猫とマッチョと縁の円

涼木行





 ある平日の一時間目の授業中。菜更木は珍しくちゃんと起きて机に向かっていた。


 が、別に授業を聞いているわけではなく、自主的な勉強をしているわけでもなく、腕を組みむっつりと机の上を睨みつけているだけであり、更に言うと「どうすればもっと猫と仲良くなれるか」を考えているだけであった。


 そこで教室の戸がからからという音を立てそっと開けられ、一人の女子生徒、鵜ノ浦宇乃が入ってきた。


「また遅刻か鵜ノ浦」


「はい、すいません」
 と鵜ノ浦は気だるそうに教師に謝る。


「多すぎるぞお前、散々注意してるのに治す気ないのか? しかも先生方の話じゃ授業中もしょっちゅう寝てるらしいじゃないか。もう少し態度を改めたらどうだ?」
 と教師がきつい口調で言う。


「はぁ、すいません。努力します」
 と気のない返事。


「ったく、夜ちゃんと寝てるのか? 遅くまでなんかしてるわけじゃないだろうなあ」


「夜は一応ちゃんと寝てますね」


「じゃあなんだ? 今日の遅刻の理由を言ってみろ」


「寝坊です。低血圧で朝弱いんで」


「ったく……もういい、席に行け。改善がないようだと親にも話しせんとならんからな」


「わかりました」


 鵜ノ浦はそれだけ言うとまっすぐ席へ向かい、カバンから教科書類を出して授業の準備をし――そして数分後には案の定居眠りをしていた。








 授業が終わり、休み時間になる。次の授業は別教室のため移動しなければならない。普段は休み時間となるとわざわざクッションを敷いて寝ている鵜ノ浦であったが今回はそんな時間はどこにもなく、仕方なくあくびをしながら立ち上がると廊下のロッカーから教科書類を取り出し、一人別教室へ移動しようとする。と、そこへ、


「おう鵜ノ浦」
 と菜更木が声をかける。


「あぁ」


「お前今日も遅刻だったな。俺でもちゃんと朝早くから来てるっつうのによ。しかしお前がこんなワルだったとはな」


「それはさすがに聞き捨てならないんだけど」


「だってお前毎日遅刻してるし授業中も寝てばっかだしよ、休み時間だっていつも一人で寝てんじゃねえか」


「それ別にワルでもなんでもないでしょ」


「そうか? まー別にいいけど。そーいやお前友達とかいんの?」


「なんで?」


「いや、誰かと話してるとことか見たことねーからよ。あれか? 一匹狼とかツッパリとかそんな感じのやつ」


「全然違うし。必要がないから話さないだけ。別に話しかけられれば返すし」


「あっさりしてんなー。まーどうでもいいけど。それよか今日お前店手伝うか?」


「まーね」


「じゃあ俺も行くからよろしく頼むわ」


 菜更木はそれだけ言うと一人呑気に歩いていくのであった。




               *




 して、放課後。猫カフェ「コーモラント」。


 一日の営業を終えた店内では、菜更木が一人沈み込んでいた。




「……今日も猫に触れることすらできなかった……」


「あー、うん、まぁそんな落ち込まないでさ、まだ始まったばっかなんだし」
 と致し方なく形式的に慰める鵜ノ浦。


「確かにそうかもしれねえけどよ、俺は生まれてこの方17年間ずっとこうだからな……始まったばっかじゃねえしこんな調子じゃいつになったら猫に触れる猫カメラマンになれるんだよって焦るぜそりゃ……」


 そんな菜更木の様子に(こんだけ絶望的なのに目標を一切下方修正しないあたりはすごいなこいつ)と鵜ノ浦は呆れと感心が入り混じる。


「まあそういうのもあるけどよ、お前にわざわざ付き合ってもらってんのにこうも結果が出ねえんじゃさすがに申し訳なくてな」


「あぁ、別にいいよそんなのは。店の手伝いのついでみたいなもんだし。じゃー悪いけど私はここまでだから。学校の課題とかもやんなきゃいけないし。悪いけど片付けとかよろしくね」


