猫とマッチョと縁の円

涼木行







 ある日の放課後。菜更木はバイト先へ向かうべく道を歩いていた。そこで菜更木は前方にヤンキーどもが群がっているのを目撃する。


 ヤンキーは全部で三人いて、どいつもこいつもいかにもヤンキーといった風貌であったが、どこか一昔前、昭和のヤンキーを彷彿とさせる格好であった。短ランだったりリーゼントだったりパンチパーマだったりヒゲを生やしていたりと、全体的に老け顔でぱっと見完全におっさんであるが、学生服を着ているからおそらく高校生、というよりれっきとした高校生であった。


(あいつら、あのナリぜってーあれのお仲間じゃねえか……めんどくせえな、違う道行くか)


 などと思案し横に曲がろうとするのだが、そこでヤンキーどもが何かに群がっているのかに気づく。


(ん? あいつらに囲まれてんのありゃ……茶髪じゃねえか。なんつったっけ名前……イバラ? じゃねえ桧原か確か)


 そう、群がるヤンキーどもに囲まれていたのは菜更木のクラスメイトにして彼の猫好きの秘密を知る数少ない一人、桧原伊織その人であった。


(なんだぁあいつ、何かしたのか? まあ俺には関係ないわな)


 と考えそのまま進もうとする菜更木であったが、ふと思い立ち足を止める。


(待てよ、あいつにゃまあ貸しがあるしな。第一秘密握られてだいぶ上に立たれてるし……それにあれでもかなりの猫縁の持ち主だ。ぱっと見困ってそうではあるし、まあ一応軽く手貸して恩売っとくか。よくわかんねえけどこういうのも縁の獲得とやらに繋がりそうだしな。それこそあいつの言葉借りりゃ「これも何かの縁ですから」だ)


