劣ってるだのあっちのほうがすごいだのと言われてられねえ。俺だって同じようにできんだと示さねえとな。じゃねえと俺の立場がねえ。




 千石はそう気合を入れ、改めて具体的にどうするかを考える。と、そこで職員室に常香寺男と新江木英理の二人が入ってきた。


(おっ、常香と新江木か……待てよ、確かあいつらは……)


 千石は他の教師と話している二人をちらりと見る。そうして話し終えたところで声をかけた。


「おい、常香。新江木」


「あ、なんですかゴクセン?」


 と新江木が答える。ゴクセンというのは千石のあだ名であり、千石先生だから「ゴクセン」である。


「だからそれやめろって言ってんだろ。一応教師だぞこっちは」


「えーでもゴクセンはゴクセンですからね」


「まー別によそで言うのはいいけど面と向かっての時くらいはちゃんとしろよな」


 などと言いつつも、千石は密かにこの呼ばれ方を気に入っていた。無論某学園ドラマのタイトルと同じだからであり、またそういったあだ名で呼ばれるということはそれだけ生徒からも親しまれているということだろう、という思いからであった。とはいえ同時にあんまり舐められる感じなのもなぁ、などとも思っていた。


「それでなんすか先生?」
 と常香寺男が尋ねる。


「ああ、お前ら確か三組だよな?」
「そうですよ」
「だよな……」
 千石はそう言い、改めて目の前にそそり立つ寺男を見る。


 身長186センチにしてかなりのガタイ。おまけにツルッツルのスキンヘッド。絶対カタギでも高校生でもないだろ、とんでもねえやつが入ってきちまったな、などと当初は千石も恐怖と不安を感じていたのだが、取り越し苦労。実際は仕事も積極的にやりクラスをまとめる力もあり、運動はできるし(ついでにこちらも筋肉むきむきでおまけに武道をやっていてかなり強いらしい)勉強では常に学年トップクラスだし、おまけに家がお寺で「破ァ!」で除霊までできちゃうしと、かなりの優良生徒であり当初の不安などとうにどこかへ消え去っていた。




 そう、こいつならそれこそ菜更木とも対等に……




「先生?」


「あ? あぁ、いやな、さっき会議があってよ、まあ明後日の歩行祭についてなんだけどそこで菜更木の話になってな……」


「菜更木がどうかしたんですか?」
 と新江木が尋ねる。


「あ? あーいやどうかしたっていうかな、ほら、あいつ色々問題あるしよ、去年も歩行祭出てねえし、まーでも俺も去年一年担任した身としては多少は気にかかるしな。せっかくなんだしちゃんと参加してもらいたいっつうのもあるし、問題起こされちゃ困るってのもあるし、それにあいつあんなんだから学校に友達もいねえだろうから参加するってなってもつまらねえだろうしよ。それでまあ悪いんだけどお前らにあいつのこと頼めねえかなってな。もちろん俺も近くで気を配るしよ」


「なんだそんなことですか。任せてくださいって」


 と新江木は大したことではないように笑って答える。


「あ? ほんとか? いや、こっちとしてはありがたいんだけどんな即答で、」


「大丈夫ですよ私もうあいつとダチみたいなもんですし」


「へ、へぇー……まあそれなら助かるけどよ、けどあの菜更木が大人しく、ってのも変だけど歩行祭なんかに来るかねえ」


「あー確かにそういうの面倒くさそうですもんね。そこも任せてくださいよばっちり誘っときますから」


「そ、そうか? なんか悪いな色々と。常香の方も構わないか?」


「あーいいですよ別に。なんだかんだ結構面白そうですしあいつ」


「そ、そうか。なんかさすが常香って感じだなー。余裕があるっていうか。まーでもなんかあったらすぐ先生に言えよ? あいつも去年は色々問題起こしてるし協調性ないからなー」


「わかりました。まーでもそこは多分大丈夫でしょうけど」


「そうなのか?」


「そうですねー。それになんかあったらエン先生に言えばいつもみたいにすぐ懐柔してくれるだろうし」
 と新江木が言う。


「か、懐柔? 菜更木を?」


「ええまあ。懐柔ってしか言いようがないですねあれは。なんか二人でこそこそ話したかと思うと菜更木の態度がガラッと変わってるんですよねー。なんか弱みでも握ってるんですかねー」


 と呑気に笑う新江木であったが、千石の方はと言うと、


(新任の女教師が話しただけであの菜更木を懐柔だと……一体どんな秘密があるっていうんだよ……)


 などと一人悶々とするのであった。




「あーでもあの人一緒に歩くのかね?」
 と寺男が疑問を呈する。


「あーそっか。エン先生は歩かなそうだな。そういうの死ぬほど面倒くさがりそうだし。どうなんですか先生?」


「え? あ、あぁ、そうだな。百目木先生は引率組じゃなくて中継組のはずだ」


「ならエン先生の懐柔は無理そうですね。まーでも菜更木普通に大人しいから問題ないですよ」


「そうか。じゃあ悪いけどよろしく頼むわ」


 などと言い笑って二人を見送る千石であったが、山ほど残る腑に落ちなさに内心首を傾げる他なかった。












 で、問題の渦中にいる当人菜更木。教員たちの心配など徒労といったほどに歩行祭にやる気を出していた。無論猫とのことあってである。去年とは違い、今年は明確な目的が彼にはあった。


