銀眼貫餮のソウルベット -Pupa cuius oblitus est mundus-
第61話 サイゴノウソ
そうして、二人がお互いに耳を塞いだまま愛らしく雷に耐えしのいでいるときだった。
「テッ、テララちゃんっ!!!?」
雷鳴が岩間を駆け巡るよりも早く、今度は酷く深刻な面持ちのデオ団長が少女たちの下へ駆け込んできたのだ。
「だっ!? 団長さんっ!!? ど、どうかしたんですか? すごい汗ですよ……?」
「チ、チサキミコ様が大変なんだっ……!! すぐ来てくれないかっ!!!」
「えっ? お姉ちゃんがっ……!?」
轟く雷鳴を防ぐことを忘れるほどに、その知らせはテララの思考を瞬時に停止させる。と同時に、不吉な予感がまるで頭上で呻る雷雲のように轟々と脳裏で蠢きだす。
「ソーマ。ごめん……。私、ちょっと行ってくるね? ソーマはここで待ってて?」
テララは居ても立ってもいれず立ち上がるや、呼びに来たデオ団長を追い抜いて急ぎ姉の下へ駆けて行った。
ゲミニーの大岩の入口付近、旅団の荷物がまとめられた一角に布が吊るされ簡易的な雨よけで仕切られた場所があった。どうやらその中に姉が居るようだ。
テララは焦る気持ちに急かされ、あらゆる事態に備える間もなくその中へと駆け込んだ。
「おっ、お姉ちゃんっ!?」
「ああ、テララちゃんっ!! 来たんじゃな! チサキミコ様が――」
「お姉ちゃんはどこですかっ!!!?」
雨よけの中に入ると、縄で吊るされた仕切りの隙間からクス爺が顔を覗かせテララを出迎えた。
髪を乱し額に汗を浮かべた少女を確認するや、その老医は事の状況を説こうとするも、それを阻むようにテララは姉の所在を訊ねる。
「チサキミコ様は………………、ここじゃ……。ゆっくり、こっちに来なさい……」
焦る少女の気持ちをなだめるように、その場の息することも憚られる重苦しさを噛み締めるように、クス爺は努めて厳かな口調でテララを奥へと招き入れる。
「…………………………お姉ちゃんっ!!!?」
周囲から何かを隠すように吊るされた仕切りをくぐった先、その先の光景にテララは思わず息を呑んだ。
震える深緑の瞳にクス爺の傍で地に横たえた人影が飛び込んできた。
「……テララ……? 何で……、来た、のさ…………? すぐ……戻るって、……言った……のに…………」
「……………………そんな、…………やだ。…………やだよ、お姉ちゃんっ……!!!!」
クス爺がうつむき歯を食いしばるその隣には信じられないほどに、信じたくないほどに、鮮やかな碧に今まさにその身を焼かれようとしている姉の姿があった。
「……どうして…………。心配いらないって、言ってたのに…………。何で……? ねえ? お姉ちゃんっ……!!?」
静かに横たわる姉の傍らにテララは膝が崩れたように急ぎ駆け寄る。
そこへ、少し遅れて戻ってきたデオ団長が堅く拳を握りしめ、その震える小さな背中に事のいきさつを告げた。
「ここに着いた途端、俺の家内が急に倒れたんだ。そんで、チサキミコ様に血を分けてくれって頼んだんだが……そしたら……」
「……まあ、ね…………。何日もろくに飯、食べないで……、血だけ分けてりゃ……、こう、なるって分かってた、けどさ…………」
「そんなこと……、一度も教えてくれなかった」
「……ハハッ……、そんなの言うわけないでしょ……。あんたに…………。余計に……しめっぽくなるの、いや、だったから……。ゲホッガハッ…………」
「やだっ!? しっかりしてよっ! お姉ちゃんっ!!! ……クス爺っ!!!?」
平然をよそおうように己の身に起きていることを軽くあしらおうとする。けれど、つくろわれた姉の悪戯な笑みはいつもよりとても弱々しく、覗きこんだ妹の頬を生暖かい血汐で汚す。
頬に伝わるそれを手で拭い眼前で赤い糸を引いて滴る姉の温もりに、たちまちテララの視界は歪み、村医者に救いを求めすがり付いた。
「テララちゃん……。こればっかりは……、わしにも、どうしてやることもできんのじゃ……。すまん! 本当に、すまん……! 許しておくれ…………」
だが、村唯一の老医であっても、人間の定めに抗う術は持ち得てはいなかった。テララに揺さぶられるクス爺も、まだ外せなぬ包帯をその涙で濡らしている。
「いや…………。やだ……、やだよ……。死んじゃやだよ……。お姉ちゃんっ……!!!?」
