猫とマッチョと縁の円

涼木行





 とある朝。目を覚ました菜更木は寝ぼけ眼で時計を見て「なんだ、まだこんな時間か」と再び眠りにつく。が、「いや、こんな時間なのに外だいぶ明るくねえか?」とすぐに違和感を覚え再び時計をよく見ると、電池切れか時計の秒針は完全に止まっていた。慌ててスマホで確認すると、起床時刻はとっくに過ぎている。


 やべぇ、完全に遅刻だ! てかなんで誰も起こしにこねえんだよ! ってうちの姉妹どもが俺を起こしに来るわけねえじゃねえか! 


 と慌てて飛び起き、すぐ様学校に行く準備をする。家の中はとうに静まり返っており、どうやら住人の全てがとっくに家を出ているようであった。


 菜更木は全速力で学校に行く支度をし髪を整えようとジェルを探すのだが、いつも置いている場所に見つからない。必至に周辺も探すが、どこにも見つからない。誰かに聞こうにも家には既に誰もいない。そうこうしてるうちに時間は刻一刻と進んでいく。ただでさえ目をつけられてる中遅刻となると色々面倒なことになる。おまけに一時間目は確かエンの授業だ、ぜってーなんやかんや言われるに決まってる。菜更木はしかたなく諦め、軽く寝癖だけ治すと急いで家を飛び出た。








 して、学校。エンによる英語の授業中の2-3の教室。突然扉が開き、息を切らした巨体の男が飛び込んでくる。


「――す、すんません、遅れました……」


 普段のオールバックとは違うその髪型に、教室中の誰もが一瞬「誰?」となった。


「――どちらさまですか?」


「いや、俺だよ俺」


 と菜更木はエンに返す。


「ああ、菜更木君でしたか。普段のふざけた頭じゃないから一瞬わかりませんでした。その髪はどうしたんですか?」


「いや、ジェルが全然見つかんなくてよ……」


 と菜更木は答えエンに近づき小声で話す。


「てめーらなんで起こさなかった」


「いや、まだ寝てるとは思わなかったんで。大体自己責任じゃないですか」


「いや、まあそりゃそうだけど、」


「いいからさっさと席ついてください。授業中なんで」


 エンに促され、菜更木は仕方なく席に着いた。








 授業も終わり、休み時間になるとすぐに美日光が菜更木に声をかける。


「エーちゃん遅刻なんて珍しいね。髪普通なの久しぶりに見たよ」


「あー時間なかったしなんかジェル見つかんなくてよ」


「でも断然そっちの方がいいよな。だいぶ見違えたわ」
 と英里も続く。


「そうか?」


「うん、だいぶ普通の高校生って感じで。伊織もそう思うよな?」


「は? なんで私に聞くのよ」


「いや、ここは厳しい目と類まれなセンスを持つ伊織さんの忌憚ない意見を聞きたいと思いまして。お前菜更木の髪のことボロクソ言ってたじゃん」


「別にボロクソは言ってないし。まあでもそっちのほうがあれよかだいぶマシなんじゃない? そもそもあれがまずありえなかったんだけど」


「そこまでかよ……」


 と英士は若干の怒りを覚えつつも素直にへこむ。


「そうですね、そもそもあれは完全に校則違反ですし」


 とそこへ何故かエンも割って入ってくる。


「私も色々言われてたんですよ、菜更木のあのしょっぺえ下っ端チンピラみたいなダッサイ髪の毛なんとかさせろって」


「それぜってーお前の意見だろ」


「そんなことないですよ。実際先生も生徒もみんなあなたの頭見て『あいつなにあんな気合いいれちゃってんの? ぷーくすくす、きんもーw』とか思ってたんですよずっと。ねえみなさん?」


 とエンは突然周囲の英里や伊織らに振る。


「え、っとまあ少しは……」と英里が答え周りの顔をチラッと見る。


「そこまでじゃないけど私も少し」と美日光。


「まあなんでやってんだろうとは思ってましたけど……」と弘巳。


「ほぼ同意です」と伊織も続く。


「ね?」


「ね? じゃねーよ、軽く傷つくわ」


「これで軽くですか、無駄に鋼のハート持ってますね。まあともかくそういうことですし、丁度いい機会なので今後はその髪型で来てくださいね。みなさんもこっちのほうが断然良いと思いますよね?」