 そんな菜更木の事情など知る由もない千石。先程の新江木らとの会話を反芻しつつ、けど個人的には来ないほうが助かったりするんだけどなー、そうすりゃ参加させられなかったことは多少非難されようと俺の威厳やら面子にまで傷がつくことはないだろうし、などと自分本位なことを考えていた。


 すると前方から、よく見知った(とはいえ髪型の大幅な変化やあごヒゲの消失によりとても「よく見知った」とは言えなかったが)大柄な男が歩いてくる。無論、菜更木英士その人である。




 菜更木か。多少大人しくなっただの外見普通になったとはいえやっぱ超こええな。威圧感が半端じゃねえだろ、などと思いながらも言い訳が立つよう最低限の仕事はしておくか、と菜更木の前に歩み寄る。


「おう菜更木」


「あ? あー……去年の担任だよな。名前なんだっけ?」


「お前な……一年いたのに流石にそれはないだろ」


「いやーわりぃっす。人の名前覚えんの苦手で」


「千石だよ。生徒からすりゃゴクセンの方がわかりやすいと思うけどよ」


「ゴクセン? なんかんなドラマあったよな」


「あー、まぁあったけどよ……」


「なんでゴクセン?」


「千石先生だからゴクセンだろ。って俺に説明させんなこっ恥ずかしいだろ」


「はぁ……なんかすいません。で、なんか用っすか?」


「あー用っていうかちょっとな。お前明後日の歩行祭だけどよ、去年は不参加だったけど今年はまあちゃんと参加して欲しいと思ってな。ほらまあ色々うるさいんだよ上もよ。お前の場合去年なんか成績悪くて留年寸前だったろ? せめてこういうとこちゃんと参加しとかねえと教師陣の評判も悪くなるしよ。まーそういうことなんだけどどうよ?」


「いや、どうよっていうか普通に行くけどよ」


「あーそうかそうかならいいんだけどな……えっ?」


「あ?」


「あ、いや、お前今行くっつったか?」


「そりゃまあ行くしな」


「……行くってのはその、歩行祭に参加するってことだよな?」


「それ以外にないだろ」


「……最初から最後まで」


「じゃねーと意味ねえだろ」


「……普通に山越えて下ってまた登って下って約40キロの全行程をだぞ?」


「あーなんからしいな。去年行ってねーから知らねえけど。まあそんくらいなら別に大したことねえだろ」


「そ、そうか……日程とかはちゃんと把握してんのか?」


「詳しいことは知らないけどとりあえず明後日なんだよな? まーばっちりやってやるぜ」
 菜更木はそう言い、グッと拳を握る。


「そ、そうか……じゃあ心配はいらねーな。ははは、とりあえず安心したわ。なんか俺まで楽しみになってきたぜ」


「何気持ちわりぃこと言ってんだよ。つか先生も行くのか?」


「そりゃまあ引率しないといけねーかんな」


「大丈夫かよ、結構歳いってんだろ? 体持つのか?」


「おまっ、舐めすぎだろ流石に。これでも女子サッカー部の顧問だぞ。大学までサッカーやってたしよ」


「大学ってそれ何年まえの話だよ……」


「うるせえ。とにかく大丈夫なもんは大丈夫なんだよ。去年だって完走ってか完歩してるしな。じゃねえと引率任されねえだろ」


「はーん。見かけ以上に根性あんだな先生。つかなんであんたがわざわざんな話しにきてんだよ。うちの担任あいつだろ?」


「まーそうなんだけど百目木先生は引率じゃなくて中継組だからな。俺が去年の担任だってのと歩行祭で学年の引率責任者だってのもあるけどよ」


 ついでに生徒指導という点も関係していたが、それは流石に菜更木の前では口に出せなかった。


「はーん。その中継組ってのはなんだよ」


「歩行コースの中継地点で待機してる先生たちだよ。まー色々サポートをな」


「は? んじゃあの野郎歩かねえってことかよ?」


「まあそういうことだが、お前さすがに教師に向かってあの野郎はねえだろ……」


「いいんだよあの野郎はあの野郎で。まあ野郎ではねえけどよ。あいつ人には歩かせといててめーは呑気に待機かよクソっ……」


「……あー、菜更木?」


「あーなんでもないっすよすいません。まー先生も歳と運動不足には変わりないだろうからあんま無理しねえよう気をつけろよ」


「余計なお世話だコラ。運動不足は否めねえがまだ普通に30代だっつうの」


「マジで? 普通に40いってるかと思ったわ」


「……と、とにかく参加するならそれに越したことないが遅刻だけは気をつけろよ。じゃあな」


 千石はそれだけ言うとそそくさとその場を立ち去る。そうして、


(いやードキドキしたがあいつ案外話しやすい奴だな……考えてみりゃあいつとサシで話したのなんて大抵警察絡みの時だけだったな……しかしあの菜更木があんな歩行祭に対して積極的だとは、ほんとに何があったんだ?)


 などと考えていた。そうして今しがたの会話を思い出しつつ、


(っていうか俺そんな歳いってるように見えんのかよ……やっぱ髭のせいか? ていうか38ってまだ若いって認識でいいよな別に……30代だってのは間違いないし、というかそもそもとてもじゃないが高校生にも十代にも見えねえある意味老け顔のお前が何いってんだって話だわ)


 などとしばらく歳のことを引きずるのであった。









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