銀眼貫餮のソウルベット -Pupa cuius oblitus est mundus-

七色Ayeca。

第70話 氷上に燃える自尊心

「ワガードさん、あのままで本当に平気なんですかい?」




 とむらうための穴を掘り終えてから数日。襲撃痕もあらかた片付き落ち着きを取り戻しつつあった村では、どうもとある話題で持ち切りのようだった。




「あ、ああ……」
「飯もろくに食わないって話じゃないですか。そんで墓の前で丸まってもう3日だ。いくら気が滅入っちまってるからって、あれじゃ身がもたねえ。今度はお客人が――」




 花の香りに誘われてワガードたちが穴を掘る場所へ出向いて以来、ソーマは一歩もそこから動こうとはしなかった。来る日も来る日も、膝を抱えたまま小さな穴の中、遺灰を包んだ布束の上で揺らぐ花をずっと見続けていた。
 せっかくの客人だというのにその小さな背中を見守る村人たちの視線は、おのずと物忌みたものとなっていった。
 村人たちへの配給の支度をするワガードの下に冴えない男衆の一人。気は利くらしいが決定的に配慮に欠けている。いや、厄介事に鼻が利くと言った方が違和感はないか。いわゆる残念な男が今日も不愉快とも気懸りだとも取れる歪んだ面持ちでやってきて、事態の収拾をと催促してきた。




「俺だってっ!!」




 言われずとも皆以上に必死で考えている。寝る間も調理の最中でさえ、故人への哀悼や今後の村のこと以上にだ。そしてそれでいて未だ抜本的解決策の一つも思いつかない自分自身に心底嫌気がさしているのは誰の目にも明らかなはずなのだ。だというのにこの物言いであるのだから、そりゃ思わず刃物を握ったまま手を上げてしまうというものだ。




「っと……悪い。その、どうにかしてやりたいのは山やまなんだ。飯だけじゃねえ。せめて家の中で休ませてやれないかと思うんだけどよ……。客人のあんな顔見るとな、無理を言えなくなっちまうって言うかだな……」
「いや、それもわかりますがね?」
「一応、飯なら少しだけだが、やっと口にしてくれうようにはなったんだ。て言っても本当に一口だけなんだけどな。口をつけたかと思ったら、それ以上食べようとしてくれなくてよ。どうもすぐ手を止めちまいやがる。訳を聞いても応えちゃくりゃしねえ」
「そらつまり、ワガードさんのこと――」
「まずいって言うなっ!!」




 今度は空になった大鍋を振るい上げる。
 鈍感・無神経・残念男、万事休す。これには流石に己の振る舞いを省みざるを得ない。




「いや、言いませんて……。だから、落ち着いて、危ないんでそれ下ろしてくだせえ……」
「まあ、でもたしかにあのまま放っておいちゃ、もってあと何日もねえだろう。村に来た日以上に目に見えて顔がやつれちまってるからな。目もどこ見てんのか。いや、見えてるのかすら怪しいな……」




 顔に似合わずうれいを浮かべた目で最後の味見をするワガードの姿は、さながら反抗的で物言わぬ我が子に思い悩む母親といったところか。
 それはもう板に付きすぎて最早揶揄やゆするのも飽きてしまうほどだ。




「流石に墓の前で年端もいかない子供が灰になられちゃ目覚めが悪いからよ……。おし、できた。今、ちょうど昼飯持っていったら、どうにかして、しようと思う」
「はあ、本当に頼みますよ?」
「ああ! 分かったからとっとと荷造りに戻れ! まだ準備終わってねえんだろ? ほら、向こう行った! しっしっ!」




 今度は湯気上がる匙を振りかざす。これはもしかすると途中からわざと物を振り上げているのではと思えてくる。




「ひいっ!? 分かりましたって! だから物持ったまま手を上げんでくだせえ!」
「ああ、あとそれから。客人は気が難しい人だから他の連中には変わらず近づくなって伝えておいてくれよな。でなきゃ明日の飯、お前の分ないと思え!!」




 邪魔者を払うついでに念を押して人払いも済ませると、ワガードは膳に飯を乗せた。










 村の南東。予定通りならそこはもう立ち寄る必要のない場所なんだが。照り返す日射しのせいか、膳を運ぶのに歩幅が狭くなったせいか。大して距離がある訳じゃないのに、その場所がどうも日に日に遠く感じる。どうして俺はこうも甲斐甲斐しく飯を運んでいるんだろうな。まるであの少年の母親にでもなった気分だ。……ハハッ。まさか30を過ぎた後先短い身になって母親心を思い知ることになるなんてな。本当に笑えねえや……。