「そうですねー」と美日光。


「断然こっちが」と英里。


「ていうかあれと比べればなんでもマシでしょ」と伊織。


「ということです。ついでですからそのヒゲも剃ってきてください。それも校則違反ですしそっちに関してもみんな『なにあのアゴヒゲ? かっこつけてるつもり? マジきしょいんですけどーw』とかずっと思ってたんで。ねえみなさん?」


「いやまあ、」と言葉を濁し他の三人を見る弘巳。


「なんで伸ばしてんのかなーとは思いましたけど」と英里。


「正直似合ってないかなーって」と美日光。


「自意識過剰な感じがしてすごく気持ち悪かったですね」とトドメの伊織。


「ね?」


「十分わかったんでこれ以上は勘弁してください……」


「いえいえ、あなたがちゃんとヒゲ剃ってまともな髪型で来るまでは続けますよ。それにですね菜更木君」


 エンはそう言い顔を近づけ声を潜める。


「ヒゲと髪を直せば猫とも仲良くなれますよ」


「……ほんとかよ」


「もちろん。私が言うんだから間違いありません。先程聞いた通りあなたのその髪とヒゲはすこぶる評判が悪いです。そんな状態では集まる縁も集まりません。縁を集めるには見かけだってすごく重要なんですよ。あなたはその顔やら筋肉やらで避けられがちなんですからせめてそういうとこは直していかないと。そもそもとうの猫たちからもすこぶる評判悪いですからね、それ」


「ほ、ほんとか……?」


「もちろん。縁が見えるってことは当然猫があなたに対して抱いている感情とかもわかるってことですからね。だいたいいいんですかあなたは? 愛する猫を髪やヒゲで怯えさせてて」


「いや、全然よくねえ」


「ですよね。いいですか、何度も言いますが全ては猫のためです。猫との輝かしい未来のためにしょうもない執着なんかさっさと捨てちゃいましょうよ」


 エンはそう言うと顔を上げる。


「そういうことですから髪とヒゲ、ちゃんとしてくれますよね?」


「おう、もちろんだぜ先生! こんなもん今日にでもばっちりさっぱり切り落としてくるわ!」


 と菜更木、親指をぐっと立てて答えてみせる。その様子を見ていた一同、


(前もそうだけど何話したら一瞬でこんな素直になるんだろう……)


 と疑問と幾ばくかの恐怖を感じずにはいられなかった。










 して、放課後。菜更木が真っ直ぐに向かった先は行きつけの理容室だった。


「いらっしゃい、ってその頭どうした英士!?」


 とリーゼントに革ジャンというなんともロックンロールなナリをした顔なじみの店主が驚きの声で迎える。


「いや、今朝ちと遅刻してよ、なんかジェルもなかったし仕方なくな」


「そっか。まあそりゃしょうがないわな。んじゃ今日もカットした後ばっちり決めてくわけだ」


「いや、そのことなんだけどよおっちゃん……オールバックは今日で終わりだ」


 と菜更木は神妙な面持ちで告げる。


「……そうか、ワケは聞かねえ。男たるもんいつかは大事なもんとサヨナラしなきゃいけねえ日が来るからな……決心は固いんだな?」


「ああ、俺は俺の夢のためにもどうしてもオールバックと、ついでにこのヒゲともサヨナラしなくちゃいけねえんだ。それでよ、別れんならやっぱこの店じゃねえとなって思ってな」


「そうか……任せとけ。お前の門出、俺がばっちり決めてやっからよ。んじゃ普通の髪型でかっこよく決めればいいんだな?」


「おうよ。ジェルとかなしで誰からも、それこそ動物からも好印象な感じで頼むわ」


「おうよ、任せとけ。お前に似合った最高にかっこいいクールで爽やかな髪型にしてやるぜ。ヒゲも綺麗サッパリな」


 店主は涙を拭いながらそう言い、ぐっと親指を立ててみせる。そうして英士の首にカバーをかけ、散髪が始まった。英士は鏡を見、


(世話になったな、あばよ相棒……)


