猫とマッチョと縁の円

涼木行

 


 数日後、とある場所。周囲にいるは和気あいあいとしたおばさま方。その中で紅一点とばかりに一人異彩と威圧感を放つやたらガタイのいい若い男、無論、菜更木英士。


 胴にはエプロン。そして頭には何故か滑稽なばかりのコック帽。その格好は周囲のおばさま方と同様であったが、その滑稽さ、その異様さ、その似合わなさは彼が一人抜きん出ていた。


 目の前にあるのは大きな作業台。そしてその上には調理道具や食材の数々。


 何故英士がこのような場所にいるのか。それを知るためには時間を少し巻き戻す必要があった。




                     *




 数日前、猫カフェからの帰宅後、エンから助言を受けた後。


 自室に戻った英士はいつも通り筋トレをし、汗を流し、プロテインを摂取し風呂場へ向かう。服を脱ぐとこちらもいつも通り鏡の前で一通り自分の筋肉を眺め(時にはぐっと力こぶを作ったりとポージングをかましつつ)癒された(というか安心した)後、浴室へと入る。そうして体を洗い湯船に浸かりながら、先程のエンの言葉について考えていた。この男、どうやら考え事の大半は風呂場でするようである。それはさておき、


 それにしてもさっきのあいつ、なかなかそれっぽいこと言ってたな……確か求めるだけではなく与えないと、無償で与えることによって初めて何かが返ってくる、縁が生じる、猫でも同じ、だっけか……言われてみりゃ確かに今までの俺は猫に一方的に求めてばかりだったかもしれねえな……にしても猫に無償で与えるか、何をやりゃいいんだ……?


 などと考え込み、腕を組み一人うんうん唸る。猫が欲しいもの、そんで自分が与えられるようなもの……まずは猫が欲しいもん、もらって嬉しいもんから考えねえとな……猫じゃらしとかくすぐりとか、それはそもそも近づけねえから無理だし、第一俺がやろうとするとあいつら死ぬ程嫌がるし逃げ出すもんな。てことは近づいたり怖がらせることなくできることか……しかしそんなんで猫が欲しいもんっつったら……


 そこで英士はひらめく。




 そうか、簡単じゃねえか! あいつらが欲しがるもんなんて餌に決まってる!


 例え好みがあろうと餌を食わねえ欲しがらねえ猫なんていやしねえ。それに餌なら近づくことなくあいつらに無償で与えることも可能じゃねえか。それに料理も得意だし、市販の餌とかじゃなくて手作りすりゃあいつらに俺の愛情も伝わるんじゃねえか? 「愛情を掴むにはまず胃袋を掴め」とか聞くしよ。


 そうだ、それしかねえ、完璧じゃねえか! そうと決まればすぐ行動だぜ!




 そうして勢い良く湯船から飛び出た英士。早速インターネットで手作りの猫の餌について調べる。すると割と近所に手作りキャットフードの専門店が見つかった。そしてどうやらそこではキャットフードの料理教室も行っているという。


 それを見た菜更木、一人部屋の中で凶悪な顔つきでクックックと笑みを浮かべるのだった。










 して、現在。手作りキャットフード教室が開かれているキャットフード(並びに猫グッズ)専門店『サイプレス』。


「随分と手際がいいのねー。結構つくったりするの?」


「いや、猫用のケーキ自体はこれが初めてっすね」


「へー。それにしては随分と慣れた手つきね。料理は得意ってとこかしら」


「はあ、まぁ一応は。家でしょっちゅうやってるんで」


「あら偉いわねーうちの息子なんて大学生なのに料理の一つもしてないっていうのに」


「うちの息子は高校生だけど毎日家でぐーたらしてるだけよー」


「私も高校生の頃はまだアルバイトなんてしたことなかったかなー。料理も全然ダメだったし」


「ほんとよくできた男の子だこと。最近の若い子はなんて言うのも考えものね」


「ほんとほんと。それに料理ができる男の子はモテるしねー。顔もちょっと怖いけどイケメンみたいだし体格もいいし、モテるでしょー。彼女とかいるの?」


「いや、いないっす……」


 教室に通うオバサマ方の猛攻にさすがの菜更木もタジタジである。菜更木以外は全員女性、おまけに平均年齢は40代。男子高生でしかも強面マッチョである菜更木は間違いなく場違いであった。家から持ってきた薄汚れたエプロンも場違いさを引き立てていたが、なによりその頭にかぶったコック帽が特に場違いさを際立てていた。


 もちろんこれは菜更木が持参したものではない。教室の講師である店の奥さんが入会プレゼントとしてかぶせたものだ。その長さは35センチとだいぶ大きめのサイズである。しかしそのおかげかどことなく菜更木の佇まいも「シェフ」のそれであった。菜更木の気合も自然と入り、餌づくりに集中できていた。




「ところで君はなんでここに通おうと思ったの?」


 と教室の講師が訊ねる。歳は40であったがそうは見えないほど若々しかった。30といっても通用するほど肌はハリがあり容姿も整っている。パーマがかかったきれいな茶色の髪もまた若さを引き立てていた。


