銀眼貫餮のソウルベット -Pupa cuius oblitus est mundus-

七色Ayeca。

第63話 ゴメンナサイ

 場所を変えて奥までやってくると、そこには姉同様、いくつもの碧い炎をその身に灯したデオ団長の妻、ムーナが悪夢にうなされるように呻き悶え苦しむ姿があった。




「お、おいっ! お前、しっかりしねえかっ!? だいぶ火が増えて……、ちきしょう……! 俺の声が聞こえるかっ!? おいっ! おいっ……!!」
「そろそろ限界のようじゃな……。それじゃ、テララちゃん……。……いや、チサキミコ様。こちらで横になってもらえるかの?」
「……うん。…………わ、分かりました……」




 そう言って村医者は患者の傍に布を敷き簡易的に寝台を用意し、新たなチサキミコの手を取りその宿命つとめへと誘う。




「初めてのところ悪いんじゃが、生憎まともな器具がなくての……。少し痛むやもしれんが、我慢しておくれ……。それじゃ、はじめるぞ……」
「……は、はい…………」




 そう言うと、生命いのちを預かる責務からクス爺の眼差しが鋭く険しいものに変わり、黒く物物しい影をまだ少女の影が残るチサキミコの顔に降ろす。
 そしてその手がやわく細い首筋に宛てがわれ、もう片手に握りしめられた小さな刃が鈍く光を放ち無垢な少女に押し迫る。




 ――……や……。…………いや……。




「…………やっ、やめてっ!!?」
「テッ、テララちゃんっ!? 急に動いちゃ危ないじゃろっ!」
「私、やっぱり怖い……。もし上手くいかなかったら、私もお姉ちゃんみたいにって……」
「心配はいらんよ。確かに道具は心もとないが、お前さんのお母さんよりも前の代からわしは村医者をやっとるんじゃ。こと、これに関しては安心してくれていい」
「……でも、…………でも、私……やっぱりまだ……」
「…………クス爺……」
「……うむ」




 自身に向けられた刃に、その計り知れない恐怖にやはりまだ少女は耐え忍ぶことができず、その執刀の中断を懇願する。
 だが、その切実な願いは、今となっては単なる我がままでしかなかった。
 大人たちは目で合図をするやゆっくりと少女に迫り、そして――。




「え? 何……? ……うそっ!? やだっ!! 団長さん待って!? お願い……キャッ!!!?」




 残酷にも、一時は同じ家族の温もりを感じたその大きな手。
 そのデオ団長の申し入れによって、少女の小さな身体は大人二人がかりの恐ろしいほどびくともしない確固たる力によって寝台に押え付けられてしまった。




「痛いっ!! 痛いよっ! 団長さんっ……!? クス爺……!! お願い、放してっ……!?」
「……クス爺、頼む……。はじめてくれ……」
「……い、いやっ……! 待って……、待って……お願い…………!! いや……、いやああああああ……!?」
「これがこの村の掟じゃろうっ!! すぐに終わる。いい子じゃから、大人しくするんじゃっ!!」




 腕も脚も力一杯振るうも、だめだ。びくともしない。
 いくら少女が力の限りその拘束から逃れようと必死にもがいても、大の大人二人分の力はその小さな身体にとってあまりにも凶悪でまるで歯が立たない。
 少女が必死に訴え泣きわめこうが、大人たちの信仰心が鋭い刃となって一方的に襲い来る。
 そして、その村の掟は少女の首筋をついに捉えてしまう。




「いっ……、キャアアアアアアアアアアアッ!!!!? ……痛いっ!? 痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛いっ!!!?」




 非情な刃がその刃先をわずかに動脈へ突き立てられた途端、熱い鮮血が勢いよく噴き上がり辺りを瞬く間に真っ赤に染めてゆく。
 少女の身体はひどく強張り、爪を鋭く立てた手を無我夢中で振り回し暴れる。
 その爪が少女を抑え込む大人たちの腕や顔を斬り裂こうが、その施術が止まることはない。