「……あ、あたしも……、いやだよ…………。けど……、何だかすごく、眠くてさ…………」
「そんな……。そんなこと言わないで……。お願いだから……嘘だって……、冗談だよって言ってよ……」
「……ハハッ……、あんたも、無茶言うね…………。そう、言えるもんなら……、あたしだって言い、たいよ…………。けど、ゴホッゴホッ…………ああ……。……これは、仕方ない……かな…………」
傷んだ掛け布の上に横たわる姉は焦点の定まらない虚ろな目で自身の手に灯る炎を認めると、何かを悟ったように深く息を吐きゆっくりと瞼を降してゆく。
「やだっ……!? だめっ……! だめだよっ!! お姉ちゃん!!! ……ねえ、起きて……? 起きてよっ!! 一緒にソーマの所に戻ろ? 私、やっと言えたんだよ? ソーマにちゃんと伝えられたの……」
「…………そう……、偉いね…………。それは……、聞けて……あたしも安心、かな…………」
「うん……。だからね、また3人で話そう? 明日は私もすぐ水掘りに行くから、そしらた3人でご飯食べよう? お姉ちゃんの大好きなドゥ―ルスの実、たくさん使ってあげるから……」
「…………ハハハッ……、それはいいね……。腹、いっぱい……食べたいな…………」
「でしょ? それからソーマと一緒に歌って、それで……、えっと…………。そう! お姉ちゃんの服、新しいの縫ってあげるね? ソーマと私と3人お揃いにするの。そしたら、お姉ちゃんも着てくれる?」
「…………なんだか、やることたくさん、だね……。……すごく、…………すごく、楽しみ……グフッガハッ……」
眠らせないように、その夢見を引き止めるように、テララは一心不乱に姉に語りかけた。
けれど、非情にも姉の身体に灯る碧い炎は徐々に燃え広がり、その半身を呑みこもうと勢いを増すばかりだ。
「いや……、いやあっ!! だめ……、行かないでっ!? 置いてかないで……!!! やっとここまで来れたのに……。お姉ちゃん…………。ウェーンお姉ちゃんっ……!!!!」
少女の願いをも蝕むように燃え広がる碧い炎。
それを無我夢中で両手で払い、大切な人を取り戻そうと必死にあがく。テララの顔は次第に青鈍色に煤汚れ、苦し紛れに叫んだその名はとても懐かしいものだった。
「…………もう……、その名前で呼ばないでって……、言ったのに…………。……あたしが、泣いてる……みたい、だからって…………」
「でも……、でも…………。止まらないの…………。お姉ちゃんの火が……。こんなに……、こんなに払っても……、払ってるのに…………! ねえ、どうして……? 消えてくれないよ……」
「…………もう、やめときな……。……なに……、大したことないよ……。……燃えちゃっても……、見えなくなるだけ…………。あんたたちの傍から……離れるわけ、ないんだからさ……。……ウグッ!? ア、アア……アアアアアアアアアッ!!!?」
「ウェーンお姉ちゃんっ!!!? しっかりしてっ!? ねえっ!! ねってばあっ!!!!」
碧い死期もいよいよ身体の芯まで達したのか、姉はひどい吐血をもって悶え苦しみだしてしまった。
そのひどく悲惨な姿に今にも心臓がひしゃげて千切られてしまいそうなほど苦しくなる。
――お願い。誰か、お姉ちゃんを助けて……。お姉ちゃんを連れて行かないで……。
「………………あれ……? テララ……? テララ…………?」
「……お姉ちゃん……?」
「………………もう、帰っちゃったの……? つれない、なあ…………」
「何言ってるの……? お姉ちゃんっ!? 私、ここに居るよ? お姉ちゃんのすぐ傍に居るよ?」
やががて呻きは止み、辺りを見渡す虚ろな青緑の瞳にはもう何も映りはしない。そして姉は独り静かに、ゆっくりと胸内を明かしてゆく。
「………………ああ……、なんだ……。お母さん、呼んできてくれたんだ…………」
「お母さん…………? やだっ!? しっかりしてっ!! 私を見てっ!! 私はここだよっ!?」
「………………お母さん、あたしさ……がんばったよ……。お母さんの後……、ちゃんと……継げたかな…………? 辛かったけど……、こんなあたし……でも……、村のみんなの……役に、立てたかな…………?」
――だめ。行かないで……。
「………………ああ、お母さんの膝枕……。懐かしいなあ……。あたし……、独り占めだ……」
――お願い、私の手を放さないで……。
