ぜ、絶対にデレてやるもんか!

ねぼすけ

Lv.0 素直になりたいけれど

  ――素直になれない人間のことを「天邪鬼」と言うらしい。


  ◆ ◆ ◆


  天を仰げば果てしない蒼穹。忙しく鳴く蝉の声。ゆるふわウェーブ。起伏のない断崖絶壁。視線を戻して、無言で含羞に耐えるふくれっ面。断崖絶壁。視線を戻して、ふくれっ面。断崖絶――

「胸ばっか見んな、この変態!」

  目の前で地団駄を踏むのは、茶髪のミディアムヘアー。神谷玲奈《かみやれいな》。俺が属する生徒会の同期の役員で、これが面白いくらい馬が合わない。顔を合わせば、喧嘩が勃発し、互いに減らず口が絶えない。
  そして、現在。本来なら、生徒会室で雑務に追われているはずのこの時間帯に俺と彼女は校門前にいた。ビンタが頬に炸裂して、じわりと痛みが広がる。再びふくれっ面の彼女を見ていると和む。なんだこの可愛い生き物。
  けれど、それを表情に出すことは決してしない。

「誰がお前の落第点の胸なんて見るかよ」

  俺は玲奈に惚れていた。もうぞっこんだ。彼女の行く末を自然と目で追ってしまうくらいの淡い恋心の萌芽は、次第に強まっていった。
  けれど、依然して素直になれない。互いに相容れない俺と玲奈は、相も変わらず喧嘩の絶えない二人のまま。出席番号順の席では前後。何の巡り合わせか、席替え後も隣同士になってしまった。横顔を眺めていられるこのポジションは最高だが、いつも一緒の俺と玲奈はクラスメイトから「夫婦」と揶揄されていた。

  彼らの言い分も分からないではない。何しろ、上谷香月《かみやかづき》と神谷玲奈《かみやれいな》では文字に起こせば字面は違えど、発音表記は同じ「かみや」だ。大人びた人間も疎らに現れる高校生にも拘らず、周囲は色恋沙汰に目がないようだ。
  人の噂も七十五日という言葉は信用出来ない。何たって、入学して三ヶ月経った現在でも揶揄する輩は存在するのだ。

「誰が落第点よこれでも前よりは少し大きく……じゃなくて! あんた、あたしの話聞いてる?」
「ああ、悪い。本能的に音を遮断してた」
「こっちが真剣な話しようとしてるのに何よ。気勢をそがれた気分っ」

  普通、わーきゃー甲高い声で口うるさく言われたら辟易するだろう。けれど、玲奈の場合は例外だ。彼女は怒っている顔も可愛い。立派な美点だと言えよう。天使は降臨したのだ。

「それで……どうすんのよ?」

  トギマギしながら目を伏せて、おずおずと尋ねてくる。ツンとデレのギャップ。玲奈が時折、垣間見せるデレは他の女子の追随を許さない。
  もう一生眺めていたいくらいだ。ツンデレの美点をもっと世に知らしめるべきだ。いっその事、生徒会の権限で「ツンデレ教」なる宗教を作ってみようか。職権乱用なんかじゃない。こういうのはバレなければ、大丈夫なんだ。 

  しかし、そんな益体のないことを考えている脳内とは裏腹に、口の方が勝手なことを宣った。

「何の話?」
「何惚けてんのよ……っ。だからそのあれだってば、『あの話』のこと」
「そんな抽象的な表現じゃ分かんねぇな〜。生徒会庶務さんよ」
「……あんたっ、わざと……っ」

  恐らく、俺は卑しいせせら笑いを浮かべているのだろう。対して、玲奈は柳眉を逆立てて怒りを表現した。脳内では理性と本能が争っている。放課後。二人っきり。貴重なチャンス。 「告白」の二文字が脳内で踊る。

  勇気を振り絞れ。なぁにたった一言好きだと告げるだけだ、と本能が囁く。
  いや、それはリスキーな選択だ。迂闊に思いを告げるのは奨励出来ない、と理性が脳内で対峙。

「あぁ〜、面白かった! お前、顔真っ赤にし過ぎだろ」
「なっ……あんたはいつもいつもあたしをコケにして……っ」

  ブチッと何かが切れる音が聞こえた気がする。そう思ったのも束の間、こめかみに青筋を浮かべた玲奈の蹴りが鳩尾を打擲した。

「ぐおっ……この暴力女」
「あんたはいっつも一言多いのよ」

  再び、ふくれっ面。怒っているつもりなのだろうがさして怖くない。しかし、殴られるのも案外、悪くないかもしれない。グヘヘ……っておっといかんいかん。これじゃあただのマゾヒストだ。

