猫とマッチョと縁の円

涼木行





「……で、どうやんだよ」


「簡単に言えばとにかく人と関わることですね。縁っていうのは人と人、生き物と生き物、物と物の繋がりのことです。縁というものは人と人をつなげ円のように循環し、そうした縁の円が集まって巨大な縁の円を作っているわけですよ。まあともかく縁ってものは人ととの関わりの中で生まれるものなんです。つまりそれを集めればいいってわけですね。ともかくなるべく沢山の人とできるだけ深く関わるってことです。理解しましたか?」


「一応は。深く関わるってのは具体的にどうやんだよ」


「簡単に言えばコミュニケーションですよ。例えば一万人が集まる広場の中にいるとしますよね? 一見大勢の人と関わってるように見えますが、どれだけ大勢の中にいようと誰とも話さず体がほんの僅かばかりも触れ合うことがなければ縁など存在しないも同然なんですよ。基本のキとして縁というものは運動の中に住まうんです」


「運動? スポーツでもやればいいのか?」


「そういうことではありませんよ。ていうかやっぱり脳筋じゃないですか」


「今のは別に脳筋関係ねえだろ」


「いいですか? 運動というのはようするに動きがあるということです。停滞していないということです。簡単にいえば自室の中に引きこもり全く動かず誰とも合わず話さずという停滞の状態では縁はまったく生じません。これはなんとなくわかりますよね? 一方で多くの人の中で言葉を交わし合ったり一緒に何かをしたりと動いている中、つまり運動の中では縁がたくさん生じるというわけです。わかりますか?」


「ああ、それはそこそこわかるな」


「運動、特に絶えざる運動の中にこそ縁というものは存在するわけです。先ほど縁の円の話をしましたけど、最初のエンが縁結びの縁で次のエンが輪っかの方の円です。一円二円の円ですね。ともかく縁というものは円のように循環の形で繋がっているわけですよ。例えばあなたがAという人に出会い、AにはBという友だちがいて、Aとの繋がりによってあなたはBとも友達になる。そういう形で縁というものはぐるっと一周して円形を形作るわけですよ。つまりそうした円の中を縁はぐるぐると回っているわけです。これが縁が住まう運動というものです。ようするに円運動ってことですね。


 これは一対一の関係でも同じであってようするにキャッチボールですよ。自分が一方的に相手に投げる、もしくは相手が一方的に自分に投げるような一方通行なものではなく、ボールを相手に投げ、相手がボールを受け取り、そのボールを相手がまたあなたに投げ返す、というのを延々と続ける。これが紛れもない絶えざる運動だということはわかりますよね? ある意味では円のように循環もしていますね。キャッチボールのような人との対話は終わりのない交換、やり取りですし何人かで物を回し続ける、分け合い続けるっていうのも絶えざる運動ですよ。