「こっ、これっ! テララちゃんっ!! そんなに動くんじゃないっ!! 動くと下手をしかねん……!! 守部の、そこの器具を取ってくれ」




 良心をえぐるような悲鳴を上げ暴れる少女を抑え込みつつ、患部を押し広げ栓を入れる穴の確保にかかる。




「……お願いっ!! 放してっ!! やめてっ!!! 痛いよっ!! 痛あっ!? うっ……ガガッ…………痛い……っ!? 痛い痛い痛い痛いっ!!!? ……グゴゴッ…………いだ、いっ!!! ……イダッ!!! イ、ダッ……!!! グガガガガガガッ……!!!?」




 しかし、暴れ揺れ動く患部に名医の手先がわずかに狂い、不運にも刃先が少女の傷口を余分に広げてしまった。
 急激に勢いを増す出血にその小さな身体は堪え兼ね、たちまち全身を痙攣させ、少女から生気を奪わってゆく。




「くっ……! 少し深すぎたか……!? 守部の! 向こうから適当な椀と布切れを持ってきてくれ。早くせんと二人とも危ういっ……!!」
「あ、ああ、分かったっ……!!」




 切迫した空気の中、デオ団長は指示の物を求めて一旦その場を離れた。










 寝台のある辺りとは異なり篝火の明かりが届かない薄暗い中、急く気持ちを抑え手当たり次第荷物をあさる。


 するとそこへ、何者かの気配が近づきふと視線を上げた。




「……ん? そこに居るのは…………? ……ソッ、ソーマッ!!?」




 部屋の明かりが溢れた先の夜闇の中、そこには少女の帰りを待ち侘びていた少年の姿があった。その手には道中拾ったのだろう。テララがまだ渡せないでいた汚れたままの髪留めが握られいていた。




「……テ…………、テララ…………!?」




 デオ団長が事態のまずさを察するも、少女の返り血を浴びたその身体では既に遅すぎた。
 団長の後ろに広がる信じ難い光景がその銀の瞳を激しく揺れ動かす。




 身体中真っ赤に染めて横たわる、よく見知った少女の姿を見た。
 ――ほら、ソーマ! ご飯できたよーー! 今日もたくさん食べようね。


 力なく転がる優しい手を見た。
 ――ソーマ、転んだのっ!? 痛くない? 裸足じゃ危ないから、一緒に歩こう?


 いつも優しく笑ってくれる笑顔が、赤い涙を流して泣いているのを見た。
 ――ほらね? だって、こんなに優しいんだもん。ありがとう。ソーマ。




「ド、ウ……シテ……? ドウ……シテ…………?」
「なっ!? い、いやっ!! ソーマ、これは違うんだっ!! 俺たちはテララちゃんを――」
「……テ、ララ…………。テララ……、テ……ラ…………」




 待っていてって言った。ずっと待ってた。でも、声聞こえた。胸の辺り痛くなる声聞こえた。
 その人いつも大きく笑ってた。テララも笑ってた。一緒にゴハン食べた。腹いっぱい食べた。その人の手、テララより大きい、重かった。それからまた大きく笑う。テララも笑う。


 ――どうして、赤い? テララも赤い?




 その人いつも難しい顔してた。でもテララ笑ってた。身体の痛い、消してくれた。テララも笑ってた。


 ――どうして、赤い? テララ笑わない?




 断片的に状況の判断を試みるほどに、その目に飛び込んできた大量の赤が、頭の中のあかと重なり、混ざり合い、そして分からなくなる。


 ――どうして? どうして……? ドウ……シテ……? 赤い? 赤……、アカ……アカ…………?
 ――分からない。分からない……。ドウシテ? ワカラ……ナイ……。ワカラ…………。


 そして少年は、自分がそれまでひどくさいなまされていた感情の名を強烈に認識する。


 ――コレガ、キョウフ。




「……ア、アア……、アアアア…………。Υαααααααααα!!!?」




 二つに割けた岩間で雷雲が閃く雨降り頻る夜。
 銀の少年はのたうちながら恐怖に駆られ、そして独り雨の中逃げ出した。

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