ぜ、絶対にデレてやるもんか!

ねぼすけ

Lv.25 素直になってもいいですか?

「……そっか、上谷は最初っから玲奈ちゃんのこと好きだったのか〜」
「え……? あ、あいつの好きは異性の好きじゃないから!」
「えっと……うん。ま、いっかな、どうせすぐ分かることだし」
「……?」

  赤崎さんは何やら含み笑いを浮かべているけれど、多分聞いても話してくれないと思う。そんな確信めいた予感があった。

「やっぱ、上谷って変人なのかも」
「うん、それは間違いないと思う」

  あたしが即答して、二人で噴き出して笑い合う。同じ人に恋心を抱くもの同士、距離が近くなったと思う。大体、よりによって普段から考えの全然分からない奴に恋に落ちるなんて、ほんとにわけわかんない。
  でも、恋に理屈なんて求める方がおかしいんだ。香月のことを思い浮かべると、胸がきゅっと苦しくなる。でも、それ以上に温かいものが胸に広がっていく感覚は、そう簡単には手放せない。

「さてと、そろそろ私は仕事に戻ろっかな」
「あ……じゃあ、あたしも一緒に――」
「……玲奈ちゃん、いいよ無理しなくても。偶には誰かに甘えてもいいと思うけど?」
「本当にもう大丈夫だから」

  その言葉に嘘はなかった。確かに最初は、このまま一生立ち直れないと思っていた。ずっと用具室の隅っこで小さくなっていれば、もうこれ以上傷つかずに済むって逃げてた。
  でも、胸に溜まった鬱憤とか蟠りとかどうしようもなく一途な恋心とか。気が済むまで吐かせてくれたのは、他でもない眼前に立つ赤崎さんだ。
  彼女はもっと甘えていいと言ったけれど、これ以上あたしの勝手な我儘に振り回すのは幾ら何でも申し訳ない。それは赤崎さんだけじゃなくて、他のボランティアや園の先生、そして香月にだって、同じだ。

「そっか……玲奈ちゃんってやっぱ凄いじゃん」
「あ、あたしは別に……迷惑かけたのこっちだから、ちょっとは挽回しときたいし」
「でも、玲奈ちゃんは玲奈ちゃんに相応しい人に見つけてもらわなくちゃダメだから、ちゃんと待ってないと」

  尚も、赤崎さんは引き下がらない。一体、何の意図があっての発言なのだろう。皆目見当もつかなかったので、素直に聞いてみようと思ったその時だった。赤崎さんの横顔に一筋の雫が伝って、地に落ちた。勿論、肉眼では弾けた瞬間は見えなかった。でも、その涙には積年の思いが団塊となって詰まっていて、赤崎さんは昂る感情の発露を抑えるために、全てを投げ打ったんだと思った。

  唯の憶測だし、根拠なんてない。強いて言うなら、同じ人を追いかけた者同士だから、分かることもあるってこと。

「夏祭りの時に出会った時も、そして今日も……玲奈ちゃんはずっと恋に一生懸命だったじゃん」
「ただ、あたしは後悔したくなかっただけで……」
「私ね、ここに来る前、上谷に玲奈ちゃんを探さないでって言ってきたんだ」
「どうして……?」
「それを言っちゃったら、私ほんとに嫌な奴になっちゃう。今、それを必死に耐えてて……だから、玲奈ちゃんを傷つけちゃう前にね、戦略的撤退ってこと!」

  赤崎さんは身を翻して、涙に濡れた顔に笑顔の花を咲かせた。

「今の上谷が私の好きになった上谷なら、絶対玲奈ちゃんを見つける……っ。バカみたいに我武者羅に探してる……っ」

  どうして、あたしは気づかなかったんだろう。咽び泣く赤崎さんを呆然と眺めながら、自分の無神経さを非難した。
  あたしの知らない香月の一面知っている人。でも、それよりもずっとあたしが恋焦がれたバカで変態でいつもからかってくる癖に、いつも優しくてバカみたいに声を上げて笑う香月をあたしと肩を並べるくらい知ってる人。

