猫とマッチョと縁の円

涼木行





 して、帰宅後。英士は極度の疲労から、それと伊織のあの冷たい視線のせいもありキャットフード料理教室にはよらずに家に帰ってきていた。そうして極度の疲労から逃れるべく、鍵をかけ一人部屋にこもり、ヘッドホンをして体育座りをし「岩合光昭の世界ネコ歩き」を見て頬を緩ませ癒やされるのであった。




 そうして一時間見終わり、一息つけてヘッドホンを外すのだったが、


「すごい絵面でしたね」


「うおっ! おまっ、なんでいんだよ!? 鍵かけてただろ!?」


「まあ私ピッキングの腕前も免許皆伝なんで」
 といつの間にか背後にいたエンが誇らしげに言う。


「おまっ、洒落にならねえぞまじで」


「いえ、あんなことのあとでしたからね。部屋は鍵かかってて返事もないのでまさか将来を悲観してなどと思って心配して踏み込ませてもらったんですよ。そしたら何の事はない、お楽しみ中でしたか。いやぁでもいきなりトラウト・ペインティングでもし始めないかとヒヤヒヤしましたよ」


「あ? なんだそのトラウトなんちゃらって」


「トラウトは英語の鱒でペインティングは描くですね。マスをかく」


「……お前ほんとどうしようもねえな……」


「あなたに言われたくはありませんよ。だいたいなんで体育座りで見てるんですか気持ち悪い」


「うるせーんなことまで言われる覚えねえよ。つかマジで部屋勝手に入ってくんじゃねえよコラ」


「まーそこは話したとおりですけど確かに私も配慮が足りませんでした。そりゃ年頃の男子が部屋に鍵かけて返事もないとくればヘッドホンAVウォッチからのトラウト・ペインティングの可能性も非常に高いわけですからね。今回は運が良かったですよほんと。もう二度としませんのでどうぞこれからは安心して致してください」


「致さねえよ。余計な心配にも程があるわ」


「いえ、でも口ではそう言いつつも年頃の高校生ですしもちろん致す時は致しますよね流石に……?」


「だから致さねえっつってんだろ。つか致すってなんだ致すって」


「そんなまさか……ちょっと正気を疑いますね……大丈夫ですか? 猫が好きすぎて一切の性欲を失ってしまったんですか? それとも猫で致」


「さねえって言ってんだろ何回言わせんだアホ」


「そんな……何をどうしたらそんなことに……あなたみたいないかにもAV男優みたいな外見で……」


「どんなんだよAV男優みたいな外見って」


「それですそれ。その自意識過剰が爆発したような無駄に鍛えられた筋肉と色黒の地肌とガツガツしてそうな顔」


「ヘコむぞ流石に。知らねえけど俺の場合は筋トレで色々発散してるからそういう気も起きねえんじゃねえか? んなヒマもねえしよ」


「おぅふ……17にして自慰より筋トレとは……いや、というかあなたの場合筋トレが自慰行為でしたねそう言えば。自分を慰めるための筋トレですものね」


「お前……まあ多少はそういう要素もあるけどよ」


「自覚してましたか。悲しみですね……」


「うるせえよ。つか何しに部屋入ってきたんだよ。んなくだらねえこと言うためじゃねえだろ流石に」


「ああそうです、あなたの一人ねこ歩きタイムのインパクトに思わず忘れてました。とりあえず英国文化研究会の件はよろしくお願いします。部長と顧問となると何かと大事な話もあるでしょうからね」


「それもな、不安しかねえわ。ってかなんでこう行く先々でお前が出てくんだよ。わざとだろぜってー」


「何度も言いますがこれも縁ですよ。とはいえ今回の場合私が新任なのでとりあえず一つは部活などを受け持たないといけないということがありまして、そこに今日子さんからの打診がありましたから。ですので強いて言うなら今日子さんの仕業ですね」