「おう、そのへんは雑用の俺の仕事だからな。こうやって教えてももらってるしお前は休むなり勉強するなり好きにやってくれよ」


 菜更木はそう言い店内の清掃等の作業へ向かおうとする。が、そこでふと思い出して止まり、


「あ、お前勉強で夜更かししてよく遅刻してんのか?」


「別に。まあ勉強は多少はやってるけど、教室で先生に言ったように低血圧のせいだって。ほんと朝動けないんだよね」


「はーん。低血圧ってのはよくわからないけど大変なんだなあ。俺なんか朝からバンバン動きまくってるけどな。お前も筋トレすりゃ変わんじゃねえのか?」


「なんでそこで筋トレが出てくんだよ」


「いや、運動すりゃ寝付きやら寝起きも良くなるもんだからよ。よくわかんねえけど血が関係してるなら動いて循環良くすりゃいいんじゃねえのか? だいたい筋トレは全てを解決するからな。あとやっぱ肉だよ肉」


「お前ん中でどんだけ万能なんだよ筋トレ……そもそも多少の筋トレならしてるしね」


「そうなのか? それにしちゃほっせーな」


「あんたみたいにでかくするんじゃなくてあくまで体型維持だから」


「なんでだよ」


「いや、なんでって……ダイエットみたいなもんだよ。太るのは嫌だし」


「はーん。まあ太らねえためには筋肉つけんのが一番だしな。確かにお前やたらスタイルいいもんな」


「そう? お前でもそういう感覚あったんだな」


「そりゃな。まあでも俺から言わせりゃやっぱ圧倒的に筋肉が足りないけどよ」


「お前の基準はそれしかないのかよ……とにかく私はもう行くから、じゃあまた明日な」


「おう。遅刻すんなよ」


「努力はする」


 鵜ノ浦はそう答え、住居となっている二階へと引っ込む。それを見送り、「さて、俺ももう一仕事してさっさと帰っか」と菜更木が振り返ったところに猫カフェの店主である宇乃の母・有良がぬっと姿を表した。


「うおっ! ビクッたぁー。いつからいたんすか」


「少し前からね。私気配消すの結構得意なのよね。ところで菜更木くんっていつもバイクで登校?」


「まあ基本はそっすね」


「あれ二人乗りできるバイクよね」


「まあ一応は」


「ふーん……菜更木くんは毎朝早起き?」


「まあそっすね。トレーニングやら飯作ったりあるんで」


「飯!? えっ、あなた自分で御飯作ってるの!?」


「一応は。朝食と昼の弁当っすね。まあ一応姉と妹もやりますけどメインは俺っすね」


「あなた完全に優良物件ね……一つ相談があるんだけどいいかしら?」


「もちろんっすよ。店長には散々世話になってますからなんだって聞きます」


「頼もしい限りね。さっきの宇乃との話なんだけど、あなたあの子が遅刻魔だってことは知ってるわよね? 去年も同じクラスだったみたいだし」


「そっすね。去年のことは知らないっすけど去年からなんすか?」


「そうなのよ。まーあの子の言うとおり低血圧が酷くてね、去年も遅刻が多すぎてちょっと進級がやばいってとこまでいってるのよね」


「そんななんすか。俺と同レベルじゃないっすか」


「うん、まあ結果だけ見ればそうだけど多分理由が全然違うから……まあそれはともかく、そういうわけだから今年も遅刻ばっかりしてると相当やばいのよね。この一年で先生には目をつけられてるし、ただでさえ仕事のせいで目つけられてるって言うのに」


「仕事? 店手伝ってんのなんかやばいんすか?」


「あ、いやそうじゃないんだけどね……まあそこはおいおいね。ともかくそういうわけだから極力遅刻はできないのよねー。今週は歩行祭だってあるし、去年も寝坊して参加してないのに今年もなんてわけにはいかないじゃない? 歩行祭じゃ遅刻してもそう簡単には追いつけないだろうし、だいたい親としては一度きりの高校生活そういうのもちゃんと参加して欲しいなーとか思うしねぇ」


