ぜ、絶対にデレてやるもんか!

ねぼすけ

Lv.21 君だけを見つめて⑤

突然の出来事だったから、何が起きたのかさっぱり分からなかった。玲奈は泣いていた。ここ最近は偶にぼーっとしている時もあったけれど、どちらかと言えば笑顔も増えていた。けれど、よくよく思い返せば無理に明るく振舞っていたような節もあった。
  玲奈に好意に気づいてから何処か自惚れていた。何だよ、玲奈のこと好きなはずなのに……っ、一番あいつのことを見てやれてなかったのは他でもないこの俺だ。灯台下暗しなんて、結局言い訳の材料だ。

  早く、玲奈の所へ行かなければ――脳の奥で警鐘が鳴った。仕事を投げ出して、教室の引き戸に手をかける。後は血眼になってでも、玲奈を探し出してやる!
  俄に走り出した俺を誰が止められるはずもなく、校庭に出た。玲奈の隠れそうな場所と言えば何処だ? この後、校庭遊びが控えているから、遊具付近にはいないはず。ならば、園内で人気のない場所と言ったら……空き教室? ホールの用具室? 草の茂み? 可能性を挙げれば、枚挙に暇がない。もはや、虱潰しに探すしかないのか……?
 
  ええい、もう考えるな! 感情のまま動くしかないだろっ。
  遅すぎた、もう手遅れかもしれない。けれど、今玲奈を探し出さなければ、もう二度と玲奈との時間を築けないような危惧を抱いた。理由なんてそんな直感で十分。俺は元より、理性的な人間ではないのだから。

「待ってよ、上谷」

  赤崎が俺の腕を掴んでいた。

「……誰が引き留めようと俺は行く」
「違うよ、上谷。そういうことじゃないでしょ、そんなの自己中だよ」
「でも、このまま放っておくなんて出来るわけないだろ」
「だからっ! 何でこの期に及んで上谷は自分のことしか考えてないの!? 一番辛いのは玲奈ちゃんなんだってば!」

  言われてハッとなる。俺が玲奈を助けに行くのは何故だろう。彼女の言う通り、自己満足の為なんじゃないか。自分が行けば、玲奈はきっと安心してくれる。大丈夫だ。なんて、そんな根拠もない自信に囚われていたんじゃないか。

「ここは同性の私の方が少しは話しやすいはずだから……上谷は早く仕事に戻ってよ」

  苦虫を噛み潰したような顔の赤崎は、酷く悲しげに見えた。今の俺には自信を持って反論することは不可能だった。自信が徐々に失われていって、気づけば教室に向かってとぼとぼ歩いていた。

  偽善者でも何でも赤崎の制止に屈さず走っていけたら良かったのに。そんな後悔の念が体にまとわりついて、離れなかった。


  ◆ ◆ ◆


  教室を飛び出してから、どれくらい時間が経過しただろう。廊下でいつまでも泣いていたら、園の先生や関係者に見つかってしまいそうだから、慌ててホールの用具室に逃げてきた。
  自分の意思で訪れたボランティアなのに、個人的な都合で投げ出すなんて、最低だ。大体、香月がいるから、という不純な理由で参加した時点で、赤崎さんのような真っ当な人間に敵うはずがなかった。

  もう誰にも見つからず、一生ここでこうして小さくなっていたい。そんな投げやりな思いが募っていって、爆発しそうになった。どうせ、今日で終わりなんだもん。今日で香月を諦めるって決めたじゃないっ!
   今、一番会いたくない人は香月。こんなあたしを見られるなんて、耐えられない。 
  けれど、一番別れたくない人も香月。本当はあたしだけを見て欲しい。振り向いて欲しいし、甘えたい。我儘言って困らせて、困惑顔をからかってやりたい。

「何なのよ、全然ダメ……」

  結局、いつも香月のことばかり考えている。全然諦められてない。未練たらたらで、往生際が悪い。あたしは暗い箱庭で咽び泣きながらも、香月との日々を回顧して微笑みを零していた。

「違うよ――玲奈ちゃんはダメなんかじゃない」
「どうして……?」

  どうして、この場所が分かったの。よりにもよって、どうして恋敵と対面しなくちゃならないわけ? 
  あたしは瞬時に神様を呪った。どうして逃げさせてくれないの? 沢山泣いた後にちゃんと現実を受け入れて、必死に生きていこうとしている人間が何故、こんな仕打ちを受けなければならないのだろう。

