猫とマッチョと縁の円

涼木行





 その日の放課後、有り余るエネルギーを筋トレによってすっかり放出し切った菜更木は脳内物質ドパドパ出ている冴えきった頭でふと思った。


 いや、俺だいぶあいつのいいようにされてるだけじゃねえか。


 あいつというのは無論エンのことである。今日の委員長の件もそうだが、とにかくここまであいつの口車に乗せられ、完全にあいつにペースを握られている。掌の上で踊らされてる状態じゃねえか。まあ委員長の件にせよあいつの言うことは最もだと思うが実際結果が出るかは定かじゃねえし、そもそも別の方法だっていくらでもあるだろ……


 こいつはマズいな、何かしら自分でもちゃっちゃとご縁だか猫縁だか集める方法を考えて実行しねえと……このままじゃいつまでもなんだかんだ言いくるめられてあいつのいいようにされるだけで終わっちまうかもしれねえ。確かにあいつの力は必要だが少しあいつに頼りすぎてたな。このままあいつに主導権握られて依存するしかねえなんてことになるのは避けねえとだし、あいつが言ってた通りいついなくなるかわからねえんだから自分でもなんとかしねえと。けどなんとかっつってもなあ……


 などと一人自室で汗まみれの中頭を捻る菜更木。腕を組み目をつむり眉をしかめてうんぬんと唸ってはみるのだが、いかんせん普段ろくに頭を使ってないせいかいいアイデアが浮かばない。いわゆる「脳筋」なのは紛れも無い事実であり、頭で考えるというよりは体で考える、というより思いつく。動くことによって思いつく、そういう質たちであった。


 ええい、考えたってしかたねえ。ってかあちいし汗うぜえしとりあえずひとっ風呂浴びてからだ、とやはり何はともあれ行動、体を動かす、と着替えを持って風呂場へと向かう。


 風呂場へ向かうとちゃっちゃと服を脱ぎパンツ一丁になる。その鍛えぬかれた身体、肉体、筋肉の塊。とてもじゃないが高校二年のそれではない。その肉体を洗面所の鏡に映し、


「今日もこの筋肉だけが俺を無条件に肯定してくれる……受け入れてくれる……数少ない目に見える確かな結果、成功として俺を迎えてくれる……」


 などという感情に満たされ、一人胸の奥を熱くさせていた。


 そして勢い良くパンツを脱ぎ、生まれたままの姿となって(身長体重筋肉量、その他諸々生まれたままの姿とは似ても似つかなかったのだが)浴室へと飛び込んでいくのだった。






 して、入浴中。菜更木は湯船に浸かりすっかりリラックスしきりながらエンの言葉を思い返していた。


 で、どうすりゃいいんだっけ。まずは人と関わって縁を集めてそれを使って猫縁結ぶとか言ってたろ。けど面倒くせえし時間かかるわな。なんかもっと手っ取り早い方法……ああ、そういや猫縁がすげえやつと一緒にいりゃそのおこぼれもらえるとかも言ってたな。こっち方が手っ取り早いし直接的じゃねえか。しかし猫縁すげえ奴つってもなあ……どうせならそういうのがいっぺえ集まってるようなとこの方が効率良さそうだし。しかしんな都合のいい場所……


 そこで菜更木は思いつき、ガバッと上体を起こす。




 あるじゃねえか、うってつけの場所が……!






             *






 して、翌日。繁華街の一角にそれはあった。


 いわゆる「猫カフェ」。もはや説明無用。店内にいる猫たちと触れ合える猫好き御用達の猫好きパラダイス、そんなカフェである。


 そんな猫カフェの一つ、『コーモラント』。その中で一人の女子高生が働いていた。背は高く細く足も長く、モデルのような体型。黒く長い髪は後ろでシュシュで結われている。そして完璧なまでに整った美しい容姿。


「会高の眠り姫」こと鵜ノ浦宇乃である。


 何を隠そうこの猫カフェ『コーモラント』は彼女の母親が経営する店であり、そのため彼女もよく店の手伝いをしているのであった。


 さて、そんな鵜ノ浦がいつものようにウェイターの仕事をしているとカランコロンという乾いた鐘の音が客の到来を告げた。反射的に鵜ノ浦は顔を上げてドアの方を見る。




 そこには奇妙な出で立ちの大男が立っていた。




 背は高く180をゆうに超え、肩幅も広くがっしりとしており服の上からでもわかる卓越した筋肉。しかし目を引くのはそれだけではない。帽子にサングラス、そしてマスク。一見すると不審者と身構えずにはいられない格好。




 無論、菜更木英士その人である。




 そう、昨夜菜更木が思いついた「うってつけの場所」とは猫カフェであった。








 昨夜のことである。






 猫カフェ……そうだ、猫カフェなら完璧じゃねえか。ああいうとこに来るような奴はどいつもこいつも猫に慣れてて猫に好かれてるような奴らだ。しかも室内だからそいつらがみんな近くにいるし、ってことは猫縁のおこぼれってやつもじゃんじゃん集まるんじゃねえか? 