「言っとくけど、忘れたとは言わせないからね」
「何の話だ?」

  今度は本当に分からなかった。

「だからあの話……つまり、勝負のことだってば」
「ああ、そうだった」

  この「勝負」こそが現在の状況を導き出した原因。事の発端は数時間前にさかのぼる。


  ◆ ◆ ◆


「もう我慢出来ん。お前らは暫く、活動停止だ」

  生徒会の一員に庶務として加わってから、ちょうど三ヶ月。真一文字に口を結んだ生徒会長、保科巌《ほしないわお》。名前からのみでも既にお堅いイメージを彷彿とさせるが、別段強面というわけでもない。体型も標準型だ。
  しかし、スクエア型の黒縁眼鏡、ネクタイはきちんと締められ、シャツには皺一つない。
 
  初志貫徹。曲がったことが嫌いな会長は、庶務の新入生二人に頭を抱えていた。言うまでもなく、その新入生二人というのは俺と玲奈のことだ。
  顔を合わせれば喧嘩が頻発し、何度釘をさしても一向に収まらない。こればっかりは相性の問題なのでそう簡単に治るはずがないのだが、会長の注意喚起は日に日に頻度を増していた。

  しかし、伊達に天邪鬼を自負していない。人からの注意で素直になれるなら、とっくの昔になっているはずだ。

  そして、七月十日。ついに会長が痺れを切らした。

「もう我慢出来ん。お前らは暫く、活動停止だ」

  事実上の強制退去を命じられたのだ。しかも、無期限。つまり、もう戻ってくるなと勘当されたのだ。

  俺は行き場を失って、呆然とした。好き好んで玲奈と口論していたわけではない。表面上は同族嫌悪に見えるのかもしれない。けれど、違う。本当はもっと
  有り体に言えば、下心もあった。一男子高生なら彼女が欲しいという感情を抱いても、何ら不思議なことはない。生徒会で一緒に雑務をこなすうちに、恋仲に進展して……なんてことを期待していなかったといえば嘘になる。それを玲奈に話したら、「あんたってバカなの?」と一斬された。

  けれど、生徒会に入った主な理由は保科会長に憧れたからだ。中学の時に友達に誘われて、訪れた文化祭。さして期待はせず、適当に過ごそうなんて浅慮はすぐに瓦解した。
  舞台パフォーマンス、模擬店、生徒会の演出。熱狂的な文化祭に心を打たれた俺は、企画から運営までを生徒会が兼任していたことを知ってから憧れが強くなった。そんな生徒会を事実上、追放されて、悄然とせずにはいられなかった。

  けれど、いつまでも落ち込んではいられない。生徒会室に追い出されて最初、俺と玲奈はない頭を捻って考えた。最初に出た案は、彼氏彼女のフリをして、復帰を試みる、というものだった。発案者は俺。

「はぁ? あんた、何この期に及んで彼女作ろうとしてんのよ。あたしがあんたの彼女? 何よその面白くない冗談」
 
  あらん限りの罵倒を浴びて、俺の心はズタボロになっていた。この傷は深かった。この危機に際して距離を近づけようと試みたものの、そう容易くはいかない。それにしても、もう少しオブラートに包み込めないのか、という不満はあった。
  だから、あんな投げやりな提案をしてしまったのだと思う。

「考えるまでもないわ、簡単なことよ。あんたが生徒会を辞めれば、あたしは晴れて出戻り――」
「――怖いのか?」
「何よそれ」

  玲奈の双眸は鋭い。けれど、俺はそれを一笑に付して、言葉を継いだ。

「俺だって、そう易々と生徒会を辞めたくはない。けれど、二人で戻るのは不可能だ。ならば、勝負で決着をつけよう。それしかない」

  そう口火を切ると、何を血迷ったのか、一気に捲し立ててしまった。

「勝負方法は先にデレた方が負け、だ」
「……はぁ!?」

  玲奈が素っ頓狂な声を上げた。口をついて出た言葉だ。俺だって、わけがわからん。
  けれど、啖呵を切ってしまった手前、引き下がるわけにもいかなかった。後々後悔したのは言うまでもない。

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