もはや届くことも叶わない想いを込めて、その手を強く握り締める。
けれど、その手は決して握り返してくれることはなかった。
どんなに握っても、どんなにその名を叫んでも、どんなにその運命を拒んでも、愛おしいその手はまるで雨に打たれたように冷たくなってゆくばかり。
――放したくない。離れたくない……。
それでも、テララは今にも崩れ落ちてしまいそうな黒くひび割れたその手を放そうとはしなかった。
「テララちゃん、これ以上は……」
「いやだっ!!! クス爺、お願いっ!! お姉ちゃんを助けてあげて? クス爺なら治せるでしょ!?」
「テララちゃん、そんな無理を言っちゃ……」
「いやっ、いやだよっ!!! お姉ちゃんっ!! お姉ちゃんっ!!!! 行っちゃやだっ……!! ウェーンお姉ちゃん……!!!!」
辛いだなんて、そんなこと一度も言ってくれなかった。一度も気付いてあげられなかった。私が何か心配してもいつもからかって、誤魔化されて。
でも、本当は違ったんだね。私が頼りないから、お姉ちゃんに負担かけていたんだ。
――ごめんね……。ごめんね……。
これからは、私泣かないね。お姉ちゃんが辛いときにちゃんと言えるように、ちゃんと受け止められるように私強くなるから。
――だから……、置いてかないで。ずっと傍に居て……。
――ずっと、私たちの傍で笑っていてよ。お願い――。
「……お姉ちゃんっ!!!?」
「………………ああ……、何だか、疲れたよ……。もう……、寝てもいい……よね……? 起きたらさ……、お母さんに会わせたい……、新しい……家族が、いるんだよ……? 人懐こくてさ……、小さかったときの……テララみたいに愛らしくて……。素直で……抱きしめたくなるの……。お母さんもきっと好きに……なるから……。だから………………。おや、すみ…………………………」
「…………お姉ちゃん……? いや………、………いやああああああああああっ!!!!!?」
雷雲閃き雨が降りしきるその日。
村人たちの生命をそれまでたった一人で繋ぎ留めてきた少女は、一切淀みのない優しい寝顔のまま碧い炎に抱かれて逝ってしまった。その姿はまるで碧い衣を身にまとったような、チサキミコとして相応しい優雅で尊い舞いのようであった。
「テッ、テララちゃんっ!!!?」
雷鳴が岩間を駆け巡るよりも早く、今度は酷く深刻な面持ちのデオ団長が少女たちの下へ駆け込んできたのだ。
「だっ!? 団長さんっ!!? ど、どうかしたんですか? すごい汗ですよ……?」
「チ、チサキミコ様が大変なんだっ……!! すぐ来てくれないかっ!!!」
「えっ? お姉ちゃんがっ……!?」
轟く雷鳴を防ぐことを忘れるほどに、その知らせはテララの思考を瞬時に停止させる。と同時に、不吉な予感がまるで頭上で呻る雷雲のように轟々と脳裏で蠢きだす。
「ソーマ。ごめん……。私、ちょっと行ってくるね? ソーマはここで待ってて?」
テララは居ても立ってもいれず立ち上がるや、呼びに来たデオ団長を追い抜いて急ぎ姉の下へ駆けて行った。
ゲミニーの大岩の入口付近、旅団の荷物がまとめられた一角に布が吊るされ簡易的な雨よけで仕切られた場所があった。どうやらその中に姉が居るようだ。
テララは焦る気持ちに急かされ、あらゆる事態に備える間もなくその中へと駆け込んだ。
「おっ、お姉ちゃんっ!?」
「ああ、テララちゃんっ!! 来たんじゃな! チサキミコ様が――」
「お姉ちゃんはどこですかっ!!!?」
雨よけの中に入ると、縄で吊るされた仕切りの隙間からクス爺が顔を覗かせテララを出迎えた。
髪を乱し額に汗を浮かべた少女を確認するや、その老医は事の状況を説こうとするも、それを阻むようにテララは姉の所在を訊ねる。
「チサキミコ様は………………、ここじゃ……。ゆっくり、こっちに来なさい……」
焦る少女の気持ちをなだめるように、その場の息することも憚られる重苦しさを噛み締めるように、クス爺は努めて厳かな口調でテララを奥へと招き入れる。
「…………………………お姉ちゃんっ!!!?」
周囲から何かを隠すように吊るされた仕切りをくぐった先、その先の光景にテララは思わず息を呑んだ。
震える深緑の瞳にクス爺の傍で地に横たえた人影が飛び込んできた。
「……テララ……? 何で……、来た、のさ…………? すぐ……戻るって、……言った……のに…………」