 それにああいうとこの猫は人に慣れてるはずだから俺にも少しは懐いてくれるかもしれねえし、それが無理でも何かしら猫に好かれるコツを掴めるかもしれねえ……俺みたいなのが一人で猫カフェなんてのもどうかと思うし知ってる奴に見られでもしたら死ぬしかねえけど、それは変装すりゃなんとかなるし……えぇい面倒くせえ、ごちゃごちゃ考えてられっか! 思い立ったが吉日だ! 行動あるのみ! 細けえこと気にしてられっか! 全ては猫のため、そう全ては猫のためだ! よっしゃそうと決まれば行ってやるぜ人生初の猫カフェ! そんであわゆくば猫たちとにゃんにゃんかますぜ!


 などと思いつき、一人興奮し盛り上がり部屋で天に向かって拳を突き上げるのであった。








 で、現在。彼の事情だの決意だの昨夜のハイテンションだのは知る由もない店員鵜ノ浦。その奇妙な風貌の大男を目にし、「うわっ……」と彼女の思考は一瞬、ほんの一瞬だけ停止。そして次に「いや、ていうかこいつもしかして……」という疑念が頭をよぎる。が、しかし、彼女も長く店の手伝いをしているプロ。全く表情を変えず感情も表に出さず、いつも通りの営業用の顔と態度で対応する。


「いらっしゃいませ。お一人ですか?」


「うっす」


「ではこちらの席へどうぞ」


 と鵜ノ浦は応答する。それから菜更木が席についたのを確認し、メニューを渡した。


 一方菜更木。初めての猫カフェ、しかも一人ということで柄にもなく多少緊張していた。やっぱりこんなとこ俺みたいな人間は場違いだよな……けど来ちまったもんはしょうがねえ、第一顔隠してんだから知り合いに見られたってバレるわけねえんだから堂々としろ。全ては猫のためだ、これくらいなんてことねえ! と自分を鼓舞し胸を張り、てかこれ蒸れてうぜえな、まあ帽子にメガネもあるしもう店ん中だし大丈夫だろ、とマスクを外す。


「ご注文お決まりですか?」


「あぁ、んじゃ猫お願いします」


「あ、いや、そうじゃなくてお飲み物とかなんですけど……」


「あ? あぁ、そっすよね。すんません。んじゃブレンドで」


「ブレンドですね。お客様当店は初めてですか?」


「うっす」


「でしたらこちらに注意事項などご案内が書かれてますのでお読みになってください」


「了解っす。どうも」


 そう言って会釈する菜更木に鵜ノ浦も思わず会釈を返し、カウンターに戻る。




(やっぱりあれ菜更木だよな……)


 カウンターに戻った鵜ノ浦は今一度ちらっと菜更木に目をやり、確かめる。帽子かぶってるから髪型はわからないけどあのヒゲ、身長に体格。それにサングラスの上の眉間の皺。声ははっきりとは覚えてないけどあんな感じだった気もするし……


「なんか怪しい感じのお客さんね」


 と彼女の母親でもある店主が小さな声で言う。


「どうみても変装って感じだし一人だし。私も目光らせとくけどあんたも注意したほうがいいかもね」


「あーうん……ていうかあれ多分同じクラスの人」


「ほんと? てことは高校生なの?」


「多分だけど」


「見えないわねー……普通に20代後半って感じよね。声かけなくていいの?」


「いやーなんか変装してる感じだったからさ、多分人に知られたくないんじゃない? それなのにわざわざ声かけるのもあれでしょ。多分一回も話したことない相手だし」


「それもそうね。でもそれでよく気付いたわね。変装してるってのに」


「まああいつデカイしね。顔も特徴あるし、一応去年も同じクラスだったから」


「そうなの。あんた目当てとかじゃないわよね」


「違うでしょ。そもそもこっちに気づいてないっていうか知らないみたいだったし」


「去年から同じクラスでそんなことってある? あんたなのに」


「あるんじゃない。いかにも他人には興味なさそうな感じだったし。まあ私もよくは知らないけど、でも知って気づいてても変装して隠してるんだからわざわざ言わないでしょ」


 鵜ノ浦はそう言い、ブレンドコーヒーを持って菜更木の席へ戻る。菜更木は丁度近くのネコを見ている(というよりガンをつけている)ところだった。ネコの方はというと、完全に怯えまくり後ずさりしている有り様である。


(完全にビビられてんじゃん……ていうかやっぱネコ目当てで来たんだな菜更木。意外っちゃ意外だけど)