 そう言えば、俺の家は過保護だったな。歳が10を数えるようになっても、一人で服も着替えさせてもらえなかったし、水浴びもつきっきりだった。その所為でよく同じくらいの村のガキどもにからかわれたもんだ。
 元々子供はできにくいものだと大人になって知ったが、それにしても俺の両親はなかなか子供を産むことができなかったって確か言ってたか。でなもんで俺がやっと生まれたもんだから、そりゃもうずいぶんな溺愛っぷりだった。今、思い返しても恥ずかしすぎて頭が痛くなる。
 当然小山に出向くなぞもっての外。村から出ることは禁じられるし、まるで自由が利かなかった。愛情はそれなりに感じていた分悪い気はしなかったが、ずっと窮屈に思っていた。
 だからだろうな。
 15を過ぎてやっと身の回りのことを自分でやっていいと許された日って言やあ、そりゃあとてつもなく嬉しかった。やっと自由になれたってもうおおはしゃぎしたもんだ。自分の考えが許される。一人の人間として認められる。そんな感動を覚えた。ガキの頃から見慣れた物全部が真新しく感じた。見て、触って、試してみる。たったそれだけがひどく新鮮で、特に何日かに一度小山に行くことを許されたときはそりゃもう、お祭り騒ぎさ。
 その頃、よくつるんでた連中を引き連れて山中を駆け回ってたなあ。使えそうな木々や麻を拾ってきては、村から少し離れた小高い岩山の裏手に集めて、俺たちだけで秘密のアジトをつくるのに夢中になったもんだ。物の扱い自体は不得手だったが、その分何でも一目見りゃあある程度要領を得るのは得意だった。そりゃずっと見るだけで何でもお預けくらってたからな。でもまあ、物を見極める力ってのは悪くねえもんだ。その点だけは感謝しねえと。
 生まれつき声が大きかったこともあって、俺は次第に仲間たちに指示を出すようになって、アジトづくりを仕切るようになっていった。それがもうこの上無い快感だった。自分が思い付いたことが全部認められ、称賛され、慕われるんだ。そんなもん誰だって嬉しくなるに決まってる。
 ただ……、それが俺の誤算だった。その自惚れがあの忘れもしない。いや、忘れさせてくれない悲劇を招いてしまったんだからよ……。


 忘れもしねえ。あの日、凍季真っ盛りでとてつもなく凍える日だった。
 仲間の一人が差し入れにと持たされてきた乳粥を皆で分けようって話になって、それなら温め直した方がもっと旨い。火を起こそうって提案したんだ。皆は首を揃えて反対してたが、俺は恐れなんざこれっぽちも感じちゃいなかった。俺なら何でもできる。できないことなんてそうありゃしない、なんてよ。すっかりそう思い込んで自分を疑おうとしなかったんだ。今思えば、本当にどうしようもないクソガキだったと自分でも思う。
 皆の忠告を聞かずに俺は、適当なアジトの床板をひっぺがして地面に穴を掘って火を起こそうとした。当然、それまで火を扱ったことなんざなかったが、見様見真似にできるはずだと衝動のような根拠のない自信に駆られてどんどん火起こしの準備を進めていった。
 例の如く火種はなんとか作ることができたんだが、どうも火の勢いが足りねえ。火を大きくするのに息を吹きかけたんだが、その加減がまずかった。まっ黒な煙が目の前を一気に覆ったかと思えば火の粉が飛び散って、それを間近で覗き込んでいた奴の髪に不運にも燃え移っちまったんだ。最悪だ。一瞬で頭ん中が真っ白になった。
 俺の目の前でそいつの頭はどんどん燃えて顔中が火に呑まれていった。
 例えようがない。とにかくものすごく怖かった。
 他の連中も泣きわめくばかりで部屋の中はひどいなんて生易しいもんじゃねえ。この世の終わりだと思ったさ。今でも気を抜くと仲間たちの悲鳴だけじゃねえ、じりじりと肌を焼く音と焦げ付いた嫌な臭いまでしてきやがる。
 俺は無我夢中で上着を脱いで炎を払おうともがいた。だが、場所が最悪だった。廃材で組んだオンボロなアジトだ。床に転げたそいつからまた火の粉が飛び散ってそれが近くの敷物に燃え移り、たちまち大きな炎となって部屋中を真っ赤に燃え上がらせたんだ。


 本能的にそこに居ちゃまずいと思った。燃える仲間の手を強引に引いて外へ引きずり出し、上半身火の玉になって転げて暴れるそいつを力一杯抑え込んで他の連中に叫んだ。「とにかく土をかろ!!」ってな。
 幸い外は息も白くなるほどの凍季だ。湿った土を掛ければ確かに火は消せる。判断としちゃ間違っちゃいねえ。ただ掛けろつっても下は凍った地面だ。それでも俺たちは必死で地面を手で掘り返して土を掛けた。指先が裂け、爪が剥がれて血が出ようが必死で。
 最後にはなんとか火は消すことができた。だが、俺たちのアジトは全部焼け崩れちまった後だった。
 身体の半分を焼かれたそいつは奇跡的に一命は取り留めたが、その傷跡はありゃ見れたものじゃなかった。頬は引きつり、目は潰れ、喉を焼かれた所為か声もろくに出せやしない。人懐こくていつも笑ってたそいつから、俺の思い上がりが全てを奪っちまったんだ……。
 その後しばらくの間そいつは元気だったみたいだが、やっぱり長くはなかった。そのとむらいを最後に、俺たちは自然と顔を合わせることもなくなっていったな……。
 俺と言えば、しばらく誰とも顔を合わせなくなっちまってた。自分の部屋に籠って小さく丸まって、冷たくて真っ暗な部屋の中ずっと怯えてた。自分を責めたさ。全部、俺の所為だ。俺が調子にのって何でもやれるんだなんて自惚れちまったばっかりに、そいつから声も笑顔も奪い、そして殺しちまったんだと。皆に癒えない傷を付けちまったんだと。自分を呪ったさ。死のうともした。でも、できなかった……。
 それからさ。何かを任されることを拒んで、怯えるようになったのは。だってよ、また失敗したらどうする? また俺の所為で大事なものを、誰かをくしちまったらどうする? そんな辛過ぎることなんざ二度と御免だ……! だからずっと補佐。誰かの補助。万年お助け役さ。責任は"ちゃんと"取れる奴がやればいい。その方が結果として被害が少なくて済む。勿論、俺は補佐なりに役目はきっちり果たすさ。それで仕事が回って片付くなら。誰にも迷惑かけないなら。それでいいじゃないか! くそっ……! どうしてこんな風になっちまったんだ。畜生め……!

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