「……………………そんな、…………やだ。…………やだよ、お姉ちゃんっ……!!!!」
クス爺がうつむき歯を食いしばるその隣には信じられないほどに、信じたくないほどに、鮮やかな碧に今まさにその身を焼かれようとしている姉の姿があった。
「……どうして…………。心配いらないって、言ってたのに…………。何で……? ねえ? お姉ちゃんっ……!!?」
静かに横たわる姉の傍らにテララは膝が崩れたように急ぎ駆け寄る。
そこへ、少し遅れて戻ってきたデオ団長が堅く拳を握りしめ、その震える小さな背中に事のいきさつを告げた。
「ここに着いた途端、俺の家内が急に倒れたんだ。そんで、チサキミコ様に血を分けてくれって頼んだんだが……そしたら……」
「……まあ、ね…………。何日もろくに飯、食べないで……、血だけ分けてりゃ……、こう、なるって分かってた、けどさ…………」
「そんなこと……、一度も教えてくれなかった」
「……ハハッ……、そんなの言うわけないでしょ……。あんたに…………。余計に……しめっぽくなるの、いや、だったから……。ゲホッガハッ…………」
「やだっ!? しっかりしてよっ! お姉ちゃんっ!!! ……クス爺っ!!!?」
平然をよそおうように己の身に起きていることを軽くあしらおうとする。けれど、つくろわれた姉の悪戯な笑みはいつもよりとても弱々しく、覗きこんだ妹の頬を生暖かい血汐で汚す。
頬に伝わるそれを手で拭い眼前で赤い糸を引いて滴る姉の温もりに、たちまちテララの視界は歪み、村医者に救いを求めすがり付いた。
「テララちゃん……。こればっかりは……、わしにも、どうしてやることもできんのじゃ……。すまん! 本当に、すまん……! 許しておくれ…………」
だが、村唯一の老医であっても、人間の定めに抗う術は持ち得てはいなかった。テララに揺さぶられるクス爺も、まだ外せなぬ包帯をその涙で濡らしている。
「いや…………。やだ……、やだよ……。死んじゃやだよ……。お姉ちゃんっ……!!!?」
「……あ、あたしも……、いやだよ…………。けど……、何だかすごく、眠くてさ…………」
「そんな……。そんなこと言わないで……。お願いだから……嘘だって……、冗談だよって言ってよ……」
「……ハハッ……、あんたも、無茶言うね…………。そう、言えるもんなら……、あたしだって言い、たいよ…………。けど、ゴホッゴホッ…………ああ……。……これは、仕方ない……かな…………」
傷んだ掛け布の上に横たわる姉は焦点の定まらない虚ろな目で自身の手に灯る炎を認めると、何かを悟ったように深く息を吐きゆっくりと瞼を降してゆく。
「やだっ……!? だめっ……! だめだよっ!! お姉ちゃん!!! ……ねえ、起きて……? 起きてよっ!! 一緒にソーマの所に戻ろ? 私、やっと言えたんだよ? ソーマにちゃんと伝えられたの……」
「…………そう……、偉いね…………。それは……、聞けて……あたしも安心、かな…………」
「うん……。だからね、また3人で話そう? 明日は私もすぐ水掘りに行くから、そしらた3人でご飯食べよう? お姉ちゃんの大好きなドゥ―ルスの実、たくさん使ってあげるから……」
「…………ハハハッ……、それはいいね……。腹、いっぱい……食べたいな…………」
「でしょ? それからソーマと一緒に歌って、それで……、えっと…………。そう! お姉ちゃんの服、新しいの縫ってあげるね? ソーマと私と3人お揃いにするの。そしたら、お姉ちゃんも着てくれる?」
「…………なんだか、やることたくさん、だね……。……すごく、…………すごく、楽しみ……グフッガハッ……」
眠らせないように、その夢見を引き止めるように、テララは一心不乱に姉に語りかけた。
けれど、非情にも姉の身体に灯る碧い炎は徐々に燃え広がり、その半身を呑みこもうと勢いを増すばかりだ。
「いや……、いやあっ!! だめ……、行かないでっ!? 置いてかないで……!!! やっとここまで来れたのに……。お姉ちゃん…………。ウェーンお姉ちゃんっ……!!!!」
少女の願いをも蝕むように燃え広がる碧い炎。
それを無我夢中で両手で払い、大切な人を取り戻そうと必死にあがく。テララの顔は次第に青鈍色に煤汚れ、苦し紛れに叫んだその名はとても懐かしいものだった。
「…………もう……、その名前で呼ばないでって……、言ったのに…………。……あたしが、泣いてる……みたい、だからって…………」