 ともかく、縁を集めるために重要な人との関わりとはそういう類のものです。だいぶ長くなりましたけどわかりましたか?」


「おう、なんとなくは。とにかく人と話したりすりゃいいんだよな」


「ええまあ。話すだけじゃないですけど大抵のことは話さずには始まりませんからね」


「まあな。だが一つ問題がある」


「わかってますって。あなた友達いませんもんね」


「それな」


「それな、じゃないでしょうが。あなた猫だの筋トレだのにかまかけすぎて人との関わりがほとんどありませんよね」


「まあな。猫と筋トレ以外は全然興味ねえし」


「加えてその容貌やら諸事情があって『こわっ、近寄らんとこ』って避けられ気味なわけですね」


「いや、まあ多分そうなんだろうけど、でもそれは俺のせいじゃねえぞ。顔だって生まれつきだしよ」


「そんな髪型しといてなに言ってんですか。おまけに高校生のくせにヒゲまで生やして」


「これはまあ一応変装のためだよ。猫探しの時とかは髪下ろして帽子かぶってサングラスとかすりゃ俺だってバレねえし」


「普通にその図体でバレると思うんですが……じゃあ髭は」


「顎とか結構引っ掻かれっから傷かくしとガードのためだな。あとヒゲジョリジョリとかすりゃ猫も喜ぶと思ってよ」


「キモッ……」


「ナチュラルにキモがりすぎだろ」


「すいませんつい、ここまで何もかもがナチュラルにキモい人そうそういませんので……っていうかキモッ」


「今のは何に対してだ」


「そんなツラして『ナチュラル』なんて言葉使う当たりがですかね。そこまでナチュラルから縁遠い風貌してるくせになにが『ナチュラルに』ですか」


「そこまで言われる筋合いどこにもねえと思うんだけどなぁ……そこまでですか」


「正直それ以上ですね……」


「なんだよそれ以上って。これ以上があるのかよ」


「まだまだ底が見えないって感ありますからねあなたには……まあでもいいんじゃないですか? ギャップ萌えとか狙ってるんですよね?」


「狙ってねえよ! それこそんなもん狙ってたら『それ以上』なんか余裕で天元突破するじゃねえか」


「むしろそっち目指しちゃったほうがいいんじゃないですか? 痛々しいけど笑いものになるだけ今よりだいぶマシだと思いますよ。猫だって笑ってくれるかもしれませんし。で、他になんかそんなキッしょいアゴヒゲ生やしてる理由あるんですか?」


「キッしょいって、言うかよんなの。どうせまた散々キモがられるだけなんだし」


「いいじゃないですか別に減るもんじゃないですし。まあ多少は自尊心だのがすり減るかもしれませんけど、んなもんなくなったところで別にどうでもいいですし」


「俺にとってはどうでもよくねえよ」


「じゃあそれこそ筋トレでもして減った分埋め合わせればいいんじゃないですか。肥大する筋肉が慰めなんですよね?」


「……他人から改めて言われると確かに多少キモいなそれ……」


「でしょ? そういうわけですからほら、えいちゃんの、もっとキモいとこ見てみたい! それイッキイッキイッキイッキ!」


「そのコールでやる気なるやつ一人もいねえぞ多分」


「いいから早く! 一向に話先に進まないじゃないですか!」


「全部そっちのせいだろそれ。まあ別に言うけどよ……まあなんというかこう、一応猫もヒゲ生えてるし髭生やせば少しは猫の気持ちもわかるかもなって」


「こわっ……」


「キモいですらねえのかよもはや」


「普通に怖いですよその発想……もろストーカーだのサイコパスじゃないですか。サイコパスの意味よくわかってませんけど」


「いや、でも相手の気持を理解するってのは好かれるためには大事だろ」


「だったら猫ヒゲでも生やせばいいじゃないですかんなヤンキーみたいなアゴヒゲじゃなくて」


「んなもん生えねえわどうやっても」


「アデランスとかに頼んで植毛してもらえばいいんじゃないですか?」


「そこまでして猫ヒゲ欲しいなんて思わねえよさすがに」


「なるほど、あなたの猫への愛情も所詮その程度のものだったということですね……猫の気持ちを理解したいなどと言っておきながら結局は独りよがりの自己満足じゃないですか! そういうところも全部猫は見透かしているからこそ彼らはあなたを嫌悪してるんですよ! わかってるんですか!?」


「……うん、なんでいきなりんなマジで怒られてるかはさっぱりだけどな……てか俺そんな嫌悪ってレベルまで嫌われてるの?」


「むしろ嫌悪でもまだやさしい表現ですよ。だいぶオブラートに包んであげましたから、これ以上傷つくとあなた何しでかすかわかりませんからね。ま、私なりの優しさですよ」


「傷つけてんの大部分あんただけどな」


「触れるもの皆傷つける剃刀みたいな女ですからね。実際幼稚園の頃のアダ名は『剃刀エンちゃん』でしたし」


「幼稚園ですでにそれかよ。どんだけ邪悪な幼稚園児だよ。てかよくそんなネーミングセンスあったな周りの幼稚園児も」


「いえいえ、このアダ名つけたのは園長先生ですから」


「余計やべえわ! 自分とこの園児に剃刀なんてアダ名つける園長もどうかと思うけど園長にまで剃刀とか認識されてるあんたも相当だろ」


「彼女も私の刃に傷つけられた一人ですからね、身を持って研ぎ澄まされた刃物の切れ味を園児たちに教えてあげたわけですよ。まあ傷が深すぎて途中で入院していなくなっちゃいましたけどね」


「少しも笑えねえなそれ……」


「まあ創作実話ですけど。よかった! 入院していなくなっちゃった園長先生はいなかったんだね! ですから安心してください」


「もはや何が本当で何が嘘かわからねえから安心のしようもねえわ……」


「だんだん私の術中にはまってきましたね。まーともかくそのヤンキーまがいの風貌をどうにかしないと縁だの猫以前の問題ですよ。そんなツラして『僕ヤンキーじゃないもんほんとは猫が大好きな優しい心を持ったただの筋トレ狂だもん!』なんて言ったところでだーれもよってきやしませんよ」