「はー。その歩行祭ってのはなんすか?」


「え? ……それ真面目に言ってる?」


「はぁ、まあそれなりに」


「……あなた去年の歩行祭はどうしたの?」


「去年?」


「そこから……まあいいわ。とにかくそういうわけで相談なんだけど、もしよかったら毎朝迎えに来てくれない?」


「あぁ、別にいいっすよ」


「即答!」


「いや、まあ別にいいっすからね。完全に反対方向とかだと考えますけどここなんてほとんど家と学校の中間ですし。バイクに乗せてきゃいいっつうことっすよね?」


「そうそう。ヘルメットはこっちで用意するからさ、とりあえず絶対遅刻できない歩行祭の日から物は試しってことで頼めるかしら?」


「俺はいいんすけどあいつは大丈夫なんすか?」


「大丈夫なんじゃない? そういうのあんま気にしない子だしあの子のためにもなるし。私が見た限りじゃあの子のわりにはある程度信頼してそうな感じはするしね」


「いや、そうじゃなくてよくわかんないけど低血圧? ってやつでなんか起きれないんすよね。バイク乗れるんすか? 眠くて落ちたりしないっすかね」


「あぁ……あなたの体に縛り付けとけば大丈夫じゃない?」


「あーそれなら落ちはしないっすね。んじゃ俺はオッケーっすよ」


「うん、じゃあ金曜日よろしく頼むわねー」


 そうして宇乃の母は仕事へ向かう菜更木の背中を見送りつつ、


(しかしこの子宇乃を体に縛り付けるって言ってもほんとなんとも思わない感じなのね……本格的に猫と筋肉にしか興味がないのかしら……まあそれはそれで安心できるけど)


 などと思うのであった。




                 *




 菜更木がバイクで帰宅すると丁度エンが縁側に座りタバコを吸っていた。


「人んちの縁側でタバコとかお前ホント我が物顔だな」


「吸うならここで吸ってと家主から言われてますからね。だいたい他にどこで吸えというんですか。夜中にキッチンの換気扇回してその下でこそこそチマチマ隠れて吸ってるよりはマシでしょう」