「でも……、でも…………。止まらないの…………。お姉ちゃんの火が……。こんなに……、こんなに払っても……、払ってるのに…………! ねえ、どうして……? 消えてくれないよ……」
「…………もう、やめときな……。……なに……、大したことないよ……。……燃えちゃっても……、見えなくなるだけ…………。あんたたちの傍から……離れるわけ、ないんだからさ……。……ウグッ!? ア、アア……アアアアアアアアアッ!!!?」
「ウェーンお姉ちゃんっ!!!? しっかりしてっ!? ねえっ!! ねってばあっ!!!!」
碧い死期もいよいよ身体の芯まで達したのか、姉はひどい吐血をもって悶え苦しみだしてしまった。
そのひどく悲惨な姿に今にも心臓がひしゃげて千切られてしまいそうなほど苦しくなる。
――お願い。誰か、お姉ちゃんを助けて……。お姉ちゃんを連れて行かないで……。
「………………あれ……? テララ……? テララ…………?」
「……お姉ちゃん……?」
「………………もう、帰っちゃったの……? つれない、なあ…………」
「何言ってるの……? お姉ちゃんっ!? 私、ここに居るよ? お姉ちゃんのすぐ傍に居るよ?」
やががて呻きは止み、辺りを見渡す虚ろな青緑の瞳にはもう何も映りはしない。そして姉は独り静かに、ゆっくりと胸内を明かしてゆく。
「………………ああ……、なんだ……。お母さん、呼んできてくれたんだ…………」
「お母さん…………? やだっ!? しっかりしてっ!! 私を見てっ!! 私はここだよっ!?」
「………………お母さん、あたしさ……がんばったよ……。お母さんの後……、ちゃんと……継げたかな…………? 辛かったけど……、こんなあたし……でも……、村のみんなの……役に、立てたかな…………?」
――だめ。行かないで……。
「………………ああ、お母さんの膝枕……。懐かしいなあ……。あたし……、独り占めだ……」
――お願い、私の手を放さないで……。
もはや届くことも叶わない想いを込めて、その手を強く握り締める。
けれど、その手は決して握り返してくれることはなかった。
どんなに握っても、どんなにその名を叫んでも、どんなにその運命を拒んでも、愛おしいその手はまるで雨に打たれたように冷たくなってゆくばかり。
――放したくない。離れたくない……。
それでも、テララは今にも崩れ落ちてしまいそうな黒くひび割れたその手を放そうとはしなかった。
「テララちゃん、これ以上は……」
「いやだっ!!! クス爺、お願いっ!! お姉ちゃんを助けてあげて? クス爺なら治せるでしょ!?」
「テララちゃん、そんな無理を言っちゃ……」
「いやっ、いやだよっ!!! お姉ちゃんっ!! お姉ちゃんっ!!!! 行っちゃやだっ……!! ウェーンお姉ちゃん……!!!!」
辛いだなんて、そんなこと一度も言ってくれなかった。一度も気付いてあげられなかった。私が何か心配してもいつもからかって、誤魔化されて。
でも、本当は違ったんだね。私が頼りないから、お姉ちゃんに負担かけていたんだ。
――ごめんね……。ごめんね……。
これからは、私泣かないね。お姉ちゃんが辛いときにちゃんと言えるように、ちゃんと受け止められるように私強くなるから。
――だから……、置いてかないで。ずっと傍に居て……。
――ずっと、私たちの傍で笑っていてよ。お願い――。
「……お姉ちゃんっ!!!?」
「………………ああ……、何だか、疲れたよ……。もう……、寝てもいい……よね……? 起きたらさ……、お母さんに会わせたい……、新しい……家族が、いるんだよ……? 人懐こくてさ……、小さかったときの……テララみたいに愛らしくて……。素直で……抱きしめたくなるの……。お母さんもきっと好きに……なるから……。だから………………。おや、すみ…………………………」
「…………お姉ちゃん……? いや………、………いやああああああああああっ!!!!!?」
雷雲閃き雨が降りしきるその日。
村人たちの生命をそれまでたった一人で繋ぎ留めてきた少女は、一切淀みのない優しい寝顔のまま碧い炎に抱かれて逝ってしまった。その姿はまるで碧い衣を身にまとったような、チサキミコとして相応しい優雅で尊い舞いのようであった。
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