「赤崎さん……」
「あの日……あの夏祭りの日、玲奈ちゃんばっかり気にかける上谷が面白くなくて、嫉妬で一杯になりそうな自分が嫌で、思わず逃げ出しちゃった」

  再び、背を向けた赤崎さんは、堰を切ったように心中を吐露した。

「……」
「私は戦う前から負けちゃってた、それに玲奈ちゃんには叶わないって悟っちゃったから」

  彼女は一体、どんな思いで言葉を象っているのか。どんな表情で、想い人を諦めようとしているのか。

「あ、赤崎さん――っ!」
「もうお願いだから、行かせてよ……っ!」
「最後に一つだけ! これだけは絶対聞かなきゃダメだから……後悔したくないから!」

  脳内シュミレーションではもっと素直に心情を吐露していたはずなのに、何だか自分本意な言い方になってしまった。
  まぁでも、こうじゃなきゃあたしじゃない。最高の恋敵が胸の内を明かしてくれたんだから、今度はあたしの番でしょ?

「あのバカの……香月の何処か好きだった? 何処に惹かれたのか、それだけは知っておきたい! あたし我儘だから、これが最後の甘え!!」
「私は……全部好き!」
「えっ……ええっ〜!?」

  予想外の返答に驚愕を隠せなかった。でも、不思議と嬉しくなった。一つ一つの所作が洗練されていて、男子にも免疫のありそうな印象が強かった赤崎さん。
  でも、彼女の性格がどうてあろうと香月に対しては真っ直ぐに不器用だった。あたしと同じだ。

「まぁ強いて言うなら、無邪気に笑うあの顔が一番好き――」
「あたしは――」
「ストップ! ダメ、それは上谷に直接伝えること!」

  赤崎さんは涙を拭って、背を向けたまま笑いを声に乗せた。でも、やっぱり辛いのかドアノブに手をかけて、早くも出ていこうとする。

  本音を言えば、出来るだけ香月の前には現れないで欲しいんだけど、このままお別れというのも後味悪く感じてしまった。
  相手はあたしの理想を体現したような女の子なのに、香月が目移りする可能性もあるかもしれないのに(それはそれで大変不服だけど)何を甘えたことをって言われるかもしれない。
  でも、最高の好敵手だけど、友達でもありたいって我儘が性懲りもなく胸の内に発現していたのだから、仕方ない。

「赤さ――」
「――柚月」
「え……?」
「だから、いつも柚月でいいって言ってるじゃん?」

  それは、夏祭りのあの日、香月に向けて放たれた嬉々とした一言。
  あぁ……本当に赤崎さんには叶わない。本当は人目も憚らずに泣きたいのを必死に堪えているはずなのに、どうしてあたしの背中を押すようなことばかりしてくれるんだろう。今まで赤崎さんに醜い嫉妬を向けていた自分が酷く愚かに感じた。

  ――小悪魔的な笑みがあたしを見据えていた。

  赤崎さんは、ドアノブに手をかけると今度こそ用具室を後にした。あたしが彼女の立場だったら同じことが出来ただろうか。ううん、絶対無理。きっとあたしはずるい方向に考えていたと思う。

「そんなこと言われたら、逃げられないじゃない……柚月のバカ」

  そうだ、人はそう簡単には変わらない。赤崎さんもとい、柚月の背中が見えなくなってから、相も変わらず素直になれないあたしは独り言のように呟いた。

  柚月から託された想いを胸に、あたしは天を仰いだ。薄暗い用具室の側面に取り付けられた小窓から、微かに陽光が入り込んでいた。
  今度は、隙を見てキスするような中途半端なことはしない。羞恥で悶えてしまうような真っ直ぐな恋心をちゃんとあいつに伝えるんだ――

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