「なんだそのどこかのサラリーマンのおっさんにありそうなやけに具体的な例は」


「統計では全国の妻子持ち喫煙者男性サラリーマンの約四割が経験してることですからね」


「いかにもそれっぽい数字だけどどうせいつもの口からでまかせだろ」


「失敬な。縁の力を用いた確実な統計です」


「はいはい。まーくれぐれも火の始末だけは気をつけてくれよ」


 そう言って立ち去ろうとする菜更木であったが、そこでふと思い出す。


「そういや歩行祭ってなんだ?」


「歩行する祭りです」


「まんますぎるだろ。それくらいは俺だって言葉聞きゃわかるわ。そうじゃなくてそういうもんが近いうちに学校であんのか?」


「ありますよ、今週の金曜日。明後日ですね」


「マジかよ、全然知らなかったわ」


「まあ学校全体であいつだけには教えないようにしようってハブにしてましたから」


「さすがにそこまでされる覚えはねえぞ。ってかなんだよその無駄な一体感」


「それくらいあなたは学校でキモがられてるってことですよ。まあ冗談はともかく去年だってあったじゃないですか歩行祭。っていうか毎年ありますし」


「毎年あんのか?」


「……あなた去年一年何してたんですか?」


「いや、ちゃんと学校は行ってたはずだけどな……で、その歩行祭ってのは具体的に何すんだよ」


「歩きます」


「だからそれはわかる。まさかただ歩くだけじゃないだろうな」


「ぶっちゃけほぼただ歩くだけですね」


「……マジで?」


「身も蓋もないですけどマジですね。こればかりは冗談抜きで。ついでに言うと約40キロ歩きます」


「フルマラソンかよ」


「おまけに山を登って下ってまた登って下ってで高低差うん千メートルです」


「え、なにバカなの?」


「あなたに言われるなんて歩行祭の方も相当屈辱でしょうね……」


「どんだけだよ。てかなんか思い出してきたわ。なんでんな長い距離歩かねえといけねんだバカかよだったら筋トレするわって休んだんだわ去年は」


「なるほど。あなたも相当バカですね」


「だいぶ合理的だろ」


「いえ、バカはバカでも筋肉バカ。まあ脳みそまで筋肉でできてるから仕方ありませんね」


「るせー。しかしそうなるとまいったな……んなバカげたことさすがにやってらんねえぞ」


「何言ってるんですか、あなたは強制参加ですよ」


「なんでだよ。別に授業でもなんでもないんだから休んだっていいじゃねえか」


「そういうわけにはいきません、私はあなたの担任でもあるわけですからね」


「……なんでだよ」


「あなたみたいな問題児を参加させれば私の株が上がります」


「やっぱそういうことか。アホくさ。悪いけど俺は行かねえぞ」


「ほんとにいいんですか?」


「いいに決まってんだろ」


 菜更木はそう言い、話を切り上げようとエンに背を向け玄関を目指す。が、その背中に、


「猫」


 とエンが言葉を発する。


「――まさか、お前……」


「えぇ、そのまさかです」


「これもか? こんなことまで猫に関係するのか?」


「当たり前じゃないですか。こんなことなどと言いますけどね、全校生徒参加の行事ですよ? クラスメイトと共に一日行動するわけですよ? もう縁がうっはうっはザックザクに決まってるじゃないですか」


「た、確かに……」


「授業とは違いただ一日中クラスメートらと場を共有してるだけではありません。自由に交流を深められるのです。共に行動できるのです。それだけあれば二輪車どころか猫ハーレム120分コース×3くらいの縁は余裕のよっちゃんですよ」


「ね、猫ハーレム120分コース×3、だと……?」


「今なら電動猫じゃらしにオプションのコスチュームも選び放題!」


「いや、コスチュームはいらねえだろ別に」


「なるほど、あなたは全裸がお好みだと……メモメモ」


「もうそういうことでいいわ、ツッコミきれねえ」


「私の勝ちですね。まあともかくそういうわけですから、まさか参加しないなんていいませんよね?」


「当たり前だろ。猫ハーレム120分×3とありゃ40キロだろうと100キロだろうと富士山三回登り下りだろうとどんと来いだぜ!」


「いい心がけですね、その調子でお願いします。鵜ノ浦さんのこともよろしく頼みますね」


「おう。――ってなんで知ってる」


「そりゃ担任ですからね」


「ちげえだろ。ってかもはや担任の管轄範囲軽く超えてるだろそれ」


「そんなことありませんよ。生徒たちのあれやこれをきちんと把握しておくことは担任の義務ですからね。というか何度もいいますが私全部わかりますのでそういうことも」


「縁が見えるってだけでそこまでわかるってのは相変わらず理解できん」


「万能なんですよ。あなたの筋トレ信仰と同じようなものです」


「それはまた完全に別もんだろ……てかお前マジで盗聴器とか仕込んでねえよな?」


「それはどうでしょうね。完全に否定はしません」


「お前……洒落にならねえぞマジで」


「まあ実際仕込んでたところであなたに見つけるのは絶対に不可能でしょうけどね。ともかくよろしくお願いしますね。クラス全員参加させれば私の株が上がりますし、あなたたち問題児二人を二年連続で欠席させるわけにはいきませんから」


「お前のためにやるってのは気が進まねえなぁ……」


「何言ってるんですか、あなた自身のためでもあるんですよ。縁を広げ獲得するには少しでも関わりがある人間と一緒にいたほうがいいじゃないですか。それに彼女と半日一緒にいればその有り余る猫縁の恩恵も得られますしね」


「なるほど、そうだったな……うしっ、あいつのことは俺に任せろ。ばっちり連れてきて一日中猫縁これでもかって浴びてやるぜ」


 菜更木はそう言い、不敵に笑ってグッと拳を握ってみせるのだった。


(とはいえ一日中女子の近くにいて某かを浴びるなんて発言、変態のそれでしかありませんけどね……)


 などと思うエンであったが、当然そんなことはおくびにも出さずに、


「ええ、頑張ってください。頼りにしてますよ」


 などと言ってみせるのであった。









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