猫とマッチョと縁の円

涼木行

 


 して次の日。カバンも持たずに登校した菜更木を待っていたのは昨日の緊急脱出の原因となった桧原伊織その人であった。


「ほら、あんたの靴とカバン」


 そう言ってカバンと袋に入った靴を突き出す伊織。


「な、なんのことだ……」


 目を逸らし冷や汗を滝のように流しながらあくまで素知らぬふりを通す菜更木。見られたのは一瞬だったしエプロンとか帽子とかつけてたから知らないふりを通せば相手も他人の空似か何かだったと思い直すに違いねえ! などという訳の分からない思考(というか逃避)故の行動であった。


「なんのことって……昨日あんたがうちに忘れてったやつよ」


 そういって菜更木の机の上に荷物を置く。しかしそれをすぐ近くで聞いていた英里が、


「えっ!? 伊織菜更木のこと家に呼んだの!?」


 と思わず声量を上げて訊ねた。


「ばっ、違うわよ! 私がこいつを家に呼ぶわけないでしょ!? こいつがうちのね」


 そこまで言った伊織の口を菜更木が慌てて後ろから塞ぐ。そして暴れる伊織を軽々と抱え、教室の外へと飛び出した。




                 *




「ちょっとなんなのよ!」


 屋上まで連れてこられたところで解放された伊織は激怒して菜更木に食いかかった。


「うるせえ! いいか、おれが昨日お前の家にいたことはゼッテー誰にも言うんじゃねえぞ!」


「――は?」


「おれがお前の家のあの教室に通ってることはゼッテーに秘密にしろってことだよ!」


「なんで?」


「な、なんでってお前……知られたくねえもんは知られたくねえんだよ」


「ふーん。つまりそんなナリした不良のくせに餌まで手作りするため教室通っちゃうほど猫が好きだって知られるのは恥ずかしいから言うなってことね」


 伊織のその言葉に、英士は思わず「ぎくり」と固まる。


「そ、そんなことないぞ……?」


「……いや、そんなことって何が?」


「べ、別に猫とか好きじゃないですよ……?」


 ですよ? と思いながらもそこはあえて突っ込まない伊織。


「いや、あんたが猫好きだってお母さんから聞いてるんだけど」


「お母さん……?」


「私のお母さん。料理教室の講師」




 そういえば、そうだった。




「――おい、ぜってー誰にも言うんじゃねえぞ」


「は?」


「お前の言うとおりだからそれもぜってー誰にも言うんじゃねえって言ってんだよ」


「……は? それが人にもの頼む態度?」


「あ?」


「それが人にもの頼む態度かって言ってんの。脅せば大人しく言うこときくとでも思った? 残念、私そういうの死ぬほど嫌いな人間なの」


「……んだと」


「頭下げろって言ってんの。当たり前でしょ? この場合弱味を握られてるのはあんたで、握ってるのは私。どっちが上下かなんて考えなくてもわかるわよね? あんたは人のこと脅せるような立場じゃなくて、頭下げて頼む立場でしょ?」


「てめぇ……」


「別にいいわよ、そういう態度でも。ただ私が黙ってるって保証はないけどね。ていうか当然言いふらすし。じゃ」


 そういって茶色い髪をひるがえし、踵を返す伊織。


「ま、待ておい!」


「待ておい?」


「いや……待ってくれ、頼む……」


「まあそれでもいっか。で、何?」


「……ちゃんと頭下げて頼めば言わないでおいてくれんのか……?」


「誠意によるけどね。何も土下座しろって言ってるわけじゃないし」


「……わかった……このことは頼むから言わねえでくれ……」


 菜更木は歯を食いしばりながら頭を45度ほど下げる。


「オッケー、いいわよ」


「ありがとうございます……恩に着ます……」


「はいはい。言っとくけど別に意地悪がしたくてこんなこと言ってるんじゃないの私も。ただ当たり前に納得いかないことを当たり前に納得いかないって言ってるだけ。なめられるのは好きじゃないからね。あんたもそうなんじゃないの?」


「まあな……悪かった、ちっと頭に血上ってた」


「いいわよ別に。私もすこしやり過ぎたと思うし……じゃあ私先に教室戻るから」


 そういって再び踵を返した伊織は「あっ」と声を漏らしまたまた踵を返した。


「あんたが昨日うちにきたことの言い訳考えないと。さっきのはバッチリ英里に聞かれてたし」


「ああ、そうだな――お前んちの庭に生えてた柿取ろうとしたら見つかって慌てて逃げてく時に置き忘れたとかはどうだ?」


「どこの昭和の悪ガキよ。ていうかうちに柿とか生えてないし」


「それもそうだな……んじゃあお前が転んで怪我して歩けなくなってるところに偶然お俺が通りかかって仕方なく家まで送ったとか」


「だったら今も足引きずってないと辻褄あわないわよ。ていうかあんたに助けられるとか死んでもごめんだし。それにあんたみたいなのが人助けとか無理あるでしょ」


「しょうがねえだろ思いつかねえんだし。つか文句言うならお前も少しは案出せよ」


「そうね……散歩の途中に逃げたうちの犬を見つけて捕まえて家まで届けてくれたとかは?」


「……おれみたいなのがそんなことすんのは無理があるんじゃなかったのか?」


「そこはほら、動物には優しい不良とかよくあるパターンじゃない」


「お前も十分思考が昭和だっつうの。まーでもそれぐらいが無難か。つか犬も飼ってんのかよ」


「まあね。じゃなかったらこんな案出さないわよ。じゃあそういうことで。上手く口裏合わせなさいよ、あんたのために言い訳してあげるってことなんだから」


「わかってるっつうの。そういうお前こそボロだすんじゃねえぞ」


「出すわけないでしょ私が。まーとにかくうちに通うのはあんたの自由だけど変な噂とかたてられたくないからうち来るときは顔隠すとか気使ってね」


「そりゃこっちも同じだっつうの。お前の家だなんて知らなかったんだからしょうがねえだろうが」


 口論しながら教室に戻った二人は打ち合わせ通り英里に嘘の話をした。英里はこちらもこちらで若干頭が緩いのか、それを素直に信じ「やるな菜更木!」などと菜更木を褒め称える。






 その後伊織の家には週に一度高いコック帽をかぶった強面の男子生徒が現れオバサマ方と仲睦まじくキャットフード作りに励むわけであるが、それはまた別の話である。









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