銀眼貫餮のソウルベット -Pupa cuius oblitus est mundus-

七色Ayeca。

第71話 偽善をまとう虚栄心

 と、無駄口叩いてる間に着いちまったな。
 まだ開いたままの墓穴。その一つの中に少年は居た。今朝のままだ。穴底に下りるための段差にもたれるように膝を抱えて座り込んで、首は力なく垂れちまってる。
 ああ、だからか……。今、分かった気がする。
 こんな穴の中で独りうずくまってる様を見ると、部屋の中で怯えてた自分と重なる。誰かに助けて欲しくてたまらなかった気持ちが未練たらしく蘇ってきやがる。だからどうにかしてやりたいって訳か? いや、違うな……。
 くそったれ。ちったあ大人になって上手くやり過ごせてると思ってたのに、やっぱり未練たらたらじゃねえか。大人になって図体がでかくなっても自分のことばかりだ。本当に反吐が出るぜ。
 こうやって飯を運ぶのも「今の俺は間違っていない」「正しいんだ」って、この少年に認めて欲しいのかもしれないなんてよ。まったくちんけで図々しい野郎だ。こんな奴が村長なんて務まる訳がねえ。つくづく幻滅するな……。


 少年の脇に置かれたままの膳。その変わりない減り具合を見る度に更に嫌になる。勿論俺の非力さにだ。今朝の飯は個人的に好感触で期待してたんだけどな。また勘違い。やっぱりそんなことはなかったか。
 村の方じゃまだ家屋の解体作業やなんやで騒がしいはずだってのに、どうもここは静かだ。静かすぎて自分の鼓動が煩いったらありゃしねえ。それでもまあ、切り替えて村長代理としての務めは果たさないとだよな。




「よ、よう。変わりないか? 昼飯もってきたぞ。今度は握り飯にしてみたんだ。どうだい? うまい具合に握れてるだろ?」




 別に作る料理がここにきて思いつかなかった訳じゃねえ。客人相手に差し入れる物として握り飯はないだろうと最初は考えてたが、初心に立ち返ってみただけだ。どの家でも一度は作るだろう。子供が喜んで食べて親しみのある料理。それが握り飯だ。
 ただ村の連中に食わせるだけなら何も気負うことはねえんだが、この少年に対しては違った。その小く弱り切った手に納まるように、それでいて食べ応えがあるように。小振りで身が詰まりつつも柔らかい。ちょうどいい具合に握るのには思いの外手間取っちまった。
 だから見てくれはただの小さい握り飯だが、中でも特に理想の形に近い一つを差し出してみた。今度こそ、気に入ってくれると心底助かるんだが。いや、安心するか。どちらにしろ、この瞬間は何度繰り返しても慣れやしねえな。




「まあ、実を言うと今影籠りの準備始めててよ。最近、いよいよ日差しが強くなってきただろ? だから、村でもそろそろ籠らなきゃなって話になったんだが、思いの外ホルデムが蔵に余ってたもんでよ。ただ賄いに宛ててるだけなんだけどな?」




 いつものように返事も無ければ、見向きもしねえか……。ほっとしたような、悲しいような。くっ、惨めだ……。
 ん? ありゃ確か、この間作ってやった日除けだな。風でも吹いたか? 倒れてやがるな。穴の中だっつっても昼過ぎには底一面まんべんなく日が照りつけてくる。日がな一日焙られ続けてりゃあ身が持たねえだろうと急ぎ拵えたんだが。やっぱ、廃材になっちまった家の床板や何やを使い回しただけじゃあな。
 また夜様子を見に来たら灰になってました。なんてことはご免だ。直しておいてやらねえと。




「……よしっと。いやだがよ、味の保証はする! 最近、お前さんの好みの味付けが分かってきた気がしてな? 嘘じゃない! 本当だ! ほんの少しだが……」




 我ながら呆れる。何の根拠もねえ。この少年が頷いて教えてくれたわけでもねえ。ただの思い込みだってのに、また適当なこと並べてよ。そうまでして俺は……。




「今日の具もそうなんだが、聞いて驚くなよ? なんとホルデム一粒一粒にもほんのり甘く味付けしてるんだ! まだ村の連中には食わせてやったことがねえ、特別製よ! どうだ? 驚いただろ? ……少しは驚いてくれてもいいんだぞ?」




 でもまあ、今日のは特別だってのは本当だ。出来たてでもベタ付かず、冷めても固まらない。いつ食べても旨いようにまた夜通しで試して仕上げたんだ。これで少しは良くなるといいんだが。




「でどうだい? 一口いってみるかい……?」




 ん? 今、少しだけ顔を上げた、ような気がするな。気の所為か? どちらにしろ、ここ数日そんな気力もねえくらい参っちまってるのは分かってることか。無理にでも食べてもらわにゃ困るんでな。どれ。ちょいと失礼しやすぜ。お客人さん。




「お? そうかい! そうかい! そんじゃあ、今食べさせてやるからちょいと待ってな」




 にしても子供の身体ってやつは、どうも細くておっかねえな。凭れた頭が落っこちちまいそうだ。
 それに、飯のこと。自分のことばかり気取られて、気付くのが遅れちまったが。ひどくやつれちまってるだけじゃねえ。泥だ血だが乾いて、髪も肌もボロボロじゃねえか。畜生……。あんなこと思い返した所為で、余計なもんとだぶって見えちまう。まだちゃんと生きてるよな……?




「それ、ひと口……。どうだ? うまいか?」




 さあ、どうだ? 少し多めに押し込んでみたが。今度はちゃんと食べてくれよ……?




「お? ……おお? もうひと口目いけたな!? 好みの味だったろ? ヘヘッ、よしよしっ! そら、水も飲んどくか?」




 水、ほとんど溢れちまってるがよかった。……けっ。何に安心してんだ俺は。しかし、二口いったのはまあ上出来か。まだ先は長そうだが、とことん"付き合って"やるさ……。
 にしても、暑いなあ。日に日に暑くなってきてかなわん。




「日除け作ってはみたけどよ、やっぱ暑いだろ? そろそろ部屋に戻っちゃどうだ? 暑いのに変わりねえかもしれねえが、ここより幾分居心地はましだろうさ。寝床も整えたから少し休んだらどうだい? 毎日ここで座りこけてたら身体中固まって痛いだろうよ?」




 うむ。飯は食べられるみてえだが、反応はないか……。




「……そうだ。水浴びなんかどうだ? 今更だが、ここに来てまだちゃんと汚れ落としてなかったろ? さっぱりして気分も晴れるぞ?」




 反応なし。だが、今度水桶を持ってきてみるか。まず自分で洗えやしねえだろうが、俺が拭いてやりゃあ問題ねえだろう。それにしても……。




「どうして……、ああ、いや。これはやめとこう……」




 っといけねえ。また無粋なこと訊いちまうところだった。人様の事情に首突っ込む前に、このどうしようもねえ俺自身をどうにかしねえと。




「飯、隣に置いておくからな……。冷めて堅くならない内に食べてみてくれ。きっと気付かねえ内にぺろっと平らげちまうだろうさ。足りなかったら教えてくれ。まだホルデムは余ってるから、いくらでも握ってやるからよ」




 ……んじゃ、仕事に戻るとするか。この調子だと何日もしねえ内に乾季も本番になっちまう。早いとこ荷造り済ませて籠れるように村の連中と話付けないとだな。
 準備ができたらこの少年は、俺は、どうするんだろうな……。

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