 などと思いながら鵜ノ浦は「お待たせしましたブレンドです」とコーヒーをテーブルに置く。


「どうも。――あの、ちといっすか?」


「あ、はい。なんでしょうか」


 鵜ノ浦は少し虚を突かれながらも自然に対応する。


「これネコとか普通に触っていい感じなんすよね」


「そうですね、一応は。そういう店ですから」


「っすよね……どうやったら触れるんすか」


「えっ、と……まあ無理に触ろうとしないであっちから来るのを待ったほうがいいと思います。ネコは気まぐれですしあんまり無理に触ろうとすると嫌がりますから」


「なるほど……あざっす」


 菜更木はそう言ってコーヒーを口に運ぶと再び周囲のネコに目を配り始める。そんな菜更木の様子を見て鵜ノ浦は、


(あいつ普通に礼とか言えんだな……ていうかやっぱあれこっち気付いてないな)


 などと思いつつ、仕事に戻る。




 一方菜更木。折角意を決して猫カフェなどという似つかわしくないところまで足を運んだのだから、ついでに言うとなけなしの金まで払ったのだからなんとか少しでもネコと仲良くなるコツを掴まねえと、とネコに視線を配りつつやんわりと手招きなどもしてみるのだが、やはり店内のあらゆるネコは菜更木の半径三メートル以内には決して近づこうとしなかった。


 クソッ、やっぱここでも同じかよ……触るどころか近寄ってすらこねえじゃねえか……こんなんじゃ猫と仲良くだの岩合さんに弟子入りだの猫カメラマンだの夢のまた夢だ。何とかしねえと……しかたねえ、やっぱかくなる上はあれしかねえか……


 と考えた菜更木、丁度近くを通りかかった先ほどの店員、鵜ノ浦に声をかける。


「すんません店員さん、ちといっすか」


「はい、なんでしょうか」


「ネコの餌とかもらえたりしますかね」


「えっと、それはお持ち帰りですか?」


「いや、今っす。こっち来なさすぎるんで餌でもありゃって感じで」


「あぁ、でも基本的に食事はこちらで管理してるんですよね。あまり食べると太りすぎて健康にも影響でたりするんで」


「そっすか、まあそっすよね……」


 菜更木はそう言いうなだれる。それを見て鵜ノ浦も若干の同情心を抱く。


「――えっと、少しだけなら構わないですけど……」


「マジっすか?」


「はい。その、基本的にやってないサービスなんでできるだけ周りに気づかれないようになら」


「……ありがとうございます店員さん! 恩に着ります!」


「いえ、折角来ていただいたのに少しも触れないってのもあれなんで。ちょっと待っててください」


 鵜ノ浦はそう言い、(しかし店員さんって、やっぱ知らない感じだなこれ。まー私もそっちのほうが気楽だからいいけど)などと思いながらカウンターに戻り餌をとってくる。


「どうぞ。あとこれ猫じゃらしです」


「すんませんわざわざ。ほんとありがとうございます」


 菜更木は朗らかにそう言い、それらを受け取り近くにいるネコの方にちらつかせる。


(ほら、餌だぞ。安心して食べに来るんだ。俺への恐怖心より餌への欲求が勝つだろさすがに。人からもらうのも慣れてんだろ。ほら、さあ、こっちへおいで、こっちへ……)


 などと凶悪な面で思いながら、餌と猫じゃらしをふり近くのネコに狙いを定める。ネコは今までとは違う反応を示し、明らかに興味がある様子であったがやはり容易には近寄ってこない。警戒しながら一歩、二歩とにじりより、かと思うと後退し、などといった具合にゆっくりと距離をつめてくる。


(そうだ、その調子でこっちまでくるんだ。手の届くところまで来ちまえばこっちのもんだぜ)


 菜更木はしめしめ、といった具合にこれまた凶悪に頬を緩ませる。するとネコは敏感にその気配を察知したのか、急に踵を返し猛スピードで逃げ出した。


 その後ろ姿を、菜更木は呆然と見送るほかなかった。


「――惜しかったですね……」


 一部始終を近くで見ていた鵜浦の慰めにも菜更木は反応せず硬着を続ける。


「……まあ、次は多分大丈夫ですよ。みんな普段はもっと人懐っこいですし」


「――いいんすよ店員さん、慣れてますから……」


「……えっと、何が?」


「こうやって猫に逃げられんのは慣れてますんで……ここまで近くに来てくれただけいいほうっすよ……こうなることはわかってましたから……」


 そう語る菜更木の横顔にはどこか哀愁めいたものが漂っていた。それを見て鵜ノ浦、


(菜更木ってこんなやつだったんだ……ていうか若干面倒くさいなこいつ)