「んなこと実際言ったらツラとか関係なく誰も寄ってこねえだろ普通に。てか実際ヤンキーじゃねえし」


「じゃあマイルドヤンキー」


「意味が違う。第一『じゃあ』ってなんだよ『じゃあ』って」


「いや、『まあマイルドなら別にいいかな~、マイルドだし』みたいにならないかなーって」


「まったく意味がわからん」


「何事にも意味があると思ったら大間違いですよ。まあ百歩どころか万歩譲ってあなたがヤンキーじゃないとしてもケンカの方は言い訳しようがないですけどね」


「んなことまでわかるんすか……いや、でもあれだって俺はなんも悪くねえよ。むしろ完全に被害者だしよ。姉貴とあいつのせいっつうかこっちは巻き込まれてるだけだし、まずそもそもケンカですらねえし」


「だとしても端から見ればモロ昭和のヤンキーとガチでタイマン張ってるようにしか見えないってのはどうしようもない事実ですからね。そりゃそんな奴とはできるだけ関わりたくないですよ」


「そりゃなあ。まあでも猫のためには関わるしかねえんだろ? だったらやってやるよ。あっちが関わりたくなくても俺が行きゃいいわけだしな」


「脳筋は話が早くて助かりますよ。まあもう少し補足しとくとですね、縁の円というものはより遠くに、より異なるものに広げていったほうがより一層縁が生じるわけですよ。ようするに一見縁がなさそうな相手と関わるほうがその分縁が生まれるってわけですね。例えば家族のように生まれた時から強固な縁で結ばれている相手よりも普通に生きてては関わることがなさそうな遠くの人、様々な要素が異なる人と関わった方が新しく多くの縁が生まれてその分早く沢山集められるってわけですね」


「なるほど、もっともらしいな」


「そういうわけで前から関わりある人より今まで関わったことない人に新しく広げていくってのも大事なわけですよ。あと『遠さ』でいうと異性ですね。つまり女子です。というわけで縁を集めるには初対面の女子と仲良くなるのが手っ取り早いってわけですよ。調度良く明日から新学年ですしね!」


「そういやそうか。ってなんであんたが知ってんだ」


「さっきお姉さんたちから聞きましたので。あとはまあ遠さで言うなら外国人とかもいいですけどこの辺にはあまりいませんからね、まあやっぱり学校にいくらでもいるろくに話したこともない女子が一番手っ取り早いってわけですよ」


「なるほどって気もするが女子なぁ……姉だの妹で散々な目にあってっからできればあんま関わりたくねえんだよなあ」


「忘れたんですか? 全ては猫のためです」


「そうだな……全ては猫のため……」


「イエス! リピート・アフター・ミー! 『全ては猫のため!』」


「全ては猫のため……」


「そう! 全ては猫のためです! 先ほどのあの幸福な一時を思い出してください!」


 英士はそれを思い出す。猫たちのあの穏やかな表情。自分を見つめる澄んだ瞳。この手で感じた猫の柔らかな毛、柔らかな肉の感触。あのぬくもり。


「そう! あれを! もう一度!」


「あれを、もう一度……」


「一度と言わずに何度でも!」


「何度でも……」


「イエス! あれを今一度取り戻すんです! 猫のためならなんでもする!」


「猫のためならなんでもする!」


「たとえ火の中水の中!」


「たとえ火の中水の中!」


「再度全ては猫のため!」


「おうよ! 全ては猫のためだ! 細けえことごちゃごちゃ気にしてねえで猫のためならなんだってしてやるぜ!」


「その意気ですよ。だがしかし! 課題はもう一つ残っています」


「おう、なんだってどんとこいだ!」


「思い出してください。あなたの夢はなんですか?」


「岩合光昭に弟子入りしてあの方のような動物カメラマンってか猫カメラマンになることよう!」


「そうですね。では聞きますが、そこに私はいますか?」


「いやいるわけ、――そ、そうか……」


「気づいたようですね。そういうことです。そこに私はいません。眠ってなんかいません。別に千の風になってもいません」


「そういうのいちいち挟むから話一向に進まねえんだろうが」


「ユーモアですよユーモア。日々の生活日々の会話の中でのちょっとした彩り小さな幸福を一眼レフカメラに収めるサブカル森ガールです」


「微妙に古いしやっぱり意味わからん」


「考えるな、感じろ、ですよ」


 今のあれから何を感じろっつうんだよ、と思いながらもこれ以上突っ込んでるとキリがないためグッと飲み込む菜更木。


「ともかく私がいないということはつまり猫との縁も結べないということです。そうなったらあなたは今まで同様猫とはまったく縁のない、それどころか猫に嫌われ避けられ逃げられる人間でしかありません。そんな人が岩合光昭が猫を撮影する現場にいたらどうなりますか?」


