銀眼貫餮のソウルベット -Pupa cuius oblitus est mundus-

七色Ayeca。

第62話 彼女の覚悟

「いやだ…………。いや……。いやだよ…………。お姉ちゃん……。お姉ちゃん…………」




 最愛の姉が燃え散る最中、炎に巻き込まれないようクス爺に抑えられていたテララは、燃え尽きたその人の死灰に弱々しくすり寄ってゆく。
 いくら呼びかけても、いくらその燃え殻をすくい上げても、もう応えてはくれない。手を握ってはくれない。頭を撫でてはくれない。もう微笑み返してはくれない。
 テララはそれでも、解っていても、解りたくなくて。そのまだ温かい灰を何度も、何度も、何度も何度も繰り返し掬い上げている。
 すると、握り締めた燃え殻の中に何やら堅い物が埋もれているのに気が付いた。




「……これ、お姉ちゃんの…………」




 それは亡き母がテララたち姉妹のために作ってくれた首飾りだった。




「……仕舞ってあるって言ってたのに…………、嘘つき………………」




 握り締める手の中で黒く焼けたそれが自分の涙で濡れるほどに、姉との他愛ない会話が蘇る。姉の一挙手一投足、何気ない日常の仕草が活き活きと胸の内に溢れてくる。
 家族との最期の別れを惜しむように、テララはその首飾りを強く握り締めたまま声を殺して泣き続けた。










 そうしてその束の間の別れの後、クス爺がその見るに忍びない小さな背中に優しく寄り添い重く口を開いた。




「テララちゃん……。チサキミコ様のことで、とても辛いじゃろうが……。少しだけ、わしらの頼みを聞いちゃくれんか……?」
「……クス爺……?」




 語りかけるその口調こそ落ち着いてはいたが、まだ視界の歪んでいる所為かその表情はどこかよそよそしい。背中に添えられた手も震えている気がした。




「頼みって……、何……?」




 その老医はそう言うと口をきつく結んでしまい、何か言い淀んでいるようではあったがそれ以上真意は掴めそうになかった。
 テララは懸命に姉との別れを一旦胸内に仕舞い込むと、すす汚れた手で涙を拭い改めてうつむいたままのクス爺に向き直った。




「その……、こんな年寄りが、お前さんみたいなまだ年若いもんに、こんなこと……頼むなぞあっちゃならんのだが……。仮にもわしは医者じゃ。この村の老いぼれたやぶ医者じゃ。その立場として1つ、聞いてほしい……」
「……うん……。私はもう、平気だから……。いいよ……、話して?」
「…………テララちゃん、その……………………。血を分けて・・・・・はもらえんか……?」


「…………え?」




 後悔と自責、罪悪感と使命感。少女の両肩を押え付けるように掴み、向けられた眼差しには全くの偽りは感じられない。ただ一点の揺るがない決意だけがそこにはあった。
 それ故に、その偽りのない申し出に小さな身体もひどく強張ってしまう。無理もない。




「で、でも私まだ――」
「チサキミコとしての権能がまだ発現しておらんかもしれん。じゃが、まだ守部の嫁さんが苦しんどるんじゃっ……!! 今、それを何とかできるとすれば、お前さんだけなんじゃっ……!?」




 事ある度に優しく面倒を看てくれた馴染みある老医。それも旅の疲れか、これまで付き従った者の喪失ゆえか。この時ばかりは怯える少女を遮ってまで決断を迫ってきた。
 その威圧とも取れる気迫に気圧され、敵わず少女も身の振り方に困惑してしまう。一体どうしたらいい。どうすればいい。どうすれば。
 そのとき、姉の居た更に奥、吊るされた仕切りの向こうからかすかに誰かの呻き声が聞こえた。




「テララちゃん……! 俺からも頼むっ……!!」
「だ、団長さん……」
「あいつが……、あんなに弱ってるの見たことがなくてよう……。情けねえ話、怖いんだ……。あいつがもし居なくなっちまったらって考えただけで、脚が震えてよ……。怖くてたまらねえ…………」
「……で、でも…………」
「テララちゃんも急な話で怯んじまうのも分かる……! でも……、だけどよう…………。こんな言い方するの卑怯だと思うが、いずれ代替わりするってことはテララちゃんも分かってただろ? 口惜しいがチサキミコ様が逝っちまったんだ……。少し代わるのが速まったと思ってよ……。少しでいいんだ。ほんの少しだけでいい……。あいつに分けてやちゃくれねえか? 頼む……! この通りだっ……!!」




 村一の屈強な男がその顔面を屈辱の涙で見っとも無く濡らし、分厚い身体を二つに折って深々と頭を少女に下げている。
 大の大人が二人揃って幼気いたいけな少女にこうべを垂れ、長として村一つを納め背負う覚悟を迫る。


 ――私が、お姉ちゃんの代わりに……。お姉ちゃんみたいに……。


 その異様な光景にテララは混乱し、恐怖し、胸元で姉の形見を握り締める手にも思わず力が籠る。




「………………分かり……ました。わ、私……、やってみます……!」




 手の中の小さくて、でも握り締めるほどに確かに感じる存在が、今のテララに残されたわずかな拠り所だった。


 ――お姉ちゃん。私、頑張るから。ちゃんと見ててね。


 やがて少女は意を決し、涙を拭い凛とした眼差しで二人の頼みに応えた。
 そうして少女は、彼女は、大人たちに連れられて仕切りの奥へと歩んでいった。

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