 と心の中でヒゲとオールバックに語りかけ、目を閉じた。




               *




 して翌日。教室に現れた菜更木の姿に、昨日同様一同「誰?」となった。


 すっかり爽やかになった髪。綺麗さっぱり肌が露出されたアゴ。ぱっと見ても5歳は若返ったように見える。それでも十分老け気味強面だったが、ギリギリ十代に見えなくもない容貌だった。


「おう美日光」


「おはよーエーちゃん。ほんとに髪切ってきたんだね。ヒゲも」


「まあな」


「いやー、それだけでもだいぶ印象変わるもんだなー。てかもはやただのイケメンじゃねえか」
 と英里も感心した様子で言う。


「そんなかよ」


「いやほんと、髪とヒゲがアレだっただけでただのイケメンだったんだなお前。なあ?」
 と英里は弘巳に振る。


「まあだいぶ強面だけどね……どうよ伊織さん」


「だからなんで私に振るのよ」


「いや、あれだけボロクソ言ってたあんたの意見はどうなのかなって」


「どうって、」


 伊織はそう言い、改めて菜更木をチラッと見る。


「……まあだいぶマシになったんじゃない? 少なくとも少しは高校生に見えるようになったし」


「おぉ、辛口毒舌伊織さんにしちゃあだいぶ高評価だ」と英理。


「辛口でも毒舌でもないし。見たまんまのこと言っただけじゃない。だいたいマシになったって言っても顔は怖いまんまでしょ」


「うるせえ。生まれつきなんだからどうしようもねえだろ」


「眉間にしわ寄せないだけでだいぶ変わるじゃない」


「寄せてねえよ勝手に寄ってんだよ」


「んなわけないでしょ。そんな顔してるから猫にだって、」


「おう!」


 と菜更木が突如声を上げる。途端教室中が静まり返る。


「――ど、どったのエーちゃん?」


「い、いやぁ急に思い出してよ。おい茶髪、ちょっと来い」


 と英士は伊織に手招きし廊下に出る。伊織も仕方なく立ち上がり、後についていった。








「オイてめーどういうつもりだ、危うくバレちまうとこだったじゃねーか!」


 と菜更木は声を潜めて抗議する。


「悪かったわね、つい言いそうになっただけよ」


「ついじゃねーよついじゃ。まあわざとじゃねえっつうならいいけどよ、ほんと頼むぜおい」


「わかってるって。しょうがないじゃない無意識なんだから。それよりあんたこそさっきの茶髪って何よ」


「お前のことに決まってんだろ」


「そうじゃなくて、私にはちゃんと名前があるの。そんな見かけそのまんまで呼ぶのやめてくれない?」


「だったら染めなきゃいいだろ」


「染めてないし。地毛だから」


「あぁ、そうだったのか。悪い」


「いいわよそれくらい、慣れてるし。それよか茶髪とか呼ぶのホントやめて。それ言ったらあんたなんてただのヒゲじゃない」


「もうヒゲねえよ」


「……じゃあ肉」


「肉じゃねえ筋肉だ」


「どうでもいいし。呼びにくいし。ともかく例えよ例え。わかった?」


「まあわかったけどお前の名前なんだっけ。茨?」


「桧原」


「おしいな。いやぁなんかトゲトゲしい印象だったからよ」


「……悪かったわねトゲがあって」


「いや、別にお前のこと言ってるわけじゃなくて茨っぽかった気がするし、ほらバラにもトゲあんだろ。まあお前もだいぶトゲあっけどよ」


「やっぱそうなんじゃない」


「自分で言ったんだろうが。まあ別にいいけど。とにかくほんとよろしく頼むぜ」


「わかったわよ、こっちも気をつけるからあんたも茶髪とか呼ばないでよ。あとその顔もほんと直したほうがいいわよ。冗談抜きで猫にも怖がられるだろうから」


 伊織はそれだけ言って教室に戻る。


 一人になった英士はトイレに向かい、「そんなこえぇのかよ俺の顔……」と若干落ち込みながら自分の顔を眺めるのだった。




 ともかく、かくして菜更木のオールバックとアゴヒゲは、半永久的に失われたのであった。







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