 などと思いつつもやはりそのうつむいた様子には一定の同情を抱かずにはいられなかった。


「あーっと、じゃあマタタビ使ってみますか?」


「……マタタビはちょっと……」


「苦手ですか?」


「いや、そうじゃないんすけど、マタタビは邪道っていうか……」


「……そんなことないと思いますけど……」


「いや、まあ別に悪いとか思ってるわけじゃないんすけど、俺みたいな散々猫に嫌われてる人間がマタタビという麻薬を使って猫を無理やり懐柔するなんてそんな猫たちの意志を無視し人権を侵害するようなことは許されるのだろうかなどという思いが……」




 うん、やっぱめんどくさいなこいつ。




「そんなことないですよ」


「……そんなことないっすか……?」


「ええまあ。私はそう思いますけど。猫もマタタビ好きですし単純にプレゼント送るとでも考えればいいんじゃないですかね」


「……なるほど、そうか。彼らが好きで彼らのためになりゃそれでいいんだよな……」


 菜更木はそう言い、顔を上げる。


「ありがとうございます店員さん……! 店員さんが背中押してくれたおかげでなんか視界がぱっと晴れた気分っすよ!」


「そうですか。じゃあとりあえずどうぞ」


 鵜ノ浦は若干めんどくさげにマタタビを差し出す。菜更木はそれを受け取り、一度鵜ノ浦を見るとズビシッとサムズアップを決め、そうして今一度ネコたちと向かい合う。


 マタタビの効果は強烈で、すぐに周囲の猫達が恍惚とした表情で集まってくる。とはいえ菜更木に対する警戒は怠らず、本能で察知している危険とマタタビという快楽への欲求がせめぎあっていた。本能に従い自分の身を守るか、それともマタタビという究極の快楽をとるか……しかし次第に猫たちの理性はマタタビの芳醇な香りによって破壊されていき、ふらふらと菜更木の手元に近づいていく。


(いいぞ、その調子だ。さあここまで来て俺の手中に収まれ!)


 菜更木は勝利を確信しニヤリと凶悪な笑みを浮かべ、ゆっくりとネコの頭上にもう片方の掌を近づけていく。


 が、しかし(というかやはり)。


 ネコは急にビクリと体を震わせ、みたび脱兎のごとく逃げ出し、その他の猫達も蜘蛛の子を散らすように同時に逃げ出し、周囲にはついに一匹のネコもいなくなった。




 その現実を前にした菜更木、黙りこくり身体をわなわなと震わす。


「――その、ドンマイです……」


「……いいんすよ、俺みたいな人間がネコと戯れようようだなんてそもそも間違ってただけっすから……初めから無理だったんすよ全部……」


 そう言って肩を落とす菜更木を前に、(ほんとこいつこんなんだったのか……)などと若干引きつつも、なんだか居た堪れなくなってくる鵜ノ浦。


「……ちょっと待っててください」


 と言うと近くにいたネコに近づき、そっと抱きかかえ菜更木の側に戻り、差し出す。


「どうぞ」


 その声に菜更木はゆっくりと顔を上げる。


「店員さん……」


「いや、まあ、ちょっとズルっぽいですけど……抱いてみてください」


「……うっす! ほんとありがとうございます店員さん!」


 菜更木はそう言って再びビシッと勢い良くサムズアップし、鵜ノ浦が抱くネコに恐る恐る手を伸ばし、受け取ろうとする。が、


「シャーッ!」


 という掛け声(?)と共にネコは菜更木の手を勢い良くひっかいた。


「うおっ!」


「うわっ!」


 と二人が反射的に声を上げる。そんな二人を他所に猫はすぐさま思い切り身をよじって鵜ノ浦の手から脱出し、瞬く間に彼方へと逃げ去った。


「うわ、大丈夫菜更木?」


 鵜ノ浦は思わずそう言って血が出ている菜更木の傷口を見る。が、「菜更木」という自分の名に反応し菜更木は「ビクッ」と身体を震わせた。


「な、なに……?」


「いや傷。ほんとごめん……あっ」


 そこで鵜ノ浦も自分が思わず菜更木の名前を呼んでいたことに気づく。


「……店員さん今『菜更木』っつったか……?」


「……い、いや、そんなことよりまず傷の手当を」


 鵜ノ浦はそう言い引っかき傷のついた菜更木の手元に手を伸ばそうとするが、


「いや、こっちが先だ」


 と菜更木が掌を突き出しそれを制する。


「あんた俺のこと知ってるな……?」


 その形相に、さすがの鵜ノ浦も思わずビクリとする。


「――そのことも全部話すから今は消毒が先。とにかくこっち来て」


 鵜ノ浦はそう言うと菜更木を店の奥のスタッフルームまで引っ張りこんだ。









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