「あの野郎余計なことを……まぁ部長ゆーても特にやることねえだろ。部のことは今日子と翔子がやるだろうからそっち頼むわ」


「場合によってはそうします。で、肝心な話ですが、何故黙っていたんですか」


「あ? 何がだよ」


「明日美さんですよ明日美さん。彼女の存在です」


「あー。いや、別に黙ってたとかじゃないけど、つか話す必要ねえだろ。それこそお前ならわかってたんじゃねえのかよ」


「ええ。無論わかってましたよ? わかっていましたけどね、やはりあなたの口から直接聞きたかったなーあんな女の存在隠されてたなんて私ちょっとさみしいーとかなんとかも思いつつですね、しかし実際見るのは別ですから、まさかあんなくんずほぐれつな仲だったとは……」


「くんずほぐれつってお前、あっちが勝手にひっついてくるだけだっつうの。流石に見ててわかっただろ」


「そうですね。あんな萎縮したあなたを見るのは初めてでしたよ。流石に爽快でしたね」


「ほんと根性ひん曲がってるな……マジできっついんだぞあれ。人前だろうとお構いなしだしよ。散々やめろ言っても話通じねえし、だからっつってこっちも力づくってわけにゃいかねえし、もはや怖えわあの人」


「あなたにも恐れるものがあったんですね。けれどもいいことじゃないですか」


「どこがいいことなんだよあれの。言っとっけど俺はほんと嬉しくもなんともねえぞ」


「それも多少疑いますが、まあそれは置いといていいことと言ってるのはそういうことじゃありませんょ。あなた彼女にああされてる自分が何と同じだかわかりますか?」


「あ? 同じってなんだよ」


「あなたは嫌がってるのに執拗にひっついてきてスキンシップし撫でまわしてくる……これまさしくあなたと猫の関係です!」


「どゅふ!」


「どゅふってあなたどゅふって……。ともかく私が言ってることはわかりますね?」


「お、おう……ちょっと刺さりすぎたってくらい刺さって死ぬほど胸痛えけどよ……言われてみりゃ確かにめっちゃ似てるな……俺の場合触れすりゃしねえけど」


「そうです。あなたが体験している恐怖や苦痛、嫌な気持ちはそっくりそのままあなたに狙われている猫達が味わっているそれなのです! 嫌な相手嫌いな相手恐ろしい相手にこっちの都合など考えずに捕まえられる気持ち!」


「いや、まあ俺は別に明日美さんのことさすがにそこまでじゃねえけどよ……ってか猫の方もそこまでじゃねえだろさすがに、たいてい初対面だし」


「甘いですね。初対面だろうとなんだろうと嫌な人間に無理やり触れられるのは嫌なものです! あなたが猫達にしているのはそういうことなんですよ!」


「そんな、俺はそんな大罪を……」


「ええ。あなたは好きだ愛していると言ってその愛する対象を苦しめているのですよ……そうした猫達の気持ちを身をもって知ることができるという意味で明日美さんとの関係はあなたにとってひじょーにいいと言っているわけです」


「なるほど、確かにな……相手の気持を知る、体験するってのは大事だよな……」


「ええ。ですからあなたは明日美さんにじゃれつかれる時は『自分が猫だったらどうだか』を考えてください。そして自分が猫だとしたら何をしてほしいのか、どうされるのが嬉しいのかを考え、それを実行してください。それが猫に好かれるための近道です!」


「おうよ! ってちょっと待て。途中まではわかったけど最後のそれを実行ってなんだよ」


「実行ですよ。リクエストです。明日美さんに『そういうのはちょっとあれなんでこういう感じで頼めませんか? 頭はあれなんで顎の下を優しくこう』とかリクエストして体感して知るんですよ」


「……いやいや、お前何言ってんだ? するわけねえだろんなこと?」


「……なるほど、あなたは猫の気持ちより自分のプライドや羞耻心を優先するわけですか……あなたの猫への愛はその程度、そうやって今まで通り自分本位に愛しているといいつつ猫を苦しめ続けるわけですか……とんだ腐れDV野郎ですね……」


