銀眼貫餮のソウルベット -Pupa cuius oblitus est mundus-

七色Ayeca。

第66話 椀にゆれる男心

 次の日、太陽がわずかに顔を覗かせたばかりだというのに、村人たちは復旧作業に取りかかっていた。
 この村はソーマが居たティーチ村と比べ、さほど変わりない大きさがある。だが、その割に作業をはじめている人影はだいぶ少ないようだ。




「村長。これどこに運びましょう?」
「ああん? だから俺は村長じゃねえって! あくまで次の村長が決まるまでの代わりだって、昨日話したろ?」
「す、すみません。ワガードさん……」
「で? ああ。使えそうな縄、持ってきてくれたんだな。今ちょうど食糧庫の扉を見つけたところなんだ。後で使うから向こうに置いておいてくれ。ありがとよ」




 昨晩、客人一人すらろくに接待できなかった村長。もとい、この村の村長代理は屈強そうな男共を引き連れ、ひどく潰れてしまった納屋なやの解体作業を取り仕切っていた。当の本人はそこまでがたいが取分け良いわけではなかったが、通る声と的確な指示があってか現場は滞りなく運んでいるようだ。
 辺りを見渡すと半分とまではいかないものの、損壊している家屋が他にも散見される。この村でも家屋の造りはティーチ村とそう変わりない高床式のようだが被害は様々だ。その床下を支える支柱が折られ家が傾いているもの、壁に大人程の大きさの穴が開いてしまっているもの。倒壊までとはいかないが、人が住まうには不憫な痕跡がそこに沁み付いたものと相まってとても痛ましい。




「ようし! ここだけでも昼飯までには使えるようにするぞ! ここが使えないんじゃ、怪我したヤツらを見殺しにしちまう。人手が足りなきゃ影籠りの準備も遅れる。そうなりゃ、村の連中みんなそろってお天道様に焼かれてあの世行きだ!」「怪我したヤツらって言えば。昨日のお客人ですか? その後どうでした?」
「昨日の……、ああ。その、あまり、良くはなかったな……。人と口聞くのも気乗りしないくらい滅入っちまってるらしい」
「ありゃ、そうですか……。んなら、せっかくのお客人だ。早いとこ納屋を使えるようにして、うんまいもの食ってもらって元気になってもらわんとですな」
「お、おおう……。ほら、そこ! 片付いたんなら、こっち来て手伝ってくれ!」




 村長代理とは言え、仮でも村を率いる者として面目は立てておいたことに越した事はない。しかし、偽りとはいつか暴かれるものだ。そして同時に惑わされた者からとがめられ、ついてなければ責も問われる。責任なんて、村長の説教や小言よりも大嫌いなものだった。下手な事はするものじゃない。つくづく立場というやつは煩わしいことこの上ない。不要に招いてしまった苛立ちと焦りを噛みころせず、指示にも過分に熱が入る。






 そして太陽が天辺で煌々と圧をかける頃、ワガードは重い足取りで自宅の空き部屋。入るのは気が引ける。叶うなら今は近づくことさえ避けたい部屋の戸口までやってきた。どうもこの場所に来ると胃が痛むのだ。




「今日も食べない気、ですか……」




 少し陰り湿付いていそうな戸の脇には塵を被った朝餉あさげが侘しく置かれている。
 その様は自業自得と言えなくもないのだが、少なからず込めた善意の変わり果てた姿は癒え切らない心中になかなか応える。後先短い大人になって知る思わぬ教訓だ。宴の日には気弱そうな誰かをひっ捕まえて愚痴り明かすことにしよう。これはそうでもしなければ納得できない報われない類の仕打ちだ。




「はあ……。俺のことは嫌いでもいいけどよ。飯だけは食ってくれたってよ……。自慢じゃないが一応好きなもんで俺が作ったんだぜ……」




 気遣いはできず声が大きいだけの男かと思いきや、意外すぎる一面である。
 盆には小振りの椀一つだけだが、こぼれそうなほど注がれた汁物には作り手の自信が伺える。何かをしたような琥珀色で濁りのない透き通った汁物。具にはいくつかの木の実と干し肉を薄く下ろし、色付けに葉物と香辛料が添えられている。食べ頃を過ぎ冷やかになってさえ、尚そそる一品である。




「ちょいと失敬。……ほら、冷めても味は旨いままだ。隠し味がいい具合に効いてる。肉も割り増しで裂いたのにもったいない……」




 ちょいと一口。味に問題なし。ちなみに添え物、同じく雑味なし。具はまだ柔らかい。鼻から抜ける品の良い香ばしい香り。旨し。控えめな自己紹介とは裏腹に、割と充分な味見である。
 ほぼ空になり底に映った自分の満足げな顔に、思わず喉が詰まりそうになる。うっかり沸き立ってしまった嗜好を一旦腹底までまるっと呑み込み、他所向けの面で入念に繕い直す。




「ああ……。その、調子はどうだい? 昨日の事、まだ気にしてるようなら本当に悪かった。すまねえ……。知ってたらあんな風には俺もしなかった……。ここに昼飯置いておくから、もし気が向くなら少し、少しでもいいから食べてみてくれ……。まあ、無理ならいいが……」




 空になった膳を取り換え、静かに閉ざされた部屋にこうべを垂れる。もっとちゃんと謝れないものか。目で見て、手に取れるものなら大方卒なく扱える自信はあるのだ。ただ、そうじゃないもの。ましてや素性も知らない人様の心境なんざまるで分からない。分かる術があるならご教授願いたいところだ。やっぱりここへくるとどうも調子が狂う。椀の底に映る顔が歪んで見えた。
 余った汁をぐいっと飲み干し、ワガードは作業へと戻っていった。




「これ、そんなに旨そうじゃなかったか? 味がちっと大人過ぎたか? あれくらいの子供ならもっと甘めの方がいいのか? 香りをもっと付けてみるか……?」




 この男。どうやら渉外事よりも適職があるようだ。人は自身のことほど盲目となると言うが、この者に至っても例外ではない。当然、当人はそこまで頭が回っていないのだろうが、その強みを上手く応用できたならこの上なく頼もしいというのに実に惜しい。
 果たしてこの村長代理人は、立派にその責務を全うすることができるのか。そしてそれが叶うまで、一体何杯の汁物を作る事になるのやら。その思考錯誤の奮闘記は見物である。


 その晩。一日がかりでようやく一つの食糧庫の解体を終え、野ざらしではあるが蓄えた食糧の利用が叶うまでとなった。
 その傍らで盛大な宴とはいかないが、その日の疲れの労いと故人への弔いを兼ねて晩餐がささやかに執り行われた。今は亡き村長への供養もそこそこに、早速適当な村人たちを取り押さえ止めどなく愚痴を溢すワガードの姿があった。いろいろ混沌とした心情に自棄やけになっているらしい。うむ、この調子であればおそらく数十杯は覚悟すべきかもしれない。

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