「それは……う、美味い餌をつくりたかったからっすね……」


「そー。それはいいことね。でもなんで美味しい餌をつくりたいと思ったの?」


「そ、それはその……なんっつうか……い、一料理人として猫の餌もひと通りつくれねえと情けねえと思ったからって感じっすかね……」


「へー。……菜更木君って言ったわよね?」


「うっす」


「菜更木君。自分に正直になれない者は相手から愛されることもないわよ」




 唐突な思いがけないその一言に、思わず菜更木の身体が固まる。




「――わ、わかるんすか……」


「わかるわよそりゃ、プロですもの。だからもう一度聞くわ。菜更木君、あなたはどうして美味しい猫の餌を作りたいと思ったの?」


「それは……ね、猫に食べてもらいたいからです……」


「もう一声!」


 もう一声? と多少引っかかりながらもその勢いに押され菜更木は続ける。


「ね、猫に喜んでもらいたいからです!」


「からの!?」


「猫に愛されたいからです!!」








 静寂。後、講師がパチ、パチとゆっくり拍手をする。それにつられ周囲のおばさま方も「おめでとう」「おめでとう」と言いながら拍手をし菜更木を囲む。それはまさしく某エヴァンゲリオンの最終話そのものであった。


「おめでとう、菜更木君。今あなたは一皮むけたわ。まあ既に剥けてそうではあるけどね」
「あらやだ先生そんな破廉恥な」
「そうですよ先生。だいいち人は見かけによらないものなんですから」
「そうですよ、先生のとこは男の子がいないからわからないかもしれませんけどうちの息子だってねぇ」
「嫌ですねみなさん、私だってそれくらいわかってますよ旦那の見てますから」
「あらまあ、おたくの旦那さんってそうだったの?」
「ほんと人は見かけによらないわねぇ」


 などと途中から無関係な話で盛り上がりだすおばさま方と先生。しかし一方で何故か拍手はやまず、(俺はどうすりゃいいんだ……)と一人困り果てる菜更木。そんなふうにうなだれる彼に先生が手を差し伸べる。


「菜更木君、いいのよ、恥ずかしがらないで。誰にだって猫を愛する権利はあるし、愛されたいと願う権利はあるわ。だから恥ずかしがって隠したりせず、堂々と胸を張って愛を印すのよ」


「先生……!」


 菜更木はその手をガシッと掴んで立ち上がり、力強く頷いて作業に戻るのだった。幸か不幸か、その場には「なんだこの茶番……」などと突っ込むような野暮な者はおらず、その寸劇はおばさま方が拭う熱い涙によって締めくくられるのであった。






 して、作業再開後。


「けれども偉いわねー好きなもののためにそんなに頑張るなんて。今時の高校生でそこまで真っ直ぐな気持ち持ってる子って中々いないんじゃないの?」


 とおばさまその一が言う。


「ほんと、うちの息子と交換したいくらいだわ」
「なんならうちの娘と結婚してうちに来てくれないかしら。毎日の食事がすごく豪華になりそうじゃない?」
「あら奥さんそんなことになったらますます太っちゃうわよ」
「あらまるで私が太ってるみたいな言い方じゃないの心外よ」
「そっちこそまるで自分が太ってないみたいな言い方じゃないの。鏡見たらどう?」


 そうしてオホホホホと笑うオバサマ方。菜更木はいたたまれない気持ちになりながら顔をひきつらせて笑った。






 そうこうしていると「ただいまー」という若い女性の声が玄関の方から響いてきた。


「うちの子が帰ってきたみたい。ちょっと失礼」


 教室の講師は部屋から廊下に出て


「おかえりー。今丁度教室で猫用のケーキ作ってるところなの。奥様方に挨拶してね」


 と言った。娘の方は、


「わかってるって」


 などと答え、パタパタと足音を鳴らして部屋へ向かった。


「こんにちはー」


 その愛想の良い挨拶に反応し菜更木は入口の方を見る。






 そこに立っていたのは、会島高校の制服に身を包んだ女子、菜更木の幼馴染美日光の友人の一人、「茶髪の女」桧原伊織その人であった。




 二人は目が合った。しばしそうして互いに無言に見つめ合っていた。菜更木の世界は静寂に包まれていた。無音。それが暫く続いた後、菜更木はコック帽をとり、








 ――近くにあった窓から外へ飛び出した。








 全力でのその場から退却、逃亡。さすがに「最後のガラスをぶち破れー♪」とばかりに窓ガラスをブチ破るようなことはなく、きちんと窓を開けて外へ飛び降りる。幸い部屋は一階であったため地面までの高さは二メートルもなかった。着地と同時に前転で受身をとり衝撃を和らげる。そして即座に立ち上がると脱兎の如く全力疾走で走り去った。キッチンに残された面々はしばらく言葉を失い、たった今菜更木が出て行った窓を見つめていた。






 そのしばらく後、菜更木は自分が靴を履いていないこと、靴も含めカバンもその場に置き忘れてきたことに気が付き、カラス鳴く夕暮れの中絶望しながら一人ブランコを揺らすのだった。







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