「……そこまでっすか?」


「そこまでですね。ついで言うとやはりそんなんでは一生岩合光昭のような猫カメラマンなんて無理です」


「……あのよ、ほんとに必要かそれ? 別に実行とかしなくても考えるだけでいいんじゃねえのか? いやそもそもこれ以上やられるのすら嫌だけどよ」


「そうやって何事も嫌だ嫌だと駄々をこね変化を拒むわけですね……結局どうせ自分に夢を叶えることなんて無理だからと夢だけ語って努力はしないわけですか」


「……いや、んなことねえけどよ、こう、さすがにこれは腑に落ちねえっつうか、なんか違うんじゃねえかなーっつう気がよ、」


「縁」


「あ?」


「縁ですよ縁。今までと一緒です。私の話が納得できないというのなら、話を今までの水準に戻しましょう。私が今語ったことも事実ですが、それ以前にあれほど強力なスキンシップです。それはもう大量の縁が生じる好意ですよ。触れ合うというのはコミュニケーションの最上ですからね。なにせ物理的な距離はゼロなわけですから」


「……それはまあ、そうかもしれねえな」


「そうです。ぶっちゃけ縁を集めるには渋谷スクランブルだのでフリーハグでもやるのが一番手っ取り早いんですよ。大勢との物理的な接触ですからね。でもさすがにあなたにはハードルが高すぎますし、あなたもそうした節操のないスキンシップはさすがに嫌ですよね?」


「そりゃまあ絶対にお断りだわ」


「けれども明日美さんとの場合はあなたが望みあなたの方から行動しなくてもそれが実現できるわけです。早い話が言い訳ができるわけですよ。『まあ俺は別にそんなの全然ですけど? っていうかむしろ嫌がってますけど? でもでも? あっちからくるんだからしゃあないじゃないっすか? ほんとやれやれっすよ。たはーw』っちゅうふうに首に手を当て斜に構え自虐風自慢がかませるわけです!」


「んなこと言うわけねえし思ってもいねえわ」


「例えですよ例え。ま、そういうわけですから、この状況がどれだけ素晴らしいものかはよくわかりましたよね?」


「……まあな」


「よろしい。そういうことですので、これからも明日美さんとくんずほぐれつ、あわゆくばセッ! でもかましちゃえばいいじゃないですかへいへい」


「……ぶん殴るぞてめぇ」


「ピッチャービビってる! へいへいへい♪」


「顔面にボールぶつけたろうかてめぇ」


「ふっ、そんな蚊が止まるようなボール目をつぶってたって避けられますね」


「ほんとああ言えばこう言うだなお前……その打たれ強さ多少羨ましいわ」


「まあ伊達に打たれに打たれ9回34点取られてもなおマウンドを譲らず378球完投しただけはありませんからね。おかげで私の肩はもう使い物になりませんよ……」


「チームメイトからすりゃこれほど迷惑な話もねえわな」


「何言ってるんですか。この話は百目木の356球として地元じゃ語り草な伝説なんですよ」


「さっきと球数違うぞオイ」


「そうでしたか? てへぺろ」


「古っ……そしてこの上なくうぜぇな……」


「人の癇に障ることに関しては右に出るものはいませんからね」


「自慢げに語れることかよ」


「自慢なんですよこれが。それが私を私たらしめている要素ですからね。まあともかくそういうことですので、改めて全ては猫のためです。実際どうするかはあなた次第ですが、私は私なりに出来る限りのアドバイスはしましたので。まあ望む未来のためにどこまで自分を投げ出せるかですよ。ではではお邪魔いたしました。引き続きお楽しみタイムをどうぞ。あ、鍵はこちらでかけときますので」


 エンはそう言い、そそくさと英士の部屋を後にする。一人残された英士は腕を組みどうすっかなーと考えていた。そこでガチャリと鍵が閉まる音がし、


(あ。あいつマジで鍵しめてきやがった。開閉自由すぎんだろオイ)


 などと思いつつ、ふーっと一つ息をつくと再びヘッドホンをして岩合光昭の世界ネコ歩きを体育座りで見始めるのであった。







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