「……猫が、猫がみな逃げていく……」


「そうなっては岩合さんも仕事どころではありませんね。師の仕事の邪魔にしかならないような人間が弟子入り? 猫にことごとく逃げられるような人間が猫専門の動物カメラマン? ハッ! まさしく笑止千万ってやつですね」


「くっ……悔しいがその通りだ……頼む! なんでもするからどうかずっと俺と一緒にいて縁を結んでくれ!」


「なに今日会ったばかりの人間にとち狂ったこと言ってるんですか。そんなの死んでもお断りですよ。10億もらえるっていうなら別ですけど。というかその手離してください」


 エンは足元にしがみついて懇願する英士を思い切り振りほどく。


「まったく、人の話を最後まで聞くってことを覚えたらどうですかね。あくまで今のまま何もしなければそうなるっていう話をしてるだけですよ。とにかくどれだけ縁を集めたところで私がいないことには猫との縁は結べません。つまり私がここを去った後、もしくはあなたがここを去り一人で生きていくとなった時やはり今まで通り猫とはまったく縁のない生活に逆戻りするってわけですが、そうならないためにも強制的な縁結びとはまた別の方法で持続可能で長期的な猫との縁の構築もしていく必要があるって話ですよ」


「どどどどうやるんだそれ?」


「落ち着いてください、その図体とツラでそんな風に童貞丸出しで迫られるとさすがにかなり気持ち悪くて引きますんで。


 そもそも無に等しい猫との縁をほぼ一から作り直すためにはですね、とにかく縁の円を広げていくことです。より多くの人と深く関わり縁の縁を広げていくことでその円の中に猫も加わってくるということもあるんですよ。縁というのはどこかで誰かと誰かが繋がっている、というものですから、それは猫とて例外ではありません。


 まあわかりやすい例えで言うとですね、たった一つの扉すら閉めきっていては外から部屋の中に猫が入ってくるようなことはあり得ませんが、幾つもある扉を誰でも入れるよう開け放していればそれだけ猫が部屋の中に入ってくる可能性も増えてくるということです。そのためにより多くの人と関わり誰でもいつでもウェルカムで、っていうふうになるのが望ましいということですよ。猫だってそういうのがわかってるわけですからね。


 まあそこに私も多少手を加えさせていただきますが、要領はさっきと同じでご縁玉を使って縁を結ぶわけです。ただこちらの場合持続可能で長期的な縁を自然に結ぼうというわけですから、すぐに猫とがっつり絡めるほどの縁を結べるということではありませんし、ご縁玉も大量に使うことになりますので時間もコストもより多くかかるわけです。お互いの間にある崖を小さな石で少しづつ埋めていくようなものですね。


 まあともかくあなたは猫のために広く深く人と関わるようにして縁の円の循環の中に飛び込んでいけばいいわけです。あとはなるべく猫縁のある人と関わるってことですかね。あなたとは真逆に放っておいたって猫に好かれる猫縁を持ってる人もいるわけですから、まあそういう人の近くにいて猫縁のおこぼれにあずかろうってわけですよ」


 エンはそういい、再び和服の袖から五円玉を取り出した。


「これはあなたが持っていてください。縁を集めるための空の五円玉です。あなたには縁を集める力はありませんから代わりにこの五円玉が集めてくれますよ。一応毎日私に見せてください。いいですね?」


「おう、あんがとな」


「礼を言うのはまだ早いですよ。結局あなた自身が頑張って縁を集めないことには何も始まらないわけですからね」


「おうよ、任せとけ。猫のためならなんだってやってやるぜ!」


「よろしい。それでは早速明日からバリバリがんばってください。あとあなたが集めた縁は半分私がもらいますんで」


「は? なんだそれ聞いてねえぞ」


「今言いましたので。ご縁玉は私にも必要ですからね。まあ商売道具みたいなものですし。あなたに力を貸してあげている分の報酬ですよ、当然じゃないですか。嫌なら別に構いませんけどそれならこの話はなかったこ」


「いやいや全然嫌じゃねえよ! 喜んで差し出しますって! がっつり集めてばっちり恩返しさせていただきますんで!」


「それなら結構です。まあなんだかんだこれも何かの縁ですから、私もあなたが夢を勝ち取れるよう応援させていただきますので」


 エンはそう言い、無表情のまま口角をニッと指で押し上げてみせたのだった。





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