 などと考えを改め、ひとまず様子を見に行くことにした。






 で、ヤンキーどもに囲まれているとうの伊織の方。


「めんこい嬢ちゃんじゃのう」
「茶髪パーマがわしのストライクゾーンど真ん中じゃ」
「ちょいギャル風なのもたまらんのぅ」
「わしらと一緒にお茶でもどうじゃ?」


 などと何故かエセ広島弁風な言葉で話しかけていた。それに対し伊織も極力刺激せぬよう、


「悪いんですけど私急いでるんで……」


 などと答えるのであったが、ヤンキーどもはますます目を輝かせ鼻息荒くし、


「おお、そりゃ丁度ええ! わしら単車じゃから送っていっちゃる。後ろに乗せってってやるからのぅ」


「ほうじゃほうじゃ。自慢の単車じゃからのぅ。ついでにドライブでもどうじゃ?」


 などとまるで話が通じない。と、そこへ。


「ちょっといいか」


 菜更木が声をかける。突然現れた菜更木に伊織は「何でこいつがここに?」と驚くが、しかしとうの菜更木はそんなのおかまいなしに、


「お前今困ってっか?」
 と伊織に訊ねる。


「――え?」


「こいつらに絡まれてて困ってるかって訊いてんだよ」


「……あ、うん、一応……」


「なんだそりゃ。はっきりしろよ」


 この一言に伊織は思わずカチンとくる。


「うっさいわね! ばっちり困ってるわよ! これでいい!?」


「そうか、わかった。そういうことだからお前らこのへんにしとけよ」


 菜更木はヤンキーどもにドスの利いた声で話しかける。その思いがけない展開に、伊織は驚いた様子で目を見開き菜更木を見つめていた。


「なんじゃとぉワレ……?」


「聞こえなかったのかよ。こいつも困ってんだからやめてやれって言ってんだよ」


「ナメとんのかワレェ!」


 とキレて掴みかかろうとするリーゼントのヤンキーであったが、それをパンチパーマのヤンキーが制する。


「やめんかいマサァ!」


 その声に、「マサ」ことリーゼントのヤンキーはハッと手を止める。


「マサ……そいつぁ菜更木よ」


「な、菜更木ってあの菜更木ですかアニキ!?」


「ほうよ……だいぶ姿は変わっちょるが菜更木じゃ。マサ、お前が敵う相手じゃねぇ。第一そいつぁアニキの獲物じゃけぇ……」


 パンチパーマはそう言うとずいっ、と一歩前に出る。


「菜更木ぃ……ワレばっちり決まっちょった頭はどうした? 髭ものぅなっとるみたいじゃがのぅ」


「てめぇにゃ関係ねえだろ」


「ふっ、日和ったのぅ……今のお前を見たらアニキがなんと思うか」


「それこそ関係ねえよ。てかてめぇらやっぱあのクソ髭パンチの子分かよ」


「なんじゃとワレェ!」
「誰がクソ髭パンチじゃ!」
「アニキんバカにすりゃぁただじゃおかんぞワレェ!」


 などと勢い良く噛みつくリーゼントとヒゲの二人。しかし再び兄貴分と思しきパンチパーマのヤンキーに、


「やめんかいワレェ!」
 と制される。


「すまんのぅ菜更木。若い奴らは血の気が多くてのぅ。ここはアニキに免じてこっちが引くけぇ。アニキにはわしからよろしく伝えといちゃる」


「いらねえよんなの。二度と顔見せんな言っとけ」


「そりゃ無理な相談じゃ。ワレとアニキは切っても切れん縁じゃけぇのぅ」


 ヤンキーはそれだけ言うと踵を返しその場から立ち去る。


 その様子を、伊織は呆気に取られたように呆然と眺めていた。




「おい、大丈夫か? 別にケガとかしてねえよな」


「――えっ? あ、うん、大丈夫……」


「ほんとに大丈夫かよ。なんかボケっとしてっけど」


「え? あ、いや、ちょっとね……えっと、ありがとう……」


「おう。じゃあ気をつけて帰れよ」


「え? あ、ちょっと、」


「あ? なんだよ」


「あ、いや、その……なんなのあれ?」


「いや、よく知らねえけどいわゆる暴走族みたいなやつじゃねえか?」


「あ、そう。未だにいるのねあんなコテッコテな昭和の暴走族みたいな人たち……あのエセ広島弁みたいなのもわけわかんないし」


「あれ広島弁なのか? なんかヤンキー言葉っつうかヤクザ言葉みたいなのかと思ってたわ。仁義なき戦いっぽいしな」


「いや、私も詳しくは知らないけど広島弁っぽいってだけで多分全然ちゃんとした広島弁じゃないと思うけど。てか仁義なき戦い見てるなら広島だってわかるでしょ」


「なんでだよ」


「あれ舞台広島じゃない」


「はー、そうだったのか」


 そうだったのかって、全然ちゃんと見てないのね……などと思わず脱力するがつっこまずにおく伊織。


「まあそれはともかくあれ知り合い?」


「別に知り合いでもなんでもねえよ。あっちが勝手に知ってるっつうか絡んでくるだけで。ほんといい迷惑だぜ」


「あ、そう……あんたもなんか大変なのね」


「まあな。そういうお前も大変だなあんなのに絡まれて。てか何かしたのか?」


「は? 何もしてないわよ。ただ歩いてたらあっちから絡んでっていうかなんかナンパみたいなことしてきただけで」


「ふーん。女も女で大変だなぁ。まあ今回のことがあったから多少は大丈夫だと思うけど、また何かあったら別に俺の名前出していいからよ」


「は? あんたの名前?」


「おう。俺の名前出しときゃ今みたいにあっちも引くだろ」


「そういうのほんとにあるのね……まあその、ほんとありがとね。助かったから」


「気にすんなよ別にたいしたことじゃねえし」


「そ、そう? あんたがそう言うならまぁいいけど……なんで助けてくれたの?」


「まぁたまたま見かけたしな。困ってるようには見えたし」


「それだけ?」


「おう。あとまあ一応お前には貸しあるしな。まあ知らねえやつじゃねえし、顔なじみのよしみっつうかよ。あとはまああいつの言葉借りりゃ『これも何かの縁だから』ってやつよ」


 菜更木は何の気なしにそう答える。


「んじゃ俺急いでっからよ。お前も気をつけて帰れよ」


 それだけ言い、足早に颯爽と立ち去る。伊織は未だ多少呆けながらその背中を見ていた。




(えっと……何、今の?)




 伊織は動揺していた。街中でナンパやらスカウトなどで絡まれるのもそういった場面で助けられるのも慣れていた。そういうことは今まで度々あった。


 しかし今回はそういった今までの事例とは少し違っていた。そうして自分を助けてくる男達もまた、自分に下心がある場合がほとんどであり、手段は違えど後から同様に彼女をナンパするのであった。中には絡んできた男も助けた男も仲間という自作自演の茶番であったこともあった。そういったとき伊織はいつも白けた。ああ、やっぱりみんな同じなわけね、と人間不信が強まった。


 だが今回は違う。菜更木は違った。自分を助けた後、何事もなかったかのようにすぐに立ち去った。自分を助けることそれ自体が目的だったかのように、それ以外の事には一切興味を示さずに毅然としていた。


 伊織は少し緊張していた。心臓の音が聞こえてくる。それが自分でも信じられなかった。


(なに、なんなのコレ? そりゃこういうのは初めてだし、いや初めてではないけど今までとは違ったし、確かに今のあいつなんかいつもと全然違かったし、ていうかまさかアイツが助けてくれるとか思わなかったからすごく意外だし、ていうかなんか顔見ただけで相手が引くとかなんかすごいし……いや、でも)


 などと思考がグルグルと頭の中に渦巻いていた。




 ただ「他とは違う」という思いだけは伊織の中で明確なものになっていた。









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