「私、玲奈ちゃんの気持ちすっごく分かる」
「そんなわけ……だって、赤崎さんは勝ち組……っ!」
「それは違うかな……私はもう、とっくの昔に敗北者だから」

  赤崎さんは自嘲気味に笑った。どうせなら、無様に咽び泣いているあたしを嘲笑ってくれた方が幾分かマシだった。恋敵の癖に、中途半端に優しくするなんておかしい。ずるい、あたしには到底出来ない行いだった。

「隣、座っていい?」

  更に、赤崎さんは空気なんて完全に無視してあたしの隣に腰を下ろした。依然として、どういう意図があるのかさっぱり分からない。

「……何で」
「う〜ん? 私も同じだから……かな」

  赤崎さんは、あたしの断片的な言葉だけで意味を理解したようだった。
  それにしても、同じってそんなわけないし。彼女は勝ち組で、あたしみたいな負け犬は眼中になくて、幸せに心を満たしているはずだ。

  無言で考え込んでいると、不意に埃っぽい用具室に笑い声が響いた。声の方に視線を向けると、赤崎さんが笑いを堪えるように、口元を手で覆っていた。

「な、何がおかしい!」
「玲奈ちゃん!」
「ううっ……」

  屈託なく笑いかけられたから、返答に窮してしまった。それでも、やっぱり気になるわけで。

「質問に答えて」
「うん、ごめん。わざと話逸らしてた」

  敗者のあたしを弄んで、越に浸ってたのだろうか。でも、赤崎さんの振る舞いが偽装じゃないのなら、間違いなく彼女はあたしの理想の女の子だ。

「だって、あそこで私が言ったら変な同情とか誘ってるように見えて、嫌だったからね」
「……同情?」
「そ、私上谷に振られたんだ」
「…………え?」

  今、彼女はなんと言ったのだろう。振られた? 付き合ってない? もしかしなくても、あたしの早とちりで、勝手な勘違いで、解釈だったりするの……?

「やっぱり、勘違いしてた?」
「ちょっと待って、じゃあ二人は付き合ってないの?」
「ちょっと玲奈ちゃん、ダイレクトで古傷抉んないでよ〜」

  赤崎さんがあたしのよりも確かに存在する胸を抑えて、おどけてみせる。何だか急展開過ぎて、思考が追いつかない。

「って、古傷?」
「うん、振られたの一年前だから」
「そうなんだ……」

  何を一人で勘違いしていたんだろう。赤崎さんは、可憐で香月とも気兼ねなく話せて、好きをアピールできる女の子。独自のコミュ力と端正な容姿、甘えた仕草。
  でも、勝ち組だと思っていた彼女はちゃんと痛みを知っていた。

「久しぶりに会って舞い上がったのも会ったけど、上谷があんまり玲奈ちゃんと仲睦まじそーだったから、ちょっと羨ましくて意地悪しちゃった」

  赤崎さんは「ごめんね」と顔の前で手を合わせて、謝った。

「あたしの方こそ、ちょっと態度悪かったかも」

  この期に及んで素直になれない自分に些か嫌気が差すけれど、今更、天邪鬼は直らない。

「にしても、上谷も無責任だよね〜」
「確かに、あの鈍感はちょっと度が過ぎてるかも」
「ほんとほんと! 普段はちょっと抜けてるとこあるのに、こっちが弱ってる時に限って、優しいんだから」

  今も昔も結局、バ香月ということらしい。それにしても、こんなに好きをアピールした素直な女の子を振るなんて、香月の癖に生意気かも。まぁでも、赤崎さんの魅力に落ちたらそれはそれであたしは困るし。

「ね、玲奈ちゃんと上谷の馴れ初めってどんなだった?」
「べ、別に普通だし!? そんな話すようなことでもないから」
「え〜、話してくれないなら、今すぐ上谷と既成事実作っちゃうけど〜?」
「そ、そういうえっちぃのはダメ! ……分かった、話す」

  動揺するあたしを見て、赤崎さんは嗜虐的に笑った。ほんと、彼女にはこの先一生敵わないような気がする。

「えっと、確か……」
 
  まぁ思い出すまでもなく、香月と出会ったあの日あの瞬間を忘れたことはないんだけどね。赤崎さんがあんまり興味津々だから、話し出せずにはいられなかっただけ。
  でも、何でだろう前にも同じように誰かに聞かれたような気がする。もしや、これはデジャヴかと思ったけれど、どうやら違うみたい。

  あたしは話しながら、あのいけ好かない親友よりも、赤崎さんに先に話しておきたかったな……なんてまた素直じゃないことを考えていた。

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